swordian saga   作:佐谷莢

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 モリュウ城にて。
 ついに決着がつきました。
 こうなることは、どうあっても避けられなかったことです。
 祈ることが許されるなら、逝った方々へささやかな冥福を。


第八十二夜「夢から覚めて、また夢を見よ。——醒めることのない夢を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おそらくは渾身の侮辱だったのだろう。

 まともに取り合われることなく一言で流されたバティスタは、ぴたりと嘲笑うのをやめた。

 

「私も、ロクな死に方しないでしょうね。罠にかかってあっけなく死ぬかもしれない、人としての尊厳すら奪われ、屈辱の汚泥にまみれて死ぬのかもしれない」

 

 誰かを殺してその未来を奪うたび、自らの人生の幕引きを思わずにはいられない。

 かつて迎えた幕引きは、それまでの行いにふさわしいものだったと信じている。此度もきっと、同じだ。

 そしてそれは、フィオレに限ってのことではない。

 

「行いはすべて、我が身に却ってくるものです。様々な犠牲の塔を築いて、一国一城の主の座を手にして、あなたは一人ここにいる。……実にいい夢を見ましたね」

 

 微笑みすら浮かべて、フィオレは告げる。

 裁きの刻を。

 

「さようなら、バティスタ。せめて憂いなく──この大地から去ね」

「ぐ!?」

 

 それまでざわざわと背筋を戦かせていた気配が、ここになって牙を剥く。

 バティスタのみならず、一同にすら戦慄を抱かせていたその正体は、フィオレの殺気だった。

 これまで向けられたことはおろか、明確に放たれることもなかったそれは見えぬ力をもってしてバティスタを圧倒している。

 蛇に睨まれた蛙のように動けないバティスタに対し、フィオレは音を立てて紫電を仕舞った。

 

「な……なんのつもり、だ」

「最期に、痛みと向き合いましょうか」

 

 凍りついた時の流れを果敢にも取り戻したバティスタは、恫喝と言うより鼓舞の意味合いを込めて叫んだ。

 

「なめるな、行き倒れ風情が! 思い知らせてや……!」

 

 いつか、往来でフィリアを巡って争った時とはわけが違う。徒手空拳で単身バティスタに迫ったフィオレは、目と鼻の先まで接近した。

 驚愕すら浮かんでいない目を眺めて、跳び膝蹴りを顎に叩き込む。

 

「が……っ」

 

 見事ひっくり返ったバティスタはフィオレを見上げた。勢いのまま、その体を長靴(ブーツ)に包まれた足が踏みつける。

 靴底に鉄板が仕込まれている足が一度わずかに浮いたかと思うと、全力で真下の物体を踏みしだいた。

 バティスタの、胸板を。

 

「かは……っ!」

 

 強制的に肺から空気をたたき出され、バティスタは苦しげに息を吐くもそれだけでは終わらない。

 骨のきしむ音がして、きしんだ箇所を全力で踏みにじる。確かな手ごたえを感じて見やれば、バティスタは仰向けのまま血を吐いていた。

 折れたあばら骨が、肺に突き刺さったのだろう。

 

「ぐ……うう」

 

 抗うように、思い出したように蠢く鉤手甲が装着された腕を、フィオレは何の迷いもなく落とした。

 切断された腕はごろりと転がり、斬り口からは直視しがたいほどの出血が発生する。

 

「ぎゃああっ!」

「フィオレさん、やめて!」

 

 血の海の中で腕を押さえてもがくバティスタが、直後肺を抑えて咳き込んだ。

 更なる喀血に……否、その惨状を見てだろう。フィリアが悲鳴じみた制止を上げる。

 その制止に、フィオレは──否とも応とも答えなかった。

 

「それは、バティスタをラクにしてやれ、という意味ですか?」

「違います! いかにバティスタがあなたの怒りに触れたとはいえ、やりすぎですわ! こんなことをなさらなくとも……」

「なさらなくても、なんですか? フィリアもまた、夢を見てるみたいですね」

 

 話の片手間、バティスタの頭に靴底を押し付ける。

 そのまま一定の角度を保って力を入れると、骨と骨がきしむ音が確かに聞こえた。

 

「フィ、フィオレ。バティスタの首がなんか、ゴリゴリ鳴ってるんだけど……」

「鳴ってますね。下手に暴れると首の骨が折れますけど、私はそれでも構いません。死にたければどうぞ。まあ、このままでもそのうち失血死するでしょうが」

 

 武闘派修道士のまとう神官服が、どす黒い赤に染まっていく。

 首を襲う激痛に呻くバティスタを視界に入れたまま、フィオレは今にも泣き出しそうなフィリアを見やった。

 

「わたくしが、夢を見ているって……」

「ラクにするなということは、生かしておくつもりだったのでしょう? それも不可能ではありませんが……私の中に生け捕りにする選択肢はありません」

「な、何故!」

「今後を思えばこそです」

 

 意外、というよりはまったく関連のなさそうな答えに、一同はいぶかしげにしている。

 バティスタはタブーを口にしたからフィオレによって半殺しの憂き目に遭っている、と思っていただろうが、間違いだ。

 怒りを覚えたことは事実だが、腹いせのつもりなど毛頭ない。

 

「え?」

「ここの領主がどのような人物だったのかは存じません。しかし、果たして領主の命を奪った男を、誰が許してくれるでしょうか」

 

 結論から言って、許されることはない。

 ジョニーから聞いた話によれば、前領主は善政を敷き領民の交流を欠かさない慕われる人柄であったらしい。

 ただ領土を治めているだけの人間でも許されるというのは難しいのに、慕われるほどの人物では不可能だ。催眠術でもかけない限りどうにもならない。

 

「少なくとも、私たちはそれを許さない人たちと接触している。彼らの気持ちが理解できないでもありませんし、何よりバティスタがここにいる原因は、私にもありますから」

 

 バティスタを泳がせると提案したその時から、他者に害が及ぶことは覚悟していた。

 不毛な尋問よりは手っ取り早いだろうと、それが災いして誰かが悲しむようなことがあればこの手で責任を取ろうと。

 そしてバティスタの殺害を決めたのは、責任を取るためだけではない。

 仮に生かしておいたとしても、彼がこの先辿るだろう運命は──少なからず生きていることを喜ぶことは出来ないだろう。

 

「そして、私には彼の命を護れない。そんなことをすれば、私たちが殺されかねない。私たちとて、外国からの不法入国者なんです。できることは限られる」

「ですが……」

「ならフィリアはどうしますか? 生け捕りにして次期領主に引渡し、引導を渡すようにと……復讐というお題目で手を汚させるのですか?」

 

 あのフェイト・モリュウという男。ジョニーと同じく優男には見えるが、身のこなしは素人から程遠かった。

 それなりの使い手と察しているが、領主子息という身分である以上、人殺しに慣れているとは思えない。

 

「身柄を引き渡されたところで、扱いに困るだけでしょうね。領主殺害に次期領主監禁の罪で処刑か、民衆に対してそれまでの圧制の鬱憤晴らしに使うか……どちらにせよ、悲惨なものではないかと」

 

 諸悪の根源を知った民衆ほど、残酷な生物はいない。怒りの矛先を求める領民の前に放り出され、なぶり殺しにされるかもしれない。

 仮に楽な処刑を施されたとしても、残った遺体がどのように辱められるかもわからない。

 

「私に何の縁もなく、ただフィリアの同僚であったというだけなら。生かして次期領主に突き出し、更に領民に『モリュウ領主を殺した輩』として吊るし上げています。そうしない理由は、一重に……フィリアの同僚で、あの日のフィリアに同行していたから」

「ご、ご存知だったのですか!? 確かにあの日バティスタは、フィオレさんを見つけたわたくしの護衛をしていて、フィオレさんを搬送したのもバティスタですが……」

「だってそうじゃないと、説明がつきませんよ。バティスタが私の……体型を、知っている理由」

 

 経過はどうあれ、フィオレはバティスタにも助けられた。だからこそ今彼は半殺しで済んでいる。

 嘆息して、フィオレは唐突にバティスタの頭を解放した。

 獣のような唸り声を上げて、バティスタは瞬時に体勢を立て直している。切断されたはずの腕が音を立てて、再生しつつあった。

 

「もう大分魔物に近いみたいですね。人の意識が完全になくなる前に、何か言い残したいことはありますか?」

「……ぜ」

 

 唸り声の隙間から、呟きが聞こえる。もう一度聞き返して、フィオレは哀れみを覚えざるをえなかった。

 

「いっぺんひん剥いて、滅茶苦茶にしてやりたかったぜ」

「哀れなものですね。理性をなくした人間はただ、壊れた本能に突っ走るものだと聞きましたが」

 

 誰のことを指しているのか知らないが、そんなことを呟かれても困る。

 バティスタの独り言は続いた。

 

「てめえの泣き顔は、さぞかしそそるんだろうな……」

「ぶさいくなだけだと思いますが」

 

 司祭だっただけに、それまで禁欲でもしていたのか。

 あるいはこれまで女に縁がなかっただけか。女に縁があったからこそ、ただいま発情中なのか。

 それは彼にしかわからない。

 半開きになった口から涎が垂れて、もともと赤くなっていた目が飛び出さないばかりに爛々と輝く。

 再生どころか元のものより異常に肥大化した腕が蠢いたかと思うと、フィオレに掴みかかった。

 

「!」

「さんざん好き勝手抜かしやがって、ちったあ思い知れ!」

 

 その腕を、斬り落とすよりも早く。

 バティスタは、自分の額からあるものをむしりとった。

 自力で外せば、致死量の電撃は発生する額冠(ティアラ)を。

 

「ぬぐわぁーっ…………!」

「が……!」

「フィオレ!」

 

 体が貫かれるような衝撃が走り、髪の焦げる嫌な臭いがする。

 遠のく意識の隅で、唐突にリオンがフィリアから何かをもぎ取った。

 それまで彼女が携えていた、クレメンテ──

 

「貸せ!」

「リオンさん!?」

「仮にも雷属性を司るソーディアンなら、電撃を遮断してみせろ!」

 

 一閃したクレメンテの刃が、フィオレの胸倉を掴んで離さないバティスタの手首から先を寸断する。

 フィオレが尻餅をつくように離れた頃。彼は全身をくすぶらせて、絶命していた。

 

「バティスタ……!」

 

 胸倉を掴んでいたバティスタの手首が、今更外れる。

 電撃の影響で、体が痺れて、動けない。

 

『……シルフィスティア、第三音素(サードフォニム)を排斥してもらってもいいですか?』

『えっと。もうちょっとこう、この世界に即した指示がほしいなあ。あと雷属性に関しては、ボクとソルブライトの半々だから』

『そうですか。シルフィスティア、ソルブライト。体内に残る雷気の排除をお願いします』

『それならオッケー』

『承った』

 

 ようやく体が動くようになり、予想だにしていなかった彼の最期に、フィオレはキャスケットを取り出した。

 毛先が焦げて黒っぽくなり、バティスタの失血に浸った髪を、キャスケットに押し込む。

 そうしてフィオレは、ようやく目元を隠した。

 

「さて、次期領主様のお迎えにあがりましょうかね」

 

 フィリアがへたりこんでいることを承知で、きびすを返す。

 ジョニーが続き、短い口論の後にリオンがルーティ、マリーの二人を連れてくる。

 最後に残ったスタンがフィリアに何事か声をかけ、一同は座敷牢へと向かった。

 

「いいのかい、司祭のお嬢ちゃんを置いてきて?」

「バティスタは、彼女の同僚でもあった男です。それまで親交のあった人間に死なれて、平然としていられるような子ではありませんから」

「だが、また人質に取られたら……」

「今度は八つ裂きにしましょう」

 

 座敷牢にたどり着き、一声かけてから南京錠の開錠を手早く行う。

 出迎えたフェイトに対して、リオンは今度こそ例の質問を試みた。

 

「おい、バティスタを片付けてきたぞ。それで、セインガルド侵攻を企むティベリウスとかいうのはどこにいる?」

「トウケイ領だが、それを聞いてどうするつもりだ」

「奴を倒す」

 

 このシンプルな回答に、フェイトは顔色を変えて止めにかかる。

 しかし、父を殺されたばかりか、自分の幽閉すらも食い止められなかった人間に、リオンに発言の撤回をさせられるわけもなく。

 

「誰がバティスタを倒したと思ってるんだ」

「そ、それは……」

「ほとんどフィオレがやったんでしょーが……」

 

 またもやルーティがいらない一言を呟き、軽い電撃をくらったのはご愛嬌ということで。

 気を取り直して、リオンは腕を組んだ。

 

「とにかく、僕たちはバティスタに勝った。相手がグレバムだろうがティベリウス大王だろうが、止められる道理はない」

「大丈夫だ。こいつらならやれるさ。なんたって、この俺がついていくんだからな」

「ジョニーさん!?」

 

 唐突なこの宣言にスタンは驚くものの、ジョニーはちちち、と指を振るだけだ。

 

「おーっと。嫌とは言わせな「嫌です」

 

 驚きこそしないが、皆まで言わせるつもりもない。

 派手なリアクション──その場でずっこけてみせたジョニーは、苦笑しながら人差し指で頬をかいている。

 

「一刀両断だな」

「まあそう言うなって。俺もティベリウスの野郎とはいろいろ……」

「──そうだ。リオン様がいるなら、ここは任せても構いませんよね。ジョニーの同行の件に関しても、あなたの判断に従います」

 

 先程から妙に淡白なフィオレの声音に閉口しながらも、リオンは黙ってその言い分を聞いていた。

 

「フィリアのところに行っています。つきましては、スタン」

「はい?」

「手を貸してください。もしくはディムロスの貸与を」

 

 僅かに逡巡して、スタンはフィオレと共に座敷牢を退室している。

 終始黙りがちだった彼女を見送り、一人事情を知らないフェイトは首を傾げた。

 

「何か、あったのか?」

「あちらさん、バティスタと色々あったらしくてね。俺にもわからんことだらけなんだが」

「それを言うならあたしたちだって同じよ。フィオレは何も教えてくれないもの」

 

 ルーティは不満げに唇を尖らせている。

 しかしその話題は、今後のことについて交渉するリオンとフェイトの会話によって、流れた。

 

「俺の、話を、聞いてくれー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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