ゴールは山の向こう側のふもと。
ウサギが勝つか、カメが勝つか。
だが、勝負は思わぬ方向へ。
あるところに、足の速いウサギと、足の遅いカメがいました。ウサギに足が遅いことを馬鹿にされたカメは、山のふもとまでかけっこの勝負をすることを提案します。
ウサギは、自分が負けるわけはないと笑いました。
そしていざ、かけっこがスタートしました。ウサギはどんどん先を進んでいきます。先を行くウサギと、後を追うカメの距離は開く一方です。
ウサギはとうとうカメの姿が見えないところまでやって来ました。退屈になっていたウサギは、山頂付近の見晴らしいのいいところで昼寝を始めました。ここなら近付いてくるカメの姿がよく見えると思ったからです。
一方のカメは、その間もえっちらおっちら、ゆっくり進み続けていました。
そしてウサギが目を覚ますと、そこにはゴール寸前を走るカメの姿があったのです。ウサギは全速力で追いかけましたが、間に合いませんでした。
……というのが、皆さんがよく御存知の『ウサギとカメ』のお話です。
さて、今回の話はそれより長い長い年月が過ぎた、とある盆地の町でのお話です。
そのふもとには足が速いと評判のウサギがいました。
「昼寝さえしなければ、ウサギがカメに負けるはずなどない」
日ごろからそう思っていたウサギは、ある日、川のそばで、全身が鍛え抜かれたカメを見つけます。カメにしては足が速そうだと思いました。
「おう、そこのカメ。オレとかけっこで勝負しようぜ」
「……ふっ。寝言は寝て言え」
ウサギの提案を断るくらい、大物感漂うカメです。
「逃げるのか」
ウサギのその一言に、カメは静かに答えました。
「そんなに自信があるか。だがな、やり方次第では、俺が勝つこともある」
「……なら、お前が勝てると思うルートを選べ!その上で、オレが勝つ!」
「……やれやれ。では、向こうに見える、頂上付近が岩山の山越えルートはどうだ? 日が暮れるまでに無事ふもとまでたどり着ければ、お前の勝ち。それでいいか?」
「おう、やってやる!」
「……正気か、お前」
目を見開くカメ。そんな様子を見て、得意満面になるウサギでした
「では、勝負は明日の朝だ。あの山のふもとにある、大きな木まで来い!」
「……ところでお前、親はいるか」
「それがどうした」
「今夜、必ず親と話をしろ。今日の話を必ず、な」
「変な事を言うカメだな。とにかく約束はしたぞ」
ウサギが一方的にそう言うと、巣のある森へと帰っていきました。今夜はぐっすり寝て、明日はかけっこの勝負です。
そして次の朝。山のふもとの大きな木の下に、ウサギとカメは居ました。
「……本当に勝負するんだな」
「当然だ!」
「……あの山は危険だ。信じなくてもいいが」
カメはため息混じりに言います。
「なんだよもったいぶって。まあいい、オレの足を見せてやる」
「なら、これを着けよう」
「なんだこれ?」
「小型通信機だ」
ウサギはカメに言いました。
「こんなのじゃまだ」
「まあ聞け、途中で何があるか分からんからな」
不満そうな顔をするウサギに、カメは続けます。
「どちらかが先にゴールしたら、教えるようになってるから、そこから先、ムダな勝負をしなくて済む」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと始めようぜ」
「……そうか」
ついにウサギとカメの、山越えのかけっこ勝負が始まりました。
まずは山を登るルートです。
ウサギは快走しましたが、山道に入る手前の道には車や自転車、ダンプカーなどがひっきりなしに走っていて、なかなか進めません。しばらくしてから、一瞬の隙をついて素早く通り抜けました。
それほど急斜面ではありませんが、木々が生い茂っており斜面には凹凸もあります。ハイキングコースらしき道はあり、人間や野生動物を避けながら走れば、速く進めそうです。
ウサギはその道を、その自慢の足で走り続けました。もちろん、無理はせずに休みながらです。それでも、カメよりはるかに早く次第に山頂に近づきました。
一方、カメはゆっくりと走り出しました。山とは反対方向に。
(よしっ!)
カメの先には電車の線路。そこをしばらく走ると、広場くらいの大きさの場所にたどり着きました。
そこは電車の駅です。後ろから来た電車が停まりました。カメは停車中の電車に飛び乗ります。振り落とされそうになりながらもしがみつき、川やトンネルをいくつも越えて、山向こうのふもとに着きました。
山の頂上へと近づくにつれ、岩肌がむき出しになります。ウサギは足を取られながらも何とか頂上近くを走っていました。
その時、耳をさく爆発音と同時に地面が揺れました。ウサギは勢い余って滑り落ちましたが、けがはしていないようです。ウサギはカメの言葉を思い出していました。
(ははーん、だからカメはうるさかったんだな。)
フェンスが張られており、その先には大きく、深い穴がありました。
そう、そこは採掘所だったのです。
(……面白いじゃないか!)
ウサギは道に戻ると、また走り始めました。地面の揺れに耐えながら走り続けると、空一面に青空が広がっていました。
すると、通信機が震えました。
『カメ、ゴールしましたよ』
突風の中、間延びしたその声に、ウサギは驚きと苛立ちを覚えました。
「おいカメ、これどういうことだ?」
「ついさっきゴールしたんだ」
涼しげな声でカメが答えます。
「だって一度も見かけなかった、ぞ……」
その時です。突然声が聞こえなくなりました。
「おい、ウサギ、どうした?」
答えはありません。
その時、ウサギは耳からかすかに聞き取った音に、背筋が寒くなっていました。焦り、恐怖。交じりあう感情の中で、その姿を認識します。
天敵、タカの姿を。
ウサギはもっと注意深く考えるべきでした。
この山の頂上付近で岩肌が露出していた本当の理由を。しかも平らだったわけを。
だからこそ、ウサギは親と話をするべきでした。そうすれば、この山の危なさを教えてもらえたでしょう。そして、そこがタカの生息地という可能性も考えられたでしょう。
でも、もう手遅れです。
ウサギとカメのかけっこ競争から、ウサギ自身の生存競争へと変わった瞬間でした。
ウサギは駆け出しました。もちろん頂上を目指してではありません。
斜面を転がり落ちるように、山を駆け降りました。ウサギの長い耳は周囲の音を拾い続けます。わずかにタカの羽ばたく音が聞こえます。
タカが上昇気流に乗って旋回するのをやめました。つまり、獲物の方向を定めたのです。
(……見つかった!)
ウサギは必死に走りました。これまでの中で、一番速く走りました。
けれども、地面は凹凸、穴も茂みもありません。身を隠す場所はありません。
タカが、ウサギの背後から高速で迫ります。ウサギは方向を変えました。
次の瞬間、タカの爪がウサギの毛をむしり取っていました。毛があたり一面に舞い散ります。
ウサギは走り続け、ようやく見つけた地面のくぼみへと飛び込みました。
そうこうしている間にも、タカは迫っています。
タカが再び掴もうとしたその時です。カメの甲羅がウサギのくぼみを覆い、ウサギの姿は完全に地上から消えました。カメは手足を引っ込めると、体の下のウサギに言いました。
「穴を掘れ。俺の下に隠れていろ」
ドキドキする心臓、ブルブル震える体。ウサギはカメに言われた通り、カメと地面の間に息継ぎのための小さな穴を掘ると、いつしか、眠っていました。
薄暗くなった山の中、ウサギとカメは並んでゆっくり山を下りていました。
「確認しておくが、お前、親に話したか?」
「……いや」
「……だろうな。お前が親と話していたら、勝負しなかっただろう。この時期の危なさは知っているだろうし」
「……もしかして、オレの親を知っているのか?」
「……昔の話だ」
低い声で話すカメはその時のことを思い出していたのでしょうか。
「それから、お前はおっちょこちょいだな」
「なんだ、突然?」
「通信機で話した時怒っていたようだが、そもそもゴールの場所を覚えているか?」
「……いや」
ウサギが俯きながら答えます。
「覚えていなくて当たり前だ。そもそも言っていないし」
「……なんだよ」
「それでも、お前は了解した」
「じゃあ、あんなに早くゴールしたのは……」
「ルールがあいまいだからな、言ったもん勝ちだ」
吹き抜ける夜風が身に染みます。
「ちなみに、俺は電車に飛び乗ってゴールまで行った。自分の足だけで行くルールじゃなかったし」
明かりをともして走る電車をカメが指し示します。
「じゃあ、オレをギリギリで助けてくれたのは」
「ヒーローは絶体絶命の時助けに来るだろ。通信機で位置は確認出来ていたし、その方が盛り上がるし」
歯を見せながら笑うカメ。しかし、続けて引き締めた表情で語る。
「確かにお前は強い。しかし、もっと経験を積め。そして、相手の話はよく聞いて、考えることだ」
「……わかった」
そしてウサギは水辺でカメと別れ、巣へと帰っていきました。その後、よく考えるようになって成長した若いウサギは、自分の後に続く若いウサギを導く存在となったということです。
それから、ウサギがカメを馬鹿にすることは、二度とありませんでした。また、ウサギとカメは、よきライバルとして、いつまでも楽しく暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
いかがだったでしょうか。