忍と武が歩む道   作:バーローの助手

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第六話

とある廃ビルの一室にて、七人の少年少女が集まっていた

その部屋は廃ビルの一室とは思えない程に装飾され、本棚やソファー、椅子、カーペットと

様々な家具が持ち込まれていた

ここを「秘密基地」と決めた皆が、それぞれが過し易い様に色々な物を持ち込んだ結果である。

 

「さて、今日皆に集まって貰ったのは他でもない。姉さんの事でだ」

 

集まった皆に視線を置いて、今日ここに皆を呼び出した大和が言う

 

「メールで大体の事は分かったけど、冗談とかじゃないよな?」

「メールの内容が内容だったしね」

 

背の高い筋肉質で髪をオールバックで纏めた少年「島津岳人」と、細身で色白の伸びた前髪で片目に掛かっている線の細い少年「師岡卓也」が言う

そんな二人の問いを聞いて、今回の集まりの切っ掛けとなった百代が言う。

 

「…マジで、冗談だったらどれだけ良かった事やら…」

「…こりゃマジっぽいな」

「キャップ達の言いたい事ももっともだけどね。私も逆の立場だったら同じ事を思うだろうし」

 

心の底から疲れ切った様に呟く百代を見て、赤いバンダナを額に巻いたキャップと呼ばれた少年「風間翔一」が納得した様に言って

その事に百代の妹である川神一子が同意する。

 

川神百代、川神一子、椎名京

直江大和、風間翔一、師岡卓也、島津岳人

 

以上の七人が、この「風間ファミリー」のメンバーである

改めて全員が集まったのを確認して、大和が話を進める。

 

「それじゃあ、簡単に話を整理するとこんな感じだ」

 

・モモ姉さん(先輩)が助けた人(イタチ)が川神院に住み込む

・その人は記憶が戻る、若しくは身元が分かるまで住み込みとして川神院で働く

・その人は記憶と同じく、一般教養の知識が掛けているらしく鉄心に相談

・鉄心、その人の教師役に孫娘である百代を任命

・百代オワタ…orz

 

「とまあ、こんな感じだな」

「最後のはちょっと悪意がないか?」

 

大和が予め用意しておいたホワイトボードで状況を簡単に纏め、最後の一文に関して百代が突っ込むが大和はコレをスルー

そして大和が説明を続ける。

 

「皆も勘付いていると思うが、鉄心さんが依頼主の時点で姉さんに拒否権はない

 その事を念頭に置いて貰いたい」

 

大和の言葉に皆は一同は頷く。

ここに居る皆が皆、百代の祖父の鉄心とは長い付き合い故にその性格を良く知っていたからだ。

 

「だが実際の話、姉さんに他人に勉強を教えるのはちょいと厳しい。だから皆にも少しばっかり手を貸して貰いたい

それにやる範囲も精々が中学生レベルの範囲までだ。

これなら俺達が姉さんのサポートさえしてやれば、姉さん主導で進めていけると思う。俺達が力を貸しても、姉さん主導なら鉄心さんも文句を言わない筈だ」

 

百代の祖父の鉄心なら、自分たちが百代のサポートをする位は容易に想像がついただろう

それに対して何も言及が無かったという事は、それくらいの事は黙認する…という事だ。

 

「事情は分かったけどよ、でもモモ先輩がそいつに対してそこまでしてやる必要はなくね?」

「うん、僕もそう思う。話を聞く限り、その人も最初はモモ先輩にそこまでして貰うつもりはなかったから、鉄心さんに相談したんだろうし」

 

大和の意見を聞いて、ガクトとモロがそれぞれの意見を言う

二人とも話の流れを聞いて、少し疑問に思ったのであろう。

 

だが

 

 

「イタチさんには世話になっている。だから、あの人には不義理な真似はしたくない」

 

 

一瞬、そこにいるほぼ全員が息を呑んだ。

 

あっさりと簡潔に、百代は皆にそう断言して部屋の空気が変わる

百代から発せられる空気・雰囲気には真剣な気持ちが滲み出ていたからだ

その事に多少の程度の違いはあっても、ここにいる百代以外の全ての面々が今の言葉に驚きを隠せなかった。

 

「――と、格好つけたのは良い物の、皆に助けを求める姉さんなのでした」

「言うなよ弟ー。折角格好良く決めたのにー」

 

肩を竦めながら大和が呟いて、百代が大和を軽く小突きながら返す

その二人のやり取りを見て、少し堅苦しかった部屋の空気がいつものファミリーの空気に戻る

そこで百代が皆に言う。

 

「――とまあ、大まかな事情は説明した訳だが

ぶっちゃけた話、お前達はお前達で予定もあるだろうし、コレはファミリーのではなく私の個人的な用事だ

だから、気が乗らなかったら断ってくれて構わないぞ、今更互いに遠慮する間がらでもないしな」

 

百代の言葉を聞いて、ここに来て初めて詳しい事情を聴いたモロやガクト、キャップは考える。

基本この面子は「ファミリー」としての集団行動する事が多いが、別にそれには堅苦しいルールや決まりがある訳ではない

基本的には個人の自由意思、「やりたいからやる」のである。

 

大和と京、一子は予め百代から事情を聴いて、粗方の意見は決めているが、皆の意見が出揃うまでは待つつもりだ

そこで一つ質問の声が上がる。

 

「そんじゃあ、俺もワン子とモモ先輩に質問」

「どうしたキャップ?」

「てか、私も?」

 

キャップが挙手しながら二人に尋ねて、二人の視線がキャップに向く

次いでキャップが二人に尋ねる。

 

「そのイタチって人だけど、どんな感じの人なんだ?」

 

キャップの質問――それはある意味、ここにいる凡そ全員が気になっていた事だ。

ここにモロやガクトは勿論、京や大和もイタチに関しては殆ど知らなかったからだ。

 

「そうね、まだ付き合いは短いけど…凄い真面目で仕事熱心な人よ。あとすっごく体力があって、仕事が早くて丁寧ね

ウチの道場とか本堂の掃除、纏めて一日で終わらせちゃう人だもん」

「うお、そりゃ凄えな!」

「…確かに、あの広さを一日でってのは凄いね」

 

一子が思った事を口にし、その内容を聞いてキャップとモロが驚きの声を上げる。

川神に住む者ならその道場や本堂の広さを良く知っている

だからその広さの空間の掃除を一日で終わらすという事が、以下に体力と時間を使う作業なのか…というのが想像もできなかったからだ。

 

「ワン子の意見は分かった、それじゃあモモ先輩から見てどういう人なんだ?」

「フム、私から見て…か」

 

キャップの問いを聞いて、百代も顎に手を当てて一考する

少しの間そんな風に考えて、考えが纏まったのか百代は再び皆に視線を置いて

 

 

「一言で言えば、尊敬できる人だ」

 

 

再びの静寂

その余りにも百代らしからぬ発言を、立て続けにファミリーは聞いて

 

(…ぅおーい!どういう事なんだよ大和!今日のモモ先輩おかしいってレベルじゃねーぞ!…)

(…こんなモモ先輩初めて見るよ!一体どういう事なのさ!…)

(…うーむ、モモ先輩にあそこまで言わせるとはな。こりゃ是非とも会ってみたいもんだな!…)

(…とりあえず、ガクトとモロは少し落ち着け。キャップはいつものキャップで何か安心した…)

 

と、男子陣は思いの思いの会話を繰り広げ

 

(…一目惚れの話、あながち冗談でもないかも…)

(…でも川神院で話してる所とか見ても、お姉さまもイタチさんも全然そういう空気じゃなかったよ…)

(…ワン子はお子様だからね…)

(…むー、どういう意味よ京!…)

 

 

と、女子陣は女子陣で様々な憶測が行き交っていた

そんな時間がどれ位流れただろう? そこで不意に声が上がった。

 

「よーし、俺は付き合うぜ!」

 

挙手する様に宣言したのはキャップだ、その宣言と共に皆の視線がキャップに集中し

次いでキャップは言葉を続ける。

 

「モモ先輩にそこまで言わせるとは、これは風間ファミリーのキャップとして会わずにいられないだろ!?

 どんな人なのか、直に会って話してみてえ!つう訳で、俺は乗るぜ!」

 

屈託のない笑顔と、愉快気な響きを纏わせたその言葉

そんな言葉を聞いて、そこにいる面々も考えが纏まったのだろう

その流れに同調する様に、次々に声が上がった。

 

「んじゃ、俺様も付き合おうかな。やっぱソイツの事が気になるしよ」

「僕もガクトと同じ意見かな? やっぱり何だかんだで興味が湧いちゃった」

 

ガクトとモロもこれに賛同

 

「俺と京とワン子はここに来る前から、姉さんに付き合うのを決めてた訳だから」

「風間ファミリー、全員参加だね」

 

大和と京が自分たちの意見の纏めて、ファミリーの全員が参加する事を確認する

実際の話、皆がそれぞれ休みの間にしたい事はあったのだが

やはりここに来て、今までに無い事態に対しての興味が大きい様だ。

 

「よし、それで何時から始める予定?」

「早い方が何かと都合が良いからな。出来れば明日からやろうかと思ってる」

「明日か、よしそれじゃあ明日川神院に集合な」

 

おー、という掛け声が廃ビルに響いて

明日行われるであろう勉強会に、風間ファミリー全員の参加が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どうしたものか…」

 

川神院の一室にて、イタチは困った様子で呟いた

いつもなら川神院の掃除や洗濯、食事の仕込み、更には百代との手合わせ…と

常に何かしらの仕事に追われているイタチであるのだが…

 

「まさか、休みを言い渡されるとはな」

 

今日の予定を振り返って呟く

それは遡る事今朝の事、いつもの様に仕事に入ろうとしたら鉄心に言われたのだ。

 

 

「働き過ぎ、休め」

 

 

…とまあ、こんな感じでイタチは今日一日は休みになった

どうやら今日は手伝いの人間が割と多めに来るらしく、人手は十分の様だ

更に言えばイタチは此処に来てからずっと休みなしで働いていた為に、鉄心や同僚の間で少し休ませたらいいんじゃないか?という話も出ていたらしい。

 

だがイタチとしてはそれ程疲労は溜まってないし、精神的にも疲れていない

目に見えない疲労というのもあるが、丸一日休息するほどでもない

 

急に手持ち無沙汰になったので、百代と手合わせでも行おうとしたのだが

今日は百代の方は朝から外出していたので、こちらも捕まらなかったのだ

 

今度行われる勉学についても、自分なりに少し予習をしようとも思ったが

下手な予習をして間違った先入観等を植え付けると、後々の修正で苦労をする

それならば真っ白な状態で、きちんと授業を受けた方が良い…イタチはそう判断した。

 

さて他には何かないか?―と、イタチは少し考えて

 

「…そういえば、まだこの辺りの散策はまだしていなかったな」

 

イタチは窓から見える風景を眺める

ここに来てそれなりの日数が経ったが、まだ川神院以外の場所には行った事がなかった。

何度か買い物の付き合いで商店街に足を運んだ位だ。

 

まだ記憶が戻る兆候も、自分に関する情報が入ったというのも聞かない

まだまだ川神院に滞在する事になるかもしれない

それらの事を考えると、やはり周囲の土地勘を養うのも悪くない考えだろう

 

「服装は…まあジャージのままで良いか」

 

もはや着慣れた服でもある「川神」の刺繍が入ったジャージを見る

手持ちの服はこれ以外は手持ちの一着しかないし、あれも大分くたびれている

以前商店街に行った時も、ジャージ姿の若者をそれなりに見かけたから、まあ変に浮くこともないだろう。

 

「…有難く、使わせて頂きます」

 

鉄心から貰った茶封筒、自分の給料を手に取る

中を確認すればお札が数枚顔を覗かせる

外出する以上、やはりある程度の軍資金は必要になってくるだろう。

 

「…よし」

 

粗方の考えを纏めて、イタチは手早く準備を終える

途中で会った何人かの同僚に外出の旨を伝えて、イタチは川神の街へと繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川神市・金柳街にて、その女は居た。

腰まで届く燃える様な赤い髪、地元では先ず目にする事のない紺の軍服

軍服で体のラインこそ隠れているが、その肉体は女性らしさを充分に強調しながらも、鍛えられて引き締められているのが良く分かる。

 

更に特徴的なのが、その女の顔だ。

 

丸みを帯びながらも理想的なラインを描く輪郭

整った鼻梁に、引き締まりながらも程よい湿りと柔らかさを見せる唇

そして何より、その眼光

片目こそは眼帯で隠れているが…抜身の刀身を思わせるその鋭い眼差しは、その女の持つ美しさと覇気を象徴している様だった。

 

普通の感性を持ってその女を見れば、十人中の九人は美人と思うだろう

だがしかし、そんな目立った外見であるにも関わらず彼女に注がれる視線は少ない。

 

昼の繁華街、時間と時期の関係で金柳街はいつも以上に賑わっているにも関わらずだ。

 

理由は至って単純

彼女が意図的に自分の気配を消しているからだ。

 

赤髪の女…マルギッテ・エーベルバッハは、自分の気配を消しながら金柳街に居た。

 

「こんな所、か」

 

雑踏の中に、静かに彼女の呟きが響く

彼女がこの川神の街に来た理由、それは現地調査のためだ

新年度の春から自分ともう一人、彼女の上司の娘であり妹同然の「お嬢様」が、この川神にある高校に編入するからである。

 

尊敬する上司と親愛なるその人の為に、彼女は自らの目で川神の街を見に来たのだ。

無論、彼女も川神という街を紙面上の情報では知っていたのだが

やはり自分達の新たな生活拠点となる川神の街を、彼女は事前に自らの目で見ておきたかったからだ

故に彼女は上司に訳を話して暇を貰い、数日前に現地調査にやってきたのだ。

 

 

多少騒ぎ好きの気質はあるが、概ね良い街

 

 

それが、マルギッテが数日間見続けてきた川神での評価だ。

確かに幾つか治安の悪い所、無作法な輩もいるがその要所もある程度特定できた

自分が護衛に居れば先ずそんな危険な場所には近づかせないし

ここには武術の総本山である川神院があるために、表だって不埒な輩が闊歩する事も先ずなかったからだ。

 

軍属であり、ある程度に諸外国の実情を知るマルギッテとしては、この川神の治安や環境に特に不満はなかった。

目ぼしい所の調査は概ね終了したし、後はお嬢様好みのヌイグルミでも見つけよう

そう考えを纏めて、マルギッテが足を進めた時だった。

 

 

 

――ゾクリと、彼女はその気配を感じ取った。

 

 

 

「――っ‼‼!?」

心臓が跳ね上がるかの様に脈を打った

冷汗と油汗が混じった様な気味の悪い汗が流れた

全身が凍りつく様な悪寒が走った

肺が一瞬止まって、呼吸をするのも忘れた

 

その気配を感じたのは、一秒にも満たない一瞬

だがそれだけで十分だった

たった一瞬感じたその気配に、彼女は完全に飲まれた。

 

 

(……なん、だ…っ!…今、の…気配…はっ…!……)

 

 

マルギッテが感じたモノ

言うなれば、絶対的な力の差、絶対的な脅威、絶対的な恐怖

 

例えるなら、大蛇に傍を横切られた蛙の気分

混濁しかけた意識を必至に整えて、マルギッテはその気配の発信源を探る。

そして…

 

 

(……あの男……)

 

 

 

雑踏の中を歩く、一人の男を見定める

ここからでは後姿しか確認できないが、白いジャージに身を包み肩に掛かる程の黒髪を後ろで括り纏めている。

後姿だけの印象では、それはどこにでいる普通の男だ。

 

だが、感じる

僅かにその男から漏れ出る気配、迫力、威圧感

そのどれもが、マルギッテに対して並々ならぬ衝撃を与えていた。

 

自分が態々遠いこの異国の地に現地調査に来たのは、この地にどれだけの不安要素、不安要因があるか見極める為だ

そして自分は見つけてしまった、出会ってしまった…見極めなければならない「何か」を

 

幸いここは繁華街の雑踏の中、尾行し調査するには打って付けの環境だ。

故に、マルギッテの考えは固まる。

 

「――――、――――」

 

脳内のスイッチを切り替える

乱れる呼吸と脈拍を整える

意識をクリアにして、雑念を払い、雑音を取り払い、任務に集中する。

 

自らの存在感と気配を極限にまで消し去って、マルギッテは尾行を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……尾行されているな……)

 

金柳街の街を歩きながら、イタチはそう思った

背後から少し距離を取った場所から感じるその気配

雑踏の中に行き交う様々な気配に紛れる様に隠れ、自分の後についてくる雑音の様なその気配。

 

最初は気のせいかとも思ったが、どうやらそうではないらしい

この気配の主は、確実に自分を狙いに定めて尾行している

それも相手は素人ではない、確実に訓練と鍛錬と修練を積んだ者だ。

 

(……理由は何だ?……)

 

イタチは自分が尾行されている理由を考える

簡単に考えれば、いくつかの可能性が思い浮かぶ

 

可能性その1、川神院による自分の調査

 

(……百代や鉄心様の性格では考え難いが…川神院は「組織」だ……)

 

組織である以上、複数の意見や考え方、行動ややり方がある

故に川神院に属する「誰か」が自分を不審に思い、この様な行動に出てもおかしくない。

 

別にこれならいい

自分には何も疚しい事も後ろ暗い事もないので、普通に街を散策した後にいつも通りに日常に帰ればいい。

 

 

可能性その2、川神院以外の者による調査

 

(……川神院は相応に地位と権力を持つ組織だ、当然それを良しとしない輩も居るだろう……)

 

組織である以上、ある程度の他組織との敵対関係は避けられない

川神院を狙う、疎ましく思う、敵対する、他の組織が最近になって現れた自分という異分子の調査

 

これも、現段階ではそれ程問題ではない

結局自分は予定通りに行動すればそれで良いし、自分はあくまで川神院の「客分」だ

少し調べれば自分が成り行きで、一時的に川神院の世話になっている事は直ぐに分かるだろうし、その利用価値も低い事も解るだろう

それにこの人通りの多い金柳街で何か行動を起こすには、少し人の目があり過ぎるだろう。

 

(…それにこの気配の主は、金柳街に入ってから現れた…)

 

川神院を出だす時にはこの気配を感じなかったから、この気配の主は金柳街に入ってから自分を尾行している

もしも自分を個別に狙っているのなら、普通は川神院から尾行しているだろう

 

(……かと言って、金柳街に入って突然気配を出すメリットもない……)

 

意図して情報を攪乱する事も考えられるが、それによるメリットは低い

もしも最初から自分を尾行していたのであれば、自分は金柳街に入るまでその気配に気づかなかった事になる

それ程までに完璧に尾行していた者が、態と気配を出して相手の警戒を誘う様な真似をするのは少々考えにくい

メリットとデメリットの釣り合いが、あまりにも取れていない。

 

故に、この可能性もあまり無いと考えて良いだろう。

 

 

可能性その3、川神院とは関係なく自分個人を狙ったもの

 

「…………」

 

正直な所、イタチの直感としてはこれが「当たり」だと考えている。

自分が川神院の世話になって早二週間、つまり自分は家族・知人友人に何一つ連絡が取れていない

つまりは行方不明だ。

 

そんな自分をたまたまこの金柳街で見つけ、その真偽を確かめる為に尾行している…という事が考えられる

だがこの考えにも疑問が残る。

 

(……なぜ、この人物は自分に声を掛けてこない……)

 

もしも先の可能性なら、普通なら最初にやる行動は声を上げて駆け寄って話し掛ける事だ

だがこの気配の主はそんな素振りを見せず、一定の距離を保ったまま自分を尾行している

自分と面識のある者の行動しては、怪しすぎる。

 

勿論、世間には面識のある相手にそんな怪しい真似や行動をする輩も居る

嫉妬、憎悪、痴情、等々、そんな感情に突き動かされて、やましい行動や後ろ暗い行動に走る者も存在する

記憶を失う前の自分に、そんな者と面識があった可能性も否めない。

 

 

(……さて、どうする……)

 

 

そこまで意見を纏めて、イタチは考える

現段階では先の三つの可能性のどれが当たりかは、まだ判断できない

それに先の三つ以外の第四、第五の可能性だって十分にあり得る。

 

いずれにしても、このままではこれ以上の進展は望めない

可能性としては、相手が自分と面識がある者である可能性は低い。

 

だがしかし、若しかしたら自分の事を知っているかもしれない。

 

 

「……少し、藪を突いてみるか……」

 

 

静かに呟いて、イタチは金柳街を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……っ!…動いた!……)

 

マルギッテは僅かに目を見開く

尾行を初めて数十分、尾行の対象に動きがあったからだ。

 

急に雑踏の中を駆け出して、自分との距離をどんどん開けていく

このままでも直ぐにでもその姿を見失うだろう。

 

(……深追いは禁物…だが、人通りの多いこの繁華街なら!……)

 

自分の尾行が気づかれた可能性もある

だが今居る場所は人目に付きやすい、多少の深追いなら幾らでも巻き返しが聞く

この辺の地理は頭の中に既に入れてある

人目に付きにくい場所や治安の悪い場所、揉め事・争い事に向く場所は大方解っている。

 

相手がもしもそんな場所に誘い込もうとしているのなら直ぐ解るし、本当にそうだったならその時こそ撤退すればいい。

 

マルギッテは追跡を続行する

距離の感覚を一定に保ちながら、相手を見失わない様に自分を足を速める。

 

(……次の角を、左か…!……)

 

相手が道なりにほぼ直角に曲がって、その姿を消す

あの先もまだ繁華街が続いている、ならば尾行は続行だ。

 

相手に遅れて十数秒、マルギッテも相手と同じ様に道なりをほぼ直角に曲がる

そして

 

 

「……は?」

 

 

呆れた様に、マルギッテは呟く

マルギッテの視線の先、十数m先に尾行の対象が立ち止まっている

先程までは後姿しか確認できなかったが、今ならばその横顔が確認できた。

 

年は大体自分と同年代くらいだろうか?

不細工等の印象は受けず、どちらかと言えば整っている部類

それなりに異性や同性に好感を持たれる顔だろう。

 

だがマルギッテが思わず声を漏らした原因は、そこではない

原因は、その男が立ち止まっている場所だ。

 

――おいしいクレープ――

 

「………」

 

再び雑踏に紛れて、マルギッテは男を観察する。

男がいるのは窓口タイプのクレープ屋だ、その店自体にも特に不審な点もなく一般向けの甘味処だ

やはり特に不審な動きはなく、急に駆け出した理由はただ単に甘い物が食べたかっただけなのか?

そんな風に考えていると、対象の男はお店の店主に注文を伝えて、店員があっという間にクレープを焼き上げる。

 

「ミックスベリー二つで、840円になります」

「1000円お預かりします、160円のお釣りです」

「ありがとうございましたー」

 

そんな定番のやり取りをして、男はクレープを二つ手に取るが

やはりマルギッテの目から見て、不審な点は特にない

強いて気になった点と言えば

 

 

(……あの男…一人で二つも食べるつもりか?……)

 

 

自分が見た限り、男には連れはなく待ち合わせしている様子もなかった

あの男に意図して近づこうとしているのは、マルギッテが見る限り自分以外存在しない

 

だが

 

(……待て、クレープが…二つ?……)

 

その考えがマルギッテの脳裏に過る

 

(……私以外、あの男に近づこうとして…いない……)

 

その可能性に気づく

 

(……まさか!……)

 

そして

 

 

 

 

 

 

「―――食べるか?―――」

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば目の前にその男が、尾行していた対象が自分にクレープを差し出していた

 

そしてこれが、自分とこの男「イタチ」との最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き

あかん、気づけば二週間も経ってた…

という訳で、またもや投稿に時間に掛かってしまいました…申し訳ないです!
少しGW遊び過ぎてしまいました

さて、今回は勉強会を書く予定だったのですが
今回を逃すと、新キャラを出せるのがまだまだ掛かりそうだったので先にこの回を書きました
扱いとしては今回は本編よりも幕間に近い感じです
勉強会を期待していた方々…どうもすいません

さて、今回の新キャラはマルさんです
初めて扱うキャラなので上手く掛けるか不安ですが、頑張りたいと思います。

それでは、また次回に会いましょう!


追伸
好感度の設定は、自分が機会を見て更新していく予定です
その時に出る好感度、つまり三話でていた好感度はあくまで三話終了時点でのものです。




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