ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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お久しぶりです。
大変長らくお待たせしました。
ちょっとした事情がありまして、執筆の時間が取れませんでした。

ブランクもありますが、これからまた皆さんが楽しんでもらえるような作品を作っていけたらいいなと思っていますので、今後ともよろしくお願いいたします。


第二十五話 怪物進呈

 

 アル、ベル、リリ、ヴェルフの四人は上層最終地点、十二階層に難なく到達した。

 そして目の前の十三階層、最初の死線(ファーストライン)と呼ばれる中層の入口への突入作戦について話し合っていた。

 

 「では、最終確認です。」

 

 リリがぴしっと人差し指を立てて話し始める。

 リリのおかげで、パーティーにメリハリがついている。

 気が抜けやすいヴェルフと、気合が入りすぎるアル、少し流されやすいベルにとって、締めるところは締めるリリの存在はただのサポーターでは収まらないところまで来ていた。

 

 「定石どおりに隊列を組みます。

 前衛はアル様でお願いします。

 最前線を力ずくで押し上げて、敵の突撃を体を張って押し留めてもらう戦車(タンク)という役です。

 かなり無茶をしてもらうことになりますが、サポートはします。」

 

 「よし任された。役目はきっちり果たすぞ。」

 

 アルはどんと胸を叩いた。

 決して自身の力を過信しているわけではない。

 仲間の絆を信用しているのだ。

 三人のサポートがあって敗北などあり得ないと思っている。

 この信頼なくして、危険な役目を二つ返事で引き受けるはずがない。

 

 「では、中衛にはベル様が。

 機動力で前後左右全体に気を配ってもらいます。

 判断力と決断力が要求されます。

 リーダーとして、よろしくお願いします。」

 

 「うん、頑張るよ!」

 

 ベルも両手の拳を握って気合いを入れた。

 目の前の冒険に血が騒いでいる。

 信頼できる仲間のために戦えることが幸せで仕方がない。

 

 「消去法でヴェルフ様とリリが後衛です。

 ヴェルフ様にはお二人のサポートとリリの護衛をお願いします。

 下手にリリが足を引っ張るくらいなら、最初から隊列が崩れないようにしましょう。」

 

 「おっしゃ、リリ助!」

 

 ヴェルフは胡坐をかいている自分の膝をポンと叩いた。

 前に格上の二人がいて恐ろしいことは何もない。

 一緒に戦う小人族(パルゥム)の少女は判断力と機転に優れ、経験値もある。

 パーティーとしての不安材料などないことぐらい、付き合いがまだ短いヴェルフにも分かることだ。

 

 「リリが後衛の時点で遠距離からの援護にはあまり頼らないでくださいね。

 命を大事に、慎重に行きましょう!」

 

 そう言ってひょこっとリリが立ち上がるのに続いて男三人衆が腰を上げる。

 そして、ベルがクスリと笑った。

 

 「ふふっ!」

 

 「あ、ベル様!緊張感が足りませんよ!」

 

 「ごめんごめん。けどわくわくしちゃってさ!」

 

 「くくく、そうだよな!ここでわくわくしなきゃ男じゃないもんな!」

 

 「冒険はいつだって心を躍らせる。仲間と一緒なら何倍もだ。」

 

 「リリは少し賛同しかねます!

 が、お気持ちは分かります。」

 

 ちょっとだけ素直じゃないリリの言葉に笑いながら、アルは少し腰をかがめて拳を仲間たちの輪に突き出した。

 意図に気づいたベルがその拳に自身の拳を当て、ヴェルフ、リリとそれに続く。

 仲間たちは今一つの輪になった。

 特大、大、中、小という少し歪な輪ではあったが、それがこの冒険者たちを象徴していた。

 

 「さぁ行くとしよう。我らの力を見せる時だ!」

 

 「いくぞぉ!」

 

 「っしゃぁ、見てろよ中層!」

 

 「行きましょう!!」

 

 新たなる冒険の地へ、彼らは足を踏み入れた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 時は少しさかのぼって、アル達がダンジョンに入り始めたころに、ヘスティアもバベルを訪れていた。

 神友のヘファイストスからの借金返済のため、今日も汗水たらして働こうとしていた。

 そんな折、ヘスティアは知り合いがいることに気が付いた。

 ヘスティアに土下座を教えた男神、タケミカヅチである。

 どうやら眷属たちを見送りに来たようで、彼に対して極東風の装備に身を包んだ下界の子供たちが頭を下げて出発していった。

 

 「お~い、タケ!」

 

 「おぉ、ヘスティア。」

 

 「もしかして、彼らも中層に向かうのかい?」

 

 「あぁ。ということはそっちの【発展途上の英雄(ア・リトル・ヒーロー)】と【灰狼騎士(ウルフェン・リッター)】も?」

 

 「今朝早く意気揚々と出発していったよ。今日で初挑戦なんだ。」

 

 ヘスティアはそう言うと少しだけ目線を落とした。

 足元に眠る大迷宮に、愛する子供たちが潜っている。

 そう思うと不安な気分になってしまう。

 

 「そんな顔をするなよ。心配しても俺達にはどうすることも出来ないんだ。

 信じて待ってやるのが主神(おや)の役目さ。」

 

 タケミカヅチの言葉を聞いて、ヘスティアは顔を上げた。

 大丈夫大丈夫、きっと帰ってくる、そう自分に言い聞かせながら。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「正面、ヘルハウンド二体!来るぞ!」

 

 前衛で盾を構えながら前進するアルが、モンスターの襲来に気が付く。

 ヘルハウンド、中層を代表するモンスターの一角である。

 放火魔(バスカヴィル)の異名を持ち、その名の通り火を吐くのだ。

 それゆえに、中層を行く冒険者にはサラマンダーウールを筆頭に炎に耐性を持つ装備が要求されるのだ。

 

 「アル様、火に気を付けてください!

 息を吸い込むのが兆候です!」

 

 「了解!」

 

 アルはリリの忠告を聞きつつ、足止めのために敵の正面に躍り出る。

 一匹のヘルハウンドが息を吸い込んだ隙をついて、その顔面を蹴り飛ばす。

 仲間をやられて怒り狂うヘルハウンドがアルにその牙を突き立てようとする。

 

 「頼むッ!」

 

 「任せて!」

 

 しかし、それを許さないものがいる。

 ベルだ。

 新たな武器を携えて、疾風の如く駆けるベルは黒と赤の残光を残す。

 そして残光の後には、ヘルハウンドの首がごとりと落ちるだけだった。

 

 『グルルァ!!』

 

 ヘルハウンドは、二人の冒険者の異様な強さに恐れを抱いた。

 だが、後ろの二人はどうだろう。

 前を行く二人に比べて強そうではない。

 いや、明らかに弱い。

 殺せる、そう確信した。

 しかし、現実は違った。

 

 「リリ助!」

 

 「分かってます!」

 

 リリがローブを翻して、両手でナイフを投げる。

 凄まじい精度で空を切ったそれは、ヘルハウンドの喉と目に突き刺さる。

 ヘルハウンドは突然なダメージに足が止まる。

 そこをヴェルフが大刀を振るう。

 足の止まったヘルハウンドなら、ヴェルフの腕でも十分に絶命に持っていける。

 

 「っしゃぁ!!」

 

 ヴェルフが雄たけびを上げた。

 血しぶきを吹き上がらせながら、ヘルハウンドの真っ二つにされた肉が左右にボトリと落ち、一瞬で灰となった。

 ころりと転がった魔石をひょいと蹴り上げてつかみ取ったヴェルフは笑みをこらえずにはいられなかった。

 

 「中層で最初の戦闘にしては、上々の出来だな!」

 

 「うん、全然歯が立たないってわけじゃないし!」

 

 「各自の連携も問題ないしな。リリもベルもいい援護だった。」

 

 「アル様が起点でうまくやれてますね。これならいい調子で進めるかもしれません。」

 

 

 各々が、確かな手ごたえを感じていた。

 新たなステージでも十分にやっていけるのだという、確信めいたものすら感じていた。

 恐ろしいくらいに、うまくいっている。

 そしてこういった「追い風」は時として、「嵐」にもなりうるのだということを、まだ誰も知らなかった。

 

 「ともかく、開けた場所に移動しましょう。こんなところでモンスターに囲まれたら……ほぇ?」

 

 リリが皆を促すように足を進めようとした瞬間、奇妙な鳴き声とともに白いシルエットが三つほど現れた。

 赤い瞳、大きくぴんと立った耳、出っ張った前歯に白くふわふわしてそうな体毛。

 明らかに兎の特徴を持ったそれに対して、一人を除いて全員が同じ感想を抱いた。

 

 「ベル様?」

 

 「うん、ベルだな。」

 

 「あぁ、まったくもってベルだ。」

 

 「アルミラージだってば!!」

 

 気が抜けた三人に対して大声を上げたベルに反応して、ベルもどき、否、アルミラージが石斧を取り出す。

 見た目に反してかなりの凶暴性で知られるそれが、一斉にとびかかってくる。

 

 「おぉ、ベル来た!」

 

 「ベル様、せっかちですね。」

 

 「ベルは我慢知らずだからな……。」

 

 「だからアルミラージだって!!」

 

 各々が戦闘準備を整えだす。

 彼らの中層攻略は依然として、始まったばかりであった……。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ところ変わって、オラリオ。

 とある伝令の神が最近はやりの氷菓子を口にしながら、眼鏡をかけた美女をつれて歩いている。

 といっても逢引きなどではなく、眼鏡の奥の眼は非常に冷静で、仕事人らしさを感じさせる。

 

 「やはり、例の二人に対しては否定的な意見が多数見受けられます。」

 

 「ん~……。」

 

 「ミノタウロス討伐の件についても、たまたま魔法が当たっただとか、二人で一体を倒しただとか、ロキ・ファミリアの取りこぼしをかすめ取ったとか……。」

 

 「それだけでランクアップをさせるほど、神々の恩恵は甘くはないんだけどねぇ~……。なんのためにウラノスがリスクを冒したんだか。これじゃあ俺がシメられちゃうかもなぁ。」

 

 伝令の神、ヘルメスは盟約という名の脅迫と、そして彼自身の好奇心によって自身の懐刀である【万能者(ペルセウス)】、アスフィ・アル・アンドロメダに、アルとベルについて調査をさせていたのだ。

 当然、ヘルメスと大神と、そして灰の間に交わされた盟約については伝えていない。

 そんな中で、自身の神に誰かが危害を加えようとしているということに、アスフィは反応せずにはいられなかった。

 

 「誰に、そんなことをされるんですか?神ウラノスですか?」

 

 「いやぁ、そんなカワイイものじゃないよ。もっと厄介で、もっとねじ曲がったものさ。」

 

 

 「神ウラノス以上に……?あ、あなたはまた厄介なことに首を突っ込んで!面倒ごとに巻き込まれるこっちの身にも!」

 

 ヘルメスのやけに軽薄な態度が、何か大きな騒動の前触れではないかと感じたアスフィはヘルメスに向かって猛抗議を開始する。

 しかし、言い切る前に、ヘルメスはぽんとアスフィの頭の上に手を置いてそれを遮ってしまった。

 

 「うちのメンバー、みんな感謝してるぞ?リーダーのおかげで楽にやれるってさ。俺としても、アスフィには感謝してるし、頼りにしてる。さすがだな。」

 

 「……もぉやだぁ。」

 

 こうしてはぐらかされながら褒められて、感情が行方不明になってしまったアスフィはただ諦めるほかなかった。

 しかし、ヘルメスとしてはほとんど本心に近かった。

 少なくとも、アスフィという心強い味方がいなければ、彼は灰との盟約を結ぶようなことはしなかっただろう。

 もっとも、そんな「神の御心(おやごころ)」が伝わるはずもないのだが。

 

 アスフィを適度にあしらいながら、ヘルメスはようやく目的地にたどり着いた。

 その目的地、いや、店の扉を開けると、からんころんと気持ちのいいい音色とともに、可愛らしいエプロンドレスに身を包んだ給仕がひょっこりと顔を出す。

 

 「いらっしゃいませニャ!ニャ?ヘルメス様?」

 

 「やぁ、クロエちゃん。シルちゃんも。」

 

 出てきた給仕二人に向かって、はにかむ伝令の神の暗躍は、いまだ始まったばかり。

 地底を往くアルたちは、知る由もない。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「なんっだこの数は!!ふざけろ!!」

 

 「無駄口たたかないでください!ただでさえあの二人に食いつくのが限界なんですよ!!」

 

 「ごめん、二人とも!さっきから援護にいけてない!」

 

 「こうも囲まれてタコ殴りにされては隊列もなにもあったものじゃないぞ……!」

 

 つい先刻までのパーティーの様相からは一転して、彼らは切羽詰まっていた。

 順調かと思われていた行軍は、広間に出たとたん、待ち伏せにあったかのように大量のモンスターに囲まれてしまったのだ。

 およそ熟練の不死人の死因も、もっぱらこれであった。

 圧倒的な物量の差は、そのまま戦闘の結果に直結する。

 パーティーとしての地力が前衛の二人に依存しきっている彼らなら、なおのことである。

 

 「これが中層……!上層とは比べ物にならん……!」

 

 「もっと近づいて円形に陣を組みましょう!」

 

 「わかった!」 「承知した!」 「任せとけ!」

 

 だが、その程度で止まるような彼らではない。

 今できる範囲で、今知っていることで、最適だと思われる回答を探していく。

 囲まれたときは死角を作らないように、互いをカバーしあう。

 リリが提案したそれは、確かに定石通りで、決して間違いではなかった。

 

 ただ一つ、大きな誤算が生じるまでは。

 

 広間に通じる通路の奥から、パーティーが現れたのだ。

 彼らの装備は極東のある国のものであるということが、ヴェルフにはすぐにわかった。

 そして、最も視角の広いアルは、彼らのパーティーに怪我人を見つけていた。

 明らかに「撤退中」のパーティーだ。

 

 「人のいい」アルは、一時的な共闘によってこの場を乗り切ることを頭に思い浮かべた。

 怪我人を円陣の中央で守れば、比較的安全に撤退できるだろう。

 だが、それは生ぬるい考え方だった。

 

 ここは【迷宮(ダンジョン)】。冒険者の欲望渦巻く無法地帯。

 

そのパーティーは、わき目も振らずにアルたちの横を走り抜けていったのだ。

なぜ、とか、どうして、という言葉がダンジョンに疎い三人には思い浮かんだ。

 

だが、つい先ほど正解を出したはずのリリだけが気が付いた。

 

 「いけません、押し付けられました!【怪物進呈(パス・パレード)】です!」

 

 リリの悲鳴に近い絶叫に、三人ははっと気が付くのだ。

 通り過ぎて行ったパーティーが通った通路から、怪物どもの唸り声が響き渡っていたことに。

 そして、たった今その怪物どもが広間に流れ込み始めた。

 

「冗談だろ……!」

 

「退却します!通路に早く!」

 

「殿は私がする!走るぞっ!」

 

 もはや踏みとどまって戦い続けることはできない。

 その先がどうなっているかも分からないまま、最も近い通路に駆け込んでいく。

 幸い行き止まりではなかったが、四人の逃げ足よりも、血に飢えたモンスターたちの追い上げの方が速かった。

 

 「アル、避けてッ!」

 

 「外すなよ!!」

 

 それに気が付いていたベルは足を止める。

 ベルの相棒であるアルはその意図にすぐに気が付き、射線上から飛びのいた。

 

「プロミネンスバースト!!!!」

 

 細い通路を丸ごと焼き払うような熱線がベルの手のひらから放たれる。

ごうごうと燃え上がる炎は、先頭を行くモンスターを黒焦げにしたが、四人を食おう食おうとヘルハウンドたちが炎の壁を突き破る。

 

 「オウゥァ!」

 

 だが、とびかかるヘルハウンドを、アルは見逃さなかった。

 その剛剣で、首を一度に三つ跳ね飛ばす。

 ぼとぼとぼと、と空中で灰になったヘルハウンドたちから魔石が転がり落ちる。

 一件落着か、と思われたその時、ヴェルフとリリはそれぞれ気が付いてしまった。

 

 「……まだ、きます。」

 

 「それだけじゃねぇ……挟まれちまった……!」

 

 細い通路、両側から迫るモンスター、絶望的な状況は改善どころか悪化の一途をたどっていた。

 そんな折、ベルとアルはリュー・リオンの忠告を思い出していた。

 

 『数の問題に直面することになる。』

 

 その端的で明快な忠告を思い出すにはあまりにも遅すぎた。

 逃げよう逃げようと突破を試みるほど、逃げるべき先を見失っていく。

 無駄足となった突破をリカバリーしようと焦れば焦るほど、連携は乱れていく。

 

 ほつれ始めた運命という名の糸を、四人はつかんでより合わせることができなかった。

 そして、その糸はプツリと音を立てて切れようとしていた。

 

 息を切らしながら、何とか戦っていたその時、天井が崩落したのだ。

 一気に崩れた天井は、重しとして彼らにのしかかる。

 

 「うぅ、ぐううぁ……!」

 

 「う、ぅ……」

 

 「くっ……みんな、無事か……?!」

 

 アルが瓦礫を強引に押しのけてみた光景は悲惨なものだった。

 ヴェルフは足を瓦礫によって貫かれ、骨もまたひしゃげている。

 リリはバックパックが隙間を作っていたために、直撃は免れたもののかなりのダメージだ。

 

 「ヴェルフ!リリ!」

 

 無事だったのは鋼の鎧に身を包み、耐久力に優れたアルと、【幸運】を持つベルだけだった。

 ベルは思わず二人の方に駆け寄ってしまった。

 そのやさしさゆえに、ここが戦場であることを忘れてしまったのだ。

 

 「待て、ベル!上だ!!」

 

 瓦礫の上には、崩落の原因である、【迷宮(ダンジョン)】に産み落とされたヘルハウンドたちがいた。

 アルが指摘した時にはもう遅い。

 その口の中には炎がごうと燃えている。

 四人は誰も動けなかった。

 

 

 

 そして、この日、ヘスティア・ファミリア所属冒険者二名が率いたパーティーは、地上に帰ってこなかった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 街中を一柱の神が息を切らしながら駆け抜けていく。

 小柄な体躯、それに釣り合わぬ大きく豊かな胸、美しくたなびく黒い髪。

 われらが女神、ヘスティアであった。

 

 街中にごった返す人々をかき分け、にぎわう建造物に飛び込む。

 そして、目当ての人物が書類をまとめているカウンターに食いつくようにちかづいて、こう聞いた。

 

 「ベル君たちは、帰ってきてないかい?!」

 

 突然の女神の来訪とその切羽詰まる表情に、カウンターにいる女、エイナは事の重大さに気が付く。

 

 「私は……。」

 

 見ていない、その一言をはっきりと告げられないまま、同僚の方に目線を送る。

 だが彼らも首を横に振るばかり。

 

 「そうかい……。」

 

 ヘスティアは拳をぎゅっと握りしめながらうつむく。

 不安で泣き崩れるのかもしれない、そうエイナは思った。

 ヘスティアの入れ込みようはほかの神々に比べるとかなりのものだ。

 自身の生活を保障する道具や団員ではなく、たった二人の家族として接しているのをエイナもよく知っている。

 

 しかし、ヘスティアは気丈だった。

 顔をぐいと上げ、はきはきと言葉を紡ぐ。

 

 「緊急の冒険者依頼(クエスト)を発注したい!内容はベル君たちの捜索!」

 

 その力強い一言に、エイナの気が引き締まる。

 目の前のこの女神は、希望を捨ててはいないのだ。

 

 「はい!」

 

 たった一言そう返して、急いで手を動かす。

 失踪している四人の特徴を記載し、依頼として正式に発注できるように手続きを進めるのだ。

 

 そんな時、ヘスティアの背中に向かって声をかけるものが現れた。

 

 「ヘスティア!」 

 

 「ん……タケ……?」

 

 友神のタケミカヅチの顔は、ひどく暗く、後ろめたいものだった。

 そして、彼の連れている二人の団員もまた、真剣な表情をしていた……。

 

 

 

 





依頼の木板

迷宮都市オラリオに位置するギルドに存在する、依頼を管理するための木版。
数多の依頼が生まれ、そして解決されてきたため、その木版には大量の刺し跡が残っている。
だが、その陰で涙を流した者がどれだけいるのだろうか?
強引に引きちぎられた紙の残りかすだけがそれを知っている。

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