これはとある日の出来事。
どうも、ふぁもにかです。この短編オリジナルは以前、有料携帯小説サイト:フォレストノベルにて私が投稿していた作品だったのですが、いつの間にやらフォレストノベルが閉鎖していて私の中高時代の作品がもれなく全部消え去っていたので、気の向くままにその中の1つを復元することにしました。過去の私の作品の誤字修正版なので色々と拙いことになってそうな気がしますが、その辺はお察しくださいませ。
ある日の仕事終わり。人気のない夜の路地を一人の男が歩きます。黒スーツを着こなした、いかにも有能なサラリーマンといった風貌の青年です。ヒゲの似合わなそうなタイプのイケメンさんです。例えるなら、そうですね……某NHKの体操番組に出てきそうなお兄さんといった感じでしょうか。
と、そこで。青年の携帯に着信がかかります。青年は流れるような手つきで携帯を取り出し、携帯画面を見やります。画面には『ストーカーさん』と書かれています。青年は当然のように電話に出ます。
「もしもし、ストーカーさん。今日もストーキングですか? 精が出ますね」
『ストーキングではありません、人間観察です』
青年の開始早々の言葉を電話先の相手は即座に否定します。声質から青年の電話相手は女性のようです。
「その人間観察のターゲットを特定の人間に絞って長期間にわたって行うことを世間一般にはストーカーと言うんですよ?」
『それは違います。貴方には多大な時間を費やして観察する価値があるから、だから私は貴方をストー……コホン、人間観察するのです』
「あ、今ストーキングって言おうとしましたね? 自分の行いを認めようとしましたね?」
『違います。今のはストーキングではなくストッキングと言おうとしたのです。早とちりはやめてください』
青年の指摘に女性はとっさの言い訳で乗り切ろうとしています。どうしても自身のストーカー行為を認めたくないようです。
「なぜこの状況でストッキングなる言葉を言おうとしたのかが非常に謎なのですが」
『気にしたら負けです』
「そうですか、なら仕方ないですね」
青年はあっさり引き下がりました。と、その時。ポツリと、青年の頭に一滴の雨が落ちてきました。雨粒を確認しようと青年は立ち止まり、空を見上げて手のひらを上にします。空はどんより曇り空です。
「……雨が降りそうですね。ちゃんと傘は持ってきていますか、ストーキング?」
『はい。今日は降水確率40%でしたので、念のため。……ところで、そのストーキングって何ですか? もしかしなくても私のことを言っているのですか?』
「はい。僕の考えた貴女の愛称です」
『お断りします』
「そうですか? 一人の人間にやたら執着するストーカーと何かを極めた者を指すキングとを合体させてみたのですが」
『拒否します』
「あ、もしかしてストーキングではなくストークイーンの方がよかったですか?」
『断固拒否します』
「……そうですか、残念です」
青年はガックリと肩を落とします。自身の考えたお気に入りの愛称を女性に受け入れてもらえなかったことがショックだったようです。
と、そうこうしている内に、雨が本降りになってきました。雨は青年の体を容赦なく打ちつけ始めます。
『貴方は傘は持ってないのですか?』
「ええ、僕は雨に濡れるのが好きですから。雨に濡れるのって結構気持ちいいんですよね、これが」
『風邪を引いてしまいますよ』
「心配いりません、バカは風邪引きませんから」
『ハゲますよ? 最近の雨は酸性ですし』
「その程度のリスクで傘を差すような僕ではありませんよ、ストーカーさん?」
『……』
女性は無言になったのを機に青年は再び歩き出そうとして、急いでしゃがみ込みます。その頭上をビュオッと何か槍のようなものが飛んでいきます。音を立てて青年の視線の先に落ちたそれはピンク色の傘でした。いかにも中学生や高校生が愛用していそうな感じの傘でした。
「……いくら顔を見せたくないからって傘を投げるのは淑女としてどうかと思いますよ」
『仕方ないでしょう? 私は自分の顔に自信がないんですから』
「それでも傘を渡す方法は他にもあるでしょうに、もしも頭に刺さったらどうするつもりだったのですか?」
『貴方なら避けてくれると信じてましたので、微塵も考えてませんでした』
「……嬉しくない信頼ってあるものなんですね、初めて知りましたよ」
青年は背後の電柱に隠れている女性にジト目を送った後、ピンク色の傘を拾います。そして、「せっかくの好意を無駄にするのは申し訳ないですね」と傘をさす。そうしてしばらく歩いた後、青年は「あぁそうだ」とポンと手を打つ。
『どうかしましたか?』
「はい、貴女に聞きたいことがありまして」
『? なんでしょうか?』
「どうして貴女は僕をストーキ――」
『ストーキングではありません、人間観察です』
青年の言葉を遮って女性はすかさず訂正を入れます。自身の行いがストーキングだと認めたくない思いは筋金入りのようです。
「どうして貴女は僕を人間観察してくれるんですか?」
『……どういう意味ですか?』
「自分を好きになれない人は他人からも好かれないという話を聞いたことがあります。……僕は自分が嫌いです。どうしても好きになれません。何かもう、全体的に嫌いなんです。ですが、貴女にとっての僕とは『多大な時間を費やして観察する価値がある』存在なのですよね?」
『はい』
「それは僕が好きだということでいいのですか?」
『はい、異性として好きです』
「それは、なぜですか?」
『顔です』
「即答ですか。そうですか」
女性の迷いのない答えに青年は思わず面食らいます。
『あ、いや……確かに最初は貴方の顔に惹かれました。ですが、貴方の魅力は顔だけに留まりませんよ。だからこそ、ここ2ヶ月貴方をストーキングし続けた私がいます。顔だけの人間に多大な時間を費やすほど私もバカではありませんので』
「あ、今ストーキングって――」
『ストーキングではありません、ストッキングです』
「ここ2ヶ月ストッキングし続けるってどういう状況ですか?」
『察してください』
「わかりました」
やはり青年はあっさりと引き下がります。引き際というものをしっかりと把握している結果でしょうか。
『こちらからも一つ、いいですか?』
「はい、何でしょう?」
『どうして貴方は私のスト――人間観察を容認しているのですか? 私の行いは……その、世間一般的に考えれば気味の悪いもののはずです』
「あ、自覚あったんですね」
『当たり前です。私を何だと思ってるのですか?』
「ストーカーさん」
『……』
女性は沈黙します。言い返す言葉がなかったのでしょう。
『……そ、それで、どうしてですか? どうして貴方は人間観察を続ける私とこうして会話をしてくれるのですか?』
女性からの真剣な質問に、青年は「う~ん」と空を見上げて考えます。先ほどまで本降りだった雨はいつの間にやら小降りになっています。
「まぁ、僕は変わり者ですしね。そのような世間一般の常識に当てはまらないのではないでしょうか? それに、貴女とは話していて楽しいですしね」
『そうなのですか?』
「ええ。それに貴女の声は聞いていて癒されます。いっそのこと、今から声優を目指してみるというのはどうですか? 天職かと思うのですが」
『ほ、ほほほ褒めたって何も出ませんよッ!』
「何も期待していないので大丈夫です」
女声の質問に正直に答えた青年は歩き始めます。その背後を女性がこそこそとついていきます。
一定の距離を保ったまま。両者ともに薄く笑みを浮かべながら。
雨は、すっかり上がっていました。