swordian saga   作:佐谷莢

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 閑話休題的小話。ジョニーとのお買い物タイム≠デートから、街中で襲撃されることを嫌って自ら人気のない場所へ。




第八十四夜——穏やかな時間~争いは突然に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋付きの浴室を独り占め、じっくりと髪も体も清めたフィオレが部屋を出てきた時。

 宿の受付のところに、ジョニーが佇んでいた。

 

「お出迎えですか?」

「宿を引き払うついでにな」

 

 フィオレから鍵を受け取り、つつがなく宿を引き払って、二人はモリュウ城へと向かった。

 バティスタを撃破した直後は朝日が昇る最中だったというのに、今や太陽は頂点へ昇りつつある。

 

「出港準備がどうなっているのか、ご存知で?」

「いや、後処理にてんやわんやしてるからな。最低でも明日までかかりそうだ」

 

 モリュウの城下町は、当初の雰囲気が綺麗に払拭されていた。

 元来はこうなのだろう、横暴な衛兵によって抑圧されていた人々が本来の笑顔を取り戻し、街全体がフェイト・モリュウの領主即位に歓喜している。

 やはりフィリアは連れてこなくて良かった。フェイト・モリュウの即位に歓喜していることはすなわち、バティスタ崩御に喜んでいるということなのだから。

 モリュウ城へ続く大通りを行く道すがら、商店街に面した通りを見つけてフィオレは足を止めた。

 

「ところでね、ジョニー」

「ん?」

「ちょっと用事があるので、私は寄り道します。だから……」

「ああ、お前さんもか。俺もそうだから、気にすんな」

 

 そう言って。彼は城へ戻る大通りから、商店街の連なる通りへ足を向けた。

 彼の足は完全に戻り道に向かっていたから、そのまま帰るだろうと踏んだのだが。

 気を取り直して、フィオレもまた商店街へと眼を向けた。

 

「何をお求めで?」

「まあ、ちょっとな。お前さんは?」

「適当な武器と、髪留めを。紫電をあなたに返還したあと新たな武器が必要ですし、髪留めは壊してしまいましたし」

 

 一応残骸をかき集めて修理を試みたのだが、足りない破片があるらしく欠けたままだ。

 時の流れをいじることで元の形を取り戻すことはできても、足りない部品を再生させることはできない。

 その言葉に、ジョニーは先行く足を止めてひと時、立ちすくんだ。

 

「……ジョニー?」

「あー、髪留めのことなんだが。その、奢らせてくんねえか?」

「は?」

 

 何とも言いがたそうに、彼はごにょごにょと呟いた。奇妙な提案をされたフィオレとしては、真意を尋ねるくらいしか出来ない。

 

「髪留めが壊れたのは、俺が不用意なことをしたのが原因でもあるだろ?」

「……確かにあれは軽率でしたね。でも、別に」

「そんなわけだ。武器屋の方も、心当たりがあるから一緒に回ろうや」

 

 反論の暇もあらばこそ、ひょいと肩を抱かれて連行される。

 それなりに身長差があるからやりづらいだろうに、彼は一切気にした様子もなく歩き始めた。

 

「そんなことをしていたら、あなたの買い物ができなくなるのでは?」

「かまわねえさ。そこまで重要なもんでもねえしな」

 

 手始めに髪留めを探して回り、人目を忍んでこっそり帽子を外しては試す。

 朗報に対して浮き足立つ領民が多いのか、客が多いために見咎められることはなかった。

 問題は、女性ばかりの店内でも一切たじろぐことなく付き添うジョニーの存在である。

 ただ居たところで目立つのは必至だというのに、彼は手持ち無沙汰にいくつかの髪飾りをチョイスしてはフィオレに試すよう促し始めたのだ。

 

「こーいうのはどうだ?」

「お心だけ受け取っておきます。真面目に答えると、動きを阻害するような華美なものはお断りです」

 

 可憐な桃の花が描かれた鼈甲製の櫛を渡されて、苦笑しつつそれは棚に戻す。

 彼は話を聞いていなかったようで、次に寄越してきたのは、真っ赤な薔薇を載せた派手なカチューシャだった。

 どうでもいいが、何ゆえ彼はことごとく、花飾りが付属した髪飾りばかり渡してくるのだろう。フィオレが求めているのは髪留め──髪をまとめられる代物なのだが。

 

「これにします」

「却下。もうちっといいもんにしろって」

 

 それだけならまだしも、フィオレがこれでいい、と言ったものに対して似合わない、だのこっちの方がいい、と文句をつける始末。

 

「こっちが胡蝶蘭で、こっちが花水木な。どっちがいい?」

「予算オーバーです」

「俺が払うのになんでそうなるんだよ」

「遠回しに気に入らないと言っていることに気づいてくださいませ」

 

 ──本当は、奢ってもらうことから断るべきだった。そんなことはわかりきっている。

 ジョニーがただの、モリュウ城攻略における協力者だったなら、フィオレは申し出を一言で却下し、受け入れることはしなかっただろう。

 それをしなかったのは、彼が三男坊とはいえ、シデン領主の息子であり、モリュウ領当主の友人……権力者のくくりに入る人間だからだ。

 かつて一国の王のお気に入りに手出しを──殺そうとしたことで処刑されかけたことは、今尚フィオレの心を心的外傷(トラウマ)として縛り続けている。

 セインガルドで貴族からの贈り物を拒否できても、ここアクアヴェイルでジョニーの申し出を断れなかったのは、ここに起因しているのだろう。

 

「んじゃ、これはどうよ」

 

 早く決めなければと、大真面目に選定していたフィオレの眼前に、彼の新たなチョイスが突き出される。

 四葉が先端に煌く、漆黒の簪だ。

 緻密な宝石細工──エメラルドを加工したもののように見える。

 反射的に断ろうとして。

 

「髪留め──簪がいいんだろ? これならそんなに派手じゃねえし、よく似合うぜ」

 

 かけられた言葉に、思わず言葉が詰まった。

 

「……似合う、のですか。そう、ですか」

 

 クローバーの花言葉は「復讐」である。

 かつて母の仇を討たんと「復讐」に身を焦がし、狂わんばかりになっていた時期さえあったフィオレには、痛恨の一撃となって、言葉は突き刺さった。

 確かに、フィオレはジョニーの目の前で仇討ちをお題目にバティスタを討った。

 だから「復讐」が似合うのか、それとも。

 未だ、「復讐」を望む顔をしているのか。

 

「んじゃ、これでいいな」

 

 その高級な飾りのせいでかなり高くついたが、価格の低く地味なものばかり選んでいたフィオレを言い負かしたことを満足しているらしく、ジョニーは一切頓着していなかった。

 あるいは、領主息子であるが故に、高値だと思っていないのか。

 もう購入されてしまったものだ。いつまでもうじうじ考えていても、時間は戻らない。

 一呼吸ついて、フィオレは頭を切り替えた。

 

「ところで、新しい武器の話なんだがな。フェイトに頼めば、城に眠っている刀のひとつやふたつ、くれるような気がするんだが」

「これから船を出してくださる方にそんなおねだりはできません。それに、大切に保存されていただけのなまくらを渡されても困ります」

「それもそうか。なら次は武器屋だな。確か、向こうの通りにあったはず」

 

 ジョニーに促され、見覚えのある店まで連れてこられる。一同がモリュウ城侵入の際、手を借りたぴろんボート店だ。

 ただし、普段の活気を取り戻したからなのか。店主はもちろん他の船頭たちも、次から次へとやってくる客相手に忙しそうだ。

 

「向こうの通りまで頼む」

「へい!」

 

 店主に礼を言うことは出来ず、二人は壮年の船頭によって水路を突っ切り、時間の短縮を図った。

 

「忙しそうだねえ」

「あっしらにゃあ嬉しい悲鳴って奴ですよ。フェイト様が地位奪還してくだすって、本当に良かった」

 

 どのように話が伝わっているのかはわからないが、一日もかからず狼藉者らをモリュウから叩きだしたのは間違いなく彼の功績だろう。その手腕は称えるべきだ。

 その後、二人は恋人かなどと言い出した船頭に眼科にかかった方がいい、と忠告し。ジョニーの案内で『海神』と看板の掲げられた武器屋へ入る。

 

「いらっしゃい。何をお探しで?」

「長刀を探しています。白鞘拵えのものを、いくつか見せてもらえませんか?」

 

 応対に出た店員が、それならばと奥へと引っ込む。薄暗い店内の中で、ジョニーはぽそりと口を開いた。

 

「白鞘って、紫電と同じ様なモンじゃ駄目なのかい?」

「言っておきますが、紫電も白鞘拵えですよ。何故か黒く塗られているだけで」

 

 刀が納められているらしい桐の箱をいくつか抱えてきた店員は、「どうぞお試しください」と一角に据えられた藁束を指した。

 言葉に甘えて箱から取り出し、懐紙を咥えて吐息で刃を汚さぬようにしながら品定めする。

 紫電をジョニーに預けて実際に提げてみて、フィオレは柄に手をかけ藁束と対峙した。

 

「っ!」

 

 藁束を寸断し、切れ味を確認する。

 そのまま二度、三度と刀を手の中で転がしていたフィオレは、ため息をついて『浮雲』なる銘の刀を桐箱へ押し込んだ。

 

「駄目なのか?」

「……どうも、紫電に慣れ過ぎたみたいです。重くて切り返しがすごくしにくい」

 

 それから幾度も試してみるも、刀身が短すぎたり重かったりと、しっくりくるものはない。

 きっとこの地では刀は男性が持つものだから、それなりに重くしてあるのだろう。

 フィオレの腕力で紫電はかなり扱いやすいのだ。もしスタンあたりが紫電を振るえば、その軽さに拍子抜けすることは間違いないだろう。

 

紫電(こいつ)は、その昔地鎮祭やら神楽の舞にも使ってたとか聞くからなあ。女性でも軽々扱えるようにしたのかもな」

 

 確かに血桜も、本来実戦ではなく儀礼的な意味合いを込めて作製されたものだと聞く。

 ただ、実戦を想定したことだけは間違いないだろう。そうでなければ刃がついている理由がない。

 同じものは到底望めないから、せめて少しでも軽いものを、と思ったが。残念なことにフィオレの眼鏡に叶う品はなかった。

 

「非常に残念ですが、トウケイの品揃えに期待しましょう。だからもうちょっとだけ我慢してくださいね」

 

 結局新調することなく、丁子油と打ち粉という刀の手入れ用品を買い揃えて、店を後にする。

 当然、後半の言葉にジョニーは首を傾げた。

 

「ん、何をだ?」

「私が紫電を使うこと、です。モリュウ城では不愉快な思いをされたでしょう」

 

 領主奥方であるリアーナと邂逅した際の顔はなかなか忘れられるものではない。最もそれ以降、そんな素振りは一切なかったのだが。

 本人にも覚えがあるらしく、彼は苦い顔でフィオレを見下ろした。

 

「……気付いてたか」

「あんな風に顔を歪めて、気付かれないとでも? お気持ちは察しますが、あえて無視することにします。あなたの機嫌を伺って、誰も護れないのでは本末転倒です」

 

 誰も頓着していないが、ジョニーとてアクアヴェイル公国の一領主子息なのだ。

 フィオレは彼の機嫌を損ねることも危険だと思っている。

 しかし、これから行うことを考えればそれはささやかなこと。ティベリウス撃破は彼も望むことなのだ。

 とはいえ彼の心情を察するならば、フォローしてしかるべきである。

 

「それで、ジョニーの買い物とは?」

「ああ。夜にはフェイトも時間ができるだろうからな。久々に酒でも酌み交わそうかと」

「へえ……アクアヴェイルのお酒ですか。それは興味あります」

 

 それを聞いて、フィオレは興味津々といった風情を隠すことなく彼に同行した。

 純粋に楽しんでいるような素振りに、ジョニーは意外そうにしている。

 

「ほー。お前さん、イケる口か?」

「まあ、それなりに」

 

 イケるどころかザルと言っても過言ではないのだが、嘘ではない。

 酔えなくても、酒の味を解することはできるからだ。

 

「マリーがかなりの酒豪なんですよ。ここのお酒が口に合うかどうかは、わかりませんけど」

 

 その後も、他の面々はどうだとかジョニーやフェイトはどうなのかなど、比較的和やかな雰囲気のまま酒屋へと入る。

 幾度かの試飲を経て、二人はそれぞれ一升瓶を購入した。

 

「そんなに呑んだらリオンに怒られやしないかい?」

「それもそうですね。酔い潰しましょうか」

 

 冗談を言い合いながらも、両手でえっちらおっちらと大瓶を運んでいたフィオレを見かねてか、ジョニーが持ち上げる。

 その行動に、フィオレはふと彼を見上げた。

 

「あれ、気付いたんですか?」

「……?」

「違いましたか。まあどっちでもいいのですが……寄り道していきましょう」

 

 唐突に、フィオレがジョニーの腕を取って先導を始める。まるで恋人同士がするようなその仕草に、ジョニーは戸惑わざるをえなかった。

 

「おい、そっちは城とは逆……」

「この程度なら私一人でどうにかなります。人質にされても困りますので、少々お付き合いくださいね」

 

 こそ、っと囁き、フィオレは再び歩き始めた。

 モリュウの地理に未だ明るくないフィオレが先導しているため、あっという間に人通りの少ない閑散とした通りへと差し掛かる。

 太陽が夕陽と成り代わるその頃。突如としてフィオレがぐい、と腕を真下に引く。

 素直に従った矢先、それまでジョニーの頭があった辺りを棒型の手裏剣が通過していった。

 

「へえ、これがこちらで使われているものですか。私のものとは少し異なりますね」

 

 目標を見失い、空しく民家の壁に突き刺さったものを、フィオレはまじまじと見つめた。

 

「余裕だな」

「こそこそ隠れて飛び道具使うような輩相手なら、怖くも何ともありませんからね」

 

 現在が一応昼間であることをよいことに、シルフィスティアの視線から何がどこに潜んでいるのか、検討はつけてある。

 先程の一投も、彼女の警告があってこそあれだけ余裕でかわすことができたのだ。

 でろっとした、奇妙な臭気のする液体が塗布されていることに関しては何も言うことなく、くるりと周囲を見回す。

 フィオレ自身の視界には何も映らないが、そこかしこに黒装束が潜んでいることはわかっていた。

 状況の打破は易しい。しかしそれは、自分一人であった場合の話だ。ジョニーを護りながら打って出て、且つ無傷で城へ生還するのはどう考えても難しい。

 このままこちらからは動くことなく、ただひたすら飛んでくるであろう飛び道具を回避し続け、相手が焦れて直接攻撃してくるのを待つ。

 決着に時間はかかるが、それが一番安全な凌ぎ方だ。

 周囲に気を回しつつ、ジョニーを押すように民家の壁際へ移動する。

 壁を背にジョニーをかばうような立ち位置で、右手に紫電、左手に懐刀を取った。

 四方から飛び交う手裏剣──棒手裏剣だけではなく、鉤爪が生えた円盤状のものから手のひらに収まる程度の笄が時間差を置いて迫る。

 フィオレは左右の手に持つ武器でそれらを捌いた。

 

「うおっ!?」

「……面倒ですね」

 

 出来ないわけではないが神経は使うし、幾度も繰り返されたらきっとミスをする。

 足元に散らばる多種の手裏剣をわずらわしく蹴飛ばしながら、素直に譜歌を使おうと短刀を納めて、背中に違和感を覚えたフィオレは振り返った。

 

「……何を、していらっしゃるので?」

「いや、前にお前さんここからあの楽器出してたよな? 今は持ってないのか……」

「呑気ですねえ。少しは状況の打破を考えてはくれませんか?」

 

 手裏剣を捌いているのをいいことに、ジョニーは実に無遠慮にフィオレの背中をぺたぺた撫でている。

 一発はたいてやりたい衝動を抑えてため息をつけば、彼はしばし閉口した上でフィオレを見下ろした。

 

「それで、いつまで防戦してる気だい?」

「相手が焦れて襲いかかってくるまでです」

「消極的だな。こっちから打って出る、って案はないのか?」

「私はともかくあなたが危険でしょう」

 

 モリュウ城でオルガンの間にて乱戦に陥った際とはわけが違う。

 先制はあちら、ジョニーによる吟詠奏もないため思考能力は正常、そしてはっきりと姿を確認したわけではない。

 かといって、ジョニーを連れて各個撃破を狙ったところでいたちごっこになるのが関の山だろう。

 それらを投げ遣りに話せば、彼はポン、とフィオレの肩に叩いた。

 

「俺のことは気にすんな。遠慮なく暴れてこい」

「気にするし遠慮します。ご自分が一応玉体であることを自覚してください」

 

 玉体──王族に連なる、あるいはそれに準ずる人間を傷つけるどころか、危険にさらしただけで何が起こるのか。

 ジョニー自身が平気だと言い張ることが更に追憶を刺激して、慎重にならざるを得なかった。

 

「──いいから。今から吟詠奏で連中をいぶり出す。片付けてくれ」

「駄目です! そんなことをしたら、あなたが集中砲火を浴びるのですよ。わかっているんですか?」

 

 その言葉に、調律を兼ねているのだろう。楽器をかき鳴らしたジョニーは曇りなき笑顔を浮かべた。

 

「そうなる前に、片をつけてくれや」

 

 ある意味フィオレに命を預けた、といっても過言ではない。

 否とも応とも答えるより早く、彼は己の楽器を構えて高らかに叫んだ。

 

「行くぜ! ジョニーナンバーメドレー!」

 

 ──これは、本当に早くしないとジョニーの命がなくなる。

 そう直感したフィオレは、最早言葉を交わすこともなく弾かれたように走り出た。

 まずは──路地裏に潜む影から。

 

「ちぃっ……!」

 

 自分が狙われたことに気づき、黒装束は戦線離脱を図る。

 だが、そんな追いかけっこに興じていたらジョニーの遺体を後で見つけることになるだろう。

 その方が後腐れないかな、という考えはさておいて。

 

「手間取らせないでください」

「ぎゃっ……!」

 

 手持ちの飛び道具は棒手裏剣と笹の葉型の手裏剣。それぞれを駆使した。

 追いすがってとどめを刺す手間すら惜しいと、棒手裏剣の狙いを延髄に定めて投擲する。

 見事首の後ろに突き刺さったのを確認して、次なる標的を探った。

 狙いをつけたのは──屋根の上。

 妙に様々な角度から手裏剣が飛び交ったからおかしいな、と思ってはいたのだが。これで謎は解けた。

 

「俺の~歌を~聞け~え♪」

「く、目障りな……!」

 

 多分耳障りの間違いだ。

 実に順調に彼らの苛立ちを煽るジョニーに業を煮やして、屋根にいた黒装束が刀を手に飛び降りる。

 着地のみに集中せざるをえないその瞬間を、狙うのは実にたやすかった。

 

「もういっそのこと、俺の傍で戦ったらどうだ?」

「それもひとつの案ですね」

 

 念には念を入れ、倒れた黒装束の延髄をざっくり切り裂く。

 もし生きていたとしても、延髄を破壊されれば生命維持を含めるほとんどの活動は不可能だ。

 相手がレンズを飲んでいたとしても、構造が変わらなければ弱点は人間と同じものと考えて差し支えない。

 辺りを睥睨するも、業を煮やした黒装束がどんな最期を遂げたのかは今しがた確認されたからなのか誰一人として姿を現さない。

 再び飛び交う手裏剣群を叩き落し、ジョニーの吟詠奏が奏でられる中敵襲に備える。

 吟詠奏の効果で、黒装束らの標的はフィオレの真後ろに立つ人物であるはずだ。

 隠れているままでは仕留められず、きっともどかしく思っていることだろう。

 考えられる打開策は少ない。

 

「喰らえっ!」

 

 一瞬、壁と壁の隙間から黒装束に包まれた腕が生え、瓶のようなものを投擲する。

 火炎瓶かフィリアが使うような爆薬か、あるいは全然違うものか。何にしても、見た目が単なる瓶である以上対処は簡単だ。

 紫電を放り投げて飛来する瓶の無傷回収を試みる。

 あんな不自然な投げ方の割に確実にジョニーへ届くよう投げられているため、そこまで難しいことでもなかった。

 襲撃班とて、この瓶ひとつで相手をどうにかできるとは思っていなかったのだろう。

 これが効果を発揮した時、その隙に乗じて攻め込む気だったのか、特徴的な刀を手に五人が姿を現す。

 紫電こそ手放しているものの、フィオレの手には都合よく未使用の小瓶があった。

 使わない手はない。

 きっと一斉にかかってくるつもりだったのだろう。都合よくまとまっている黒装束らに、地面へ叩きつけるような形で小瓶を投擲する。

 勿論、フィオレがやったようなことを彼らが行うこともなく。

 茶色い瓶が地面に叩きつけられ、中身が四散する。

 直後、おそらく空気に触れることで変化を起こしたのだろう。あっという間に効果を見せた。

 

「ぬあっ!」

「馬鹿者、相手に使われてどうする!」

 

 今更怒鳴ったところでもう遅い。

 瓶の中身は真っ白な濃霧を呼び、辺り一面を白煙で包み込む。なるほど、これで視界を奪って突撃する手立てだったようだ。

 確かに悪くない手である。そんなわけで踏襲しようと、フィオレは再び懐刀を手に取った。

 幸い、位置ならば先程把握している。闇雲に動かれたところで、白煙が気配を教えてくれた。

 

「ぐあ……!」

「ぎゃああっ!」

 

 確実に葬っていたせいか、たった二人しか仕留められなかった。

 まだフィオレの接近に気付かない三人目を屠った時点で、霧が薄れていく。

 

「きさ……!」

 

 何か言いかけた四人目の喉元に棒手裏剣を放ち、口を封じた。残るは一人、一対一ならばどうにでもなる。

 やがて風の働きによって、白煙は完全に流された。それによって、残る黒装束の姿が露となり──

 フィオレは接敵することなく走った。

 黒装束は何を思ったのか、ジョニーに目がけて何かを投擲したのである。

 その射線上に飛び込み、正体を知る。

 それは、先程も見た棒手裏剣だった。粘つく異臭を放つ液体が塗布された、フィオレのものとはわずかに違う、棒型の手裏剣。

 

「馬鹿め……!」

 

 投擲されたものの正体を知ったフィオレに、黒装束が明らかな嘲笑を浮かべて迫る。

 まんまと近づいてきた黒装束を返り討ちにしたフィオレではあったが、その直後懐刀を取り落とした。

 ジョニーにめがけて放たれた棒手裏剣は、見事フィオレの左肩に命中していたのである。

 

「フィオレ!」

 

 痛痒と灼熱感に眉を歪ませつつ、周囲の気配を探る。

 シルフィスティアの視界まで借りて実際に視てみるものの、怪しい影は何一つなかった。

 吟詠奏を即座に取りやめたジョニーが駆けつける。患部を一目見て、彼は棒手裏剣を握りしめた。

 

「──抜くぞ」

 

 半ば以上まで突き刺さっていたそれを、一息で抜く。

 流血で毒を少しでも体外へ出そうと歯を食いしばって傷口を広げようとして、ジョニーに止められた。

 理由を説明しようとして、遮られる。

 

「わかってる。毒を流そうってんだろ? 今吸い出してやるから」

 

 着物の首元をはだけるように肩の部分を露出させたジョニーを、フィオレは血に濡れていない手で押し留めた。

 

「恥ずかしがってる場合か!」

「……経口感染したら、どうするつもりですか」

 

 怪我のせいで握力こそなくなっているが、幸い意識はしっかりしている。

 彼まで毒物に汚染されたら、何のためにかばったのかわからない。

 それでも納得しがたいようで、強行しようとする彼から逃れるように紫電を回収する。

 

「戻りましょうか。治療はルーティにお願いしますから」

「馬鹿、動いたら毒が回るぞ」

「動かなきゃ帰れませんよ」

 

 そのままスタスタ歩き始めたフィオレに、その様子からそこまでの重傷ではないのかと判断したジョニーが続く。

 傷口が目立たぬように、それでも血に混じった毒が抜けるよう布を押し当て、かなりの急ぎ足で帰路につく。

 ──フィオレが完全に動けなくなったのは、一同に与えられた室内の中でのことだった。

 

「うぉっとぅ」

 

 部屋に着くなり、力が抜けたように膝をつくフィオレをジョニーが支える。

 

「フィオレさん!?」

 

 小さく礼を呟くものの、最早自分で立つことすら叶わないフィオレを抱えて部屋の真ん中へ移動すると、その様子を見て何事かとスタンが駆けつけてきた。

 

「何があったんですか!?」

「街中で敵襲にあった。ところで、他の面々はどこいった?」

「まだ俺しか戻ってきてないみたいなんです。こんな時に……」

 

 スタンの言葉にうっすらと眼を開き、周囲に見やるも確かに誰もいない。かろうじて、壁際にディムロスが立てかけられているくらいだ。

 通常、フィオレの身体には毒も薬も効きにくい。効果を発揮するのは、劇薬並の威力を持った代物くらいだ。

 そういった物に対し、フィオレの身体は効果の片鱗を見せたかと思うと異常なまでに強力な睡魔に襲われる。

 そして、フィオレはそれに過去一度として抗えた試しがない。

 入り込んだ毒に対して体が反応を示し、浄化の副作用に休息を求めているのではないか、と見当はつけているが定かでない。

 事実、フィオレは現在睡魔に襲われつつある。本格的に身動きが取れなくなる前にと、口を開いた。

 

「──スタン。私の荷袋、取ってください」

 

 突如口を聞いたフィオレに驚きつつも、彼は素直に保管してあった荷袋を取ってきてくれた。

 譜歌を使おうかと思ったが、この睡魔で集中は難しい。

 荷袋から救急セットを取り出しもたもたと肩の手当てを始めようとして、包帯をジョニーに取り上げられる。

 

「結局無理してたのかよ、ったく……」

 

 スタンに座布団を取らせ、フィオレを楽な体勢にさせてから着物をはだけられた。

 薄ぼんやりと見やった左の肩は、血の色と塗布されていた毒物の色か、毒々しい緑が混ざっている。

 

「な、何ですかこれ」

「敵さん、毒を使ってきましてね。被弾しちゃったんですよ……」

 

 霞がかってくる意識を、異様に染みる消毒液の激痛で何とか抗いつつ、懐紙に包んだ棒手裏剣をスタンに渡す。

 ちゃぶ台、というらしい背が低く丸いテーブルに包んだまま置くよう指示して、治療を終えたジョニーに重ねて礼を言う。

 

「ありがとう。二人とも、手を洗ってきてもらえますか?」

「え?」

「ジョニーは私の傷に触れましたし、スタンは棒手裏剣に触ったでしょう。もしも毒が付着しているといけないので。あと私におしぼりみたいなものをください」

 

 オールドラントの毒物ならまだしも、こちらの薬学に明るくないフィオレに毒物の正体はわからない。

 フィリアやルーティ……否、アトワイトにならわかるかもしれないが、わかったところでこれからの注意喚起くらいにしかならないだろう。

 そして、鑑定を頼むべきフィオレの意識は限界に近づきつつあった。

 

「フィオレ?」

「……ちょっと、寝ます。皆のこと、気にかけといてください」

 

 荷袋の中から外套を引っ張り出し、ぞんざいに身体に引っかける。それが限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、夜のこと。

 一同を労うべく心づくしの夕餉が振舞われた際、未だ衰弱の抜け切っていないモリュウ領主夫妻が姿を現した。

 

「大変お待たせしました。明日、出港準備が整います」

「お、何とか片がついたか。確かに待ちくたびれたぜ」

 

 ジョニーは心にもない軽口を叩いているものの、たった一日で事後処理をほとんど終えた彼の手腕に舌を巻かざるをえない。

 しかしそんな朗報に、一同はどこか気もそぞろだった。

 

「皆さん、その節は大変ありがとうございました。ご武運を、お祈りしております」

「ところで、帽子のお嬢さんの姿が見えませんが」

 

 リアーナの優雅な辞儀が、フェイトの一言でぎこちなく固まる。

 それだけでなく、それまで夕餉に舌鼓を打っていたマリーさえその手を止めた。

 

「えーと……」

「フィオレのことか? あいつなら、部屋で寝ている。これまでずっと気が抜けなかったからな。気にするな」

「そ、そうです。きっとお疲れだったのでしょう。後でお召し上がりいただけるよう、こちらのお食事を少し、いただきますわね」

 

 口を開こうとしたルーティを牽制するように、リオンが極めてぞんざいな言い方で──しかしけして嘘ではない言葉で、お茶を濁す。

 便乗したように、フィリアもまた言葉を重ねたことでフェイトは気にかける素振りを見せつつも、納得した。

 

「そうですか。お大事に、とお伝えください。お見舞い申し上げたいところですが、女性がお休みの部屋に訪問するのは妻が許してくれないので」

「そうよ。夜に女性のお部屋へお邪魔するなんて、許しませんからね」

 

 夕餉と夫婦の会話でお腹一杯にしつつ、一同はその場を辞した。

 移動中、誰もいないことを確認してからぽそりとスタンが呟く。

 

「なんで本当のこと言わなかったんだ?」

「あの二人の様子を見ただろう。心労のタネを増やしてどうする」

「こんなことがあったから注意してくれ、って言うのも、ありだったと思うけどね」

 

 毅然と振舞っていたが、幽閉生活から解放された途端、事後処理というか後始末を押し付けられたのだ。睡眠もろくろく摂れていないだろう。

 何となく無言になりつつも、一同にあてがわれた部屋へと帰りつく。

 そのまま開けようとしたスタンを制して、フィリアがトントン、と指先で襖を叩いた。

 

「フィオレさん、ただいま戻りましたわ。開けてもよろしいですか?」

「ああ、おかえりなさい。申し訳ありませんが、もう少し待って……」

「気がついたんですか!?」

 

 返事があったことに驚く一同の中で、最も素早い反応を見せたのはスタンだった。

 スパンッ! と勢いよく襖を開き、そして飛来した物体を顔面に受けている。

 飛来した物体の正体は、投げやすいよう丸められた座布団だった。

 

「ぶっ!」

「着替え中です。速やかに閉めてください」

「あんたねえ、人の話はちゃんと聞きなさいよ」

 

 着替えと聞き、あわよくばとでも思ったのか襖へ近寄ったジョニーを押し退けてマリーが襖を閉める。

 ルーティとスタンの痴話喧嘩に似た言い合いがエスカレートするより前に、唐突に襖が開いた。

 

「お待たせしました。どうぞ」

 

 そこには、平然とした様子のフィオレがいる。

 スタンにブン投げた座布団を回収してきびすを返す姿に、弱っていた気配はカケラもない。

 ただ、奇妙な一点をジョニーが指摘した。

 

「お前さん、なんで胸にそんな詰め物してるんだ?」

『ぷっ!』

 

 ジョニーの指摘に、シャルティエが噴出す。

 ジロ、とリオンの腰を睨んで、フィオレは転がっていた自分の荷袋を抱えた。

 

「あなた方が思ったよりも早く戻ってくるからでしょう」

「……?」

 

 膨らんだ胸元のせいで、小袖が歪んでしまっている。

 それを抱えた荷袋で隠すようにしながら、フィオレはおもむろに押入れに引きこもってしまった。

 しばらくして再び押入れから姿を現したフィオレの胸元は、普段どおりすっきりとしている。

 それを見て、ジョニーの眼には玩具でも見つけたかのように輝いた。

 

「まさか、胸がないことを悲観してでっかくなったつもりに……」

「ところでフィリア、これなんですけど」

 

 猥談を持ち込むジョニーは無視。

 未だちゃぶ台の上にあった包みを手に取る。それを広げて見せると、フィリアはその柳眉を嫌悪に歪めた。

 

「これは……まさか、フィオレさんに被弾したものですか?」

「ええ。一応私は回復しましたが、変な副作用があっても困ります。なので、正体がわかるなら教えてほしいなと」

 

 懐紙に包まれた、血糊と塗布毒付きの棒手裏剣を見て。フィリアはそっと鼻を押さえた。

 仕草で懐紙に包むようフィオレに願い、小さく息を吐く。

 

「……わたくしの見立てが間違っていなければ、致死性の毒ですわ」

「致死性の毒!?」

「一歩間違っていたら、フィオレさんの命もありませんでした。ジョニーさん達から聞きましたけれど、毒を吸い出さなくて正解です。これの毒性は非常に高く、経口感染も十分可能性がありましたから……」

 

 やはりあの時、ジョニーを止めてよかった。

 一人納得したフィオレはくるりと一同を見回している。

 

「あの黒装束連中が、卑劣な手を使ってくることはわかりました。付け入られることのないよう、警戒しましょう」

 

 この話はおしまいだと言わんばかりに、購入した酒瓶を取り出してマリーを晩酌に誘った。

 途端に顔を明るくしたマリーが一同を誘い、そのままささやかな宴に発展したのはすぐ後のことである。

 

「さて、俺はフェイトのところにでも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 
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