ハサン・スルーンには夢がある!

 悪しきギャンブルを必ず取り締まるという夢が!

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 今回はハーメルン作家間でプロットの交換を行い、作品を書き上げる交流会に参加させていただいた作品となります。

 ジャンルがジャンルですので拙い点も多々あるかと思いますが、何卒ご容赦くださいませ……


ギャンブルなんかに負けない!

 魔王が討伐され十数年、世界は平穏を取り戻しつつある。

 

 統率され恐るべき軍隊となっていた魔物も、今や知性を失った野生動物も同然。

 既にかつての獰猛さも失い愛玩動物としての生きる者、鎖で檻に繋がれ見世物にされるその姿にもはや畏怖を感じられない。

 

 悍ましき魔力によって紫に染められたかつての草原。

 そこには既にかつての碧く瑞々しい草花が帰って来つつあった。

 街道を移動する人々の間には笑顔が絶えなかった。

 

 

 さて、舞台はある王国へと移る。

 

 

 かの王国は世界で最も繁栄を極め、戦争の始まりから終わりまでに、歴代の勇者を何人も輩出してきた誉ある国。

 またこの国は軍事大国としても名高く、極めて統率力の高い騎士団による治安維持が行われる。彼らの存在により国の犯罪率は低下の一途を辿っている。

 勇者を輩出したというある種の信頼、大国故の軍事力、それらに物を言わせた生産能力。

 大国は瞬く間もなく人口を増やし、それがまた国力を増加させるという好循環を生み出していた。

 

 この国は魔力を用いた技術の発達もまた周辺国と比較しても著しく、魔力を用いた(電気を用いない)機械技術を発明するに至っている。

 魔力を通して冷気を発生させ食物を長持ちさせる箱(冷蔵庫・冷凍庫)、水を発生させつつそれを熱して体を洗い流す筒(シャワー)紐を引くと発光する油を使わないランプ(蛍光ランプ)等々その発明は多岐にわたる。

 

 そして技術が発達しているのは娯楽も例外ではなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 騎士隊訓練場は今日も騒がしい。

 新米から熟練まで、彼らは軽量とはいえ鎧を着こんで走り込みを続けている。

 戦士にとって走ることができる距離はそのまま生存へと直結する。

 誰が言ったか「戦場では走り続けるのが仕事」

 それを多くの団員は戦場を経て知っている為に、皆が忠実に訓練をこなしている。

 

 

「訓練やめッ! 集合ッ!!」

 

「「「「ハッ!!」」」」

 

 

 我々にとって日課となっている訓練を終えて部隊長が号令をかける。

 それを聞いた騎士隊の面々が訓練を止め、速やかに彼の元へ集合する。

 

 

「本日の訓練はこれにて終了とする! では、団長殿」

 

「うむ。皆、ご苦労だった。各自体を休め、疲れが残らないように万全にせよ! 解散ッ!」

 

「「「「ハッ! お疲れさまでしたッ!」」」」

 

 

 彼らは終わりの号令を告げると同時に、ゾロゾロと隊の宿舎へと帰っていく。

 魔王が討伐されたとはいえ世界から脅威がなくなったわけではない。

 我ら騎士隊は人々を守る盾であり鎧であり、そして剣でもある。

 誠実であれ、高潔であれ、実直であれ、不屈であれ。

 それをいかなる時も忘れてはならない。

 

 

 それこそが私、王国騎士団長、女騎士であるハサン・スルーンの矜持である。

 

 

 

 

 

 

「……設備破損の報告。それに合わせて新設備の導入だと? ……導入はやぶさかでないが、壊した経緯が記入されてないではないか。はぁ、この後聴取に行かなくてはならんな……」

 

 

 本日の職務の一つである部隊視察を終えた私を待っているのは書類の山、山、山。

 団員がその太腕を民の為にふるうのが仕事なら、それに許可を出すのが私の仕事だ。

 必要な仕事とはわかっているが、時折現場が恋しくなるというものである。

 

 

「しかしどうにも最近弛んでいるな。7番隊、11番隊は特に顕著だ。明日は少し厳しくするよう通達せんとな……!」

 

 

 なんとも嘆かわしい。

 今代勇者様によって世界に平和が訪れたとて、今尚魔物による被害はなくなってはいない。魔物討伐は我々の軍務であり、責務であり、そして急務でもある。

 それだけでなく、我々騎士隊は治安維持部隊として悪人の検挙や事件防止のためのパトロールも行わなくてはならん。

 それらは激務であり、そのためにも日々の体力作りは欠かせないというのに奴らときたら……! 

 

 

「……いかんいかん。怒ったとて書類は減らん。……ハァ、現場が恋しいな」

 

 

 伸びた髪先を指でくるくると弄びながらふと窓を覗く。

 

 窓が部屋のランプで照らされ、その暗さも相まってそこには自分の姿が映っている

 

 背中の中ほどまで伸びた金の髪。

 若干の隈をこさえているものの、光に反射して黄金色に輝く金の瞳。

 黒インナーにズボンという軽装から分かる無駄のないスタイル。

 

 自分で言うのもなんだが、整った容姿をしているとは思う。

 騎士団のイメージ戦略として有効である以上、この顔で生んでくれた両親には感謝している。

 

 だが、私の生まれた家に感謝を抱いているかといえばそうでもない。

 むしろ辟易としている。

 

 思えば、ろくでなしに人でなし、おまけに家には金も無しな没落貴族のスルーン家に生まれたことは私の人生で一番の不幸だ。

 

 金銭感覚というものを魔物に食わせたのか知らないが、私の祖父はギャンブルに全てを費やし(家が所有していた土地も担保にしてだぞ!? 信じられるか!?)、その上で巨額の負債を我が家は抱えていた。

 我が父、ネナシ・スルーンはまだマシな感性をしていたらしく、私には事あるごとに「頼むからあれのようにはなってくれるな」と口ずっぱく言うくらいなのだから推して知るべし。

 まぁ、父は父で、「傭兵で名を挙げて一発!」とか考えていたし、血は争えないのだろう。

 

 

 愚痴っても仕事は減らない。

 事務机の上に散らばる書類を一つずつ手に取り、処理する。

 

 

「……今期の決算書類確認、よし。どさくさに紛れて水増ししようとした5番隊の隊費減額、よし。今週の軽犯罪取り締まり件数9件、重犯罪1件報告よし。隊員に怪我がなくて本当に良かった。魔導連合と商業組合の会合参加届けへのサイン……予算配分かぁ、憂鬱だぁ……」

 

 

 この国は人間含めエルフ、ドワーフ、オーク、魔族、天使、悪魔と種族を問わずに構成されている。

 多民族国家といえば聞こえはいいが、それ故の犯罪も多い。

 特に数の少ない天使族や魔力の行使に優れる魔族の誘拐も多い。

 

 彼らのような国民を守るのが誉ある騎士団の重大な役割の一つといえよう。

 ……もっとも、私の仕事は視察、会議、書類処理なのだが。

 

 こうも書類仕事ばかりでは肩も凝る。

 体が堪えるようなやわな鍛え方はしていないが、体を動かせないのは少々鬱屈とした気持ちにさせる。

 

 国民の憧憬を集める騎士団、その頂点は騎士というより会計事務か。

 とはいえ、これも国を守る為の大切な業務。欠かす理由には到底なりえない。

 

 半ば自分を誤魔化しつつ、書類仕事に一区切りつけて一息つく。

 

 そんな時だった。何を思うでもなく、ふと訓練を解散したときのことを思い出した。

 

 

「そういえば……やたら浮足立っている団員が何名かいたな」

 

 

 訓練は真面目、どころか非常に熱が入っていたから覚えている。

 

 誤解無き様言っておくが、何も訓練後のパトロールを自主的にやれとは言わん。

 その誠実さは買うが、それを推奨してしまえば半ば強制のような空気を作ってしまいかねん。

 

 気合が入っているならこそ、残って訓練に精を出すものかと思ったが特にそんなこともなく、定時でさっぱりと宿舎に戻ってしまった。

 先も言ったが妙に浮き足立てて、まるで何か楽しみが待っているような……

 

 

「ふむ、明日当たり聞きこんでみるか……」

 

 

 

 

 

 

 

 思えばここが分水嶺だったのだろう。

 

 私は一騎士団員の個人的な趣味になど首を突っ込むべきではなかったのだ。

 

 もし私が過去に戻れるのならば。

 

 この瞬間の私の首を絞めてでも止めただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、私は官舎にて荒れていた。

 

 

「嘆かわしいッ!!」

 

 

 昨日の疑問を一人の団員に投げかけ問い詰めたところ、なんと彼奴はギャンブルに手を出していたのだッ! 

 高潔なる騎士の身でありながら賭け事に興じ、あまつさえそれを楽しみに日々を過ごすなど……。許せんッ。

 

 

「しかもよりにもよって『パチンコ』だと! ただでさえ賭博行為は取り締まり対象であるというのに、奴らはあれが非合法闇ギルドの財布に繋がっているという噂を知らんのか!」

 

 

 そう、奴らが熱中しているのは『パチンコ』。

 機械技術の発達により生産された娯楽製品、その中でも最近に現れた物と聞く。

 いや、この際現れた年代などはどうでもいいのだ。

 肝心なのは数多いる団員の内少なくない人数がパチンコに入れ込んでいるということだ。

 騎士団長として、ここは奴らを徹底的に叩き直してやるか……ッ。

 

 

「……フーッ。落ち着け、冷静になれ私。知らぬものを悪と決めつけるなかれ。無知は罪なり、だ」

 

 

 いかんいかん。頭ごなしに叱りつけたところで娯楽を止めるとは思えん。

 禁止などすれば、それこそ隠れてでも行くに決まっている。そうなれば元の木阿弥だ

 

 そもそもギャンブルは隊規で禁止しているわけではない。

 しかし社会通念上、王国に仕えている我々騎士団が賭け事に興じるのは風紀の面で好ましくない。

 賭博行為は取り締まり対象であるし、本来なら発覚次第踏み込むのだが……

 

 

 

「そもそもパチンコ屋の資金が闇ギルドに流れているというのも所詮は噂。確たる証拠があるわけでもない」

 

 

 そう、証拠があるわけではないのだ。

 噂によれば、パチンコ屋は何らかの形で商売をしており、そこで得られる品物というのが常軌を逸してレアリティの高いものばかりであるとのこと。

 にもかかわらずおかしなことに、パチンコに関しては違法行為の証拠が挙がらない。

 それどころかこうして騎士団内部からも利用者が出る始末だ。

 

 

「通っている彼らに潜入調査をさせ……否、娯楽の場を潰す可能性がある以上協力は期待できん。むしろ悪手か」

 

 

 信頼していないわけではないが、人の心は揺れやすい。

 万一にでもパチンコ屋の店主にでも情報が洩れれば即座に姿を隠してしまうだろう。

 

 ならば、取れる手段はただ一つ。

 

「次の休日の予定は決まりだ。私自ら調査をする。その上で、やつらの悪事を暴いてやろうではないか……!!」

 

 

 無論、私だと絶対に分からんよう変装してな! 

 

 首を洗って待ってるがいい悪党どもめ……っ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾日かの仕事を終え、休日を迎える。

 

 夏場ということもあり、白いシャツにピンクのスカート。

 濃いブラウンのコルセットを締め、その様相は如何にも少し裕福な家の娘といった感じだろう。

 私が騎士の給金で買った、数少ない私物だ。

 

 騎士になった以上もう着ることもあるまいと諦めていたが、取っておいて本当によかった。

 些か私には可愛らしい感じがして気恥ずかしいが、今は着れた喜びの方が勝っている。

 

 

「ふふっ、まさかこんな形とはいえ着れるとはな。しかし、むぅ。すこし胸のあたりがキツい気がする……」

 

 

 いつか着よういつか着ようと思っていたから保存状態は良し。

 しかし、若干のサイズ間違いは否めない。

 数年前の試着では確かちょうどよかったと思うのだが……

 

 

 まぁなんにせよこの服装なら潜入の目的は果たせよう。

 巡視の際は騎士兜を付けているから顔を知る団員はほぼいない。

 万が一非番の団員と遭遇してもやり過ごせるだろう。

 

 

 

「話ではこの角を曲がって右手側に……あ、あった!」

 

 

 まだ店の外にいるというのに、扉の中からはジャラジャラガヤガヤと大きな音を響かせている。

 扉の上には『勇気の一歩』と書かれた看板がかかっている。

 ……何が勇気だ、賭博に勇気も何もあるものか。

 

 僅かな恐れを心で押し込め扉を開く───

 

 

 

 ジャラジャラジャラジャラ!! 

 

 ガラガラガラガラ!! 

 

「うおおおおおおお!!??」

 

 

 なっ、なんだぁ今のはぁ!! 

 扉を開けた瞬間轟いたのは、爆音と呼ぶのも烏滸がましいような騒音! 騒音!! 騒音!!! 

 そんな中煙管吹かして座ってる奴らはなんなんだ!? 馬鹿か!? 馬鹿なのか!? 

 

 くそっ、今の騒音で耳がイカれた。もう帰りたい。

 

 だが、このまま恐れて帰りましたでは私のプライドが許さん! 

 

 轟音の中、勇気を決し一歩踏み込む。

 

 

 

 店内は明るいもののどこか煙っぽく、癖のある煙管の匂いがそこら中から漂ってくる。

 軽く店内を見回すと、右側にはカウンターらしきもの。

 店員が他の顧客と何やら会話している。 

 手にしているのは……あの淡い光沢、ミスリル金属か? それが埋め込まれた色付きのカードをやりとりしている。

 

 それを受け取った客はウキウキとしながら店を出ていく。

 おかしなやつだ。ミスリル金属自体にそこまでの金銭的価値はない。

 分からん、分からんが、私の直感が「あれには何かある」と叫んでいる。

 一旦保留とする。

 

 正面は……広い空間に夥しいほどに配置された騒音を発する機械。

 あれがあの音の元凶か……! 私に恥をかかせおって。見てろ、絶対にこの店を摘発してやる……! 

 

 親の仇を見るような目で(ギャンブルは実質家の仇だから間違いではない)奴らを眺めていると、いつの間にか隣にいた店員に声を掛けられる。

 

 

「いらっしゃいませ! こんにちは!」

 

「ひゃっ! こ、こんにちは!」

 

 

 くっ、ひゃってなんだひゃって。生娘か! 

 落ち着け、今の私は商会の娘。なんとなしにこの店に来ただけのただの客だ……! 

 こんな遊び人衣装の店員一人に怯むようなことなどあっては……

 

 

「……? どうかされましたか?」

 

「うぇ、あっ、いえ、なんでも……」

 

 

 ……この方、勇者様と旅したという賢者様に、少し似ている……? 

 いっ、いやいやいやいやいやいや! いくらなんでも不敬が過ぎるだろう! 

 だって、バニーだぞ!? 賢者様と言えば空色のローブに白い清純な衣装の清純な乙女だぞ!? 

 

 ……うん、さすがに人違いだろう。そうに違いない。

 凱旋の時に遠目で見ただけだもの。他人の空似だろう

 

「すみません、入口でじっとしていられたものですから、つい。ひょっとして初めての利用ではないかと思いまして。よろしければご案内しましょうか?」

 

「あ、ああ。頼……お願いします。その、部下、じゃない。友人にこのお店を紹介してもらったんですが、勝手が分からなくて」

 

「かしこまりました! ではご案内しながらパチンコの大まかな説明と、当店のレートについて説明していきますね!」

 

 

 コホン! と一息入れ、ゆっくりと歩きながらつらつらと説明を始める。

 

 

「パチンコというのは、簡単に言えば小さい銀玉を端から飛ばし、それを当たりの穴にうまいこと入れる遊びです。それだけ? と思われるかもしれませんが、実際は釘や回転する羽根などもあるので簡単ではありませんよ!」

 

「何が当たりを表すものかは台によって変わるので割愛しますね。要は当たるとあの銀玉がいっぱい出てくると思っていただければ結構です」

 

 

 そう言って手のひらを一つの台に向ける。

 その先では右手で煙管を吹かし、左手を……レバー? みたいなものに伸ばした、ぼさぼさ髪に無精髭の気怠げな男がいた。

 一際目立つのは足元の銀玉が入った箱、それも山積みだ。

 その銀だけでも十分に価値があるというのに、それを山ほどこの店ではやりくりしているのだろう

 改めて、今私がいるところはとんでもないところだと認識させられる。

 

 

「レートの話になりますが、当店では銀玉一つ当たりの値段を1イェンか4イェンで設定しています。あっ、イェンは当店の基準で、1000イェンは銀貨1枚で設定しています。景品の価値を細かく設定するためですね。初めての方や少額で遊びたい方は1イェン、より大きく賭けたい方は4イェン。そこはお客様に自由に選んでいただいています」

 

 

 店内のスペースをぐるりと回りながら遊び方やシステムについてもレクチャーしてもらう。

 

「イェンへの両替はそちらのサンドで行います。最低単位は銀貨一枚、1000イェンへの両替です。お金を入れると中のカードにイェンの情報が入力されます。そのカードを各台に差していただくことで、他の台で遊んでいただくことも可能です」

 

「な、なるほど。ところで景品や換金については……?」

 

「出玉の量に応じて景品との交換を承っています。換金ですが、当店では貨幣との交換は行っておりません。賭博行為はご法度ですからね♪」

 

「景品には何が?」

 

「色んなものがありますよっ。身近な筆記用具からぬいぐるみ、高額な物ではドラゴンの鱗やキングスライムの核ゼリーなんかもありますね!」

 

「うっ、嘘だろう!? どれほどの入手難易度だと───」

 

「おっと、一応商売ですので、販路等仕入れに関しては申し訳ありませんがお答えしかねます」

 

 

 ぐっ、確かに。商売人が独自のルートを持っているなら、商品の販路を教えるわけがない。

 だが、これで終わりではない。

 もう一つの疑問も投げかける。

 

 

「……あの、カウンターで渡していたカードは一体?」

 

「さぁ~? 私たちも景品として置いているだけですのでっ! でも不思議なことにあのカードを欲しがる方は多いんですよ。なんででしょうねぇ?」

 

 

 皆さん受け取られるとあっちの方に歩いていくんですよねぇ~不思議ですねぇ~。と隠す気があるのかないのか、ふわふわと語る。

 

 その仕組みに気づかないほど私は愚かではない。

 つまるところ、この店で得た出玉の清算をカードという形で「景品」を渡す。

 その「景品」をどこか他の場所(所謂換金場所、おそらくは質屋だろう)で硬貨にして改めて買い取る。

 推測ではあるが、その質屋とこのパチンコ屋でなんらかの取り決めがある。

 

 この店は「景品を提供しているだけ」。

 その質屋は「道具を買い取っているだけ」

 

 法の抜け道を利用した、狡い賭博というわけだ。

 

 

 

 

 

 しかし、今の私にはそれを指摘するだけの心の余裕がなかった。

 

 

 

 

「来た来た来た来た! 黄金Vッ!! 頼む……ッ頼む来てくれ……ッ!!」

 

 所々で感情を抑えきれない者達の、時には喜悦、時には怨嗟の悲鳴が耳に届く。

 

「いよっしゃあああああああ!!」

 

 だが彼らは一様に、その瞳にギラギラと悍ましい程の熱を帯びている。

 

「デュランダール来いデュランダール来いデュランダール来いデュランダール来いデュランダール来いデュランダール来い……!!」

 

 存在そのものを嫌悪し、憎悪していた賭け事なのに。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛嘘演出かよぉぉぉぉ!!」

 

 この店の中に溢れる欲、欲、欲、欲……

 

「ハイ金文字勝ち確ゥー!! 対ありっしたーッ!!」

 

 その欲望を燃料に燃え上がる俗物じみた炎に、私は、私は……! 

 

 

 

どうしようもなく、心動かされてしまっている……ッ! 

 

 

 

 

「……ふふっ、どうやらお気に召したご様子。ささっ、物は試し。こちらへどうぞ」

 

「あっ、いや、これはその」

 

 

 促されるまま席に着く。

 今の私にそれに抵抗する力はなかった。

 それほど前に目の前のこの光輝く喧しい台が美しく輝いて見えたのだ。

 

 

「では、ごゆっくり~」

 

 

 そう言うと、ささっとその場を離れてしまう。

 

 騒音を奏でる目の前の台には、デカデカと煌びやかな文字でこう書いてある。

 

 

CR 勇者VS魔王

 

 

 不敬では? 

 

 あれから十数年経つとはいえ今も語り継がれる伝説だぞ!? 

 それを賭博の題材にするのはあまりにあんまりではないか!? 

 

 ……しかし、これは「モニター」といったか。すさまじい技術革新だ。

 かつての勇者様の冒険の軌跡を動く絵という形で表現(ここでは表示という言い方の方が正しいか)している。

 ……些か、美化しすぎな感じは否めないが、恐るべき再現度である。

 

 恐る恐るサンドの硬貨投入口に銀貨を一枚入れる。

 

 すると台の下側の容器のような場所に玉が流れ始め、それが穴に吸い込まれていく。

 

 

「わわっ、うわっ!?」

 

 

 次々と玉が台の右側から射出されていく。

 それをうまいこと中央の受け皿みたいなところ(後に知ったが「スタートチャッカー」というらしい)に放り込むように調整する。

 が、これが中々難しい。

 

 

「おっ! 嬢ちゃん初めてにしてはうまいねぇ!」

 

「あ、ありがとう……?」

 

 

 そろそろ入れた金額が1万イェンに届くかどうかといったところ。

 隣のぼさぼさ髪の男が、私の台を見ながら馴れ馴れしく声をかける。

 自分の台から目を離しつつ声をかけるあたり、相当に慣れているのだろう。

 

 

「その台なー、映像の再現度すげぇ高ぇんだわ。型式は古いやつだけど最初期に作られた台ってこともあってめちゃめちゃ張り切って作られたもんだかんな。……まー、過去を振り返るみたいでめっちゃ恥ずいんだが、今じゃいい思い出だわ」

 

「最初期? 振り返り? すまないが意味が分からん。しかし、全然数字が揃わないし、何も起きないぞ……?」

 

 

 先程沸き上がった勘定のようなものは、周りの熱に充てられてしまったのだろう。

 これ以上は時間とお金の無駄だ。早々に切り上げよう。

 

 その時だった。聖剣を模したハンドルからプシュッ! と空気が出たのは。

 

 

「うわっ、なっ、なんだ!? 空気が出てきた!」

 

「おっ、緑保留ってことは……キたんじゃねぇか! ほれ、画面しっかり見とけ!」

 

 

 保留? 保留って何だ!? 

 

 画面はさっきよりもずっと進んで、今は赤い字幕の文字が画面に蔓延っている。

 それに合わせて画面上ではどんどんと派手な演出されていく。

 わ、わからん! 何が起こってるのかさっぱり分からん! 

 

 

「さ~てVSリーチの激熱展開だがお相手は誰だろうなぁ。……ッ、魔王かっ! ひぇー! こいつぁ見逃せねぇぞ!」

 

 

 画面には、子供のころから憧憬の的であった勇者。

 そしてその旅の最後を飾る魔王との死闘が流れている。

 

 派手な演出ながらも華美な物語に目を奪われ、そして───

 

 

 

 

 

 勇者が、魔王に勝利する。

 

 

「───おい! ぼうっとしてんな! RUSH入ったんだから右打ちしろッ!」

 

「み、右打ち? ラッシュ? なんだそれ?」

 

「ああもうっ、マジの素人かよッ! ハンドル右側に回すと玉の速度変えられんだよっ! 分かんなくていいから大当たり引いたらとりあえずやっとけ! 早くしねぇとRUSH終わっちまう!」

 

 

 そう言われ、慌ててハンドルを右に回す。

 先程までの流れがゆっくりに見えるほどに回転数が挙がっていく。

 

 気づけばまた大当たり。次いでまた大当たり……

 

 

 

 

 ふと手元の箱に目をやると既に出玉でいっぱいだ。

 慌てて店員を呼び箱を下ろしてもらう。

 

 

「おい、あれ見ろよ」

 

「うわっ、魔王演出だ。すっげぇ久しぶりに見たわ」

 

「儲かってんねぇ!」

 

「あの嬢ちゃん今日が初めてなんだってよ!」

 

「マジか。……よく見りゃ美人さんだし、やっぱ持ってる奴は持ってるんだなぁ」

 

 

 あれからずっと、この大当たりは続いていた。

 気づけば私の周りには人が集まり、私を褒めちぎり、羨み、時にはあわあわしている所を助言してくれる。

 

 その時、私の中で抑圧されていたものが解き放たれるように感じた。

 

 日々の重石にも似た重圧から解き放たれ、娯楽を楽しみながら、更に富を得ているというこの状況に陶酔していた。

 

 

「……いや確かにあいつ(賢者)も釘の甘い台選んじゃいたがこりゃすげぇな。さすがにちょっと嬢ちゃんの今後が心配だぜ……」

 

 

 髭の男がぶつぶつとぼやいているが最早私の耳には届いていない。

 否、それどころか周りの音が私には一切届いていなかった。

 

 

 聞こえるのは私を祝福するパチンコの音だけだ。

 

 

 

 

 夢から覚めたように気が付けば日も暮れ、質屋の前。

 

 私の手元には、来た時とは比べ物にならない程たくさんの金貨。

 

 金貨の袋が握りしめられていた───

 

 

 

 

 

 

 

 その日からというもの、騎士団では少しおかしな日々が続いた。

 

 

 

「おい、貴様。パチンコ屋に通っているそうだな?」

 

「きっ、騎士団長殿! そ、それは一体どこで……!」

 

「……行くなとは言わん。だが騎士団にあらぬ噂が立つのはマズい。行くならせめて身なりを変えて騎士だと分からんように行け」

 

「えっ」

 

「……なんだ? それとも営巣にぶち込んでほしいのか?」

 

「いっ、いえ! ご指導ありがとうございます!」

 

 

 

「おっ、おい! 団長、パチンコ見逃してくれてるぜ……!?」

 

「あんなに賭博場検挙を目指してたのにどういう風の吹き回しなんだ?」

 

「わかんねぇが、黙認になったんならいいわ。むしろありがてぇ」

 

「ギャンブルに寛容な団長を持って、俺らぁ幸せもんだねぇ」

 

 

 

(次の休日は勇者無双、いや御姫絶唱シフォンギアを打つか。いやいや、この間打てなかった魔導マジカでも……いや待て、確か海洋物語の新台が入る予定じゃなかったか? うぅむ……)

 

 

 

 一部の団員は、娯楽に理解のある団長に尊敬の念をさらに深めていた。

 

 

 

 

 

 

「……ん、隣国で起きた殺傷事件の手配書作成か。ご苦労」

 

「団長! お疲れ様です!」

 

「どれ、私も情報しか知らんからな……。ん?」

 

「どうされましたか? まさか、不備が……?」

 

「ああいや、違う。……そうだな、この手配書の名前と懸賞金の所だが」

 

「? その2点に記載誤りはないと思いますが……」

 

「黒文字だとパッとしないし、文字を赤くしてみたらどうだ??」

 

「……は?」

 

「いやほら、黒や緑、青なんかだとなんか、いまいちパッとしないだろう? それに比べて赤や金なんかはいい。見ているだけで心が躍るし未来への期待も高まるというものだ。そうだろう?」

 

「は、はぁ……?」

 

 

 

 

「団長殿! お時間がよろしければ、ぜひご覧いただきたいものがっ!」

 

「ん……この時期だと、そうか騎士団の隊旗か。そろそろ新規デザイン発表の時期だったか。全部隊から一つずつアイデアを出すんだったか」

 

「はっ! 我々も他の部隊のデザイン案に負けぬよう尽力しております! ご覧ください! 我ら二番隊の力作ですっ!」

 

「なるほど、素晴らしいことだ。どれどれ……」

 

 

 

「うわ、二番隊の奴あれで出すのかよ」

 

「紋章はいいとして、虹色ってなんだよ……。王国の紋章に致命的にあってねぇよ。子供達の図画工作じゃねぇんだぞ」

 

「今のデザインが紺の背景に赤と黄色のライン、そこに獅子と鷹のだろ? 今のままのデザインがいいってのもあるが、さすがにあれは通んねぇよ。ぷぷっ、かわいそうに。ありゃお叱りもんだな」

 

 

 

「いかがでしょうか。審査自体は複数名の方々による投票制ですが、何より団長殿のお眼鏡に叶うとよいのですが」

 

「……素晴らしいッ! いやお前達はデザインのセンスがあるなっ!!」

 

「「「ハァッ!!??」」」

 

「ありがとうございますっ!!」

 

「虹色、虹色はいいものだ。私が最も好む色柄と言ってもいい」

 

「ええ、ええ! おっしゃる通りです! 虹は雨が上がり、その後に続く晴天、言うなれば幸福な未来を知らせる物であります!」

 

「その通りだ! よく分かってるじゃないかっ! うむ、その調子で精進するのだぞ!」

 

「ありがたきお言葉! 我々二番隊一同、邁進して参ります!」

 

 

 

 

「……嘘だろ、団長虹色好きだったのかよ」

 

「こっ、こうしちゃいられん! 急いで部隊に通達しろ! 虹色なら間違いなく団長の票が取れる!」

 

 

 一部の部署は、ここ最近の騎士団長は色に対して妙にうるさくなったと思い始めた。

 

 

 

 

 

 

「やっぱ四天王で誰が一番つったら火のボルケノだろ。あいつ遠目で見たけどめちゃめちゃかっこいいんだぜ?」

 

「これだから脳みそまで筋肉の熱血クソバカは。一番は水のウンディネに決まってるだろ。奴をヒロインにした小説や漫画、劇が吐いて捨てるほどあるのがその証拠だろうが。何よりめっちゃエロい」

 

「はぁ~~~~?? この間の子供向けアンケートでボルケノ様人気が一番だったの忘れたんですかぁ~~~~??」

 

「ハッ、ウンディネは大人向けコンテンツで人気なんだよ! てめぇらみたいなお子ちゃまと一緒にすんじゃんねぇ」

 

「は? キレそう。スカしやがってよぉ……。おい、お前はどうなんだ! このままじゃラチがあかねぇ、加勢してくれや!」

 

「……風のフロル」

 

「えっ、風のフロルって確かにキレイ系だけど男、つーか美少年だろ?どっちかっていうとご婦人に人気が高い……」

 

「それがいい。男だからこそ、いい」

 

「「ヒェッ」」

 

 

 

 

「……貴様ら、騎士団に所属していながら既に滅んだ魔王軍へ憧憬を持つか」

 

「げぇっ、団長! ちっ、違うんすよ。俺らはただ、ヴィジュアル的な話をしてるだけでして……」

 

「土のゴルドだ」

 

「もっ、もちろん魔王軍にそういう感情は……へっ? ゴルドですか?」

 

「の、乗ってくるんですね……。団長、質問なのですがゴルドのどういったところが好ましいのでしょうか」

 

「決まっている。私が最も期待しているのがあいつだからだ」

 

「期待……? 一体それはどういう……」

 

 

 

 

「私独自の調査によれば演出の期待度の順はフロル、ウンディネ、ボルケノ、そしてゴルドだ。ボルケノはまだいい。予測した期待度は50%。それなら出た時点である程度期待できる。が、フロルとウンディネはダメだ。あいつら多分5%もない。ほぼ外れだ。その点ゴルドは素晴らしい。私の得た統計上その期待度は70%を超える。無論、魔王が一番ではあるがそもそもあまり登場は期待できんものと知ったからな」

 

「は? 期待度? 統計? 一体何の話をされてるんで……?」

 

 

 

 

 一部の団員からは、騎士団長がよくわからない呪文を唱えるようになったとか。

 

 

 

 

 

「なんなんだあいつら。最弱とその次点の癖に毎回毎回私のリーチ演出に現れおって。いやゴルドやボルケノが来て外れたときなんか尚のことがっかりだが、あいつらに至っては来て欲しくすらないんだ。まぁ、ウンディネはそのあと聖剣演出が出る可能性があるからギリ許せる。だがフロルはダメだ。あいつは何にもならん。雑魚の癖にやたら勇者に勝つからな!!」

 

「だ、団長……?」

 

「この間もまたフロルのせいで2万負けた。くそっ、思い出したら腹が立ってきた。魔王軍なんて嫌いだ。勇者も嫌いだ」

 

「ちょ、団長!? あんなに勇者に憧れてたじゃないですか!? 勇者のように高潔に、勇敢にって!」

 

「えぇい黙れそれもこれも……っ!」

 

 

 

 ただ一つ、これだけはいつの世も変わらない。

 

 

 

 

「勇者がフロルに負けすぎなのが悪いんだーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ギャンブルは、程々に。

 




 ギャンブルには勝てなかったよ……

 パチンコ未プレイ勢なのでおかしい点いっぱいあると思いますが、大変楽しい企画でした。

 いただいたプロットの内容は以下の活動報告に記載しておりますので、気になる方はそちらをご覧ください。

 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=246620&uid=231106

 本企画を主催してくださっためるめぇるさん、プロットを下さいました低次元領域さん、並びにここまで読んでいただいた皆様に感謝申し上げます。


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