三下相手に苦労を重ねたものです。
これまでの想い出が走馬灯のように流れていく……のは、仲間内では多分フィリアだけ。そのため、積極的に攻撃していません。
ゲーム内処理だったらきっと、パーティ外でしょう。多分。
「リオン、それを止めて。前衛三人で足止めしますので、援護をお願いします!」
鉤手甲を振りかざしたバティスタが迫る。
あちらのハンデにならないだけならまだしも、今の状態では武器どころか身体に触れただけで感電するだろう。
そして、フィオレは以前の戦いでスタンやマリーが大苦戦した時のことを忘れていない。
同じ事を繰り返さないために、フィオレは二人を率いてバティスタと対峙した。
「刺突爪拳!」
「弧月斬!」
いきなり繰り出された鉤手甲による突きを相殺させるよう剣技でいなし、そのまま追撃を仕掛けんとするバティスタをスタンが牽制する。
「虎牙破斬!」
「虎牙連斬!」
スタンの牽制を見切ったバティスタが、隙だらけの彼を狙う。
すかさずその瞬間を狙ったフィオレの一撃から逃れるべく、バティスタがわずかに下がったその時。
「マリー、追撃を!」
「任せな、猛襲剣!」
強烈な突進を回避しようとしたところで、剣の一撃がバティスタを襲う。それを鉤手甲で防御したバティスタは、舌打ちをしながらも三人と間合いを取った。
こちらに対する被害がない代わりに、あちらも無傷。
──今のやりとりで、以前二人が彼に苦戦した理由がわかった。
二人の攻撃は、威力がある故に出だしが遅い。すなわちそれは、動体視力とそれに伴う身体能力が強化されている相手に攻撃を見切られやすい要因だ。
更に知能があるため、単純に攻撃を当てに行けばいつかは陥落される魔物と大分異なる。
がむしゃらに攻めても無駄だということは初めからわかっていたこと。ならば──
後衛たちの詠唱が完成したところで晶術の効きを確かめる。それが有効なら、前衛は彼らの壁に徹すればいいだけのことだ。
「行きます、ストーンウォール!」
「アイスウォール!」
「グレイブ!」
石と氷の壁に挟まれて行き場をなくしたところで岩製の槍に足場を埋め尽くされる。
足の負傷を見込んだのだが、バティスタは発生した石の壁に鉤手甲を引っかけてあっさり逃れた。
「効くか、こんなもの!」
「……口先だけではありませんでしたか。ですが……」
晶術が効力を失くしたことで、バティスタが再び地面に立つ。
着地を狙ったマリーの剣を鉤手甲で受けた瞬間、フィオレはその真後ろから斬りかかった。
「ちっ!」
「多勢に無勢というハンデに変わりはありません」
このままサンドイッチにして切り刻んでやろうかと目論んだところ、バティスタは身を翻して再び間合いを計っている。
だけかと、思いきや。彼の表情には場違いな喜色が浮んでいた。
まさか。
「ジョニー、吟詠奏を!」
「おうよ!」
準備だけはしていたらしく、すぐさま独特な旋律が響き始める。すると。
「ぬぐ……!」
「……くそ、気が散る……」
そんな呟きに、フィオレは二人にバティスタの相手を任せ、きびすを返して音源へと駆け寄った。
見たところ、後衛が背にしていた何の変哲もない壁にしか見えない。見えないが──
接近すれば、異常なほど盛り上がっているのがわかった。
「轟破炎武槍!」
気味が悪いを通り越して笑いさえこみ上げるその光景に、フィオレは立ち止まって剣技の行使に切り替えた。
練り上げた真紅の剣気が刀身を取り巻き、担ぎ上げた紫電から垂直に放たれる。
狙い違わず直撃したそこから隠れていた黒装束が吹き飛ばされ、壁と同じ柄の布が千々と舞った。
「ち、気付きやがったか」
「あなたが教えてくれたんです。どうもありがとう」
「バレちまったもんはしかたねえ。てめえら、まずはその女だ! 紫電を奪え! できれば殺せ!」
バティスタの号令に、それまで身を潜めていたであろう黒装束たちが一斉に姿を現す。
その姿に、ジョニーが演奏を続けながらも低く呻いた。
「忍びか……こいつは厄介だぜ」
「そんなに危険な連中なの?」
「実力自体はピンからキリだろうが、こいつらは毒を扱いやがるからな」
先程交戦した際は一言も言わなかったのに、今回彼が冷や汗をかいているのはバティスタがいるからなのか。
否、おそらくそうではない。
黒装束たちは姿を現したかと思うと、一斉に耳に何かを詰め始めたのだ。
間違いなく吟詠奏対策の耳栓だろう。
吟詠奏の影響下ならば、単純に襲いかかってくるだけで、毒物使用などという細かい芸当はできなかっただろうが、今は違うらしい。
現に、ボウガンを携えた黒装束たちはおもむろに矢筒からボウガン用の矢を取り出したかと思うと、鏃を携えている壷へ突っ込んだのだ。
悠長なことだが、好機でもある。
「今の内に蹴散らせば……!」
「させるかよ! 超破動弾!」
黙々とボウガンの準備をする黒装束に突貫しようとして、フィオレは直感でその場に伏せた。
どのようなカラクリが働いているのやら。
高々と跳んだ彼は、分厚い眼鏡を光らせたかと思うと、そこから……怪光線を放ったのである。
「なっ!?」
「ちっ、なんて勘の働く女だ」
フィオレを狙った怪光線は、そのまま延長線上にいる黒装束たちを違わず命中した。
幸い溶けるとか腐るとか消し炭になるとか、そういった視覚的恐怖を加えた効果はないものの、黒装束たちは吹き飛ばされて虫の息だ。
偶然にも蜂の巣にされる危機は回避した。しかし、それを脱してあまりある事態が今そこにある。
「なんですかそれは!?」
「そのままそっくり返すぜ。船の中でどうやって大砲の弾を防いだ? どうやって俺をあんな倉庫に運んだ? 直前の歌が関係してやがるのかどうかは知らねえが、妖術使いと名高いてめえに言われたかねえよ!」
返す言葉がない。
落ち着いて考えるに、瞬時に浮かぶ説は二つ。
ひとつはバティスタの体が今この瞬間にも魔物のものと化しており、人の器を超えつつある。だから、戦闘中にあのような怪光線を放つ器官が出来上がった。
もうひとつ。あのフィリアのものとは似ても似つかない眼鏡は新手のレンズ製品で、装着者の意思で吹き飛ばし効果のある怪光線を放つことができる。
「よ、妖術使い?」
「敵の戯言に耳を傾けないように!」
事情を知らないだけに置いてけぼりをくらうジョニーが面食らった素振りを隠さず復唱するものの、構っている暇はない。
とにかく黒装束のことを捨て置ける今、いきなり怪光線を発するようになったバティスタをどうにかするべきだ。
あれを受けたら何がどうなるのか、興味はあっても身を持って知りたくない。
真相が後者であることを願って、フィオレは再びバティスタに接敵した。
「飛んで火にいる夏の虫とは、このことだな!」
「母なる抱擁に、覚えるは安寧!」
♪ Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze──
あんな直線的な攻撃、避けるのは容易いが安易に避けたら後衛たちが危険だ。
先だっての黒装束のような目に合わせるのは忍びない。
そのため。
「何!?」
怪光線が放たれた瞬間、ハニカム構造の結界がフィオレを包み込む。怪光線はあえなく無効化され、フィオレに迫る傍から消滅した。
「その歌、確か船の時も使っていやがったな……」
「使ったから何だと言うのです? 私は妖術使いとまで言われている人間ですから、不思議じゃないでしょう」
紫電を突き出し、鉤手甲で防御させてあらぬ方向へ持っていく。
以前のことを思い出したか、今度こそ絡め取られまいと奮闘するバティスタを冷静に裁きつつ、フィオレは短刀を抜いた。
「そう来ると思ったぜ。そんな手に誰が二度もひっかかっ「こんなちゃちな手に、ひっかかる馬鹿は確かにいないでしょうね」
その場で紫電を手放し、肩透かしを食わせてその間に懐刀を一閃させる。
防具を思わせる眼鏡を固定していた帯状のツルを切り裂き、フィオレは悠々とバティスタの眼鏡を手に入れた。
驚愕に満ちたバティスタの、血走った目がそこにある。
「あなた以外には」
「ぐあっ!」
そのまま烈破掌を放ち、バティスタと強引に離れた後で眼鏡を見やる。
そして判明した事実に、フィオレは嘆息した。
「なんだ。これ、レンズ製品ではありませんか。幽霊の正体見たり、枯れ尾花って感じですね」
「レンズ製品……?」
いぶかしがるリオンに眼鏡を放り、これで怪光線を放つことがなくなったバティスタに視線を向ける。
ところが。
「──きゃあっ!」
「ふははははっ、よくやった! 動くなよ、てめえら!」
背後からは悲鳴、烈破掌によって壁際でへたりこむバティスタは高笑いを上げている。
バティスタの言葉など無視して振り返り、フィオレは眼を見張った。
先程の生き残りなのか、黒装束の一人がフィリアを取り押さえ、その首筋に刃物をつきつけている。
と、同時に。フィオレは思い切り腕を振り下ろしていた。
「てめえ、動くなといった傍から──」
「ギャアッ!」
バティスタの言葉が終わらないうちに、黒装束はなりふり構わず顔を覆った。
その間にフィリアはスタンによって救出され、それを見届けたフィオレが黒装束に接敵する。
「フィリアを選ぶとはなかなか眼が肥えていますね。でも彼女をそんな眼で見てもらっても困るので──頂きましょうか、命もろとも」
片目から生えた棒手裏剣をコンタミネーションで回収。
そのままとどめを刺し、フィオレはバティスタを見やった。
「状況を考えればせんなきことでしょうが、私の恩人に手を出すのはいただけません。是非とも同じ目……いいえ、玉という
「相変わらず、やることがえぐいな。それが公正明大な客員剣士サマのやることか!?」
「あ? 客員剣士? ああ、リオン様はそうですね。私は見習いだからいいんです」
屁理屈にもほどがある。無茶苦茶な言い分に、もちろんバティスタが聞き流すことはなかった。
「はっ、とんでもない理屈だぜ。それがてめえの本性か」
「今更気付いたんですか」
にっこり微笑んで肯定するフィオレ自身に、今の言葉は一切の否定要素がない。
しかし次の瞬間。その作り笑顔は一瞬にして崩壊した。
「とんでもない女だな。親の顔が見てえぜ」
その一言を聞いた途端。それまで余裕しかなかったフィオレの表情から、感情という感情すべてが消えて散る。
その激変に気付き、親という言葉に関連してのことだとバティスタは気付いてしまった。
一度目、二度目の挑発合戦においての報復か。彼は言葉を続けた。
それが彼の運命を大きく変えるものだとは、誰一人気付くことなく。
「一体どんな育て方すりゃ、こんなじゃじゃ馬、いやアバズレに育つんだか……子供は親に似るものだとか言うしな。母親もロクな女じゃなかったってことか?」
──以前。とある素行不良姉弟の親を、悪し様に罵ったことがあった。
自分にそれを向けられて、やはりあれは正解だったと思う。親の罵倒を聞いて怒らず、肯定する子供などいない。
例外はあろうと、子供にとって親はそれほどに大きな存在だ。条件反射的に慕い、そうでなければ徹底して無関心になれる。
そしてバティスタの挑発も、フィオレに対してはこれが正解だ。
ふつふつ、と腹の底で何かがたぎる。それが久々に覚えた怒りであることを、どこか他人事のようにフィオレは自覚していた。
「──そういえば。大切なことを言っていませんでしたね」
「あ?」
「実は私たち、あの時と同じように戦うわけにはいかないのですよ」
感情が殺ぎ落としたような、妙に平坦な言葉が淡々と流れていく。
至極真面目な、それ故感情の乏しいひとつの瞳はバティスタを見つめていた。
「すでに私たちは、あなたが幽閉したであろうフェイト・モリュウと接触を持ちました。そのため、私たちはグレバムの居場所に関する情報源をすでに得ています。それが何を意味するのか、わかりますか?」
「あの坊ちゃんか。まさか仲間が見ている前で篭絡したってんじゃ……」
「そのため、あなたを生かして捕らえる意味はありません」
琴線に触れたことに今更ながら気付いたのか。
まるで茶化すように再び挑発を口にするバティスタを一刀両断するかのごとく、フィオレはそれを告げた。
まるでお使いでも頼むかのようなその気安さが余計に傍観者、そして対象の背筋を凍らせる。
「更にあなたは、ここの領主を死に追いやっているでしょう」
「あの老いぼれのことか。まさかそれの、仇討ちとでも抜かすのか?」
「そのまさかです」
本当にフェイトを連れてこなくてよかったと、一同の誰もが思った。冗談でも実の息子に聞かせていい言葉ではない。
「父を奪われた領主子息の信頼と協力を得るためにも、この日まで虐げられた領民のためにも、私たち……いえ、私は仇たるあなたの殺害を試みます」
そう啖呵を切った、その時の事。バティスタは弾かれたように爆笑した。
「はっはっは! 笑わせるぜ、何が仇討ちだ。お前がそれを言うのか? ここへ来るまでどれだけ殺してきた? どれだけ屍、踏み潰してきたんだよ!」
「……」
「尊い犠牲か? 障害物をどかしてきただけか? 涼しい顔してどんな言い訳を考えてやがる? 無駄だな。そんなおためごかし、言うだけてめえが偽善者だと宣言しているようなもんだ!」
「……楽しそうですね」
賑やかな嘲笑をやめないバティスタを横目に、フィオレは小さく嘆息した。