忍と武が歩む道   作:バーローの助手

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第一話

 

「~~♪~~♪♪」

 

ある日の学び舎にて、軽やかな音色が小さく響いていた

口元から漏れる小気味よいメロディーに合わせて、その感情を隠しきれない顔を小さく上下させている

その音色の発信源は、とある少女

周りから注がれる視線を気にする事もなく、少女は機嫌よくハミングをしていた。

 

その少女、川神百代はとても機嫌が良かった。

 

「川神さん、最近なんか凄く機嫌よさそうだね…」

「何かあったのかしら?」

「聞いた話だと、この前試合があったらしいよ。しかもすっごい強い人が相手だったんだって」

「…ああー、だからかー」

 

教室に居る同級生は口々にそんな話をしているが、百代自身は特に気にした様子はない

そもそもの前提が違っているのだが、百代自身は特には否定しなかった

何度か機嫌が良い理由を聞かれても

 

「まあ、そんな所だな」

 

の一言で済ましてしまい、尋ねた方も「本人が言うならそうなんだろう」と結論付けて、それ以上は聞いてこなかった

そんなこんなで時間が進み、授業が進み、全ての授業が消化する。

 

帰りのHRが終わると、百代は手早く荷物を鞄に収めて教室から出ていく

廊下を歩いていると、そこで見知った顔に出会った。

 

白い学生服に身を包んだ後輩の二人

長い茶髪をポニーテールに纏めて、活発で人懐っこい印象を持つ少女と

紫がかかったショートカットで、クールな印象を持つ少女だ。

 

「あ、お姉さま!」

「今帰り?」

「おお、ワン子に京か。これから帰る所だ」

 

百代の事を「お姉さま」と呼んだ茶髪の方が、妹の「川神一子」

紫の髪の方が、幼馴染の「椎名京」だ

 

二人とも、川神百代がいつも一緒にいる「ファミリー」の一員である。

 

「それなら、調度いい」

「これからまた秘密基地に集まるんだけど、お姉さまも一緒に行かない?」

「…あー、これからかー…」

 

二人の提案を聞いて、百代は僅かに迷った様に表情を曇らせる

いつもならこの提案に間髪入れずに頷く所だが、今回は事情が違った。

 

「…悪い、今回はパスだ」

「えー! 昨日も一昨日も来なかったのにー!?」

「また病院?」

「ま、そんな所だな」

 

少し考えて、百代はその提案を断ると一子の方は露骨に不満を口にして

京の方は確認する様に呟く、確認する様な京の言葉に百代は頷いた。

 

「まあ、最初に見つけたのは私だしな。一応目を覚ますまでは様子を見に行ってやろうと思ってな」

 

百代が二人に説明をするが、それでも二人は余り納得が言ってない様だ

 

「…う~ん、確かにお姉さまの言う事も分かるけど…でもちょっとくらいなら」

「少し、不思議」

 

一子も京も、数日前に起きた出来事を本人の口から聞かされ知っていた

だからこそ、二人は百代に違和感を覚えていた

 

一日や二日ならともかく、今日で三日目だ

親しい人間なら兎も角、初対面の人間に対して自分の時間を潰してまで付き合えるだろうか?

 

――しかも、「あの」川神百代がだ――

 

ここで京は何か思いついたのか、悪戯っぽい笑みを浮かべる

そして探るような視線を百代に向けて

 

「もしかして、一目惚れ?」

 

そんな言葉を放つ

勿論、京自身そんな事は有り得ないと理解している

ここで百代が否定してくれれば、そこから自分達の誘いへの足掛かりが出来るからだ

 

だがしかし

 

 

「良く分かったな、その通りだ」

 

 

百代は、京の言葉をあっさりと肯定した

 

「…え?」

「…へ?」

 

そんな間の抜けた声が響く

一子も、質問した京自身も、百代の言葉に目を見張った様に驚きの表情を浮かべる。

 

そんな二人の様子を見て、百代は小さく笑って

 

「冗談だ」

 

そう言って、手をヒラヒラと振りながら二人を後にした

一子と京は、未だ驚きの表情を浮かべたままで

 

「…今の、どう思う京?」

「…よく、分からない…」

 

後に残された二人の、そんな言葉が小さく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……一目惚れ、か…確かに、あながち冗談でもないな……

 

病院への道を歩きながら、百代は先ほどのやり取りについて考える。

 

忘れもしない、数日前の出来事

行き倒れの男に歩み寄った、あの日の夜の出来事

 

あの時、確かに自分は戦闘態勢でいた訳じゃない

だがしかし、全く油断していた訳ではない

 

今まで自分が叩き潰していた輩の中には、不意打ち・闇討ち・騙し討ちを躊躇いなく行う連中がいたからだ。

だから、当然あの時もその事を頭の片隅に入れていた

 

それでも尚、相手は自分を封じこんだ

反射的に迎撃に出た自分の攻防を潜り抜けて、自分を拘束し自由を奪った

 

もしもあれが、正式な手合せだったら

あの時点で、自分の敗北になっていただろう。

 

「……ク、く…くくっ……」

 

笑いを堪えきれず、思わずその声が漏れてしまう

まだ続きが、この話には続きがある

 

自分の楽しみをより一層の楽しみを加えてくれる、事実がある。

 

あの後、自分はあの男を近くの病院に運び込んだ

そしてその診察結果を聞いた

 

――目立った外傷はありませんし、恐らく極度の疲労からくる過労ですね――

――衰弱は激しいですが、十分な栄養と睡眠を取れば直ぐに体調はよくなるでしょう――

 

つまり、だ

あの男は、疲労し衰弱した状態で尚自分を封じ込んだという事だ。

 

今まで音に聞こえた達人でも不可能だったのに

自分を倒すためにベストコンディションを作り、体を作りこんできた達人でも無理だったのに

 

あの男は、疲労し衰弱した状態でソレをやってみせたのだ。

 

「……ぷ、く…くはっ……」

 

再び笑いが零れる

あまりに油断していると、幼馴染や身内にバレてしまう恐れがあるから自重しなくては

 

自分の祖父は、自分から他流試合や手合せ遠ざけている節がある

そんな祖父にこの男の事が知られてしまえば、この「楽しみ」が潰えてしまう可能性がある

 

だからこの事は、自分と付き合いの長い「ファミリー」の人間にも黙っている。

 

(……ワン子やガクトじゃ、ぽろっと口を滑らしそうだしなー……)

 

恐らくファミリーの何人かは、自分が何か隠している事には気づいているだろう

だがしかし、それでも暫くは祖父の目を欺けるだろう

 

自分の楽しみを見破り、そして邪魔になる事はないだろう。

 

あとは待つだけだ

あの男が目を覚ますまでの辛抱だ。

 

(……ああ、楽しみだ…本当に楽しみだ……)

 

まるで恋をする乙女の様に

まるで獲物にかぶりつく獣の様に

 

そんな表情を浮かべて、川神百代は上機嫌に歩みを進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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先ず最初に目に映ったのは、無機質な天井だった

次いで夢と現が入り混じる微睡を頭に抱えながら、視線をゆっくりと回す。

 

「……ここ、は?」

 

自分が横たわっていたであろう布団とベッド

鼻腔を微かに刺激するアルコール系の匂い

腕に繋がれた点滴、日光を遮るカーテン、手入れが行き届き清潔感漂う一室

 

そして…

 

 

「おはよう、寝坊助さん」

 

 

自分のベッドの傍に佇む、一人の少女

 

「……おはよう」

「うむ、しっかしよく寝ていたなー。自分は知らないだろうが、丸々二日以上爆睡していたんだぞ?」

 

 

少しの間を置いて、自分も挨拶を返す

恐らくここは医療関係の…設備や機材を考えると一般的な病院だろう。

 

この少女に見覚えはないが、言葉と状況から察するに段々と事態が飲み込めてきた。

 

 

「…貴方が、俺をここに?」

「そうだ。河原で散歩していたら、倒れているお前を見つけてな…ここまで運んでやった訳だ

 感謝しろよ?」

 

「…そうだな。見た所、大事に至らなかった様だ……ありがとう、お蔭で助かった」

 

 

黒髪の少女は口元に微笑を携えたままそんな風に軽く語り、自分もまたそれに対して返す

少し大げさな言葉を使ったせいか、少女は小さく「くくっ」と息を漏らして愉快気に表情を崩す。

 

これで大体の事情は把握できた。

 

となると、次に語るべき事は―

 

 

「さてそれじゃあ、世間話はこの位にして自己紹介をしようか?

 私の名前は川神百代、お前の名前は?」

「川神、百代か。俺の名前は…」

 

 

だがしかし、その言葉はそこで止まる。

 

「…名前、は…」

 

何故なら

 

「…俺の、名前は…」

 

何故なら

 

「…俺は、ダレだ?…」

 

 

自分で自分の事を、全く覚えていなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うーむ、参ったな…」

 

既に陽は夕闇に沈んだ帰りの道

百代は困惑気味に呟いた。

 

「まさか、記憶喪失とはなー」

 

漫画やドラマじゃあるまいし、と心の中で付け加えて呟く

あの男は、自分の事を何も覚えていなかった。

 

自分の名前、住所も、誕生日も、何一つ覚えていなかった

 

精密検査の方でも、やはり頭部や脳にはこれと言った異常はなかったらしい

健康面も何一つ問題なし

だが入院費等の関係で、身元が判明するまでは病院に身を置くとの事だが…それも期限つきだろう

 

病院だって慈善事業だってやっている訳ではないのだし、やはりそんな長い間は病院におけないだろう。

 

「さて…どうしたものか…」

 

考え込みながら一人呟く

折角見つけた「楽しみ」に、まさかこんな問題が生じるとは思ってもみなかった。

 

今後の展開

身元が判明するにしてもしないにしても、このままでは自分の「楽しみ」が遠のいてしまう可能性が高い

 

百代としては、それだけは絶対に避けたい事だった。

 

百代は考える

考えに考える

 

そして考えに考えて

 

 

「…やはり、少し強引にいくか…」

 

 

小さく、だが力強く呟く

百代の中で考えは纏まった、建前も用意した、覚悟は決まった

 

ならば、後は実行するだけだ

 

「さて、それじゃあ早速準備に取り掛かるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

夜も更け、消灯時間を過ぎ、月明かりだけが光源となる病室にて

記憶喪失のその男は中々眠る事ができなかった

 

丸二日以上の熟睡…というのも原因の一つだろうが、原因はもう一つある。

 

「…まさか、自身の事すら分からないとはな…」

 

自分は一体何者なのか?

自分は一体どの様な人間だったのか?

 

どんな物が好きだったのか?

どんな物が嫌いだったのか?

 

どこで生まれたのか?

どこで育ったのか?

どこに住んでいたのか?

 

どんな人生を歩んできたのか?

 

善人だったのか?それとも悪人だったのか?

健常者だったのか?若しくは異常者だったのか?

 

自分に家族はいるのか?友人は?知人は?

心配を掛けさせてないか?

 

いや、そもそもそんな相手は自分にはいたのか?

 

それ以前に、どうしてこうなった?

なぜ自分は倒れていた?

なぜ自分は身分証の類を持っていなかった?

 

「…………」

 

考える事は尽きない

そしてその事に同調する様に、自分の中では不安や不信と言った物が渦巻いて蓄積されているのが良く分かる。

 

漠然とした不安、感染していく不信

そして何より、犯す様に全身に浸透していく得体の知れない恐怖

 

自分には、何もない

自分という者を示す、自分という者を支えてくれる物が何もない

 

不吉な「何か」が、胸に淀み、頭を濁し、腹を歪ませていく。

 

 

「考えても、仕方ないか…」

 

考えて答えが出る物なら、とっくに答えはでているだろう

未だに答えが出ないという事は、現状では考えても仕方ないという事だろう

そんな風に自分の中で意見を纏めて、無理にでも眠りにつこうと思った所で

 

コンコン、と――

窓からそんな音が響いた。

 

「……何をしているんだ?」

 

唸るように男は呟く

男の視線の先、病室の窓の外側、そこには帰宅した筈の川神百代の姿があった

男が自分の姿を確認したのが分かったのか、口をパクパクと動かしている

唇の動きを読む限り「開けろ、入れろ」と言っている様だ。

 

「…何を考えているんだ?」

 

百代の真意は読み取れないが、このままにしておく訳にもいかないだろう

その自分の中で意見を締めくくり、その男は窓を開けて百代を部屋に招き入れた。

 

「よっ」

「何を考えているんだ貴方は?」

 

部屋に入り、何でもない様な様子で自分に話かける百代を見て

男は困惑気味に呟くが、百代の方は気にした様子はない。

 

「まあそう邪険にするな、こんな美少女が夜中にこっそり会いにきてくれたんだぞ?

 男なら一度は夢見るシチューエションじゃないか?」

「生憎と、記憶がありませんので」

「ならよかったな、貴重な体験ができたぞ?」

「…それで、一体何の用ですか?」

 

夜も遅いし、あまり時間を掛けては家族も心配するだろうと

男は百代に本題を尋ねる

 

「実はな、私が最初に見つけた時に着ていたお前の服。洗濯が終わっていたみたいだから持ってきたんだ

 何かの役に立つんじゃないかと思ってな」

 

ククっと愉快気に笑い声を響かせて、百代は目の前の男に持っていた紙袋を見せる

その百代の行動を見て、男は僅かに驚いた様子でそれを受け取った

紙袋の中には、黒くて厚手の布で出来た服が入っており、ふんわりと洗剤の香りを纏っていた。

 

「こんな時間に…態々ですか?」

「どうせ、面倒くさい事を一人で考えているんじゃないかと思ってな」

 

軽い調子で百代はそんな言葉を言って

男は自分の胸に、じんわりとその言葉が染み渡って行くのを感じた

百代の気遣いが、純粋に嬉しかったからだ。

 

「…ありがとう、ございます」

「礼なんていい。それより、折角だから袖を通してみないか?何か思い出すかもしれないぞ?」

 

「…そう、ですね」

 

百代の申し出を男は素直に受け入れる

百代の心遣いは嬉しかったし、何より何か自分の事を思い出すかもしれない…という淡い期待もあったからだ。

 

着替えの間、百代には後ろを向いて終わってその間に男は手早く着替える。

 

袖と裾の長さ大体七分といった所だろうか?

洗い立て乾き立ての服の感触は、思いのほか心地よかった。

 

「どうだ?」

「肌に馴染むような感じがしますし、動きやすくサイズも丁度いいですね。

 どうやらこの服が自分の物であるのは、間違いない無い様ですね」

「うむ、なら良かった」

 

軽く服の感触を確かめながら、男は軽く体を動かしながら感想を述べる

どこかに詰まりや引っ掛かりを感じたりはしないし、これが自分の服であるのは間違いないだろう。

 

百代はそんな男を見て、満足げに頷いて

 

「そう言えば、体調の方はどうだ?」

「記憶の事以外は問題ありません。長い間熟睡できていた様なので、体調の方もこれと言った異常は感じません

 明日あたりにでも、軽く運動をしてみようかと思っています」

「そうか…くくっ、そうかそうか」

 

その言葉を聞いて、百代は更に愉快気に口元を緩ませてウンウンと頷く

次いで百代は、目の前の男にその提案をした。

 

 

「それなら早速、夜のデートと洒落込もうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 




すいません、本当はもう少し早めに上げるつもりでしたが
私用で少し遅くなりました。

本編は本編で少し話がややこしい事になっており、作者自身ちゃんと調理できるか不安です(笑)
さて次回は、深夜のデート(意味深)の話です。
次回は次回で、一応話を進ませる予定ですので、皆様なにとぞお付き合い下さい

それでは次回に会いましょう。

追伸 感想の返信はもう少しお待ちください。遅くなって申し訳ないです。


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