忍と武が歩む道   作:バーローの助手

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第五話

 

 

「…何でしょうかコレは?」

「お主の給料じゃ」

 

イタチは自分の手の中にある茶封筒を見つめて、不思議そうに呟いた

今日も一日、川神院で炊事、洗濯、掃除を終わらせその合間に百代との手合せ

これらを粗方終えて、そろそろ風呂に入ろうと思った時だった。

 

不意に百代の祖父である鉄心に呼び止められ、この茶封筒を与えられたのだ。

 

「…お気持ちだけ、ありがたく頂いておきます。これ以上こちらのお世話にはなれませんよ」

 

そう言って、イタチは感謝と謝罪の言葉と共に封筒を鉄心に返す

受け取った物を返すのはマナー違反だが、これ以上川神院の世話になるのはイタチ自身申し訳なかったからだ。

 

だが、そんなイタチの返答を予想していたのであろう

鉄心はニカっと微笑んで

 

「まあまあ、話は最後まで聞け。お主の働きぶりは聞いておるし、ワシの目から見ても以前より整備と手入れが行き届いておる

これは純粋なお主の労働とその結果による。ならばこちらも正当な評価と報酬をしよう…というだけの話じゃ」

「それはこちらのセリフですよ。三度の食事と寝床、更には身元引受人まで請け負ってくれた

 こちらは一文無し故にせめて労働で返そうと思っただけです」

「フム、成程。では立場で言えばワシは雇い主になるの?では主の労働による報酬単価を決めるのもワシという事になるのー

 これはお主の給料からお主の生活費を引いた差額…と言えば受け取ってくれるかの?」

 

イタチの言い分を聞いて尚、流れるように返した鉄心の言い分を聞いて、イタチの方も言葉に詰まってしまう

自分の言い分に理があるのなら、鉄心の言い分にも理があったからだ。

 

「ま、口では偉そうな事を言ったが、結局はワシもお主と一緒よ

あれだけ働いて貰っているのにタダ働きでは、ワシもちょっと申し訳ないと思っておるだけじゃ

要は老いぼれが見栄張って格好つけたがってるだけじゃ」

 

だから、なーんも遠慮は要らんよ。

そう最後に付け加えて、再び鉄心はイタチに封筒を渡そうとする

流石にここまで言われては、イタチ自身も受け取らない訳にはいかないだろう。

 

そう思った時だった

ここで一つ、イタチの中にとある代案が浮かんだ。

 

「…それなら、別の物で代用しても構いませんか?」

「ん? どういう事じゃ?」

「実はお恥ずかしい話なのですか――」

 

 

そう言って、イタチは事の次第を鉄心に説明する

イタチが兼ねてから思っていたその考えを口にし、鉄心はその内容を一通り聞いて

 

「……お主、本当に欲がないのー」

「残念な事に、当事者にとっては大問題なんですよ」

 

呆れた様に鉄心は呟いて、イタチも肩を竦める様にして答える。

そして鉄心は一考する

確かに深刻といえば深刻かもしれない、だが軽いといえばもの凄く軽い問題でもある

まあどちらにしても、本人たっての希望なのだから此方も無下にはできないだろう。

 

「よし分かった、早速今から手配の準備をしよう」

 

そう言って、鉄心は笑顔で応えて

 

了解しました、とイタチは一礼して再び風呂場に向かう

そしてそのまま風呂場で一日の疲れと汗を共に流して、寝巻に着替えようと脱衣所に行き

 

「……こう来たか」

 

思わず感心するように呟いてしまう、自分の着替えの中に紛れる様に

 

――忘れ物じゃ――

 

と、一筆が添えられたイタチの給料袋があったからだ。

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、川神院のとある私室にて

 

「うーむ…、精神の修行、心の修行か…」

 

唸る様に百代は呟く

自室という事もあってか、今の百代は普段の道着や制服ではなくTシャツにジーンズというラフな格好をしていた。

 

イタチに心の面での未熟さを指摘されて早数日、未だ百代は考えが纏まっていなかった

無論、百代とてその間何もしなかった訳ではない

嘗て祖父の教えを受けて精神修行をしていた時の内容を思い出してみたり

座禅や水行と言ったものにも一通り手を出してみたのだが…

 

「なーんか、違うんだよなー」

 

愚痴る様に呟く

退屈だから、つまらないから、戦えないから…ではない

勿論そう言った要因も少なからずあるのだろうが、その程度の事で祖父やイタチの指摘に難癖つける程、百代も愚かではない。

 

だが、違うのだ

精神を鍛える、心を鍛える…そういう上っ面の考えや思いつきではない

もっと根本的な部分が、自分には不足している様に思えた。

 

少なくとも、今のまま形式通りの精神修行や心の鍛錬を続けても効果はない

その事だけは、百代自身が確信している。

 

イタチや祖父に相談する事も考えたが、それは即座に却下した

祖父は恐らく「それを見つけるのもまた修行」と言って終わるだろうし

イタチの方はもしかしたら助言の一つでもしてくれるかもしれないが…それは百代自身が却下した。

 

イタチは、今の百代にとって目標であり目的である

あの人は自分が超えるべき壁であり、自分が超えたい相手なのだ

だから、そんな人物にそこまで甘えてしまうのは…百代の中ではどうしても躊躇われたのだ。

 

 

「…何者なんだろうな、あの人は…」

 

 

ぼふり、と軽い音を立てて百代は布団の上に寝転がる

自然とその思考は、イタチの事に向かっていく。

 

あの身体能力もそうだが、それ以上に技術や経験が群を抜いている

常にこちらの戦術を読み取り、一手一手確実に対処していく様は正に圧巻だ。

 

恐らく年は二十歳前後

低くて多分自分と同年代、高くても二十代後半にはいかないだろう。

 

故に興味がある

自分とそんなに年が違わないのに…一体どんな経験を積めば、あの領域にたどり着けるのか

どんな鍛錬をし、どんな戦いをし、どんな相手と闘えば、あの領域にまで行けるのか。

 

「…ま、そもそも当人が覚えてないからなー」

 

天井を見つめながら呟く

唯一の回答を知っている本人の記憶が飛んでいる現状、いくら考えても意味はないだろう。

 

 

「……私も行けるか? あの領域に……」

 

 

自分自身に問いかける

あの人は強い、そして凄い……だが、手が届かない訳じゃない

技術や経験でも確かに差がある…だが、埋められない訳じゃない

心や精神面、これも技術や経験以上の差はあるだろう……だがこれも、克服していけばいいだけの話だ

 

道は分かっている、だがそれだけだ

あの人だって止まっている訳ではない

記憶がない、という事は技の記憶も欠損している可能性が高い

 

現に最初の手合せの際、あの人の動きは途中から格段に洗練されたものになっていた

そして武人としての知識、技、経験を思い出せば…あの人の実力はまだまだこんなものではないだろう

 

つまり、現時点では自分も相手もまだまだ伸びしろがある

つまり、自分のいく道がどの様な道になるのかはまだまだ分からない

 

どれだけの道のりを行けば良いのかは分からない

どれだけの時間を費やせば良いのかも分からない

 

そもそもたどり着けないかもしれない

もしかしたら途中で挫折するかもしれない

 

 

「――上等……!」

 

 

口の端を釣り上げて、百代は笑う

心の底から湧き上がるその衝動と感情を抑えきれず、その顔は微笑みを作る。

 

――そうだ――

――それでいい――

――だからこそ、やり甲斐がある――

 

「……彼方にこそ栄え在り、届かぬからこそ挑むのだ…だっけな?」

 

前に秘密基地で気まぐれで読んだ本の中に、そんな一文があったのを思い出す

あの時は特に気にならなかったが、改めて考えてみると…中々的を射ている言葉かもしれない。

 

自分の体と心が久しく忘れていた感覚を思い出す

目標を見つけ、それに向かって努力する。

 

祖父に厳しく説教され叱られながらも、胃の中の物を嘔吐しそうになるほど鍛錬し、血反吐が出そうになりながらも修行し

身体はあちこちが痣だらけ腫れだらけ、手と足の皮は擦れ剥けマメだらけ、失神や気絶は当たり前

 

だがそれでも、楽しくて楽しくて…毎日が充実していた。

 

遠い日に置いてきてしまったあの感覚が、今また百代の胸の中に宿っていた

己の目標を再認識したせいか、体中の血が滾るようにウズウズしてきたからだ。

 

 

「よっし、それじゃあ早速道場に」

 

 

――と、そこまで言った所で百代の足は止まる

何故なら自分の部屋の戸からノック音が響いてきたからだ。

 

「誰だ?」

「ワシじゃよ」

「…何だ、ジジイか。ちょっと待ってろ」

 

ノックの主が祖父である事を確認して、百代は立ち上がる。

次いでドアを開くと

 

「どうも」

「…不思議だ。ジジイが知らぬ間に超若返ってる」

「何をあほな事を言っておる」

 

目の前にいる、さっきまで脳裏に描いていた人物を見て呟く

次いでその隣にいた祖父が、溜息を吐く様に呟き百代は「冗談だ」と微笑み返した。

 

「…それにしても、イタチさんがここに来るのは珍しいですね?しかもジジイと一緒とは」

 

その珍しいイベントに百代は考える

イタチと鉄心、共に百代が認める武人であり、百代に心の未熟さを指摘した人物だ

もしかしたら、今回はそれに関しての事なのかもしれない…と、百代は心の奥で気を引き締めるが

 

「実はの、この御仁がお前に頼みたい事があるそうじゃ」

 

その鉄心の言葉を聞いて、百代は自分の勘が外れた事を確認する

だがしかし

 

「イタチさんが、私に?それもジジイを通して?」

「はい。最初は鉄心様にご相談したのですが、貴方の方が適任だと言われたので」

「?」

 

イタチの言葉を聞いて、百代も少し疑問を覚える。

もしも武術絡みの事なら、普段の手合せで幾らでも自分に相談できただろうから…つまりは武術絡みじゃない

だがしかし、イタチの相談を聞いて尚鉄心が百代の方が適任と判断する事は……やはり武術以外、思い当たるものない。

 

「――実は、折り入って頼みがあります」

 

そう考えている内に、イタチが一歩前にでる

その顔から多少なりとも真剣な気持ちを察知し、自然と百代も身構える。

 

(……ま、本人から直接聞いた方が早いか……)

 

百代は百代で、そう結論づけてイタチの言葉を待つ

今までの事を考えれば、この人には大いに世話になっている…多少の無茶でも力になろう。

 

そんな風に、百代は決意を固めて

イタチは、続きの言葉を言い放った。

 

「俺に、勉強を教えてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、島津寮のとある一室にて

 

「フンフンふふーん♪」

 

軽く鼻歌を口ずさみながら、その少年は携帯電話を弄っていた

少年の名前は直江大和、この島津寮の住人の一人であり百代の事を「姉さん」と呼ぶ弟分である。

 

「こんなもんか。やっぱ春休み前は皆浮かれるよなー」

 

そういう俺もだけど、と心の中で付け加えて大和は携帯でメールのやり取りを続ける

大和のライフワークでもある情報収集および情報交換だ。

 

もう学年末テストも終わり、授業の方は試験休みと新年度の準備も兼ねて殆どなく

部活や委員会にでも所属していなければ、半日で終わる日が多い

無論それは大和も例外ではなく、大和は大和で自分の時間を楽しんでいた。

 

「ご機嫌だね、大和」

「ん、まあな」

 

大和の背後から、女の声が響く

その発信源は椎名京、彼女もまたこの島津寮の住人だ。

 

「テストも終わったし、先輩達のお別れ会も終わったし、年度末のイベントもひと段落ついたなーってな」

「そだね。もう直ぐ春休みだし、これで二人きりの時間ももっと増える」

「遊ぶだけなら大歓迎」

「大人の階段を上っちゃおう」

「シンデレラじゃないからパス」

 

「つれないなー大和は、でもそんな所も好き」

 

きゃ、恥ずかしい…と、そんな一文を最後に付け加えて

彼女は紫の髪を揺らして、頬に手を当てて体をクネクネと揺らすが、当の大和は至ってノーリアクションである。

 

もう何年も何回もしてきたこのやり取り

今更いちいちリアクションするのも、大和は面倒になってきたからだ

そんな風に、日常の一部になりつつある京とのやり取りを続けながら携帯を操作して、やり取りを続ける。

 

そして、とある一文が目に入った。

 

「ん?」

「どうしたの?」

 

そのメールの発信元は、川神院で働いているお手伝いさんの一人からだ

その内容は、どうやら自分の姉貴分が最近川神院に新しくやってきた男とやたら仲がいい…という内容だった。

 

別に、これだけなら大和も特には気にしなかっただろう

なにせ相手はあの川神百代だ

色々な意味で話題が尽きない人物であり、様々な種類の噂や風評が着いて回っている。

 

そんな噂をいちいち検証するのは面倒だし、あれこれ他人のプライバシーやプライベートに踏み込むのはマナー違反だ

広く浅い付き合いを熟している大和が学んだ、ベストの付き合い方である。

 

…まあ、自分の「ファミリー」の様な一部例外もあるが

 

だが、今の問題は少々異なる

問題は、大和自身がその情報に思い当たる事があったから

 

自分の姉貴分が、とある男の見舞いに連日病院に通っていた事

その男は記憶喪失で、一時的に身元を預かって貰う様に姉貴分が祖父に頼み込んだ事

 

そして何より、ここ最近の姉貴分の機嫌がとても良かった…というのもある。

 

今までは、何よりも楽しみにしていた武術との手合せが楽しめない…というのもあって

自分の姉貴分は何をしても、どこか空虚というか物足りなさ…みたいなモノを感じさせていた。

 

だが、それがここ最近は一切感じられなかった

今まで満たされていなかったものが満たされている…そんな印象を受けた。

 

その事とこの噂を合わせて考えるに…やはり、全くの無関係…とは言い切れないだろう。

 

「…なあ、京。最近姉さんが川神院に来た人と仲が良いって話、聞いたことある?」

「それってもしかして…例の記憶喪失?」

「多分」

 

傍にいる京に尋ねる

同じファミリーのメンバー、しかも同性の京なら百代から何か話を聞いているんじゃないか?

と思ったからだ。

 

「…少し前に、その人に一目惚れしたの?って聞いた事があるんだけど」

「だけど?」

「モモ先輩、否定しなかった」

 

「…まじ?」

「マジ、その後冗談だって言ったけど…違うとは一言も言ってなかった」

 

京自身、当時引っかかっていた事を思い出して報告する

大和は大和で信憑性を帯びてきたその情報に、少し興味が湧いてきた

 

野次馬根性、野暮な勘繰り、そんな物は一切ない!…と、言えなくもないが

真偽を確認したいと思ってきたのは確かだ

 

――と、大和がそこまで考えた所で

 

 

「電話?…って姉さんから?」

 

 

大和の携帯が電話の着信音を響かせる

相手は今まさに話題に上がっていた、川神百代からだ

 

タイムリーなその電話に驚いたが、まあ丁度いいから少し探りを入れてみよう

そう思って大和は通話のボタンを押し、そして

 

『助けてナオえもおおおおおぉぉぉん‼‼』

 

そんな悲痛な叫び声が、受話器から響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき
……やばい、一週間以内に投稿しようと思ってたのに…
と内心で焦りつつも、今回も何とか投稿できました!

次回はついにイタチとあのファミリーの初顔合わせ…になる予定です
今日は少し時間がないので、感想返しは順々にして予定です
それでは次回にまた会いましょう!

追伸 釈迦堂さんとは、あくまで健全な修行仲間みたいな感じになる予定でしたよ(笑)
    どれくらい健全かと言われれば、某健全ロボよりも健全ですよ!


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