忍と武が歩む道   作:バーローの助手

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第十二話

 

「よし、こんな所か」

 

磨き終わった廊下を眺めながら、イタチは満足げに頷く。

自分で定めたノルマを粗方こなした事を確認し、時計に視線を向けると間もなく昼飯の仕込みの時間だった

その事を確認して、イタチは手早く掃除道具を片付けて手を粗い、自分用の前掛けを着て調理場に入る。

 

「お疲れ様です」

「おう、お疲れ。んじゃ早速やるか」

「メニューは何ですか?」

「最近野菜が足りてねえから、野菜多めの中華丼と野菜・卵のスープ…って所だな

という訳で、白菜とかニラ辺りをどんどん切ってくれ」

「了解しました」

 

そう言って、途中合流した同僚と共に調理場に活気が帯びて作業が進んでいく

野菜や肉を切る音、あんかけや白米の匂い、スープの熱気が調理場に徐々に充満していき昼飯の用意が終わる。

 

そして修行を終えた門下生達の下に運んで行き、その作業が終わるとイタチ達も昼食に入る。

 

「…ん、この中華丼の肉は…」

「お、気づいたかイタチ? これ実は鹿の肉なんだよ。高校ん時の下宿仲間がジビエっつうの?

そういうのをやっててよ、偶に送ってくるんだよ。そんでそれが昨日の夜届いてよ、仕込んでおいたんだよ」

「…なるほど、これはこれで旨いですね」

「だろ? 何なら後で仕込み方とか見てみるか?」

「是非」

 

そんなやり取りをしながら食事を終えて、それぞれが後片付けに入る

イタチも例に漏れず、使い終わった食器を片付けた後に門下生達が下げた食器を洗う

洗い終わった後の皿は軽く乾拭きして、それを食器棚に戻す。

 

全ての食器を片づけが終わった事をイタチは確認し、次の仕事に取り掛かろうとした所で

 

「どうしました、幸平さん?」

「ん?おお、ちょっとな」

 

調理場の椅子に座ったままで、難しい顔で携帯電話を見ている幸平を見つけて、イタチが声をかける。

イタチの声に反応して、幸平もまた歯切れ悪く返事をして

 

「これ、ちょっと見てみ」

「失礼します」

 

幸平が見ていた紙を渡されて、イタチも小さく頷いて受け取り

 

「明日からの出勤表ですね」

「おうよ、面子を見てみ」

「俺と幸平さんと…それと…」

 

そこまで読んで、イタチの言葉は止まる

何故ならもう既に、読み上げるべき名前を読み終えてしまったからだ。

 

「…そうなんだよ、明日から一週間の食事当番、俺とお前だけなんだわ」

 

はー、と深い溜息を吐きながら幸平は言う

イタチが加入する前からでも、最低四~五人で作業していたという話だから、どうやらこれが彼を悩ませている種の様だ。

 

「…訳を聞いても?」

「理由はそれぞれだ、里帰りや旅行、突発的な怪我やトラブルやその他諸々

重ならない様に調整したつもりだったんだけど、皆ちょっとずつ予定がズレちまってよー

まあ単純に、運と間が悪いのが重なっちまったって所だな」

 

「成程、しかし…一週間、ですか」

「そうなんだよなー、二日三日くらいなら二人でも何とかいけるかもしれないが…流石に一週間となるとなー」

 

短い期間ならそれほど問題ではないが、一週間という時間だと話が変わってくる。

人数が少なくなると、その分一人の労働量と負担が増える

それが長い間続けば更なる二次被害三次被害が生まれる恐れもある。

 

「一応、鉄心の爺さんに話は通してあるんだけど…助っ人が来れたとしても、最低でも三日はかかっちまうみたいだ」

「…三日ですか、それなら二人でもやれない事はないですが…」

「ああ、だがそれでも…結構ギリギリだ。出来ることならもうちょっと安定した形

…もっと言えば、助っ人が来るまでの間に…最低でももう一人作業に入れる人間が欲しいトコだな」

 

「…確かに、もしも何かの事情で俺達のどちらかまで来れなくなったら…それこそ無理ですからね」

「そういうこった、俺も直ぐに入れそうな奴に声を掛けとくけど…一応そのつもりで準備しておいてくれ」

「分かりました」

 

そう言って二人は互いに意見を纏めて、了解し合う

次いで二人はそれぞれの作業に戻った。

 

 

 

 

 

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「はあー、どうしよう…」

 

川神院から少し離れた建物の上、天衣は溜息を吐きながら呟いた。

思い出すのは昨日知り合った、不思議な男についてだ。

 

自分にお金を届けてくれた、イタチと名乗った妙に掴み所がない男についてだ

あの後、仕事があるから何か用がある時は川神院に来て欲しいと言って、あの場はそれで終わった。

 

そう、終わってしまったのだ。

だから行く必要が出来てしまった、あの娘から逃げる様に去った『川神院』に…

 

「…しかも、今は春休み中だからなー」

 

唸るように天衣は呟く

あの娘はまだ学生だ、つまり今は春休み中だ。勿論だからと言って常時川神院にいる訳ではないが…自分の運の悪さを考えると確実に顔を合わせるだろう。

 

やはり、どう考えても今はまだ顔を合わせたくない

あの娘の性格を考えれば気にしてはいないだろうが、要はこちらの心の準備が済んでいないのだ。

 

「…どうしようかなー、電話とかして…あーダメだ、絶対に碌な事にならなそう…」

 

本人は別に良いと言っていたが、自分はあそこまでの恩を受けて「はい、そうですか」で終わらせられる人間ではない。

かと言って、このまま川神院に訪問できる程思い切りの良い女でもない

故に現状の様に、川神院を遠目から見つめて様子を探るに至っている。

 

「覚悟を決めた方がいいかな…」

 

小さく重く呟く。

仮にこの場は何とかあの娘に会わずにやり過ごせたとしても、いつかは必ず顔を合わせる時が来るだろう

今日の様に会う事を予め頭に入れている時とは違い、全くの不意打ちで予期せぬ出会いをしてしまったら…それこそ目も当てられない事になるだろう

 

だったら、いっその事覚悟を決めてしまった方がいいんじゃないか?

 

 

「……よし」

 

 

自分の中で粗方の考えが纏まり、小さく掛け声を上げる

どうしたら良いのか分からない、何て言えば良いのかも分からない、だが覚悟は決まった

ならば早速行動に移そう…と、そこまで天衣が考えた所で

 

「――ん?」

 

視界の端で、天衣はその姿を捉える

それは自分が先程から待ち伏せていた標的、もとい待っていた顔だった

 

「…間が良いのか悪いのか…」

 

そんな事を呟きながら、天衣は建物から降りてその人物に駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうして、こうなっちゃったかなー」

 

深く重く溜息を吐きながら、天衣は項垂れるようにして呟く

自分が現在居るのは、嘗て良く通った川神院その応接室

次いで天衣は視線を自分の横に向ける、その視線の先には自分がここに来る切っ掛けになった人物

 

その視線に気付いたのか、イタチもまた天衣に顔を向けて

 

「急な事で申し訳ありません、突然の事で驚かれたでしょう?」

「そこは別に気にしてないよ。君には感謝してるし、どの道何か仕事しなきゃいけなかった所だしね」

 

小さく笑って天衣は答える。

そしてそれが、天衣が川神院に来ることになった理由であり答えだ。

 

あの後、自分は改めてお礼する為にこの男(イタチ)に駆け寄った

その後は再びお礼するしないの話になり、話の流れで自分が嘗て川神院で世話になっていた事を話した

その話を聞いた瞬間、男の目が一瞬輝いた…様な気がした。

 

話を聞いてみたら、どうやら仕事が人手不足で助っ人を探していたらしい

そこに現れた、自分という存在

川神院の人間が知り、信頼もある、ある程度に調理技術がある人間

まさに自分は、打って付けの人材だったという訳だ。

 

 

恩返しと、金銭の収入

 

 

正に一石二鳥、普段の天衣ならこの巡り合せに両手を上げて歓喜していただろう

……職場が川神院でなければ。

 

だが、その事を差し引いてもこれを逃す手は天衣には無かった

故にこうして直に話をするために、イタチについてきたのだが…やはり、頭の奥底には小さな不安があった。

 

そして応接室の扉が開き、新たに二人の人間が応接に入る

調理場を取り仕切る幸平と、川神院の責任者である川神鉄心だ。

 

「――久しぶりじゃな」

「お久しぶりです」

 

鉄心が小さく笑いながら言って、天衣もまた立ち上がり恭しくお辞儀をしながら返す

そんな二人の久方ぶりのやり取りを終えたのを見計らって、幸平が言う。

 

「よっし、そんじゃあ始めるとするか」

 

そう言って、四人は席について天衣の面接が始まる

…と言っても、鉄心は勿論のこと幸平も天衣とも面識があった為に、面接というよりも近況報告に近い物になっていた。

 

「しかし、イタチと天衣が知り合いじゃったとは…世間は思ったよりも狭いの」

「俺も驚きました、偶然知り合った人が川神院縁の人間…しかも、四天王に属していた程の人間だったとは」

「元、だけどね。負けちゃったからお役御免だよ」

 

肩を竦める様にして天衣は答える

そんな二人のやり取りを見て、幸平はククっと小さく笑って

 

「まあ、何にしてもコッチとしてはありがたい話だ。中々こっちに来れるヤツがいなかったからよ

聞いた話だと、基本的な事はできるんだろ?」

「はい、自給自足が多かったので。普通の川魚とかだったらある程度捌けます」

「十分、下ごしらえが出来る人間が一人増えれば、作業のスピードは倍は違うからな」

「それに天衣の人柄・性格も儂等は良くしっておるし、信頼・信用できる人間だと言う事も解っておる。良く知らない人間を雇うよりも、ずっと安心できるわい」

 

ウンウンと頷きながら幸平が言って、鉄心もまたそれに賛同の意を示す

普通の家庭料理等ならともかく、大人数が食べる料理だと下ごしらえ一つとっても膨大な量になる

故にそこを補ってくれる人間が一人増えれば、その分作業は大きく進むからだ。

 

そして何より重要なのが、信頼と信用だ。

これは別に川神院に限った話ではなく、ほぼ全ての事に共通して言える事だ

幾ら技術や資格を満たしていても、信用できない人間を雇う人は殆どいないだろう。

 

天衣は天衣で今までの生活や経験で、調理作業に当たってそれ程不安要素は無さそうだ

そう、不安要素は『殆ど』ない。

 

「だけど…その、私個人の問題なんですけど…」

「問題ねえよ、不幸体質だっけ?こっちもある程度は事情を知ってるよ。

でもその事を差し引いても、今は助っ人が欲しい所なんだわ」

「そうですね。正直に言うと、二人で今までの作業を行うのはかなり厳しいです

多少のデメリットを含めても、今は助っ人が欲しい所です」

 

申し訳なさ気に言う天衣に対し、幸平とイタチがそんな風に返す

しかしそんな二人に対して、更に天衣はたどたどしく返す。

 

「いや、その…イタチ、さんもこの前粗方見てたから知ってると思うけど…

基本的に私…その、運と間が悪いんだ…だから、ここまで話が進んでいるのに、こんな事を言うのは何だけど…かなり…というか、すごい迷惑をかけると思うよ?」

「それなら俺がフォローしますよ」

 

どこか申し訳なさげに言う天衣に対して、イタチがあっさりとそう返す

次いで言葉を続ける。

 

「前の時の様に、天衣さんに何か過失があっても俺がフォローしますよ

それに天衣さんを誘い、連れてきたのも俺です。ならば俺が彼女のフォローに回るのが筋かと思います」

「俺もそれで良いと思うぜ、それに不慣れな人間のサポートも俺の仕事だからな

今までも、実際イタチの時もそうやって立ち回って来た訳だし、何とかなるだろ」

「…フム、成程」

 

イタチの言い分を聞いて、幸平もまたそれに同意する

そして二人の言葉を聞いて、鉄心もまた納得する様に頷く

次いで改めて皆の視線が天衣と集まっていく、結局の所後は本人の意思次第だった。

そして

 

 

「――分かりました。慎んで、お受けさせて頂きます」

 

 

観念する様に、心から感謝する様に、天衣は頭を下げながらそう言った

天衣の言葉によって、その話は双方の合意が得られ纏まる

後は日程や時間、報酬等のやり取りをする流れになる。

 

その部分も特に大きな問題もなく纏まり、今日はこれにて解散……となる筈だったのだが

 

「――とまあ、大体こんな所かな?何か質問はあるか?」

「…それじゃあ、最後に一つだけ」

 

僅かに表情を固くさせて、天衣は鉄心を見る。

鉄心もそんな天衣を見て、大体の事が察しがついたらしく

 

 

「百代の事か?」

「…はい」

 

 

鉄心の言葉を聞いて、天衣は頷く。

嘗て自分の事を姉の様に、師の様に慕ってくれていた少女

そして自分と戦い、勝ち、武人として完全に上を行った少女

 

そして、そんな少女の前から逃げる様に去った自分。

 

「…会っていかんのか?」

「正直言いますと…まだ踏ん切りがついていません」

 

「そうか」

 

短く答えて、鉄心は顎に手を置いて少し考える様な仕草を取る

先程までは違い、その空気はどこか堅くて重い

そしてそんな二人の様子を、イタチは見つめて

 

(……成程、訳有りか……)

 

どうやら此処に来づらかったのは、恐らくソレが理由だろう。

見た所、百代よりも天衣の方が年上だ

川神院の人間との面識がある事を考えると、天衣は百代にとって近しい存在

姉や師と言った関係だったのかもしれない。

 

そして、イタチの見る限り…天衣は百代に勝てないだろう

実際に手合わせさせなければ分からないが…少なくとも、イタチには天衣が百代に勝つイメージは湧かなかった。

 

 

(……人間関係はデリケートな問題だからな、部外者が下手にちょっかいを出すべきではないな……)

 

 

先日の直江大和との一件もある、あまり興味半分で関わって良い問題ではない

イタチはそんな風に判断して、次いで鉄心が言葉を続ける。

 

「…ま、アレに関して言えば相変わらず元気が有り余っておる

少なくとも、そちらが心配する様な事にはなっておらんよ」

「…そうですか」

 

「仕事中は別に問題ないと思うぜ?百代の嬢ちゃんはあれで物の分別はついてる

中学に上がったくらいからかな? 厨房の人間の許可なしに勝手に出入りした事ないしな」

「…確かに、言われてみればそうですね」

「奥の作業場なら廊下から見える事もない、だから調理場にいる限り嬢ちゃんと顔を合わせる事はないと思うぜ?」

 

「分かりました、重ね重ね本当にありがとうございます」

 

そうして、互の意見が纏まり仕事への準備が完了する。

ちなみに天衣は、生活拠点を今の川原から川神院所有の裏山へと移した

鉄心やイタチは院内の空き部屋や宿直室を使う事を進めたが、天衣はどうしても遠慮があるらしく裏山にテントを移す事で妥協した

次いで細かい部分や注意点や疑問点を解消していき、その日はそれで終了した。

 

 

 

――そして次の日から、厨房は戦場と化していた――

 

「どんどん洗え!剥け!切れ!捌け!そんで全部こっちに回せ!」

『はい!』

「そっちが終わったら天衣は平皿一式出して盛り付け!イタチはメシを盛りながら並行でこっちの鍋のアク取りを頼む!」

「はい、分かりました!」

「了解です」

 

「んがぁ! 醤油が切れやがった!天衣、裏の食品庫から箱ごと持ってきてくれ!」

「いえ、俺が行きます。丁度一区切りつきました、作業途中の天衣さんよりも俺が行った方が時間の節約になります」

「じゃあイタチGO! 天衣はソレ終わったら大根下ろしと薬味だ!」

「はいぃ!」

 

「え!? 幸平さんが休み!?」

「ぎっくり腰らしいです、夜は問題ない様ですが昼は二人で回す事になります」

「…そ、そうなんだ」

「という訳で、今回は1.5倍のスピードでよろしくお願いしますね『クイーン』」

「…そういう意味じゃなかった気がするけどね…」

 

「あー、この炊飯器…とうとうご臨終しやがった」

「…本当ですね…残りの内の一台を早めに稼動させて、二回炊くしかないですかね?」

「それなら飯盒を使うっていうのは? 確か合宿用とかに使うヤツがたくさんあった筈だよ」

「そうだな…飯盒炊きか。偶には趣向を変えて行って見るか」

 

「うーっし、久しぶりに鍋物を作ってみるか。何か使いたい食材はあるか?」

「はい!はい!はい!糸こんにゃく!糸こんにゃくが良いと思います!」

「えーと、糸こんにゃく糸こんにゃく…あー今は切らしてんな」

「んなあぁ!!?」

(……糸こんにゃくが好きなのか……)

 

「――幸平さん、今どういう状況か分かっていますよね?」

「いや、さ…何つーの?極限状態故のインスピレーションというか、料理人故の探究心というか…」

「時と場合を考えて下さい、今は時間も人手が足りないというのに…皆に出すんですか、ソレ?」

「だーかーら!さっきから謝ってるだろうが!つーか無表情でキレんなよ、恐えぇんだよ!」

「キレていないし怒ってもいないですよ、事実を指摘しているだけです…ご自分で完食してくださいよ?」

(……料理しながら口論とか、二人とも器用だなー……)

 

「い、糸こんにゃく…糸こんにゃくが沢山…」

「はい、昨日仕込が終わった後に買っておいたんですよ。

どっちみち食材の買い足しはしなくてはならなかったし、天衣さんも好きそうでしたし」

「うん、大好き。ご飯何杯でもイケちゃう」

「ちなみに今日のおかずは、糸こんにゃくと豚肉の生姜煮だそうです」

「お、おぉ…まさかこんな幸せがあるなんて…」

「はは、大げさですね。それじゃあそろそろ仕込みの方を――」

「あーイタチー、生姜煮はあれ無しだ。肝心の豚肉の数が足りねえや」

「…………」

「すいません。代わりのメニューは糸こんにゃくを使った物で」

 

「すごい量のアサリですね」

「応よ、爺さんの古い知り合いが大量に送ってきたんだよ。もう砂抜きも終わってるし、今日はコイツを使ってみようと思ってな」

「アサリですか…味噌汁とか良いですね」

「炊き込みご飯も捨てがたいと思うな」

「シンプルにバターと醤油でいくのもありだな」

『…………』

「…全部、作っちゃうか?…」

「「異議なし」」

 

 

人員不足により、調理場はいつもよりも多忙だったが…それだけだった

技術こそ本職には及ばないが、体力と集中力において常人を遥かに上回る天衣は十分な戦力になった

無論、不慣れ故の多少の過失やトラブルはあったが、それ以上の働きと成果を天衣は残した。

 

そして、天衣の最大の懸念…百代との遭遇、これは一度もなかった

元々天衣は殆どの時間は調理場の奥で作業していたし、出入りも調理場に備え付けの勝手口を利用していた

それに百代の方にも、鉄心がそれとなく調理場に近づかない様に釘を刺しておき、イタチも陰ながらフォローしていた

また百代の方も、調理場が人手不足で忙しいという話を聞いていたので、邪魔しないようにと自ら近づく事もなかった。

 

故に期間限定ではあったが、天衣と百代が顔を合わせる事はなく

特にこれと言った大きなトラブルが起きる事もなく、数日が経った。

 

 

「う~し、今日はコレで終わりだな。二人共ご苦労さん」

「はい、お疲れさまです」

「お疲れ様でした」

 

幸平の言葉に、イタチと天衣もまた笑顔で返す

天衣が入り始めてから既に三日目、この日も特に大きなトラブル等もなく終了した。

 

「ここで一つ朗報だ。明日から助っ人が来てくれるってよ」

「…っ!」

「本当ですか?」

「応よ。これで明日からはもう少し余裕もって回せる筈だ

それにあと三日もすれば休み取った奴らもちらほら帰ってくるからな、これでまたいつものペースでやれる筈だ」

「成程、それなら一安心です」

「…そっか、終わりか…」

 

今までの不安定な状態から、また安定した状態に戻れる

幸平とイタチはその事に素直に喜び

 

 

「……そっか、じゃあ…仕方ないか……」

 

 

その二人の後ろで、消え去りそうな小さな声が響いた。

 

 

 

 

 

 




今回は長いので分割です。

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