風雲モリュウ城終了っ! ここまで長かった……! 感無量!
今までありがとうございました、引き続きよろしくお願いします。
ここにきて過去の人・エレノアの身に何が起こったのかが明らかになるようですよ?
一方、スタンを伴って展望台へと訪れたフィオレは、座り込むフィリアの肩に手を置いた。
「……フィオレ、さん」
「フィリア。バティスタの故郷はどこだかわかりますか?」
どこか遠くを見るような目でバティスタの遺骸をちらと見下ろし、呟く。
「バティスタは、その、孤児だったそうです。気がついたら神殿で暮らしていた、と……」
「そうですか。じゃあ、ストレイライズ神殿周辺でいいですね」
「何を、ですか?」
「遺灰をどこに撒くか、です」
フィリアを立たせて、バティスタの遺骸から距離を取る。
道中手順を説明しておいたスタン、ディムロスと示し合わせて、フィオレもまたコアクリスタルに手を伸ばした。
「炎帝に仕えし汝の吐息は、たぎる溶岩の灼熱を越え、かくて全てを滅ぼさん──サラマンド・フィアフルフレア!」
『炎の壁の彼方に見ゆるは、死神たちの饗宴……』
「ファイアウォール!」
炎の壁がバティスタの体を軸に発生し、その上から譜陣が発生する。
地面から噴出した灼熱がバティスタの体から水分を蒸発させた。立ち上る火焔の柱が渦となってバティスタの遺骸を覆い尽くす。
威力を調整したその晶術と譜術の後に残されたのは、カラカラになった遺灰だけだった。
「あ……」
「彼がわずかにでも、幸せな夢を見ただろうモリュウの海に撒いてもいいのですが」
素手で灰をかき集め、布の袋に流し込む。
自分もしようとだろう、ふらりと立ち上がったフィリアを、フィオレは手を止めずに制した。
「いいです。そこにいてください」
「で、でも……」
「──灰が湿気を帯びると、保存が大変ですから」
こらえきれなかった涙を零すフィリアに、わずかながら罪悪感が芽生える。
しかし、たとえ彼が
「……ごめんなさい、わたくし……!」
「悲しんでいるのに、涙が零れないほうが異常です。溜め込むのは心に毒ですよ」
遺灰集めをスタンに任せて、フィリアに歩み寄った。眼鏡を取り上げて腕を回す。
それだけで、フィリアは子供のようにすがりついてきた。
「好きなだけ、恨んでください。どの道バティスタの命はなかったのですから」
「……」
ひっきりなしにしゃくりあげるフィリアが、激しく首を横に振る。
とうの昔になくした心を持つ少女に僅かな嫉妬を覚えながら、フィオレは彼女が落ち着くまで頭をなでていた。
やがてスタンが遺灰を集め終え、フィリアが嗚咽を止めて顔を上げる。その目は兎のように赤くなっていたが、表情には落ち着きが戻っていた。
「ご心配をおかけしました。スタンさんも、ありがとうございます」
「もう大丈夫なのかい?」
「ええ」
眼鏡を手に、遺灰が詰まった袋を慎重に受け取りつつ、ぎこちない微笑を浮かべる。
そこへ。
フェイトとの交渉を終えたらしいリオンが、ルーティらを率いてやってきた。
「ご苦労様です。お話はまとまりましたか?」
「──次の目的地はトウケイ領だ。そこに、ティベリウスに取り入ったグレバムがいる」
「神の眼も、多分一緒にね。ちなみにジョニーの同行については決まってないわ」
前者についてはもう少し詳しく知りたいが、後者に関しては心底どうでもいい。拒否したところでくっついてくるのは明白である。
「出発が整い次第、出るつもりなんだが……」
「気遣いは無用ですわ。わたくしも一緒に参ります」
このやりとりを前にして、フィオレは知らず胸が熱くなるのを感じた。
残念ながらフィリアの気丈さに、ではない。
あのリオンが……フィリアがグレバムを「大司祭様」と呼んだだけでカリカリしていたリオンが。
敵を倒したにもかかわらずメソメソしているフィリアを、気遣っている。
これを機に歳相応の恋愛を知ってほしい気がしないでもないが、それは余計な世話というもの。それに、意中の女性がいる以上それは望めないだろう。
本当に、よくぞ成長してくれたものだと思う。剣の腕の上達より嬉しい気がするのは、一重に彼が人間的な成長を遂げた証だからだろうか。
身内でもないのにおこがましいことを考える自分に嫌悪することはわかりきっている。それでも、想う気持ちは止められなかった。
しかし、彼らの表情は一切晴れていない。
「んと、それはいいんだけど。すぐ準備は出来ないから、じゃあフィリア達と合流して宿で休んでようか、って話になったのね。そうしたら」
「とんでもない! と、言われたんだ。すぐ用意させるから、是非とも城に泊まっていってくれと」
「泊まっていけって……そんなに時間を確保するつもりなのでしょうか」
確かに、バティスタという諸悪の根源は倒した。
しかし、それだけでモリュウの民を虐げる兵士が消え失せたわけではない。
様々な事後処理に追われることだろうが、船を出すのはそれが終わってから、と後回しにされてしまうのだろうか。
「何はともあれ、一段落はしたんだ。これから先のことに備えて、今の内にゆっくり休めばいいじゃないか」
ジョニーの言葉にも一理ある。一理あるが、何となく釈然としないものを感じないでもない。
などと考えたところで、相手が相手につき抗議ははばかられる。
そして、どうしてもジョニーの取った宿でまた雑魚寝がしたいわけではない。
「お呼びがかかるまで、ここで待機というわけですか……おや」
ふと天守閣から目に付いた光景に気を惹かれて歩み寄る。
遥か眼下、城門から一組の男女が現われたかと思うとその背後から何人もの老若男女が城下へと駆け出した。
それまで兵士によって理不尽に捕らえられていた領民を解放したのだろう。
それを咎めにかかった衛兵が、一組の男女を目にして一目散に逃げ去った。
街を我が物顔で歩いていた兵士らの大半は、このモリュウの人間ではなかったらしい。
衛兵の逃走は次々と伝染していき、港はあっという間に黒山の人だかりとなった。
いくつかの船がゆっくりと港を離れていく。
やがてモリュウ領の人間が所有する船に手を出し始めたのか、漁師と思わしき人々と衛兵の衝突が見られるようになった。
モリュウ領正規軍であろう兵士がそれの沈静化に集まり出し、港は混沌と化していく。
「確かにこれは無理そうねー……」
「ねえ皆、少し騒がしくしても構いませんか?」
ルーティがボヤいたその時、フィオレは楽器を取り出している。
唐突にこの場で歌唱演奏を思いついたらしい彼女に、一同は反対することはなかった。
「何か新曲でも思いついたのかい?」
「──まあ、似たようなものですね」
調律をするかのように軽く弦を引っかき、大譜歌で喉を慣らす。
それから、フィオレは一心にシストルをかき鳴らした。
♪ 夢を見て 夢から覚めて また夢を見て
夢から覚めましたか 夢が冷めましたか
上を見て夢から醒めて下を見る
今夜の夢は何でしょう 今度の夢は何でしょう
夢なんか見たくない 夢ばかり見ていたいのに
夢を見て 夢から醒めて また夢を見る?
それでも
僕らは夢を生きる 僕らは夢で生きる
さあ、おやすみなさい
貴方が素晴らしい夢を見られますように──
しっとりとした
仲間内のささやかな拍手に気取った辞儀を返していると。
「お待たせいたしました。どうぞ皆さん、こちらへ……」
聞き覚えのある女声がして、顔を上げてからしまった、と臍を噛む。
ついいつもの癖で、辞儀をする際帽子を外していたのだ。
一同を迎えに来たのであろうリアーナ后は、驚きを表情に浮かべて固まってしまっている。
慌てて帽子を被るも、彼女は見て見ぬフリをしてくれなかった。
「エ……レノア? エレノア様、なの!?」
「いや、別人だ。ただ、俺たちが間違えるくらい似てるんでな。ややこしいしフェイトが見たら何を言い出すかわからんから、ここへ来る際隠してもらったんだ」
二の句が告げられないフィオレに代わって取り繕ったのはジョニーだった。
「面倒くさいのはわかるが、もうちょい我慢してくれや」と苦言を呈するおまけつき。
一応は納得する素振りを見せたリアーナだったが、以降はフィオレを正面から見ようとしなかった。
「そうなの……すみません、私はこれで。皆さんをお部屋へご案内なさい」
「あ、奥方様!」
連れていた侍女にそう言いつけて、リアーナはそそくさとその場を後にした。
大急ぎで用立てたのだろう、真ん中で障子によって区分けできる畳敷きの広間に通され、アクアヴェイル産の緑茶を振舞われる。
好奇心は隠せないようで、ちらちらとフィオレを盗み見る侍女を、打ち合わせの名目で追い出したジョニーは、よっこらせとばかり胡坐をかいた。
「ねえ、あのリアーナって人。エレノアさんを知ってるの?」
「まあな。エレノアはモリュウでも名高いリンドウ家の娘で、フェイトと──交際してたんだ。モリュウの人間でエレノアを知らん奴は、まずいないだろうよ」
それは困ったことになった。それでは、ますます人前で帽子を外すわけにはいかない。
フィオレの内心など他所に、ルーティの質問は続く。
「あれ、でも。その領主子息と婚約してたんでしょ? なんでティベリウス大王とかいうのに寝取られちゃったわけ?」
「……どこで仕入れた情報か知らんが、そいつは嘘っぱちだ」
突如として、ジョニーは朗らかな笑みを消し眉間に皺を刻んだ。
機嫌が悪くなったのは、明白である。
「確かにエレノアはティベリウスの野郎に気に入られ、さらわれるように
「それって……」
「婚約を交わしたと言っても、そのときは口約束でいずれ両家が正式な縁談を組む、って時だったんだよ。それをいいことに、ティベリウスはエレノアを寄越さなければモリュウ領に攻め込むとリンドウ家を、エレノア本人を脅したんだ」
当時のことを思い出してか、ジョニーは遠くを見やるように視線を投げた。
伏し目がちな翡翠の瞳が映すのは眼下の城下町か、はたまた故人のことなのか。
「そういう意味では、確かに寝取られたかもしれねえな。自分には何の相談もなしに婚約を破棄され、更にエレノアには死なれ、落ち込んでいたフェイトを慰めたのがリアーナさ」
「詳しいですね。流石、吟遊詩人」
「え、吟遊詩人とかそういう問題なの? あたしてっきり、ジョニーってばエレノアに心底惚れてたのね、とか思ったのに」
あっけらかんと、本人の前で自説を唱えるルーティに、湯のみを煽っていたジョニーは盛大にむせている。
その背中を平手で叩きながら、フィオレは帽子を取った。
「噂は吟遊詩人にとって飯の種、レンズハンターにとってのレンズみたいなものです。そこから面白おかしい、聞く人の興味を煽るような歌を作っておひねりを得る。あの硬そうなイスアード将軍でさえ知っていたのですから、フェイトと懇意のジョニーが知らないわけないでしょう」
毛先が焦げ、バティスタの血でどろどろになっている髪を拭い、丁寧に梳く。
続いて剪定用のはさみを取り出し、いい機会だからばっさり切ろうかと屑籠を側に寄せて刃を当てたところでフィリアに止められた。
「な、何をなさるんです!」
「何って、切ろうかと」
「髪は女の命と言いますでしょう。多少焦げて汚れたからといって簡単に捨ててはいけませんわ!」
わたくしが整えて差し上げます、とはさみを取られ、焦げた箇所、主に毛先を彼女に剪定される。
今度は髪を洗うと言い出したフィリアをどうにか言いくるめて、フィオレは一人、城下を歩いていた。
運良く、現在モリュウ城の銭湯設備が使えないと判ったためジョニーに宿の部屋の鍵を借り、わざわざ風呂に入るために別行動を取ったのである。