よしかせんって人気無いんでしょうか
氷消えては波
が一般的な送り仮名の付け方。下句は原作通りに変えています。「う」ではなくて「ふ」にしているのは時代のせいです
「気
「水消えて波は
「誰じゃ?何者かは知らんが素晴らしい句じゃな。
して、どこにおるのか?」
「はっはっは、私はここだ。目の前にいるではないか。
それにしてもお前こそなかなか素晴らしい句を詠むではないか。思わず感心してしまったぞ」
この官人が誰なのかは知らないが、なかなかどうして面白い。素晴らしい句だったからつい私も続きを詠んでしまった。
羅城門にいるのは夜になるまでのただの暇つぶしでしかなかった、まさかこのような出会いが待っていようとはな。
「!…お前さんは………まさか鬼か?」
「その通り。私は四天王の一人、茨木という。さて官人よ、お前の名は何という?人間を喰う私ではあるがお前には興味が湧いた」
この時代に女子の官人とはなかなか珍しい。それに先の歌を見ても学のある者であることは明白。姿を見せる気は無かったが、この女子にはそれだけの価値があると見た。
今喰ってしまうのは惜しい。きっと後悔することになろう。
「我は宮古芳香という。…お前さんは我を喰うつもりなのか?」
「言っただろう?興味が湧いた、とな。安心するがいい、今すぐにとって喰うような勿体ない事をするつもりは無い。………鬼の言葉は信用できないという顔をしているな?教えてやろう、鬼とは嘘を嫌うものなのだ。
私の言葉に嘘は含まれていない。信じられないのなら信じなくとも構わないがな」
私たち鬼は嘘を嫌う。だからこそ今も人間との信頼関係…絆とも言うべきものがあるのだ。人間が鬼と勝負し、人間が勝てば鬼の首を取り財宝を獲得する。鬼が勝てば人間を喰う。
鬼とは大きなるものなれど無敵の存在ではない。鬼退治に成功する人間がいるからこそ今もこうして付き合っていられるのだ。鬼にとって最も避けたいことは人間から諦められる事。
対して人間が最も避けたい事は鬼による被害が大きくなることだろう。利害が一致しているうちはこの絆は続いてゆくに違いない。
「私がお前を喰わないと約束する代わりにお前も約束しろ。何、簡単な事だ。夜ここで私の話相手をしろ。私の仲間にはお前のような者はいないからつまらないのだ」
鬼のほとんどは人間上がりだが歌を嗜んでいた者はいない。そこまで心に余裕のある人間は誰かを怨むことも無いためにほとんど鬼にはならないものだからだ。それに鬼になった後に学ぼうとするような奴もいない。暇ならば勉学にでも励もうと考える私が異端なのだ。
「ふむ、正直に言うと鬼の相手をするのは怖いが我もお前さんには興味が湧いた。我と話の合う者も都にはあまり多くないしな。これから三月の間毎晩ここへ来てお前さんの話相手になってやろう」
「その言葉嘘ではないな?もし一晩でも忘れた日があれば私はお前を喰い殺す。鬼の約束は絶対だ。逃げられるとは思わない方が良いぞ」
三月後には都を出るらしい。どのような用なのかは今はまだ教えられないそうだ。信用に値すると結論付けてから教えてくれるらしい。
「分かっておる分かっておる。我もまだまだ死にとうないから安心するがよい。
では今夜は先ず我から話をさせてもらおうかな。聞いておるうちに寝るでないぞ?」
「任せておくがいい。私が途中で寝るはずなどないだろう?」
眠たくなるほど話は長いのか。だが腐っても鬼。聞くと言ったからには寝ずに聞く。もともと妖怪は睡眠も大して必要ない。食事と同じような感覚だ。つまり眠たくなる事自体が少ないのだ。恐らく問題ないだろう。
それからは毎晩様々な話をした。時には私の話をしたり
『お前さんはどうしてそんなに学があるのじゃ?』
『恐らく長く生きてきたからだろうな。人間だった頃は何かを習う事すらできなかった』
時には芳香の自慢話を聞いたり
『我は前に富士の山に登ったことがあるのじゃ。凄いじゃろう?』
『不二といえば駿河だったか?』
『その通り。
富士山は、駿河國に在り。峯削り成せるが如く、
史籍の記せる所を
富士山は間違いなく一番高い山じゃ』
実は芳香は竹取物語に出てきた不老不死の霊薬に関する情報を求めて富士山に登ったようだ。山頂で会ったという木花咲耶姫によるとその霊薬を別の山で燃やすようにと言って追い返したらしい。
つまり芳香の富士登山は徒労に終わったわけだ。それを無駄にしないために『富士山記』なるものを書いたらしい。先ほどの芳香の言葉はその冒頭だという。
何故芳香がそこまで死を避けようとするのか聞いたのはつい昨日の事だ。
『我が何故死を避けるか、か。簡単な事ではないか。我は死をひどく恐れているだけなのじゃ。お前さんたち妖怪にはわからぬ感覚じゃろうが人間は本当にすぐ死んでしまうものじゃ。我もいつまで生きられるか分かったものではない。
我はもうすぐ都を出て仙人となるための修行を始めるつもりじゃ。大峰山にでも行こうかと思っておる。仙人になればお前さんともっと長い時間語り合っておれるじゃろう?
仙人になった暁にはお前さんを訪ねてやろう』
『ははっ、自ら鬼の拠点に足を運ぶと?馬鹿な事は言わない方が良い。仙人は妖怪に狙われやすいと聞く。私の棲む山は通称妖怪の山。お前では私の元へはたどり着けまい。
ただでさえ私はいつも頂上付近にいる。お前ではその前の天狗が精いっぱいじゃないか?
ただお前が本当に仙人になっていたのなら私が初めに出てやろう。精々頑張るんだね、芳香』
『はっ、お前さんも素直じゃないな。我が行くのを精々楽しみに待っているがいいぞ、華扇』
『お前が都からいなくなるのは残念な事だ。初めに言っていた事だから仕方がないがね。もう一度会えることを信じているよ』
芳香はもう都にはいない。今朝早くに門を出るときに一瞬こちらを見たようだが私も簡単に見つかるようなところに隠れてはいない。
そうでなければ今頃ここにはいないだろう。
都では芳香が出て行ったことを未だ信じ切れていない者もいるようだ。表向きには菅原道真が芳香より先に昇進したために怒って出て行った、となっているらしい。
仙人になるために出て行くというよりはまだ尤もらしい理由だろう。
さて、これからの私はまた三月前と同じように生活すれば良いだけだ。昼は羅城門で退屈を凌ぎ、夜は仲間と騒ぐ。たまに人間と勝負をしたり、都を襲ったり………。
「何か考え事でもしてんのかい?あんたにしては珍しいこともあるもんだ」
「勇儀…少なくともあんたよりは毎日何か考えて生きてるさ。萃香共々失礼な奴だね」
鬼の宴会に天狗を呼ぶのは酷なのだろうか。あいつらも呑む奴は鬼といい勝負だし大丈夫だと考えている。参加させているのは騒がしいのが好きな勇儀だが。
勇儀は失礼な奴だ。私は普段から様々な事を考えながら生きているというのに。今はそれに加えて芳香の事を少し思い出していただけだ。
「はっはっは!間違っちゃいないねえ。それで?あんたはあの人間の事を考えているのかい?」
鬼の宴会に来るのも久しぶりだし、夜いなかった理由も同じ四天王には伝えてあったから勇儀からすれば当然の質問だったのだろう。
別に隠す必要も無いので話してしまおうと思うが。
「まあそうだね。面白い人間だったよ。あんたが気に入るような人間ではなかったけどねえ。あんたの心は木石腸だから」
「ぼくせき………なんたらって何だい?あんたの基準で話されるとついて行けないよ」
勇儀は何かを学ぶ事をしないからねえ。戦闘に関しては頭の切れが凄いのに学問になったら途端に降参する。勇儀に勝とうと思えば学問で勝負すればいい。
そんな余裕のある人間は何処にもいないだろうが。
「なんだい、勇儀はそんなことも知らないのかい?木石腸ってのは情趣を解さない心って意味だ。つまり私の心は木石腸ではないってことだね」
「おっ?萃香か。いきなり話に入ってくるなよ。驚いちまったじゃねえか」
「おや、それはすまないね。にしても華扇、あの人間の事を考えるのはもうやめなよ。その心がいつかお前を殺すかもしれないよ」
「それくらい分かっているさ。心配しなくてももうこれ以上あの娘の事は考えないよ」
これ以上考えても何の意味も無い。仙人とはそんなに簡単になれるものではないのだ。そうでもなければ今の世は仙人だらけになっているに違いない。
それにしても萃香は何処でその知識を入れているのだろうか。彼女が何かを読んでいるところなど見たことが無い気がする。
「それより折角華扇の奴も帰って来たんだ。萃香も一緒にどうだい?」
「いいねえ。勇儀の盃寄越しな。私が注いでやるよ。ついでに虎熊の奴も呼んで来ようか」
四天王で集まって呑むのは本当に久しぶりだ。大抵誰かは都に行っていたり他の場所で呑んだりしている。
そもそも私たち四人が集まっていると威圧感が凄いらしいので離れて呑んでいるともいえる。
「あらあら、華扇も帰って来てたのね。気づかなかったわ。また明日からはいつも通りね」
「勿論だ。腕が鈍っているかもしれないからあんたの分も私が行っていいかい?」
「それはいけないわよ。私の楽しみが無くなってしまうじゃないの。人間が恐れおののく顔が見れなくなるのは嫌だわ」
当たり前か。私も早く勘を早く戻すためにもできるだけ多く戦いたかったんだけど。水鬼に頼んでも無理だろうしなあ。あいつは攻撃が派手だからあまり都には行かないし。勘を戻すのはまだ先になりそうだ。
――――――――――そこから凡そ百五十年――――――――――――――――
「何?人間の五人組が酒を貢ぎに来ただって?よし、早速宴会だ。準備をしろ!」
旅の途中で雨に降られたから少しの間雨宿りをさせてほしいと言って人間たちが来た。都合よく良い酒を持っていたから貢物として差し上げる、だそうだ。
最近は人間による妖怪の乱獲をよく耳にする。噂によれば卑怯な手を使うという事だが…警戒はしておいた方が良いだろう。私はこんなところで死んでいられないのだ。
とりあえず貰った酒は全て枡に移して無毒化してから呑む。味は落ちないはずだ。毒が入っていなければそれで良いのだが最近の人間はどうにも信用できなくなった。昔なら酒を呑み交わすのも鬼と人間の交流の一つだったのに。
たかが百年少しでこうも関係が変化してしまうとは思ってもみなかった。………ほら、やはり鬼たちがばたばたと倒れ始めた。同じ酒を呑んでいたはずの人間はどうにもなっていないことから考えて対妖怪用。
そして私でも醸造法がわからなかったことから考えて恐らく人間の造った酒ではない。
私も倒れたふりをしていなければ怪しまれてしまう。酔い潰れた事など無いのでどう演技をすればいいのかわからないが皆の真似をしていればいいだろう。恐らく。
「ふははっ。哀れな鬼どもよ、この酒が何かも聞かないで呑んでくれたのには感謝するぞ」
「ぐっ………それは…何だって言うんだ………」
苦しそうな声。私って実はかなり演技が上手いかもしれない。これもすべては人間たちを油断させるためのもの。
「まだ喋れるか………教えてやろう。これは神便鬼毒酒という神の造った酒だ。これを呑んで立てる鬼はいないと聞かされたよ。お前もじきに喋れなくなるだろう」
やはり神の酒だったか。こうなった以上不本意だがあいつを頼るしかない。
指を鳴らす。
すると今まで寝ていた鬼たちが跡形もなく消える。人間には理解できないだろう。私にも理解できないのだ。あいつの能力はあいつ以外に理解できるものではない。
「さあ覚悟しな、人間どもよ。お前たちはこの私、茨木華扇が直々に相手してやる」
相手の主君であろう源頼光の頭を潰さんと手を伸ばす。やはりこの恐怖の表情は良いものだ。これから行われる理不尽な暴力をまだ理解できていないのだろう。
頭を潰そうとして気が付く。伸ばしていた右腕が…無い。
「よくやった、綱!今のうちに急いで撤退するぞ!」
腕は渡辺綱の手に収まっていた。私の腕を斬ったのは妖刀。再生を阻害する最悪の性質を持っている。ただの刀による切断ならどうにでもなるが妖刀の場合は放っておけない。
「おのれッ!腕を返せ!!」
私はあいつたちを
今まで楽しんでいた生活も今思い返せば地獄のようだ。
人間に裏切られた今だからこそ芳香にもう一度会いたくなる。人間の良さを詰め込んだかのような彼女。そして死にたくないという気持ちに忠実な彼女。
私も仙人となってみよう。彼女と二人、仙人同士で語り合える日がいつか来るだろうか。
―――――――――――約千百年後―――――――――――――――
紫や隠岐奈たちと五百年ほど前に作った幻想郷にも様々な妖怪や神、仙人が増えてきた。私の腕の事件も解決して最近はまた神社によく行くようになっている。
だが今になってもまだ芳香という仙人の確認はできていない。だが最近里に行った時に気になる記述を見つけた。
稗田が記録し保管する幻想郷縁起。そこに書いてあった新勢力のトップの対談もなかなか見ごたえがあったが私の目を引いたのは妖怪などが紹介されているページのとある項だ。
『宮古芳香』という名前の
初対面の時は何故『かなり邪悪』と言われるのかわからなかったが、この項を見れば一目瞭然だ。彼女は正真正銘邪仙であったようだ。
そしてキョンシーの宮古芳香。奇しくもあの人間と同じ名前である彼女は本人なのだろうか。生きていた時代は確かに一致する。はっきりとは覚えていないが顔も似ている気がする。
しかし仙人を目指した彼女がどうしてキョンシーとして仙人に制御されているのか、そこはいくら考えてもわからない。
記録を見てわからなくても直接会えばわかるかもしれない。これによると主な活動場所は墓地となっている。墓地といえば命蓮寺の裏だろう。すぐ近くだ。
墓地に近づくと何か聞こえてくる。念仏でも唱えているのだろうか。そもそも念仏って墓で唱えるものだっただろうか。
もっと近づくと念仏ではないことが分かった。今墓地にいるのは私と例のキョンシー、宮古芳香だけだ。あのキョンシーは何を言っているのだろうか。
「流れ出づる方だに見えぬ涙川沖ひむ時やそこは知られむ」
「三千世界は眼の前に尽きぬ 十二因縁は心の裏に空し」
「気霽れて風は新柳の髪を梳り 水消えて波は旧苔の髪を洗ふ」
どれも芳香の有名な句だ。特に最後の下句は私が詠んだ物である。二つ目の下句は弁才天が付けた物ともされている。
これで確定した。キョンシーの芳香は私の知る芳香だった。
どうして死体となってしまったのかはわからないし、青娥から奪う事もする気はない。私はただ再会の喜びを自分一人でかみしめるためだけにここで立っているのだ。
死体になった彼女の脳はもう腐ってしまっているだろう。
私の事は覚えていないのに私の付けた歌を詠んでくれる。
腕の無くなった私と命が無くなった芳香。それを結ぶのはたった一つの歌なのだ。
お札が剥がれていても私の事は思い出せないだろう。仙人を目指したことすら忘れてしまっているかもしれない。
だがそれでも良いのだ。私が彼女を覚えているならば。彼女があの歌を覚えているならば。
明日からはまたスッキリした気持ちで神社に行くことができるだろう。青娥が芳香をキョンシーとして残したのはもしかしたら死に際の芳香の願いだったのかもしれない。そう解釈すると何処か嬉しくなれる。自分勝手な解釈でも芳香は許してくれるに違いない。
声はかけない。彼女の邪魔をしないために。自分の幻想を壊さないために。
虎熊童子は別に出す必要も無かったのですが、頼光たちがオリキャラ枠なのかどうかで迷った挙句に「それならオリキャラを作ってしまえばいい」という考えに至った次第です。今考えれば頼光たちも普通にオリキャラですよね
本当はもう少し細かく書ければよかったのですが私には無理でした
よしかせんでもっと良質な物誰か書いてくれませんかねえ