緋弾のアリア~裏方にいきたい男の物語~   作:蒼海空河

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主人公完全終了の回。
ぶっちゃけ説明回なので面白くないかもです。


大石啓の秘密?

 蘭豹は荒れていた。

 大いに荒れていた。

 今もぷるぷると震えながら受話器を握っていた。

 相手の男は蛇のようにねちっこく語る。

 

『ちょっと東京武偵高校(そっち)の大石啓? でしたっけ。困るんですよねぇ~、学校の箔を付けようとして無暗にやたら二つ名の申請をするとかぁ。なんでも蘭豹先生が入試でSランクの判定だされたとかぁ~――』

「じゃあかしィわァッッ!! ネチネチネチネチ、現場におらんかったよそもんがエッラソーに武偵を語るんじゃないわ!!」

 

 グシャア!

 受話器ごと握り潰す。

 はーっ、はーっ、と大声を出しすぎて酸素を求めた。青筋を立てながら電話だったものをゴミ箱にぶち込む。

 そんな彼女にだるそーにタバコを吸っていた綴が声をかける。

 

「それぇ、いちおー学校の備品だぞォー蘭豹よぉ」

「それくらいわかっとるわ! それでも毎日毎日、飽きもせず掛けられたら電話の一つくらい壊したくなるやろ!」

 

 がァァァァァーっ! とドラゴンでも現れたように彼女は荒ぶっていた。

 蘭豹という武偵は意外と知名度がある。それは逆――マイナスの意味で。

 武偵校の行く先々でとにかく問題を起こす。そしてクビになって各地を渡り歩いていたのだ。

 そうして行きついたのが東京武偵高校。

 日本の首都に居を構える高校は教務科も優秀な人材が揃っているが、ぶっ飛んだ人間が多く、蘭豹もまたその一人に数えられていた。

 しかし全体として見ればまだ可愛い面もあり、結果として心地良い職場としてクビにもならず、いまも働いている。

 だが他校では違う。

 型に嵌らない人間など、常人には受けいれ難いのが世の常。過去に被害にあっている人間もまたいた。

 二つ名を得るには低ランクな大石啓の問題点、それに蘭豹が関わっているとなれば、これ幸いと嫌味の電話をかける者もいた。つまらないことだが、そんな人間ほど粘着しだすとしつこい。

 ガンガンと荒々しく机をたたく。

 怒りが収まらない彼女に綴は提案した。

 

「ならよー、調べるっきゃねえんじゃないかねぇー」

「あ? ……調べるかぁ。確かにあのアホンダラは、普段は実力を発揮しねえのに依頼はこなすんだよなぁ……うし、鼠ィ、ちっと大石啓について調べろや!」

「ちちぃ!? なんで私なの!?」

 

 蘭豹の剣幕を恐れて、隅っこで大人しくしていた鉄鼠。

 いきなり話題を振られてびくびくしていた。

 蘭豹は当然とばかりに言う。

 

「ウチは強襲が専門や。調べるなんてちまいことは諜報専門の奴に任せるに決まってるやないか!」

 

 断言する蘭豹に鉄鼠は思案げにひとさし指をあごに当てる。

 断るとあとが怖いので受けるしかない。だがタダで受けたくない。

 

「ちー…………じゃあ、十……いや五回、飲みに付き合ってよ! もちろん蘭豹せんせが奢りだからね!」

 

 ちなみに鉄鼠は無類のお酒好きで屋台好きだった。

 仕事終わりに高架下の屋台で熱燗を片手に、おでんや焼き鳥をくらうのが大好きな女の子。

 親父臭いと言われても何処吹く風。

 一日の疲れを、アルコールで誤魔化し、熱で鼻を刺激するほどの薫りを放つニンニク串を食べ、ダシが中心まで通ったダイコンやタコを食べる快感は止められない。

 ただ問題だったのは、その容姿。

 見た目は小学生と間違われるレベルの幼女なので、新しいお店に行くと九割以上の確率で揉める。

 免許証を見せても信じて貰えず、口論だけで三十分――最悪、お酒を出して貰えないことも多い。

 行きつけのお店にいけばいいのだが、新規開拓もしたいのが人情だった。

 そういうとき、役に立つのが大人の友人たち。

 一人より二人の方が説得は容易い。

 付き合ってもらえば、その分、行けるお店が増えるので彼女にとっての絶対条件だった。

 蘭豹は十九歳なので実は未成年なのだが。

 面倒そうな空気を感じ、蘭豹は舌打ちをしながら抗議する。

 

「なんでウチが付き合わなあかんのや」

「これでも私はSランクだよ? 依頼ならせーとーほうしゅうは必要だよ!」

「む……むぅ…………わあったわあった! 付き合ったるわい! 酒は嫌いじゃないしなぁ」

 

 その返事に喜色満面の笑顔を浮かべる鉄鼠。

 

「ホントっ! じゃあけーやく成立ね。千葉とか群馬とか静岡の屋台とか付き合って貰うから!」

「待てい、県外やないか! どこまで行く気や!?」

「ちち? だって東京都内の屋台は全部網羅したから、遠征したかったんだよ! 依頼は受理済み、キャンセルしたらキャンセル料として十回付き合ってもらうからね!」

「逆に増えとるやないか!」

 

 まさかの県外遠征。屋台に行くためだけに。

 ベクトルの方向がぶっ飛んでいる鉄鼠に若干引く蘭豹。

 ひゅう、と隙間風が入りこむ。綴の吸っていたタバコの煙がゆらゆらと消えていく。

 

「…………ふぅー、こっちも付き合うぜぇー鉄鼠ぁ。女三人、屋台のネタぁ、喰いつくしてやるのもいいやー」

「ちぃ? 珍しいねツヅリン」

「ツヅリンはやめなさいってーのォ。冬の空、騒ぐのもいいかって思っただけー」

「らじゃらじゃ! じゃあ依頼の準備するのっ」

「依頼したんだから気張れよ鼠ィ!」

「ちっちー! 判ってるのランラン!」

「おどれ、ちょい待てや、なんでその名前を知ってるんやオイ、逃げんなや死なすぞ!」

「ちぎゃー!?」

 

 脱兎ならぬ脱鼠のごとく教務室から逃げだしていく。顔を真っ赤にした蘭豹が猛然と追跡していった。

 強襲科対諜報科の戦いは、逃げ足の速い鉄鼠が勝利を収め、そのまま彼女は目星を付けた場所に向かっていく。

 

《授業放棄ネ…………鉄鼠チャァン、アトデ反省文、百枚ダカラネェ~~~》

 

 チャン・ウーの声がぼそりと校内に響いていた。

 

 

 

 

 

 東京都内文京区。

 日本最大の国立大、東京大外の校舎が周囲を悠然と見下ろす。

 赤門の前を通りすぎ、鉄鼠はメモを片手に道を進む。

 都会とはいえ平地ばかりではない。東大近辺は登り降りの道路も多い。

 雪に不慣れな都会で積雪があった日にはスリップ地獄になりそうな道を彼女は歩く。

 

「この裏道をまっすぐいけば……」

 

 歩いて十数分。

 都会なのにいつのまにか辺りは静けさに包まれていた。

 目の前には、贅沢にヒノキを使った日本家屋。そして達筆な文字で書かれた『大石道場』の看板。

 パシパシと顔を叩き、笑顔を作る。どこにでもいる童女のように。

 獣耳ニット帽に、手編みセーター、手袋にジーンズ。

 色気よりも可愛げさを前面に出し、白を基調にすることで純真さを演出。

 鉄鼠はちょこちょこと敷地内へと入る。

 臆病者ゆえに最大限の警戒を払いつつ、なんてことのない無邪気な笑顔を浮かべて呼び鈴を押そうとした。

 

「なにか御用かの、お嬢ちゃん?」

 

 着物を着た老人がカランコロンと下駄を鳴らし庭の方からやってきていた。

 気配を感じなかったことに驚きつつ、返事をする。

 

「ちっ!? ええっと、鉄鼠っていいますっ。武偵高校の先生をやっているの」

「ほう……武偵高校さんの。小さいのに御苦労じゃのう。して何用かのぅ」

「ちょっと大石啓君のことについて聞きたくて」

 

 ニコッとしながら鉄鼠は答える。

 無邪気な笑顔を浮かべる鉄鼠に老人、大石十衛門は好々然とした笑顔で返す。

 

「ほっほっほっ、なるほど、そういうことか。そろそろ来る頃合いとは思っておった」

「ちぃ?」

「まあまあ入りんさい。外は寒いじゃろう」

「あ、はい」

 

 どうぞとばかりに玄関の扉を開ける。

 味のある漆喰の扉が真横にスライドする。

 鉄鼠は施されるがままに中へ入ろうとしたその時、

 ゾクリッ!

 

「――ッ!?」

 

 長年の経験が警鐘を告げた。

 全力で後ろに飛びずさる。

 ビュォンッ!

 風を切り、肌色の槍が通りすぎる。

 手刀による高速突き。予備動作皆無の攻撃を避けれたのは運がよかっただけだった。蘭豹や綴ですら回避できるか判らない。

 そのまま直撃していてば眼球はおろか脳すら串刺しされかねない勢い。

 身体を回転させながら距離をとった。

 荒く白い息を吐く。

 

「はぁ、はぁ~~っ……。な、なにするの!」

「ほう、あれを避けるか。合格じゃな。しかし面白い動きをする。忍の技、ではないか。我流……盗人に似た泥くさい動きじゃのう」

「いきなり攻撃とか意味が判らないの!」

 

 断固抗議する。

 当然だ。下手すれば失明しかねない攻撃をされて憤らないわけがない。

 だが相手はまったく意に介さなかった。

 

「天下の東京武偵高校――教諭もまた一流の武偵と息子の嫁から伝え聞いておったからのぅ。それくらい避けられない輩に、話すことなどない。できたのじゃからそう憤慨することもなかろうて」

「ちぃ……納得いかないけど、まあ、判ったの。とっとと情報よこせなの」

「ホッホッ、図々しさも可愛いのぅ」

 

 いきなり死にかねない攻撃を受けて、遠慮のなくなった鉄鼠。

 家の中に入っていく十衛門に全力で警戒しつつ、後を追うように入っていった。

 

 

 

 カコーン!

 鹿脅しが小気味良い音が響く中。

 八畳の居間の中央にこたつが敷いてあった。

 十衛門はお茶を鉄鼠に出した。

 

「緑茶で大丈夫ですかな」

「あ、いえ大丈夫なの」

「茶菓子も揃っておるでの。ようかん、どら焼き、まんじゅう、せんべえ、どれでも好きに食べるといい。ところで――」

「ち?」

「そんな隅っこにおらんでも。もう攻撃せんし、コタツで暖をとりませんかな?」

 

 なぜか鉄鼠は隅っこのストーブの前に正座。

 家主は部屋の中央に、客人は部屋の隅にいるという不思議な位置取りだった。

 

「お気にせずに」

「しかしのう」

「隅っこが好きなだけなの」

「そ、そうなのか? まあ、それならいいのじゃが……」

 

 真顔で答える。彼女は攻撃方向が予測しやすい隅っこが大好きなだけ。

 真剣に答える相手に十衛門は少し可哀想な子を見る目をしたが、強制はしなかった。

 重要なのは来訪の用件。

 鉄鼠は真剣な表情で切りだした。

 

「知っているかも知らないけど、大石啓に二つ名が正式に発表されることになったの。これは武偵として世界的に認められた実力者の証。けど本人のランクは低く、実技も微妙。だけど依頼は完璧にこなす……これについて祖父である貴方が知っていることを話してほしいの」

「さて、どこから話したものかのぅ」

 

 しわがれた手で蓄えた白髭を撫でる。

 懐からキセルを取りだし、先っぽの火皿に刻みタバコを詰め、火を付けた。

 白煙を口から吐きだし、話しだす。

 

「儂はのぅ、ギャンブルが好きでな」

「ち?」

 

 首を傾げる鉄鼠。

 老人はキセルを片手に手をクイッと回すような動作をした。

 

「パチンコや競馬、当たるか外れるか。一か八かの勝負。老いた身体でも心の臓がドキドキして面白いわい」

「あのー、それがなにか――」 

「まあ、聞きなさい。儂に関わらず一族の者は、血気盛んな者が多い。息子もだし、儂の父や祖父もそうであった。先生ならある程度調べはついておるのではないかの? 大石という家の系譜を」

 

 問いかけるように鉄鼠と見つめる。

 彼女は一度、目を瞑り、考えたあと言葉を返す。

 

「……『天保の三剣豪』そして『大石神影流』ですか?」

「分家じゃがの。長竹刀に、時には二刀を扱う型破りの剣技。九州に居を構える本家は技を機械のように、模写するだけでいけない。若かりし頃の御先祖様は竹刀片手に江戸中で道場破りをして名を馳せたものじゃ。いつの時代も百の練習より一の実戦。儂の道場では突き以外は指導せん。若者、特に男の子には自ら技を編みだす喜びを知って欲しいからのぅ。ロマンじゃろ、自分だけの剣術。儂は大好きじゃ」

「は、はぁ……」

 

 意図の見えない発言に疑問げな鉄鼠。

 話は続く。

 

「息子もまた血気盛んでケンカも多かった。百戦錬磨の喧嘩屋。木刀片手に一人で百人の暴走族と喧嘩して、相手をのしたあとで警察に捕まったときは褒めたもんじゃ。じゃがそれでこそ男。争いの中にこそ悟りがある。そんな息子が成人後に女を連れてきた」

「大石杏子さん、です?」

「そう。暴れん坊ながら教師として道を歩んでいた息子に現れた女性。長い黒髪にお淑やかな笑顔。古き良き大和撫子の姿。しかも長く続く武家の娘と聞く。儂がもう二十年若ければ告白しておるところじゃ。これとない良縁に儂は喜んだわけじゃが――さて鉄鼠先生はどれくらい息子の妻について調べたのかのぅ?」

「ち!? ……ええっと、Eランクで卒業した武偵。在学中は落第しない程度に依頼をこなしたけど一般常識の成績が高い程度で特筆すべき点はなし。Dランクにランクアップしたけど、最後は航空機の事故で夫とともに死亡、なの」

「……ふむ、まあ、妥当なところだのう」

 

 言葉を選びながら鉄鼠は言った。

 十衛門は少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。

 一人息子と、その妻のことを思い出したからだ。

 彼に残った唯一の肉親は孫の啓のみ。複雑な心中を察して鉄鼠は、それ以上言葉を重ねなかった。

 吸い終わったタバコの灰を灰皿に落とす。

 次の刻みタバコを詰めて火を付けながら彼は遠い目をしつつ、息を吐く。

 

「初めて見た息子の相手の印象はそう――――覇気が足りない、じゃった」

「覇気?」

「そうじゃ。武家の娘……誇り高いはねっ返りでもいいし、夫を立てる良妻でもいい。じゃがあやつの目、仕草はいまどきのおなご同然。挨拶に来たときもこちらの会話をロクに聞かず、果てには雪が積もる庭に裸足で飛びだし、フラフラと歩いて一言――『東京は空気が悪いな~』じゃ。いい加減、堪忍袋の緒が切れてもおかしくなかろう?」

 

 お淑やかというより、頭がお花畑と言っていい言動。

 頭の固い十衛門にとっては看過できない。竹刀片手に庭へ飛びだしたのも無理はない。

 だが……と彼は続けた。

 

「千回」

「ち?」

「千回、突いた。何十年も鍛えあげた剣技。基礎こそ奥義と信じて、片手突きを極めた儂の剣を、涼しい顔で息子の妻、杏子は避けきった。汗で庭の雪が解けきるほど突いたのに、相手には一撃も当たらない。汗の一筋すら流さない。幽霊が目の前にいるのかと思ったくらいじゃ」

「え、でも杏子武偵にそこまでの実力があったって記録は……」

「これを見るがいい」

 

 バサリ

 十衛門は一冊の本を鉄鼠の前に投げた。

 その表紙を見ると、

 

「ち? ……エロ本!? お爺ちゃんなんてもの投げるの!?」

 

 『金髪ボインフェスティバル! 胸囲(きょうい)のFカップ祭!』と書かれた本。

 正真正銘のエロ本だ。全裸金髪の美女が誘うような表情で大事な部分だけ手で隠す表紙。

 真面目な話をしていた中でいきなりのふざけた行動に鉄鼠は顔を赤らめながら抗議する。

 しかし十衛門は涼しい顔で見るように言う。

 

「騙されたと思って開いて見てみなさい」

「ち、ち~!! ……ま、まあ興味は無いわけじゃないけど、ごにょごにょ……」

 

 耳までリンゴのように赤くしながらページを開く。

 薄目を開けてみると、

 

「『武偵格技セレクション』……? 中身が、違う?」

 

 精巧に偽装しているが表紙と中身がまったく真逆であった。

 

「それは孫の部屋にあったものじゃ。これ以外にもエロ本が武偵関連の捜査技術などのハウツー本じゃった。そして、それは母の部屋も同様。漫画や女性ファッション誌に偽装して、全ては格闘技術などの本。普通なら逆なのにの。努力を人には見せんのじゃ」

 

 母、杏子は仕事の関係で祖父の家にいることも多かったので部屋もある。

 本人が亡くなった今でもそのままだった。

 そして本棚に並んだ書籍は全て、中身が違う。

 啓の部屋に隠してあったエロ本も一部がそうであった。が、中身を変える意味が判らない。

 エロ本やあまり見せたくない本を真面目な内容の本に変えるなら判る。

 だが不真面目な表紙の中身が真面目な内容。

 あまりにもおかしい。

 

「母、杏子も姓は“大石”。先生はそこら辺の調べはついておりますかな?」

 

 目を細め、鉄鼠を見つめる。

 今までと違い、空気が引き締まる。

 鉄鼠は相手の瞳を真っすぐ見つめ返す。

 

「……見当はついてなくはない、の。でも確信を持てる情報が見つからなかったの」

 

 大石啓という少年についての情報は少ない。

 普通に小学校にあがり、中学に行き、東京武偵高校に来てからは大活躍。

 目ぼしい情報はなんど精査しても判らなかった。

 ならば両親になにか手がかりはないかと探したが、あまり情報が集まらない。

 だが大石という名字なら、あるいは。

 勘同然で確信に至るにはあまりに弱い根拠だが、情報網を駆使してかき集めた中で信用できるピースがあった。

 

「啓の母、大石杏子の御先祖様は、そう――忠臣蔵四七士の中心人物、といえばもう判るかのぅ」

 

 日本の多くが知っている有名な話の一つ。主君に殉じた武士の記録。

 

「じゃあ、やっぱり――」

「名前を明かすのもよいのじゃが……重要なのはその生き方。先生は忠臣蔵についてどこまで知っておるのかの?」

「ち? 意地悪な吉良のせいで、主君は切腹の上、お家は断絶。最終的に残った忠義の士、四七人が主君の仇打ちを果たす、じゃないの?」

「それは美談に彩られた物語で詳細は違う。まあ、これは相手の家で聞いた話じゃからどこまで正しいか判らぬがの。その御先祖が実は、そこまでの忠義を持ち合わせてなかったら?」

「ちぃ?」

「カリスマもない、能力に優れていても、のんべんだらりと目立たず過ごす。昼行灯とはまさに奴らにこそお似合いの言葉……」

「ち……でもその人には四六人もの仲間が残っていたの」

「逆じゃよ逆。四六人しか残らなかった(・・・・・・・・・・・)。本人もまた仇討ちなんぞせず、本当にのんべんだらりと一年を過ごしておった。仇討ちの相手、吉良上野介はいまの世では悪人扱いだが、当時は名君の呼び声も高く、極悪人でもないのじゃ。そりゃ乗り気になるわけがない。じゃが極一部の部下はそんな御先祖の実力を見抜いていた。しつこくしつこく説得されて一年間。結局、仇討ちの旗頭として戦う羽目になった――それが真相じゃよ。相手の油断を誘うためというのも間違ってはおらんが、どちらかというと腹の決まった彼の詭弁じゃな。当時から無能を演じつつも実力の片りんを曝け出していたらしいしの」

 

 昼行灯――それは普段は誰の目にも止まらない。昼間に灯した光は太陽でかすんでしまうから。

 だからこそ、夕闇の中、いざというときに真価を発揮する。そんな男。

 

「はぁ~~、美談の裏はとっても人間臭いの」

「あくまで相手の家の記録にあっただけじゃがの」

 

 人の陰に歴史あり。

 だが本当の続きはこれからだと十衛門は言った。

 

「そうして矢面に立てされた大石一族は、徹底的に実力を隠すことに注力した。良い職につくには成績がよくないとままならんから、適度に実力をみせつつ、手柄は全て上司や部下に譲りわたす。軍閥と関わって、途中からすっぱり縁を切ったりのぅ」

「なんか努力の方向性を間違えてるの」

「じゃがそれを可能にする才能も実力もあったのが皮肉なことじゃの。そしてそれは孫の母、大石杏子も同様」

 

 コツコツと灰皿にキセルを叩く十衛門。

 

「杏子の一族は伝統的に歴史の中で表に出たがらない。忍びでもないのに、ひっそりと生きる。能力はある。才能もある。じゃがとにかく本気を出さないことを家訓する奴らなのじゃ。母の記録もまたおかしい部分があったのではないかの?」

「……僅かだけど情報を改ざんしたあとがあったの。世界最高クラスのセキュリティレベルを誇る武偵局のデータベースに」

「ほぼ間違いなく、杏子の仕業じゃな。アレはとにかく自らの功績を隠すことには細心の注意を図る」

「で、でもおかしいの。自分の評価を下げる真似なんて……」

「『ランクの意味が判らないなぁ。相手に警戒されるだけでメリットないよー。ひ弱に見せて、最後にちょっとだけ頑張る……逆風車理論って素敵!』……ランクを上げないのかと儂が聞いたときの返事じゃ。呆れてものも言えんかったわい」

「えー……」

 

 大石杏子のいままでの功績は至って平凡なものだった。

 報酬の割に時間のかかる“迷い猫探し”などの低ランクの依頼を、一日で数件こなすハイスピードっぷりは特筆すべき点だがそれ以外はない。

 Dランクに上がったあとも同様。

 しかし一つだけ不審な点があった。

 

「鉄鼠の調べで当たった共通点……大石啓の二つ名申請に関わった武偵は全員、大石杏子と依頼をこなしたことがある、のは」

 

 最初は偶然かとも思った。

 だがもし大石杏子という武偵が想像以上に喰わせ者だったなら?

 十衛門はその言葉にニヤリ、と不敵な笑みをもらす。

 

「大石杏子は前に出ない。依頼が解決できれば誰が活躍しても問題ない。逆に言えば、上司、仲間、部下の扱いが非常に達者じゃ。他者から見れば大活躍させることも可能。そうして依頼をこなした仲間たちの中には、それが切っ掛けで才能を開花させた者もいるとか」

「…………」

「さて、そんな生え抜きの武偵たち。恩義のある武偵がいつまでも低ランクの不遇を囲っている……しかも航空機の事故で亡くなった。じゃが一粒ダネが武偵として大活躍中であったなら?」

「母に受けた恩義を子に返す……?」

「ホッホッホッ、儂が焚きつけた面もあるがのぅ! 『大石啓は大石杏子の一人息子。じゃが母と同じく、低ランクに留まらんとしている。皆の力で世界の舞台に引き上げてはどうか?』とな」

 

 もし啓がこの会話を聞いたなら「ふざけんな糞爺!」と反論していたことだろう。

 彼自身からすれば実力相応なのだから。

 とんだ狸じじいっぷりを見せた十衛門は穏やかに笑う。

 それは亡き息子とその妻を思い出したからなのか少しだけ陰があった。

 そのとき鉄鼠が疑問の声をあげた。

 

「でも、やっぱり変な点があるの」

「ふむ、どこがじゃ?」

「母と同じく、活躍したがらないならどうして七十件以上も大々的に事件を解決したのが――」

「そうじゃ! まさしく儂が狙っておったのはそこじゃ!」

 

 カンッ!

 キセルをテーブルに叩き、灰が舞いあがる。

 びっくりした鉄鼠を置いて彼は拳を握りながら熱く語り始めた。

 

「孫が武偵高校に行きたがっていないのは察しておった。じゃがエロ本に偽装した武偵のハウツー本。高校特集でチェックは入れている。奴とて古き日本男児の血を引いておるのじゃ。儂らの……道場破りにあけくれたもう一つの大石の血……功名心、闘争心、向上心。決してタダの木偶ではない。男子三日会わざれば刮目してみよ――さて三年も経てばどうなるか。のるかそるかの大ギャンブルじゃ」

 

 武偵は危険な職業だ。

 肉親としての情を優先するなら遠ざけるべき。

 だが大石十衛門という男は、笑顔で我が子を千尋の谷に落とす。

 

「ち……えっと?」

「鉄鼠先生」

 

 十衛門は真剣な表情だった。

 長くない余生の楽しみは血のつながった孫の成長のみ。

 思い出すのは数年前。小学四年生で自分の才能を超える技を見せた。

 父より母の薫陶(くんとう)を受けたのだろう。

 以後は才能の欠片すら見せない。だがそれが逆に彼の期待を膨らませた。

 昔から落ちつき聡い子供で既に大器の片りんが見え隠れしていた。

 

「母方の大石家の教えを孫は忠実に守っておる。敵を騙すならまず味方から、能ある鷹は爪を隠す……この世の全てを騙し、安穏と過ごそうとする一族。じゃが武人の血を引く荒くれ者の、儂らの血がそれを良しとしない。今の現状もまさにそれ。だからこそ――」

「だからこそ?」

「大石啓の言動、行動全てを信用してはならん。それは全て演技。かつての御先祖と同じく。無能を語り、無害を演じ、無知を弄する――それこそが奴らの真骨頂。騙しの一族。真面目に相手するだけペースを握られるだけじゃ」

「……じゃあ大石啓は二つ名の与えられるに相応しい実力があるってことでいいの?」

 

 一番重要なのはそこ。

 蘭豹に言われたのも、本人の実力が判らないのが理由だった。

 十衛門は当然とばかりに言った。

 

「儂すら驚嘆させた才能を持つ孫じゃ。ランクでアヤツの真価は図れんが、最低でも儂に勝らずとも劣らない能力を秘していよう。二つ名なんぞ奴を世界の舞台へあげるためのスポットライト、通過点。…………願わくば――儂の目が黒いうちに孫の成長した姿がみたいのぅ」

 

 庭を見る。珍しく雪が降っているようだ。

 松も地面もうっすらと雪化粧が施されている。

 啓の母親、杏子と初めて会った日のことを思い出していた。

 母と超えて、息子は世界へと雄飛しつつある。いやさせる――立派に成長した大切な孫を想い描きながら最後に呟いた。

 

「大剣豪の血、そして大石内蔵助良雄の血――さて啓よ、儂にもう一度、数年前の輝きを見せてくれ。それだけが楽しみなのじゃから……」

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 東京武偵高校。

 昼休み、俺と武藤は教室でダベっていた。

 

「は、は、ハックシュン! これは美少女が俺の噂をしているに違いないな、うん」

「バーカ。ならオレの方が先だろうが。ケイが先なんて許さねえ」

「言ってろ。……それでダンナ、例のブツは?」

 

 にんまりと笑う。

 いやー、もう最近は掘り出しものもないしなー。

 期待してみてたんだが、どうも武藤の様子がおかしい……どうしたんだ?

 

「……すまん」

「え?」

「妹に、捨てられた」

「…………マジ?」

「マジ……しかも母のエロ本発掘→テーブルの上に揃える→漫画を失敬しにきた妹が発見→激怒ののち焚書のコンボ……で」

「おうふ……! そりゃあ……やべぇ、な」

 

 母発見、妹発見、エロ本処理の三連続か……東京湾で入水自殺したくなるな……。

 

「ァァァァああああァ! ダチから借りてた『妹パラダイス』が一番上にあったのが最悪だぁー! あいつずっとゴミ虫を見るような目で見やがってー!」

 

 なぜ妹モノがあるのかは突っ込まんぞ。

 

「てーか妹いたなら紹介しろよー。俺の巧みな会話術で仲裁してやんぜ!」

「……いや、万が一うまくいったらそれもそれで嫌だな」

「なんだよ、シスコンか?」

 

 妹さんが美人ならしょうーがないけど。

 

「単純にお前が俺より先に女と仲良くなる可能性があるのが気にいらん」

「はっはっはー、テメエ、ぶち殺すぞ♪」

「おー、喧嘩なら買ってるぞー」

 

 笑顔で語りあう。

 うん、友情って素晴らしいね!

 女一つでここまで争うとは。

 とまあ冗談はさておき、仕方無い。

 なら憐れな子ヒツジにお恵みをやろうかね。

 

「仕方ねーからほら、俺のは渡しておくぜ」

「……え、いいのか? こっちのブツはないのに」

「ダチだろ?」

「おお心の友!」

 

 お前はどこぞのジャイアンか。

 サクッと亀裂の入った友情をエロ本というボンドで修復しつつ、交換予定だったブツを渡す。

 早速とばかりに武藤はページを開いたのだが、

 

「おい……これ中身違うじゃねえか!」

「え? あ、ごめん。これトラップ本だった」

「なんだよ、そのトラップ本ってよ」

「いやー、なんつーか、小学校の時とかさ、親の部屋にエロ本あるかなーって探したことないか?」

「そりゃあるけど……」

 

 男の子なら一度はあるはずだ。

 自分の金で買えないんだから、入手方法は限られている。

 

「んで、母さんの部屋にあったからいくつか失敬したんだけど」

「待て、のっけからおかしくないか?」

「親父って剣一筋っつーか、まったくないんだよ、それで母さんの部屋にいくつかエロ本があってさー、だけど表紙だけで中身が違うんだよ。まあ表紙だけでも十分エロいからこっそり自分の部屋に持って来たんだけどな」

「変わった家族だなー」

「まったくだ」

 

 そんな三学期の一コマだった。

 

 

 

 

 




なにやっても信じてもらえない方向にシフト。
情報は鉄鼠から蘭豹&綴に。
さらにキンジたちの耳に入るのも時間の問題ですね。


これにて原作前のお話は終了。次回からは原作一巻へと続きます。

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