swordian saga   作:佐谷莢

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 モリュウ城攻略中。
 ジョニーを護って大立ち回り……していたのですが、トラブル発生。


第七十九夜——大乱戦の果て

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫電を携えたフィオレが、手振りだけでジョニーを呼ぶ。それまで背負っていた楽器を手にした彼は、速やかにそれに応じた。

 振り向くことなくジョニーの接近を感知した彼女が、ジョニーの袖を掴んでおもむろに身を沈める。

 合わせてしゃがんだジョニーに、小さく囁いた。

 

「お静かに」

 

 そのまま左手を地面──どんな贅沢なのか、土が敷き詰められた床に手を置いて、フィオレはぽつりと呟いた。

 

「母なる抱擁に、覚えるは安寧──」

 ♪ Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze──

 

 その譜歌が終わるか終わらないか、突如として出入り口から何かが投げ込まれる。

 勢いよく壇上に転がったそれは、着弾と同時に弾けて真っ白な煙をそこかしこに撒き散らした。

 

「やばい、煙幕か……」

「お静かにと言ったでしょう。不用意に口を開かないでくださいませ」

 

 呟きを咎めて煙が晴れるのを待つ。

 不可侵の聖域は何者も通すことなく、煙幕はただ虚しく部屋を満たした。

 

「……?」

「演奏の準備を。合図したらすぐ始めてください。それと、そこを動かないように」

 

 何事もなかったように立ち上がり、入り口を注視するその視線は帽子の下から伺えるほどに鋭い。

 やがて煙が薄れてきた頃、それまで潜んでいたであろう賊らの鬨の声が上がった。

 

「突入!」

「──今です!」

 

 叫ぶと同時に、自らも斬り込む。

 なだれこむように現われた黒装束一団に何のためらいもなく、フィオレは紫電を振り抜いた。

 短い悲鳴と血飛沫の散る音が続き、その間を縫うようにジョニーの吟詠奏が奏でられる。

 

「何だと……確かに催涙弾を使ったのに」

「おのれ、こしゃくな!」

 

 頭も口元も布で覆い隠した黒装束の呟きに、白煙の正体が判明する。

 白煙は未だ完全には消えていないのだが、フィオレはけろりと呟いた。

 

「催涙弾ですか、なるほど。通りで眼が痒いと思ったら……」

 

 軽く眼をこする仕草はするものの、影響はまったくないことが伺える。

 生来の体質に加え、幼年期に仕込まれた結果であることは本人以外に知りようがない。

 更に彼らはレンズを呑んだ身であるらしく、ジョニーの吟詠奏は確実な効果をもたらしていた。

 

「それを……やめろっ!」

 

 しかし、所詮は魔物を遠ざける程度の技術。相手を行動不能にさせるほどの威力はない。

 ただ、がむしゃらに吟詠奏を止めようとする黒装束の無防備な背中を、フィオレが見逃すはずもなく。

 ジョニーに突進していく傍から、フィオレは作業的に黒装束を葬り去った。

 斬り上げ、薙ぎ払い、翻る紫電は舞えば舞うだけ血にまみれていく。

 あの美しい刀が人に向けられたのを見たのは今しがたが初めてで、これまで飾られたことしかない紫電を平然と穢すフィオレに嫌悪すら抱いたというのに。

 振るう度紫電と共に罪を負い、戦場を駆ける様は壮麗で。命を屠るその姿すら、ただ踊っているかのようで。

 漂う血臭が気にならなくなるほど、交戦を重ねる彼女の姿は華麗で、洗練されていた。

 

「ふっ!」

 

 紫電が黒装束の首筋に埋まり、ぬらぬらとした緋色の粘液に包まれる。切れ味を鈍らせるそれを乱暴に振り払い、休むことなく紫電は舞った。

 黒装束たちとて馬鹿ではない。吟詠奏を止めるため、フィオレが障害であることは火を見るより明らかだ。

 標的をジョニーからフィオレへとシフトチェンジするも、結果として大多数が血の海に沈んでいく。

 しかしそれでも、黒装束の人数は一向に減らなかった。

 ジョニーの支援によって、黒装束の動作はそれほど鋭くない。頭が働いていないせいで少数戦力の逐次投入、という戦術において最低な策を選択している。

 しかし、戦闘要員がフィオレのみである以上、多勢に無勢という単語が脳裏をチラつき始めた。

 

「フィオレ、一端吟詠奏やめるぞ!」

「!?」

 

 返事こそないが、戦うフィオレの動揺がはっきり伝わってくる。

 長くもないが短くもない忍者刀を振り回す黒装束に一太刀浴びせて、彼女は叫んだ。

 

「死ねと!?」

「違う。扉が開けばお前さんの負担が減……「黙れ!」

 

 風を切る音と共に、ジョニーの頬をかすめて何かが飛来する。慌てて振り返った先の壁には、突き立った余韻に震える棒手裏剣があった。

 黒装束の仕業ではない。こんなものがあるなら、初めから使っているはずだ。

 

「な……!」

「今皆が交戦中だったら、どうするんですかっ!」

 

 息も絶え絶えになりながら、好機と見たらしい黒装束と相対する。

 怒りを発散するかのように斬り倒した黒装束に眼もくれず、未だしっかりと帽子を被ったままジョニーを睨んだ。

 

「もう少し考えてからものを言ってください!」

「……あのな、俺はお前さんの事を思って」

「超弩級余計なお世話です!」

 

 売り言葉に買い言葉以前に、戦闘中で気が立っている人間に道理なんか通用しない。

 高ぶりやすい感情をなだめて、フィオレは呼吸を整えた。

 怒鳴りつけられたジョニーは流石に憮然としているものの、吟詠奏を休まず奏でている。事態は少しずつ好転していった。

 当初の突入から戦闘には加わらず、黒装束に指示を出し定期的に新たな人員を導入していた赤い腕章をつけた人物が通路側に手招きをしかけ……動きが凍りつく。それ以降、新たな黒装束が現われることはなかった。

 全滅しかけたと見せて全力投入……というのが考えられなかったわけではないが、素直に察すれば新手が尽きたということだ。

 

「もう一息だな、頑張れ!」

「うるさい!」

「な、仲間割れだ。一斉にかかれ!」

 

 やりとりを見てそんな指示が飛ぶも、本来持ち得る敏捷さならばともかく、今の彼らは吟詠奏の影響下にある。フィオレが各個撃破するのはさほど難しいことではなかった。

 命令に従い襲いかかってきた黒装束の、最後の一人を血祭りに上げ、一息つく。

 そのまま片をつけようとして、フィオレはぎょっとした。

 吟詠奏が、唐突に止んだのだ。

 

「お前さんが最後ってことでいいか?」

 

 弾き疲れたのか、それとも真意があってのことか。ジョニーは勝手に演奏を止めて、黒装束との交渉を始めたのだ。

 制止の声は、誰あろうフィオレの息継ぎにかき消された。

 

「忍びが姿見せた時点で失敗「……死ね」

 

 ジョニーが何を思って黒装束との対話を試みたのかはわからない。もしかしたらフェイトなる次期領主の居所を聞きだそうとしてのことかもしれない。

 ともあれこの行動は軽率すぎた。これまで彼の吟詠奏で黒装束たちの思考力は低下し、正常な判断を下せずにいたのだから。

 吟詠奏がなくなり、思考が正常なものとなった今。

 ジョニーに忍びと呼ばれた彼が何をするのか、予測がつかないのはある意味で仕方がないのだろうか。

 フィオレが駆け出す頃、黒装束は懐へ手をやりジョニーに接敵している。

 策と俊敏さを何よりの武器とするそのテの人間に本来の力量を出されて、張り合うことはできても上回ることはない。

 対抗してできることは、本当に限られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルガンによって開かれた扉の先が袋小路であることを知り、一同は帰路についていた。

 

「まさか、バルブだけちょこん、と置いてあるなんてね」

「ここに来るまでに取り付ける場所があったのですね。わたくしには、わかりませんでしたが……」

「皆で探せばきっと見つかるよ。それにしても、バティスタがいる場所に通じてなくてよかった」

 

 スタンの発言は、どのように勘ぐってもフィオレが不在であることを指しているようにしか聞こえない。

 確かに戦力は多い方がいいに決まっているし、その点フィオレは申し分ない。

 条件付ではあるが、その条件さえ満たせばルーティをしのぐ強力な癒し手でもあるのだ。確かに、そうなのだが。

 彼女に対して一方的な対抗心を持った少年としては、複雑な心境だった。

 心持足は速めているものの、魔物が出るわけでも罠があるわけでもない道中を進むうち。

 

 ──ズズンッ……

 

 爆発らしき気配が、発生した。一同がいる通路にかなり震動が来たことを考えると、そう遠い場所ではない。

 そして未だに、演奏はやんだままだった。

 

「フィオレさん……っ!」

「あ、フィリア!」

 

 とうとう不安を抑えきれなくなったフィリアが弾かれたように駆け出し、当然一同もそれを追う。

 

『何があったんでしょうね?』

「さあな。あいつのことだから、大したことにはなっていないだろうが……」

 

 リオンの楽観的な予想は、見事裏切られた。

 駆け出したフィリアが扉の前に立ち、彼の師の名を呼んで扉を叩く。

 

「フィオレさんっ、ジョニーさん! 開けてください! 無事ですか!?」

 

 これまで一同が扉をくぐったのは一度しかない。その扉が硬く閉ざされ、フィリアがどれだけ呼んでも反応がない、ということは。

 尋常ならざる異常事態の発生を、予感したその時のこと。

 

「──連中、戻ってきたみたいだな」

「その様ですね。では、そろそろおふざけをやめていただきましょうか」

 

 扉脇の通風孔からそんな声が聞こえて、一同は即座に反応した。

 網目の細かい壁に張り付いて中の様子を伺う。情景こそわからないが、会話だけはしっかりと聞き取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ一人残された黒装束が自爆を試みた際、火薬の特徴的な匂いで事前に察知したフィオレは、まず時間稼ぎを試みた。

 一人だけでも確実に消そうという腹積もりだったのだろう。ジョニーに接近した黒装束を突き飛ばすことによって意表をつき、更に足をひっかけて転倒させるという小技で行動を遅らせる。

 その隙に離れたジョニーと共に距離をとったまでは良かったが、問題はその後。

 爆発そのものから逃れることはできたものの発生した爆風が凄まじく、戦闘中は外れることがなかった帽子が吹き飛ばされてしまったのだ。

 更に転がった拍子に髪留めを破損、帽子はどういうわけかジョニーが回収してしまっている。

 たっぷりとした袖で顔を隠すようにしながら腕を掲げ、フィオレはジョニーと対峙した。

 

「早く皆と合流したいと思いませんか?」

「そいつはお前さんにもできることだろ」

「なら、帽子の返却を願います」

 

 通常なら力尽くで奪い取るところだが、顔を隠しているこの状況でそれは難しい。接近したらしたで顔を盗み見られる可能性は高い。

 目元まで隠しているにつきジョニーの顔は見ていないが、その声音には呆れが若干混じっていた。

 

「……いい加減にしとけよ。そんなんじゃあ先が思いやられる。バティスタと戦う時も、そいつを気にする気か?」

「演奏に夢中で、あなたは私が今まで何をしていたのかご存じないようですね。そして、そんなことは誰も言っていません」

「だったら、どうして顔を隠すのか。理由を教えてくれても構わないだろ? あの連中すらも納得する、しっかりとした理由って奴を」

 

 ……ジョニーの声音に冗談めかしたものはない。これは相当焦れていると考えていいだろう。

 アクアヴェイルの人間には隠しておきたかったが、これ以上はこれから先の展開にも支障をきたす。

 

「……ジョニー」

「なんだ?」

「あなたは、エレノア・リンドウなる故人をご存知ですね」

 

 フィオレに酷似した顔を持つと言うエレノア。彼女はモリュウ領主子息の、恋人であったという。

 その子息と懇意の彼ならば、彼女のことを知っているだろうし、会ったこともあるだろう。だから余計に見せたくなかった。

 

「……知っているが、それがどうしたよ」

「何を見ても、後悔しないと誓ってください。できないなら……」

「ああ、いいぜ。アルツール・シデンが三男、ジョニー・シデンの名にかけて、何が出てこようと後悔しない」

 

 一同の目的すら感づいたジョニーのこと。彼女の名を出せば、何かを察して蜂の巣をつつくような真似は避けてくれるかもしれないと、一縷の望みをこめていた。

 察してくれなかったのか、あるいは怖いもの見たさか。

 とにかくこれで、言い訳は出来なくなった。

 

「……わかりました。あなたの言葉を、信じましょう」

 

 眼帯の存在を確認してから腕をおろし、ジョニーをまっすぐ見つめる。素顔を一目見て、凍りつくジョニーにフィオレはひとつ、吐息を零した。

 予想も何もしていなかったのか、ジョニーは視線をフィオレに張りつけたまま動かない。

 キャスケットを取り戻すが先か、否かを考えて。爆発の影響で多少焦げた壇上に上り、オルガンに手を伸ばす。

 まずは一同と合流しようとオルガンを弾きかけて、フィオレは手を止めた。

 硬直から解放されたジョニーが、すぐ後ろまでやってきていたからだ。

 

「……エレノアのことは、どこで知った?」

「ブルーム・イスアードという男性をご存知でしょうか。とある縁で、そんな話を聞いたのです」

 

 そうか、と頷いたジョニーの顔は、綿雲帽子で表情は読めない。

 しかしそれも束の間。ふ、と顔を上げた彼の面には、あの朗らかな微笑が浮かんでいた。

 すべての感情が封じられた、道化の仮面にも似た笑顔が。

 

「……安心しな。お前さんはちっとも、これっぽちも、エレノアには似てねえよ」

 

 こんな髪色ではなかったと、くしゃくしゃと髪を撫ぜ、こんなもん振り回す腕力もない、と紫電をつつく。

 表面こそふざけた態度だったが、その裏に押し込められた語られぬ思いを否応にも感じ取ってしまい、フィオレは罪悪感に駆られた。

 必然だったとしても、どうしようもないことだとしても、隠しておけばよかったと思わずにはいられない。

 

「──ありがとう、やさしい人。でも……」

 

 こんなに平たくもなかった、などと抜かして胸の辺りを指すジョニーの指を捕らえ、その手の甲をつねった。

 

「あててて!」

「以後こういった行為はお控え遊ばせ。物理的に報復いたしますので」

 

 涼しい顔でやり過ごし、今度こそオルガンを弾く。少しして、パタンと扉が開いた。

 ようやく合流できた一同はといえば、戦いの余韻に満ちた部屋の惨状を見てめを白黒させている。

 

「戦いが、あったのですね……」

「ええ。もうバティスタにも私たちの侵入が知られているかもしれません。先を急ぎましょう」

 

 おそらく会話を聞いていたのだろう。一同はそれまでの経緯に一切触れず、頷いた。

 そこへ、おもむろにジョニーがフィオレの頭に帽子を載せる。

 

「?」

「一応、フェイトには隠しとけ。今でこそ奴にはリアーナがいるが、結構エレノアのこと引きずってるかも知れねえからな」

 

 承知した、とばかりに頷き、リオンから扉の先の出来事を伝え聞く。

 軽やかな身のこなし、激しい交戦後にも関わらず疲労を見せないタフネスに、ジョニーは内心舌を巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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