忍と武が歩む道   作:バーローの助手

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第二話

 

 

「…夜の、デート…ですか?」

「うむ」

「流石にそれは、賛同しかねるのですが…」

 

百代の言葉をオウム返しして、男は呟く

いくら記憶喪失の自分でも、こんな時間に病院から抜け出す事は非常識だと分かったからだ。

 

だがしかし、百代はここで切り返す。

 

「…いや、この時間でなければならん」

「どうしてですか?」

「私がお前を見つけたのは、大体この位の時間だったからだ」

「……目的地は?」

「私がお前を見つけた河原だ、続きはそこで話す」

 

ここまで百代の言葉を聞いて、男は大凡の考えを纏める

自分を見つけた人物が、自分を見つけた時間、自分を見つけた場所に連れていく。

これは自分の記憶を知る上で、確かに欠かせない事だろう。

 

「…分かりました、それではお付き合いさせて頂きます」

「うむ、しっかりとエスコートしてやろう」

 

百代の提案を男は了承し、百代もまた頷く

次いで二人は静かに病室を後にし、密かに病院を抜け出し

 

夜の闇へと、その姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

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「ここだ」

 

病院から少し離れた河原の道

病院のある市街地からも、今の時間が商売繁盛の時を迎える繁華街からも離れた場所

町の明かりは遠く、星と月の光を邪魔する物は少ない

街の喧騒もなく、河の潺と虫の声を消す物も存在しない。

 

二人がいるのは、正にそんな場所だった。

 

「…自分が、ここに?」

「ああ、そこのやたら草が生え伸びてる場所があるだろ?

 そこで倒れているのを、私が見つけた」

「…成程」

 

百代の言葉を聞いて、男は舗装されたコンクリートの道から降りて

草が生え伸びた河原の道へと出る

そしてその足で自分が倒れていた場所に行き、立ち止まる。

 

そして男は目を瞑って、夜風を肌で感じ、川の流れる音を聞き

五感でその情報を感じ取る

男がそんな事を初めて一分、不意に百代は口を開いた。

 

「どうだ、何か思い出したか?」

「取りあえず、分かった事は二つあります」

「おお、それは大収穫だな!何が分かったんだ?」

 

男の言葉を聞いて、百代は笑みを浮かべて弾んだような声を出す。

そして男が得た物について尋ねると

 

「先ず一つ、ここでは何も俺自身に関する事は思い出せなかった…というのが一つ」

「…ふむ、それでもう一つは?」

「そして、もう一つ分かった事は――」

 

そう軽く言いながら、男は百代へと視線を移そうとした時だった。

 

 

 

その瞬間、百代は男に殴り掛かった。

 

 

 

「――――っ!」

 

 

その瞬間、大気が弾けた

その瞬間、周囲が揺れた

その瞬間、衝撃が走り抜けた

 

次いで草は風圧で一気に倒れて、川の水には幾つもの波紋が生まれる

虫の声は瞬時に消え失せて、周囲の木々からは鳥達が一斉に飛び立った。

 

最後に生まれるのは、静寂

夜の闇に溶けて消えてしまいそうになるほどの、静寂

 

「もう一つ、何が分かったんだ?」

 

その発信源は、先の百代の一撃

そして

 

 

 

「貴方が俺に対して、並々ならない感情を放っている事です」

 

 

 

 

百代の一撃を完全に掌握する、男の掌だった。

 

 

 

 

「…失礼を承知で尋ねます。

 もしかして俺は記憶を失う以前に、貴方と何らかのトラブルを?」

「いいや、私とお前が出会ったのは正真正銘三日前だ

 そして私はそれ以前のお前の事は何一つ知らない…そこに嘘偽りは一切ない」

「では、なぜ――」

 

しかし、男の言葉が終わる前に

百代は掌握された拳を捩じり、回して、その拘束を解く。

 

次いでバックステップで男と少し距離を取る

 

「少し、私の事を話すとな……私はこれでも、そこそこ強い武道家なんだ」

 

距離を取ると、百代はポケットから紐の様な物を取り出す。

 

「最近は負け無しでな。大抵の相手は瞬殺できるし、世間では達人と称されている者でも仕留めるのに一分は掛からん」

 

シュルシュルと小さく音が響いて、百代は手早く自分の髪を後ろ手に纏める。

 

「……私はな、退屈なんだ……」

 

長い黒髪をポニーテール状に纏めると、その端を軽く指で摘まんで弾く。

 

「……私はな、もう飽き飽きしているんだ……」

「………」

「あれはもう戦いじゃない…あれは、ただの『暇潰し』だ」

 

今の自分では、もはや戦いにすらならない

それ程までに、自分と相手との間に力量の差があるからだ

そんな思いを混めて、百代は語る。

 

「だが…今は少し違う」

「…?」

「お前が現れてくれた」

 

ニヤリ、と口の形を三日月上に変形させて

猛禽の獣を思わせる微笑を浮かべて、百代が語る

 

「実は私は、お前に関してもう一つだけ知っている事がある…分かるか?」

「今までの会話の流れから察するに…武術絡みの事、ですか?」

「だーい正解」

 

くくっ、小さく笑い声を漏らして百代は頷く

 

「お前には、確かな武術の心得がある…それは私の武術家としての誇りを賭けて断言しよう」

「…成る程、今の自分にとってはとても有難い情報です」

「だろ?だから私と戦え」

 

命令とも懇願ともつかない程に語気を込めて、百代は男に言う

男は男で、目の前の少女から発せられる威圧感・迫力から、決して冗談の類ではない事を悟る。

 

「正直、話が急すぎてついていけてないのですが?」

「至極簡単な話だ。お前は武術をやっていた、だから私はお前と闘いたい

 なぜ?と聞かれれば、最近は戦いという闘いとはご無沙汰だったからだ」

「……先の貴方の言葉を総合すると、余程の強者…いわゆる『達人』と呼ばれる方でなければダメなのでは?」

 

百代の提案に対して、男は思った率直な疑問を口にする

そもそもこの人物が欲求不満だった理由は、あまりにもこの人物が強すぎるからだ

だったらそれなりに武術を嗜んだ者では力不足なのでは?と思ったからだ。

 

しかし

 

 

「――安心しろ。お前はそんな『余程の強者』…いわゆる『達人』に属する者だ――」

 

 

男の問いに、百代はあっさりと答える。

 

「先の一撃、あれは『達人』でなければ反応する事も…増してや受け止める事は不可能な筈だからな」

「………」

「勿論、お前が反応できていなければ寸止めしていたぞ?

 流石に私も、手が後ろに回る事はしたくないからな」

 

軽く笑いながら割と衝撃的な事実を百代は男に告げて

男はそんな百代に、少し呆れた様な視線を向ける

 

そんな事で、態々こんな手間をかけたのか?と

そんな風に顔に出ていた。

 

「…取りあえず、貴方はとても変わった人…という事がよく分かりました」

「安心しろ、自覚している…それで、私と戦ってくれるのか?」

「そうですね…」

 

改めての百代の問い

その問いに対して、男は少し考える様な仕草をした後

 

「…正直、貴方の仰った事は半信半疑ですし…今でも戸惑いが強いです」

「まあ、そうだろうな」

 

「ですが――」

 

ここで、男は一旦言葉を区切る

次いで軽く息を吸って、視線を新たに百代に向けて

 

 

 

「俺は、自分の事を知りたい」

 

 

 

そこに確かな決意と力強さを宿して

男はその言葉を百代に告げる。

 

「俺は知りたい、思い出したい。自分の事を、自分が忘れてしまった事を…

 俺は…俺自身の事を、少しでもいいから取り戻したい」

 

それは、男の中に宿る確かな意志

それは、男の中に生まれた確かな願い

 

「そして…その為に武術が必要なら、その為に貴方と戦う事が必要なら…」

 

目つきは鋭く、拳は固く

そして固く握り込んだ拳を、百代の前に突き出して

 

 

「――俺は、喜んで貴方と闘おう――」

 

 

確かな宣言を、其処にする。

 

 

「…そうか、感謝する…」

 

 

その言葉を聞いて

その宣言を聞いて

百代は弾けそうになる感情を抑える様に

それでもそこには確かな喜びと感謝を込めて

 

その一言を、男に告げた。

 

「いえ、お蔭で俺も自分の事が少し分かりましたから…それに」

「それに?」

「……いえ、何でもありません」

 

言いかけて、男はそこで言葉を止める

あまり確証のない言葉を、言うべきではないと思ったからだ。

 

 

……私はな、退屈なんだ……

 

 

あの時、男の目にはこの少女の姿が…酷く危ないモノに見えた

このまま放っておいたら、後で取り返しの付かない事が起きてしまうような

そんな危ない可能性だ。

 

それが彼女が抱える苦しみなのかもしれない

つい先程まで自分が彷徨っていた、当てのない途方もない苦しみなのかもしれない。

 

そう考えたら、目の前の少女の願いを無視できなくなった

この人が抱えている物を、自分が少しでも楽にできたら…と思い

 

(……まあ、ここまで楽しそうな顔をされると…今更断れないだろう……)

 

見る者全てを魅了する様な、心の底からの楽しげな笑みを浮かべる百代を見て

そんな風に、男の中で意志は固まっていた。

 

 

「さて、それじゃあルールはどうする?」

「怪我をするのは流石に病院に迷惑を掛けるので、出来ればそういう方向性でお願いします」

「善処しよう」

 

そんなやり取りを交わして、二人は体を軽く解して準備運動を行う

十分に解し終わったのか、タイミングを見計らって二人は程よく距離を取りながら向き合って

 

「合図だ」

 

そう言って、百代は河原に落ちていた拳大の石を拾う

そしてソレを男に見せつけて

 

 

――夜空に向けて、思いっきり投球した――

 

 

ビュンと、一瞬風切り音が鳴って

弾丸の様に射出された石は、既に二人が視認できない存在となっている

空高く舞い上がって、力なく落ちてくる

 

二人は互いにその瞬間を待つ。

 

「…………」

「――――」

 

二人は、動かない

互いが互いに視線を置いたまま、構えもせず楽な姿勢でいる。

 

そして

後ろの川で、何かが着水する音が響いて

 

 

 

 

――その瞬間、空間が揺れた――

 

 

 

 

 

長い黒髪を靡かせて、大地を蹴り破る様な力で踏み込んで

一息に百代は男との距離を縮める。

 

「フッ!」

 

左フック

ダッシュの勢いと体重を乗せ、自身の力を凝縮させた一撃

鉞の様な鋭さと重さを持って、それは唸りを上げて男に襲い掛かる。

 

しかし!

 

「っ!」

 

拳が逸れて、空気を切る、衝撃の余波が辺りに響く

男は百代の一撃に対して、掌でソレを横に捌いたからだ。

 

だが、まだ百代の攻撃は終わっていない

勢いをそのままに、一気に男の懐に潜り込み右の拳で更に打ち込む。

 

 

だが届かない

 

 

「フハっ!」

 

 

弾けた様に口元が緩んで、百代は溜まらず声を漏らす

右の一撃も、先と同じ様に男に掌握されて止められる。

 

次いで男はそのまま拳を捻り上げて、関節を取ろうとするが

 

「二度も喰らわん!」

 

瞬間、百代は体ごと回転させて拘束から逃れる

そのままの勢いで着地、更に前に出る。

 

「いいぞいいぞ!それなら、これはどうかな!?」

 

笑い声とも威嚇とも取れない声を上げて、百代は四肢への力を変質させる

その変化を、男はまた感じ取る。

 

(……左手は囮、左足は誘導……)

 

百代が男を、間合いに捉える

 

(……あの右手は、死に手だ……)

 

となれば、本命は残る右足

そう結論付けて男は右足への対処に出るが

 

(……いや、違う!……)

 

頭の奥底で危険を知らせる警報がなる

体勢を変えて、迫るくるソレを受け止める

己の存在ごと刈り取ろうとする死に手、右手からの一撃を―!

 

「よく見極めた!」

「偶然です」

「ははは!まだまだ余裕あるじゃないかァ!」

 

爆発する様な笑い声を、その愉快気な感情を隠そうともしないで

百代は更に攻撃の手を苛烈にさせる

その一手一手が、一撃一撃が、必殺の威力を持って男に襲い掛かる

 

だが

 

(……おいおい、マジか?……)

 

打撃を捌く

蹴撃を弾く

貫手を躱す

 

(……コイツ、マジか……)

 

指突を掴む

掌撃を止める

連撃が相殺される

 

(……マジか、マジかマジかマジか……)

 

反撃を防ぐ

陽動を見切る

虚実を見抜く

 

(……ヤバいって……)

 

地面を抉る

大気を切り裂く

間合いを食い合う

 

(……コイツ、マジでヤバいって……)

 

力を流す

技を封じる

先を読まれる

 

 

(――コイツ、最高だ――)

 

 

 

百代の中で、「ソレ」が爆発する

愉悦、喜悦、歓喜、狂喜

それらを含めた、ありとあらゆる感情が、百代の中で一気に弾ける。

 

「クハっ!フハっ!いいぞいいぞ!やはり私の見立てに間違いなかった!」

「なら、もうこの辺で?」

「おいおい!白けた事を言うな!夜はまだまだこれからじゃないかァ!」

「……お手柔らかに」

 

そんなやり取りを交えながらも、二人は攻防を緩めない。

 

「ハアァッ!」

 

百代が更にギアを上げる

思いっきり速度と体重を乗せた一撃を、男に目掛けて打ち込む。

 

「…っ!」

 

次いで来るのは、衝撃

拳から手首、肘、肩を通して、百代の全身に衝撃が駆け抜ける

渾身の一発

 

その百代の渾身の一発を、男は掌撃で相殺する。

 

「――くううぅぅ!」

 

堪らず声が零れる

ゾクゾクっと、鳥肌が立つ様にそんな快感が百代に走る。

 

(……これだ!これだこれだこれだ!これだよ!これが、『闘い』だ!……)

 

煮え滾る様な快感

血が沸騰し、魂まで燃える様な感覚

 

(……一体いつ以来だ…こんな気分は!……)

 

故に、溢れる

 

(……一体いつ以来だ…こんな高揚感は!……)

 

武術を極めた者としての欲が、武道を歩む者としての願望が

今まで溜めに溜めた欲求が、不満が、鬱憤が

 

ボコボコと音を立てて、百代の中から溢れる。

 

「いいよな、良いよな?お前なら…お前が相手なら!」

「何がです?」

 

気持ちと感情を抑えきれない様に、百代は紅潮しきった顔で呟き尋ね

百代の脚と男の腕が互いに衝突し

 

 

「決まっているだろ?……全力を、出してもだ!」

 

 

百代は、全身に宿る力を一気に解放した。

 

 

 

 

 

 

 

(……存外に、対応できるものだな……)

 

今までの暴風とも呼べる攻撃に対処しながら、男は今までのやり取りを考える。

 

百代の放つ攻撃の一発一発

その速さは常人なら視認は勿論、反応する事もできないだろう

その威力は容易く肉を潰して骨を砕き、内臓をも破壊するだろう。

 

それ位の事、記憶喪失の自分でも分かる

そして自分は、そんな攻撃に晒されながらも特に動揺する事もなく、落ち着いて

その全てに対応出来ているという事だ。

 

(……やはり、自分が武術を嗜んでいる…というのは事実の様だな……)

 

それも、百代が言う所の『達人』レベルの――

そこで自分の考えを一旦区切り、男は次の一手に備える

軽く手首を払って、拳を軽く握り、関節を柔らかく、姿勢はやや低く

男は自分の体にある戦闘態勢を作る。

 

(……あちらは、もう収まりがつかないようだしな……)

 

目の前の少女から発せられる迫力、威圧感は先程とは比べ物にならない程に強く巨大になっている

微笑みとも激昂とも呼べないその表情

初対面の自分でも肌で感じ取れる程の、あらゆる「喜び」を含んだ感情の爆発

 

(……対応を誤れば、冗談では済まないかもな……)

 

ここから始まる新たな局面に対して

男は今まで以上に意識を戦闘に向けて

 

今まで以上に、集中して百代を『視』た。

 

 

 

 

 

続く

 

 







あとがき
 たくさんの感想ありがとうございます!今回も何とか話を投稿させる事ができました!
今回は話を作るに当たって、百代さんが随分とえらい事になっておりますが何卒ご了承ください(笑)

次回では一応今回の戦闘に決着がつく予定です
それではまた次回に会いましょう!

追伸 感想は後で順々にお返ししていく予定です。


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