緋弾のアリア~裏方にいきたい男の物語~   作:蒼海空河

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すいません、勘違いのネタを考えてて遅れました。
そしてこの辺りの勘違い成分は微妙に薄いと思います。
高クオリティの勘違いは連続で作るのは難しい……(汗)

感想でご指摘がありましたので一文。
※今回の手紙はPCで観ることを推奨します。文字数の関係で暗号が判らなくなるので。



十二月の武偵たち

 12月下旬。

 身も凍る北風が暴れまわる季節。

 愛を語らう恋人たちの熱には敵わないだろう。

 そんな中、学校ではさらに気炎をあげるポニーテールの女性がいた。

 

「脇を締めろ! 周囲の警戒が甘い! 下手に突き動作ばっかりすんなや! 敵に撃たれないよう小刻みに動けっていったやろ! 入試でSランクとった本気をみせんかいッ。CQC(ナイフ試験)は子供のちゃんばらとちゃうんやぞ!」

「す、すいませんっ!」

「以前はちゃんと的を狙い撃ちしたろうが! なんやそのへぼい射撃の成績は! 九mm程度で手ブレさすなや!」

「おっしゃる通りで……」

「あっさり不知火にのされんな! 腕伸ばしたらその分、相手に絡み付かれるって以前の実習で教えたやろ! あーもーっ! なんでこういう結果になるんやー!」

 

 今にも口から火でも吐きだしそうに、荒れている蘭豹。

 メキメキィッ! と飲みほした空き缶を片手で潰している。スチールと書かれた缶をだ。頼むから俺の頭でそれはしないでください、お願いします。

 それを横目に対人用のリングの上で天井を眺めていた俺に不知火が手を差しのべる。

 

「大丈夫かい大石君?」

「いつつ、いや大丈夫だ不知火。しっかしなんで俺、ここにいるんだろうな……。周囲の奴も困惑しているし」

 

 現在、俺は急遽捻じ込まれた強襲科の二学期試験に付き合わされていた。

 ……俺、諜報科なんだけど……必死に頑張って無難にCランクとれてホッとしたところで拉致られた。

 Cランクでも上出来だと思うんだが……。

 近接格闘関連の技能は履修しているがあまり得意じゃない。

 じーさん直伝の剣術&槍術なんで身を入れて練習してないから、むしろ無意識に突き動作をして怒られるくらいだった。

 なのに蘭豹は都合が悪いやら、電話がどうたらといいながら俺を引っ張りだした。

 結果は散々なものだった。

 今もギロリとこちらを睨みつけ、

 

「大石ぃ、おどれ拳銃格技(ガンカタ)は履修してなかったよなぁ~?」

「あの二丁拳銃だかで近接戦するアクション戦闘っすか? そりゃ、やってないですけど……」

 

 そもそもあれって架空の近接戦闘術やら言われてたと思ったんだけど……なんで普通に近接格闘の一つとしてあるかわからん。

 

「武偵の拳銃は打撃武器や。人殺しできないからゴムスタン弾は打撃と変わらんやろ。おめぇ、三学期から履修しとけや、シゴいたるわ! そもそも大石は格闘全般が弱すぎや!」

 

 拳銃って打撃武器なんだ……凄い斬新過ぎる解釈を聞いた……。

 

「あの、しごくなら別の意味で――」

「あぁ?」

「なんでもないでっす! 了解っす!」

「チッ、そりゃ委員会の連中がうるさくなるわ、二つ名の公表も止められんようだし……」

 

 上の委員会やら、二つ名がどうたら言っていたが良く判らないけど……。

 くそー、自由な時間が……一般常識系の国語や数学の授業って、実はとても平和で穏やかなものなんだって、真剣に思えるようになってきた。担当のゆとり先生は俺の癒し。そもそも荒事なんて専門じゃないっての。

 

 ガチ戦闘をする強襲科と違い、諜報科は裏稼業のお仕事だ。

 盗聴、盗撮なんでもござれ。女の子に気付かれず激写するために鍛えた技能があったからこそ。

 こそこそと人目に付かない動きはお団子娘のネズミっ子の鉄鼠(てっさ)……てっちゃん先生のお墨付きで、なにかと褒めてくれていた。怖がりで机の後ろでお団子頭でお話する変なスタイルだったけど。

 入試のときに事故で倒してしまった強襲科の近藤先生も禿頭で強面だが意外と優しいし、面倒見が良かった。

 実家で変に身についていた突き動作を生かす格闘方法も教えてくれたりする。

 とりあえず次の試験者が来たので不知火と一緒にリングを降りる。

 誰かが俺を指さしながら、ひそひそと話す。

 

「Sランクっつったけど本当なのか? 俺だって倒せそうだったぜ……」

「まぐれだろ。射撃だって顔面や心臓撃ちのミスがないだけで、命中率は半分切ってたぜ。動かない的でそれじゃあ……なあ?」

「でも事件は連続で解決中なんじゃなかったっけ? 七十件超えてるとか」

「大半は先輩たちのおこぼれに預かってるって聞くぜ。諜報科のクセに強襲科より先に敵で出会うときだってあるらしいし」

「二つ名の検討されてるって噂あったよな? こんな奴が貰うくらいなら不知火の方が――」

「僕がどうしたのかな?」

 

 隠す気がないのか俺と不知火の耳にもしっかり聞こえていた。

 普段はあまり合わない人ばかりなのでスルーしていたのだが、不知火がニッコリしながら声を投げかける。

 表情は優しいが目が笑っていなかった。

 相手もそんな言外の圧力を感じたのだろう、慌てて逃げていく。

 

「なんか悪い……」

「別にいいよ。同級生が悪く言われているんだ。注意するのは同然だよ。でも誤解しないで欲しいんだけど、強襲科は危ない依頼が多いから連携を大切にするし、仲間同士の和も同じ。ああいう人たちばかりじゃないからね?」

 

 爽やか笑顔。風がないのにふわりと髪が巻きあがった気がする。

 こういうさり気ない気遣いが不知火のモテる主要素なんだろうなー。

 クリスマスのお誘いはひっきりなしに来ていたらしいし。

 結局、キンジや武藤とかのいつものメンバーで過ごす予定になったのが不思議でならない。

 不知火の言葉に俺も気にしていないと、手を振りながら返す。

 

「判ってるって。お前もキンジもダチを大切にしてるって判ってるし……ってそういやキンジはどこいったんだ?」

 

 強襲科の試験ならキンジも出なくちゃいけない。

 でもこの場にアイツの姿がなかった。

 不知火も今、気付いたようで周囲を見回す。

 

「確か綴先生に呼ばれて出ていったのは見てる。けど直ぐに戻って来ているとばかり……」

 

 綴先生といや年中ラリってるようなダルそーな空気を醸し出している尋問科(ダギュラ)担当の短髪美女様だったか。

 諜報学部は諜報科と尋問科の二つの科があるので比較的、目にすることが多い。

 退廃的な雰囲気のお姉さまっぷりは個人的には……アリだな。

 ただ女王さまと一部の生徒から呼ばれているのが気になるが。Mじゃないので普通のお付き合いでお願いしたい。どのみち相手にされないがな!

 もしかして夜の特別講習と称してあーんなことやこーんなことやってねえよな? 

 やってたらクリスマスケーキで顔バンの刑だぞキンジ。

 蘭豹の不機嫌な声が響く。

 

「まぁた、あのジジババ共の嫌味電話くるんかい……あー適当に始めェ!」

「は、はい!」

 

 機嫌の悪そうな蘭豹が号令をかけ、リングでは受験者たちが困惑しながらも戦っている。

 それは置いておくとして……。

 本来の強襲科の人数に反して、室内の人数は少ない。

 この試験が終われば、お勤め終了――帰ってよしってわけだ。キンジも帰ったのか?

 用事があるならあり得なくはないけど。

 不知火はケータイで誰かに電話をかけていた。

 

「あー、うんじゃあ校門に集合ね。遠山君がいないんだけど、そっちは連絡ある? ない? ……んー、綴先生に連れられたらしいけど……いやいや夜の特別講習なんてあるわけないでしょ。教育委員会に訴えられるよ」

 

 百パー武藤だな……さすが同志、俺と同じこと思ってるし。

 そして不知火、美人教師に連れていかれて、夜の教室で二人っきり(妄想)なら誰だって想像するはずだ。委員会とか関係ねっす。

 不知火が通話を終えると、仕方ないので更衣室に向かい胴着を脱いで制服に着替える。

 その上からダウンジャケットも来て外に出ると、

 ひゅぅ……

 小さく耳を掠める音、東京のビル群を照らす夕焼け空、ぶるりと震えた。

 武藤が俺たちを見つけて大声をあげる。

 

「さみー! お前ら遅いぞ!」

「校門指定したのは武藤じゃんか! つか、玄関に居た方がよくね?」

 

 俺の反論に武藤は甘いとばかりにチッチッチッと指を振る。

 

「それじゃあ、もしかしたらオレと一緒に帰りたい女子とスレ違うかもしれないだろう! 寒い冬の校門でたそがれるオレ、美少女(確定)がおずおずと頬を染めながら『武藤君……一緒に帰らない……?』という。そして、そのまま夜の街へ――」

「なん……だと!? お前、天才か!?」

「あはははは、そうすると僕たちは待ちぼうけになっちゃうよ?」

「友情より愛! 当然だろ!」

 

 武藤と声をそろえながら言うと、不知火は苦笑いしていた。くッ、イケメンはなにやっても様になってやがる。

 コイツはモテるからお誘いの話題に欠かないが、まあいい。

 今日は俺たちとつるむんだから同志認定してやらんでもない。

 しっかし、不知火は十人以上声をかけられてよく断る……あ。

 

「武藤……俺はトンデモない事実に気が付いてしまった……」

「どういうことだ?」

「不知火をエサに大学生みたいに合コンスタイルで可愛い女子たちを集めればいいんじゃないか!」

「お前……ッ! マジでさいっこーに頭がキレてやがるな! それいいじゃねえか!」

「よ、よく本人の目の前で言うね。さすがにエサは酷いよ」

 

 不知火はドン引き気味だがこの際いい!

 なんで俺はこんな簡単な事実に気付かなかったんだ。

 

「うるせい、恋人たちの聖夜で野郎とパーティーって時点で悲しみの涙しか湧かねえんだ! というわけでお願い、むしろ土下座するからどうかお情けを不知火様!」

「途中から清々しいくらいにへりくだってるね……でも御免、断っちゃったから今からだと誰に声をかけても迷惑になっちゃうよ。他の子は他の子でお店とか予約しているらしいから」

「ちくしょう……」

「あ、あ、あの大石啓先輩ですか?」

「……ああ、そうだけど?」

 

 武藤たちと話していたら、もじもじしながら栗色の髪の一人の生徒が近づいてきた。

 制服からしておそらく中等部の三年生だろう。

 片手には一枚の紙。白い肌をリンゴのように染めてバッと差しだす。

 

「私、大石先輩に憧れててっ! あの……だから戦徒契約、お願いできませんか?」

 

 ひゅうと武藤が口笛を鳴らす。

 武偵の先輩後輩で一年間専属で訓練を行うシステム。

 東京武偵高校の中等部なら契約はできる。

 相手は不安げに瞳を揺らしていた。

 普通なら即刻返事を返すべきなのだろうが、

 

「……すまん、とりあえず保留でいいか? これから出かけるところだし……」

「あ……は、はいっ! 私、白姫って言います。どうぞよろしくお願いします!」

 

 タタタッと小柄な身体で去っていく一年生。

 からかうように武藤が言う。

 

「別に後輩と出かけてもいいんだぜ」

「バカ言え。これで戦徒の申し込みが二十件超えたんだぞ。どうしろってんだよ」

 

 これが初めてではない。

 思った以上に……っていうと失礼だが、武偵を目指す人は真面目だ。

 後輩たちも優秀な先輩に指導を受けたいらしく、有名な先輩に後輩が戦徒契約を持ちだすのは珍しいことではない。

 ただ俺が指導できることなんてあるわけない。

 いつも誰かに助けてもらってる身だし。そうじゃなくとも受けてもいいんだけど、俺なりの狙いもあったから保留……実質、お断りしようかと思っている。

 

 結局、野郎どもで聖夜を過ごすことになった。

 途中でイチャラブするカップルを無意識に威嚇しながら進む。

 でも想像以上にやつらの繁殖力は旺盛で、中には見せつけくるバカップルまでいたので、俺と武藤(おまけで不知火)はこれ以上街の幸せリア充を見るのも辛くなり、とりあえず男子寮へ。

 キンジは電話や男子寮の部屋を訪ねてもおらず、連絡は付かなかった。

 仕方ないので、留守電&キンジのポストにメモを残し、俺の部屋でチップスやジュース、申し訳程度のホールケーキを用意。

 そういえば俺のポストに手紙が入っていた。おそらくキンジのお兄さんのだろう。

 武藤たちが待っているから見るのはあとにしておくか……。

 三人でクラッカーを構え、パンパンパン! と放つ。

 

「野郎の面が滲むぜメリーくるしみまーす!」

「引き殺したいぜぇメリーくるしーでーす!」

「みんな楽しくやろうねメリークリスマス!」

「ノリ悪いぞー不知火ー」

「ええっ普通じゃだめなの?」

「あははははははははっ!」

 

 ゲームをしながら夜中まで遊んだがキンジは現れなかった――

 

 

 

 

 

 冬休み――俺は荷物整理をしていた。

 折角の正月を男子寮で過ごしたいとは思わない。

 フローリングの床が冬の寒さで冷たい。

 やっぱり畳でも入れようかな……じーさん家が道場や通路以外畳だし……。まあ部屋に入れるのがメンドウだから今度考えよう。

 通帳や財布、携帯と荷物を入れていく。

 適当に付けたテレビがなにやら緊急ニュースをしていた。

 

『先日おきた、浦賀沖海難事故の続報です。日本船籍のクルージング船・アンベリー号ですが、所有していたクルージング・イベント会社は自分たちの対応は間違っておらず、むしろ犯人の暴走を止められなかった武偵に問題があったとされています。船長や船員も日ごろの訓練のおかげで乗客に被害はなく対応として十分でしょう。私たちは問題を起こし、行方不明となった武偵の親類に突撃取材を敢行し――――』

 

 ぴっ

 もうすぐ出かけるのでテレビを消した。

 しっかし武偵かー、行方不明って死んだってことか?

 

「危険な職業に変わりないんだよなー。やっぱりいろいろ考えさせられ……ん?」

 

 ハラリと茶封筒が床に落ちる。

 手紙は差出人は遠山金一。つまりキンジの兄だ。

 そういえば読むの忘れてたな……。

 電車の時間も余裕があったので、俺は封を開けて読むことにする。

 

 最初に書いてあったのが学生が武偵を辞める方法。

 柔らかく、丸っこい女性っぽい字とほのかに香る甘い匂いに疑問を感じながらも読みすすめた。

 

 

 

『武偵高校に通っている場合の転校方法

 

・武偵高校の生徒は使用拳銃等の登録は法律で四月と定められており、転校する場合は事前に申請しなくてはいけない。

・また受理されるまで数ヶ月~一年前の審査期間があるので来年の春に辞める場合は秋、できれば夏までに申請書類を提出した方が望ましい――――等々』

 

 うわ、こういうのがあったのかよ。

 そういや蘭豹にいろいろ書かされた覚えがあったなぁ。

 続いて金一さん本人のアドバイスが書いてあった。

 

 

 

『キミのお手紙を読みました。迷いと悲しみが文面全体からひしひしと伝わってきました。ル

ビコン川を渡るといいますが重大な決意のもと切実にこの文をしたためていたのでしょうね。

君の感じた苦労は私も感じたことがあります。誰だって実力以上の評価は肩の荷が重く辛い。

アナタはがんばったのでしょう。でも忘れないで欲しい。アナタの功績は確かに存在すること

「助かったんだ」と安堵の声を漏らし、アナタを讃える人々は確かに存在するのです。大切な

のは仲間……バカなやり取りも心地よいと思える友の存在と、救われた人がいるという事実。な

かなか心を開かれない犯罪者の方々もアナタを賞賛している声がある。ただそれでもダメなら

……かなり辛辣な言葉を書きます。武偵をキッパリとやめた方がいいでしょう。なぜならアナ

タが仲間をしんじることができないからです。そして運も実力の内という言葉を知った方がい

い。仲間を、信じてきた周囲の人々を振りかえって。その笑顔を、想い出してみてください。

これが私の助言です。難しく話したかもしれませんが簡単なことです。武偵である自分を誇れ

るか、それだけ。人を救い、相手も救う武偵は誰よりも誇り高く生きなくては辛いでしょう?

一つの真理に、四つの信念、七つの勇気。私なりの仕事のポリシーです心に止めおいてくださ

い。アナタとアナタの友人にも、ね。迷ったときは太陽を求めなさい。若いアナタに斜陽は似

合わない。

                                  ――遠山金一より』

 

 

 

 長い文面は詩的だった。

 七つの勇気とかの数字はなにを表しているか判らないが、諺的な意味かな?

 なるほど……

 

「わからん!」

 

 ごめんお兄さんよ、詩的での小説の一文としてはいいかもしれないんだけど、意味が判らんです。

 どうやら俺の凡俗な脳みそで理解できることは一割が良いところだ。

 つまり自分で決めなさいって言ってるんだよな?

 俺も手紙をちゃんと書けたわけじゃないし、仕方ないっちゃないのかな。

 戦徒契約の紙を取りだし、腕を組みつつ、

 

「これも悩みのタネなんだよなー」

 

 ピンポォ~ン!

 音程の外れた呼び鈴の音がした。

 誰かが来たのか?

 玄関のカギを外しながら、

 

「はいはーい、誰ですかっと」

「どーも、私たち突撃サンデーマガジンなんですが少々お話を――」

「あ、すいません新聞は間に合ってますんで」

「えちょ――!?」

 

 ガチャ

 ……たまにいるんだよなー、学生寮に入りこむ新聞屋とか。ちゃんと入り口に関係者以外立ち入り禁止って書いてあるのにさ。学生だからな、ちゃんと学校に通報しておこう。

 別にチッ、男かよどーせなら美人なお姉さんが来てくれたらいいのに、って思ってないからな。顔面偏差値が優秀そうなアナウンサー風の男にキレたわけじゃない。うん。

 ああいうのは契約時と集金のときに別の人が来るから、どのみちロクなのがいない。自分勝手な意見だけど。

 考え事を邪魔されて舌打ちつつ、リビングへと戻る。

 外は寒いし、バス停で待ちたくない、適当にゲームで時間を潰して三十分。

 ちょうどいい時間だ。

 

「今からバスで駅まで行けば、ぴったりだな。そんじゃ行くか」

 

 ピンポォ~ン!

 ……またかよ。

 ゲンナリしつつ、玄関の扉を開けると、

 

「だから新聞はいらないって………………キンジ?」

「…………あぁ……すまん、ちょっと……中入れて貰っていいか?」

 

 数日間音沙汰の無かったキンジが目の前に居た。

 武偵高の制服だが、シワだらけ、髪もぼさぼさで目にくまができている。

 尋常の様子じゃない。

 

「おいおい、顔青いぞ! とにかく入れよ」

「…………あぁ」

 

 もともと武藤みたいに騒ぐタイプじゃない。

 女子とも距離を取りたがる、不器用な奴だが兄に憧れて武偵を目指している男だ。

 それがこんな風になってるなんて……。

 幽鬼のようにふら付いた足取りで、リビングに腰を下ろした。ストーブを消したばかりだったが再点火。

 さすがにこのまま放置はできなかった。

 

「メシは?」

「……まだ、今日は喰ってないな……」

 

 夢破れた若者みたいに今も項垂れている。

 前髪で片目しか見えないが、その瞳は力なく光も薄い。

 

「なら喰ってけよ。今のお前、まるでゾンビだぞ」

「……はは、ひでえなソレ」

「ホントに調子狂うな……。少しにおうからシャワーだけでも浴びといた方がいいぞ。その間に作っておくからさ」

「……わりぃ」

 

 音を立てず浴室の扉を閉めるキンジ。

 料理といっても帰省する直前だったから、卵や肉類の食材がない。

 だがそこは男の一人暮らし。腐らない食べ物の備蓄は大量にある。

 袋のラーメンでいいだろう。寒いし身体もあったまる。

 水を沸騰するまで火をかけいる間に、具が無いのも寂しいので、ドライキャベツを解凍。ニンニクを二欠分スライス。フライパンの上にオリーブ油を垂らし、カリカリガーリックスライスを作成。

 麺を入れると白煙が上がる。肌に暖かさを感じつつ、ちょうどよく茹であがった麺に味噌調味料を溶かし入れるとふわりと濃厚な味噌の香りが室内を満たす。

 やばい微妙に腹減ってきた。今度、味噌ラーメン屋でも行こうかな。

 ラーメンの器に移してカリカリガーリックと解凍したキャベツを乗せて完了。

 

「よっしできたっと。さてキンジは……ってうわあっ!?」

「……おう」 

 

 す、既にテーブルにいるし!? 一声かけてから出やがれってんだ! 気付かない俺も俺だが……。

 まあとりあえずラーメンを目の前に置く。

 

「心臓に悪い……まあいいや。適当に食べてくれ」

「ほんと悪りぃ。いま自分の部屋には行きたくなくてな……」

「別にいいけど、言えたら後で話してくれよ」

「……ああ……」

 

 ズルズルと麺をすする音だけが部屋の中に響く。

 日が早くなって、外は既に夕焼けが見え始めていた。俺は部屋の隅に置いた椅子に座り、紙をのんびりと眺める。

 ……あー、ほんとこの紙がやばいなぁ。なんで俺はこう思った通りにことが運ばないんだろうなぁ。

 カサリと紙を探る音がした。キンジがボソリと呟く。

 

「……なあ、ケイは……やめるつもりなのか?」

 

 なんの脈略のない言葉。やめる……かぁ。たしかにこの連鎖は止めなくちゃいけないよな……。

 

「そう、だな。辞めるつもりだけど」

「本当にそうなのか? お前は結構、できる奴だと思うぞ……」

 

 キンジがこちらを見ている気配がする。

 そちらへは向かず、両手を頭の後ろに組みながら、

 

「俺はそんな凄い奴じゃない。重いんだよ……それにキツイ。積み重なっていくのがさ……」

「……お前も色々辛い思いしてるのか……」

 

 珍しい。いつもは謙遜するなって言う癖に。

 そろそろキンジの事情を聞くか。

 そう思って振りむこうとしたら、キンジの方から話題を振ってきた。

 

「兄さんが、行方不明になった」

「え?」

「……TV見てないか? 浦賀沖海難事故で船が沈んだ……そのとき一人の武偵が行方不明になったって話を、さ」

 

 そういえば、さっきニュースで言ってたな……あまりTVを見る方じゃないし、武藤たちと騒いでたしな。

 ……おい、その話の流れからすると。

 

「お前の兄さんって遠山金一さんか? まさか本当に?」

「あぁ…………試験の日に綴先生に呼ばれて、な」

「大丈夫なのか!? …………いや、悪い、だったら行方不明って言わねえよな……」

 

 口をつむぐ。キンジは項垂れたまま、力のない笑みを浮かべていた。

 

「……今まで手続きやらマスコミの奴らが大挙してやってきたから避けたりで忙しかったんだ……」

「手続きは判らねえけど……なんでマスコミが関わってくるんだよ。被害者に取材でもしたかったのか?」

 

 そのときキンジの目に僅かに憎悪の感情が宿った、気がした。

 ぎりりと歯ぎしりをする。

 手が真っ白になるほど拳を握り、テーブルの上に降らないはずの雨がぽつり、ぽつり、と木目をうつ。

 

「…………船が沈んだのは“武偵殺し”っていう犯罪者関わっているらしい……。兄さんは沈み始めた船の中で犯罪者と対決して、それで……うぅ……」

「……キンジ」

「兄さんは必死に乗客を避難させて、しかも一人船に残ったんだ! それがあの船の会社……クルージング・イベント会社は乗客の訴訟逃れでもしたいのか兄さんが悪いって言い始めやがった……!」

「おい……キンジ」

「『私たちの対応は問題ない。無能な武偵のせいでうちは被害に遭った。どうしてくれるんだ』……TVの前で被害者面だッ。……それにマスコミも便乗してバッシングが止まらなくなってる。ネットに、TVに、新聞に…………クソォッッッ!! 兄さんは最高の武偵なんだ! それを武偵のぶの字もロクに知らなそうな奴がしたり顔でいいやがって……ッ!」

「おい、キンジ!」

 

 もういい! それ以上言わなくていい!

 キンジの肩を掴む。

 中学から武偵を目指して、近接格闘でも勝てたことのなかったコイツの肩は、とても小さく思えた……。

 

「なあ…………ケイ、これ、ちょっと持っていっていいか?」

 

 キンジが手に持っていたのはテーブルの上に置いてあった金一さんの手紙。

 それの言わんとしていることは一目瞭然だった。

 キンジの家族は兄しかいない。いや、祖父母はいるから天涯孤独ってわけじゃないけど、親兄弟って枠組みなら両親がすでに他界し、兄の金一さんが一番身近な家族だったはず。

 きちーな……肉親を失う辛さを俺も痛いほど判ってる。

 だから俺は了承の意を伝えた。

 

「ああ、いいぜ」

「…………ありがとう。部屋ぁ……戻るわ……」

 

 キンジが背を向ける。

 普段は不知火や武藤と憎まれ口をたたき合いながら一年近く付き合いがある。

 このまま終わらすのはあまりにも後味が悪い。

 

「キンジ!」

 

 戸棚から取りだした鍵を放りなげる。

 声に反応して振り向いたキンジが、飛来してきた鍵を反射的に受けとる。

 チャリッ!

 

「これは……」

「合鍵だよ。武偵憲章第一一一条だっけか? 『仲間を信じ、仲間を助けよ』ってな。通報したけど、うるさいマスコミっぽいのも侵入してた。自分の部屋より、俺んとこなら少しは平和に過ごせるぜ」

「ははっ……憲章増えすぎだろ……」

 

 俺がふざけて言うと、キンジが少し眉を緩めて苦笑した。

 「サンキュ……」といって部屋を出ていった。

 俺は携帯を取りだし、じーさんに電話する。

 

『じーさん? 悪いんだけどさ、ちょっと今年は実家に帰れなさそうなんだわ。理由? …………あーなんての? 男にゃ戦わないといけないときってあるだろ。その背中を支えるやつも必要かな……ってさ。あーうん、命日には行くよ。じゃあ――』

 

 一通り話して電話を切る。細かく言うのは照れ臭いというかデリケートなので誤魔化しながら。

 俺は紙――戦徒契約の文面を見ながら、

 

「やっぱ任務、受けるのはしばらくやめよう。戦徒契約もなぜかショタ系の野郎ばかりやってくるし…………それにキンジの兄さんが頑張ったのに、行方不明でバッシングとか酷ぇ。母さんも父さんも死んで、俺も死んだらじーさんも泣くのかな……」

 

 他にも最近、悩んでいた最大の理由もある。アレだけはダメだ。チキンハートの俺にゃ重すぎる。

 そいつを止めるためにも任務を受けるのはやめよう。やればやるだけドツボにはまる。命がいくらあっても足りない。

 幸い今季の単位は十分にある。授業を真面目に受ければ進級は問題ない。

 

「危険が多い武偵はそれだけ事故もあるってわけだ。みんなには悪いけど、俺はもう無理だわ……」

 

 じーさんには……言い訳はできるだけ後にしよう。

 でも戦徒契約はどうすっかなあれ断るのも結構キツイけど……。

 

「そういやあれって後輩指導がメインだったよな? 低ランクの先輩に高ランクの後輩が付くのは教務科からも止められるっていうし…………転科するのもいいかもな」

 

 俺は聞きたいことがあったので、もう一度じーさんに電話することにした。

 そのあとは荷物を広げながら、転科と転校について調べていく。

 キンジはその日帰ってくることはなかった。

 

 

 

 次の日の朝。

 一晩経ってふっきれたのか、妙に晴れ晴れしたというか、覚悟を決めた男のようにキンジがやってきた。

 開口一番。

 

「ケイ、サンキュ。いろいろ世話になったわ。まだマスコミとかはうるさいけど、俺は俺の道を行こうと思う」

 

 もしかしたらキンジは武偵をやめる決意をしたのかもしれない。

 あれほど酷い目に遭ってるんだ嫌いになってもしょうがない。

 俺はかける言葉が見つからず「そっか」とだけ呟いた。

 するとキンジは真っすぐ俺の方を見ながら、

 

「なあ……ケイはやめるつもりなんだよ、な?」

「ああ、そうだな。そのつもりだ」

「……お前は素質あると思うよ。なにもやめなくとも……」

「言っただろ。積みかさなる重さがキツイってよ。諜報科も危険がないわけじゃないし、探偵科(インケスタ)にでもなろうかと思ってるわ。母さんも同じだったらしいし」

 

 母さんはEランクで探偵科(インケスタ)を卒業したらしい、と昨晩じーさんから聞いた。Dランクは父さんとの結婚資金を稼ぐために頑張ってランクアップしたとか。

 探偵科にしたのは、まあ母さんが探偵科だったからって理由だ。別に深い意味はなく、どれでもよかったからな。

 なんか自分本位なところが見え隠れしているけど、俺もそんなところは母さんの血を引いているのかもな。

 キンジは考え込むように俯いたあと、

 

「なら、俺も探偵科(インケスタ)になる。責任取りたいしな……」

「責任? 判らんけど……諜報科は独立独歩って感じで親しい奴はいなかったし、面白いかもな。授業のときは頼りにしてるぜキンジ」

「ああ任せろケイ。…………俺なりに、な」

 

 

 

 




次回は三人称。できれば三学期登場のアリアにも絡めればと思います。

あと前話で11月としましたが12月に修正しました。
記憶が正しければ、原作だと浦賀沖海難事故は冬としか書かれてなかったんですが、漫画アリアだと12月24か25日ってあったので。

手紙ネタ連続ですいません。これ以降はまずないかと思われます。カナは天才なんだからもうちょっといい文は思いつかないの? とかはご勘弁を。作者の頭脳じゃ精いっぱいです……。
これ勘違いっていっていいのかなぁ……変則勘違い?

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