朝日が眩しく、冷え込んだ冬の朝。
竈に火を起こし、かじかむ手で水仕事を済ませてからふと、炭袋の残りが心許ない事に禰豆子は気づいた。
(兄さんにまた貰ってこないと…)
そこらの炭より火付に難はあるが火持が抜群にいい、兄が自負するだけのことはある。
今や我妻家では一冬越すのに欠かせない程だ。
◆◆◆
(……ふ、ぁ)
炭の熾る音に微睡から引き上げられ、目覚めきらぬ頭で善逸は
(あー…綺麗だ…)
布団の隙間からの光景に見惚れていた。
囲炉裏の残り火に炭を足し、かじかむ指先が温まるのをそわそわと待つ、いとしいひと。
上手く火がついた様でちょっとだけ得意げなその顔は、よく知る仲間と似ていてなんだかんだ兄弟だなと思う。
(ありがとう義兄さん、あなたの妹は今日も綺麗で可愛くて尊い)
視線に気付いたのか、パチリと目があった。
「あっ、善逸さん! おはよう!」
(……まぶしい)
「おはよう〜…禰豆子ちゃん」
「気持ちのいい朝ですよ! 起きましょう!」
「うん…そうだね……」
笑顔が眩しくてちょっと刺激が強いので、善逸はもぞもぞと布団を被りなおす。
「善逸さん?」
「もうちょっと暖かくなってからね……」
「…」
◇◆◇
(……この夫(ひと)は全く。一貫してなんというか、こう)
部屋の隅に蹲る布団の塊をジト目で見遣り禰豆子はやきもきする。
日が昇りきったら庭が泥濘んでしまうので、その前にせめて布団だけでも干しておきたいのだ。
そろりと近寄り、囁いてみる。
「善逸さん、朝ですよぅ」
「やー、さむいよぉ……」
元気よく焚き付けてみる。
「起きて朝日を浴びましょう!」
「んー、お天道様は逃げないよぉ…」
苦笑を漏らし、説得してみる。
「でもでも、早く起きたらそれだけ一日が長くなりますよ!」
「んー」
「善逸さん?」
「んー……Zzz」
善逸が二度寝に入った所で、禰豆子の堪忍袋の緒が切れた。
「 善 逸 さ ん ? 」
「ヒィ」
「ン"ッン……善逸さん、起きましょう」
ふと我に帰り誤魔化すように一つ咳払いすると、禰豆子は努めて優しい声音で布団の塊に声をかけてみる。
「ヒィ-…」
が、やはりというか…少し震えるばかりで反応は薄い。
(仕方ない……)
少々の悪戯心を胸に水仕事後の冷えた手を布団の中に突っ込むと、探って探ってたどり着いたうなじを指先でなぞる。
「ひょぁ、ねずこちゃ、ひゃめぇえ」
「善逸さーん、ねぇー起きましょーよー」
「ア°-ッ」
「ふふ、くねくねしてる」
起きるまでやめないぞ、という不屈の意思(?)の元、変な声を上げ続ける妖怪布団蓑虫にちょっかいをかけ続けていると、
「シィイィィィィィーー」
中から不意に吐息の音がして。
「ひゃぁ?!」
紫電の速さで布団の中まで引き込まれた。
「ぜ、善逸さん?」
薄暗がりの間近で見つめ合う。祝言を挙げてから何年か経つというのに、こうして近づくと禰豆子はまだ少しどぎまぎしてしまう。
「禰豆子ちゃんもあったまろうよ、ね?」
さっきの疾さが嘘の様に、柔らかく微笑む顔。
「もー……ちょっとだけですよ?」
(……ずるい)
◇◇◇
普段からこちらの事を臆面もなく
「禰豆子ちゃんかわいいねぇ」
「瞳がすっごく綺麗だなぁ」
と、とにかく思うさま褒めちぎってくるのだが禰豆子からしてみればその善逸自身が所作も顔立ちもとにかくずるいくらい可愛らしいのだ。
蒲公英のような鮮やかな髪。やや下がった眉の下に、睫毛の長いつぶらな瞳。
昔、鬼狩りとして戦った頃に三人とも女装をしたと兄から聞いて禰豆子は内心悔しかった。
絶対に可愛かったに違いないのだ。一緒にいたはずなのにどうしてその事を覚えていないのか。もう一度して欲しいと頼んだら全力で逃げられてしまったがまだ諦めてはいない。
絶対に、かわいいはずなのだ。
◆◇◆
「…あの、禰豆子ちゃん?」
「ひゃっ」
思索に耽る頬にそっと触れたその指先が自分よりも冷たくて、禰豆子はつい声を上げてしまう。
「あっごめんね冷たかったよねごめんね」
「…いいです、ほら、私も冷たいから」
善逸が慌てて離そうとした手を、禰豆子は捕まえて繋ぐ。
「……」
「……」
布団の中のこんな近くで、お互いの顔が見れず繋いだ手を凝視している。
(…なんだろう。これは、すごく、恥ずかしいのでは)
(……布団の中で良かった)
赤面を見られなくて良かったと禰豆子が一息吐こうとした時、善逸が口を開いた。
「……昔から」
「ふぁぃ」
「昔からなんだ、手が冷たいの」
繋いだ手を見ている様で見ていない、遠い眼差し。
ーーあの頃、じいちゃんに拾われたばかりの俺は寒がりで。
金貸しにタコ殴りにされたぼろぼろの俺の冷え切った手を見かねたじいちゃんは、あのごつごつした掌でさすってくれた。
『ほれ、動け。体を動かしゃすぐ温まるぞ』
なんて言われて、正直、硬い掌は痛いくらいだったけれど。
でも、暖かかった。
「まあ、すっかり忘れてたんだけど」
善逸はそう言って弱々しく微笑む。
禰豆子は鬼にされていてほとんど覚えていないし、炭治郎も伊之助も詳しくは語りたがらないけれど、鬼狩りの戦いはそれは激しいものだったそうで。
善逸は特に、その頃のことを頑なに話そうとしない。
でも、一度だけ。
みんなで一緒に暮らしていた頃に、喧しくじゃれ合う伊之助と善逸を眺めながら、炭治郎がポツリと漏らした事がある。
『…善逸は、表に出さないけどずっと苦しんでる。
匂いでわかるんだ。
ああやって伊之助とじゃれていても、禰豆子や俺と笑顔で話していても、ずっと』
誰を、喪くしたのだろうか。
仲間を、友人を、家族を。
皆が沢山のものを失いながら戦った中で、彼は何を喪ったのだろう。
床の間にある位牌についても、あまり多くを語らない。
彼がじいちゃんと呼ぶ恩人ーー先代鳴柱、とだけ聞いているーーと、もう1人の戒名が刻まれたそれを見つめる時、善逸が見せる知らない横顔に禰豆子は置いていかれた子供の様な不安を覚える。
(いつか、その脆さを私にも預けてくれるだろうか)
冷えたままの、少し赤い二人の指先。
同じくらい冷たいその手を善逸は握りしめる。
(ーーじいちゃんも、稽古が始まってからは厳しくて、他の誰かにこうしてもらうことなんてなかった)
ふと、獪岳の事を思い出す。
『何故お前はここにいる!?』
罵倒する顔。
『出ていけよ、消えろ』
桃を投げつけてきた時の蔑んだ目。
『俺を評価しない奴は、死んで当然だ!』
じいちゃんの死を嘲笑った口元
『畜生…!』
首を斬られた事を受け入れられないまま、崩れていく青白い顔。
禰豆子を見ている様で見ていない、別の誰かへ向ける眼差し。
(…また)
ふとした時、善逸はこうやって酷く塞ぐ。
一瞬だけ。瞬きの間に戻るけれど、決して晴れることはない翳り。
誰を想っているのだろう、と心のささくれが撫でられた様に感じる。
(わたし、嫌な女だ)
大事な人が落ち込んでいるときに、覚える感情が妬みだなんて、と。
「ね、善逸さん」
頬を包む様に両手を添えて、額を合わせて目を閉じる。
お互いの体温を確かめ、分かち合う様に。
「また、一緒に兄さんの所に炭をもらいに行きましょうか」
善逸がはっとして僅かに開いた唇を、人差し指でそっと押さえて言葉を紡ぐ。
「途中で布団屋さんにも寄って、かいまきでも見繕ってもらいましょう。
ここに畳を敷いても良いかもしれません。
板間のままより暖かくなりますしーー」
囁く様に、祈る様に。
二人のこれからの話をする。
「禰豆子ちゃん…うん、うん……そうだね」
「それに」
「それに?」
「お腹のこの子も、寒がりだといけませんし」
「禰豆子ちゃん?!??」
顔を赤くしたり白くしたりと忙しい善逸を眺めてふわぁと一欠伸して、禰豆子は二度寝することにした。
(良いよね、たまには)
だって、こんなにいい天気だし。
「善逸ー!禰豆子ー!元気かー!!
炭持ってきたぞ、あっ伊之助、ダメd「猪突猛進!!!!!!!!猪突猛進!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
まあ、頭突きとともに吹き飛んだ引き戸のせいで、そんな気分ではなくなってしまったが。
終わり
はじめまして
よろしくお願いします