あれ? 勇者ってこういうのだっけ 作:みども
プロローグ
魔族の住まう荒廃した大地と、人間を始めとする種族の住まう国々が広がる豊かな大地。
二つの世界を隔てる平原地帯の境界線に、この日1,000を超える魔族の軍勢が集結していた。
彼らの目的は一つ。
この河を超えた先に広がる人間達の領土、その最前線に位置する『リングル王国』を占領することであった。
多くが褐色の肌に二本の角を持つ魔族達は、容姿こそ二足歩行の脊椎動物という大きな違いはない姿をしているが、人間に比べ強靭な肉体を持つ種族である。
故に彼らはたとえ枯れ果てた大地であろうとたやすく絶滅することなく生存できる種族であった。
だが、それでも限界がある。
魔族の住まう領土は、大地は朽ち、川は枯れ、ただ荒廃が広がるばかりの世界である。
作物は根付かず、獰猛な生物が闊歩し、過酷な環境にさらされてきた魔族は、新天地である人間達の支配する世界を手に入れなければ、いずれ干上がり絶滅するのを待つしかないほどに追い込まれていた。
そんな困窮していた魔族達だが、数年前にかつて繰り広げられた人間達との戦争において封印されていた魔族達の王である魔王が復活。
その魔王の復活によりわずかばかり荒廃した大地に潤いが戻った。
朽ちた大地とともに消え去る未来しか見えなかった魔族達に、わずかばかり差し込んだ光。
魔王の元、魔族達は一つにまとまり絶滅の危機から逃れるために境界を超え人間の支配する世界を侵略することとなった。
魔王軍第3軍団。
この地に集結したこの軍勢は、その先陣を任された軍勢である。
そしてその第3軍団の手により、人間達の支配する世界へ進出するための橋を急造工事で組み立てているところであった。
突貫工事ながら軍勢を動かせるほどの規模を持つ橋は、半分は周囲の木々を切り取って集めた材木が半分、魔法により生み出した材料が半分で構築されている。
工程を詰めるために耐久性に難のある使い捨てを前提とした橋となってしまっているが、軍団が河を超える程度であれば可能だ。
先鋒を務める第3軍団の任務は、未だまとまりのない人間達の諸国が連合を組む前に『リングル王国』の軍勢を撃破してこの地を制圧、橋頭堡を築くことにある。
リングル王国は過去幾度となく魔族の侵攻を退けてきた強敵ではあるが、他国の支援を受けていない現在の情勢ならば制圧は決して不可能ではない。
もともと耐久性に難のあるこの橋は、今回の行軍後は破棄する予定となっている。
王国軍を撃破してから後続の軍勢が本格的な補給線を構築、制圧したリングル王国を橋頭堡として侵攻を進めるというのが今回の戦略の基本方針だ。
橋の建造作業を見下ろせる魔王軍第3軍団の本営には、軍団長を務める『アーミラ・ベルグレット』と、今回の侵攻に際し一時的に第2軍団より派遣されてきた将の1人である『黒騎士』、そして『ある秘密兵器』を伴い侵攻軍に同行する『ヒュルルク』、この3名を筆頭としその他今回の侵攻軍における参謀や部隊長達が集まっている。
「軍団長、少しやる気出しすぎ。正直、ウザいよ?」
「貴様、上官に向かって『ウザい』とは何事だ!」
アーミラと黒騎士が言い争う声が聞こえるが、属する派閥が違う故の些細な摩擦だろう。
言い争いというより、戦を前に昂ぶるアーミラとその熱意を鬱陶しがる黒騎士、2人の戦に臨む熱意の差異が軋轢を生んでいるというところか。
一応喧嘩するのも面倒だと考えたらしい黒騎士が引き下がったおかげでひとまず落ち着いたようだが、水を差されたアーミラは不満げな様子であった。
しかし、それも決裂を生むほどのものではない。
現状、魔王軍はリングル王国侵略の目的を共有して団結していた。
そして、そんな本営から進捗状況を見られている建造中の橋に新たな材木を大量に乗せた
「お待たせしました!」
雷を纏ったサイの魔物が引く三頭立ての巨大戦車。
歩兵はおろか騎兵でも正面に立ちふさがる者は問答無用で一方的に蹴ちらす破壊力を誇るその戦車を操る1人の魔族が、橋の建造を指揮する部隊長に対して車両の上から声をかけた。
戦場ではその破壊力を遺憾なく発揮するその戦車だが、今回は戦闘力よりもその運搬能力を必要とされており、車両の方に橋の材料となる大量の木材を乗せている。
サイの魔物が纏う雷の轟音を聞き、橋の建造に携わっている周囲の魔王軍の兵士達が指揮官の指示も待たずしてやや駆け足気味に集まってきた。
「よし、下ろせ! これで材料は揃った。あとは橋を組み立てるのみ、間も無く完成するぞ!」
そして早速材木を降ろす作業を行う兵士達に、橋の建造の指揮をとる部隊長があと一息だと奮起させる声を発した。
そして、この材木を運んできた戦車の御者をしていた魔族の兵士もまた、材木を降ろす作業を行う。
「よし、これで全部下ろした。私は橋の組み立てに参加するから、少し待っててくれ」
全ても木材を下ろすと、橋の建造に加わるために戦車を降りて運んできた木材を両手に持てる限り抱え、戦車を引く魔物達に声をかけてから橋の方へと向かう。
もうすぐ魔王軍の侵攻のための橋の建造が終わる。
いよいよ戦が始まるのだ。
魔王軍第3軍団の兵士達の間に、言葉に表せない重たい緊張感が張り詰めてきた。
そんな時だった。
……完成間近の橋目掛けてまるで巨人が雑草を引き抜いてきたかのような巨大な一本の地面から引っこ抜かれたであろう土のついた根が伸びている大木が降ってきたのは。
「なあ!?」
最初にその大木に気づいたのは、橋の建造を指揮している部隊長であった。
だが、人間よりはるかに強靭な肉体を持つ魔族であってもとてもできる芸当ではないその常識はずれの攻撃を前に、彼にできたのは驚愕することだけで、迎撃することなどとてもできなかった。
「まずい……軍団長! 前方から何か飛来してきます!」
それでも最低限の義務を果たそうと、唯一迎撃可能だと考えた軍団長アーミラに助けを求めるように報告の大声を上げる。
だが、彼女に迎撃してもらうには、大木の攻撃までの時間があまりにも足りなかった。
次の瞬間には橋に大木が突き刺さり、本営まで響く巨大な破壊音が響き渡った。
その音に気付き、そして橋が壊れる姿に驚愕するアーミラ達。
次の瞬間には、橋は大木の突き刺さった箇所から亀裂を走らせ瞬く間に崩壊していった。
1番混乱したのは、橋を建造中の部隊であった。
何が起きたのかわからない。
だが、崩れ落ちる橋の姿にここにいては河に落ちてしまうという事実だけは理解できた。
……理解できただけで、対応できたとは限らないけど。
戦車を駆る魔族もまた、その1人であった。
「おいおい、マジかよ!?」
それが最後のセリフ。
彼らは崩れる橋の残骸とともに、足場を失いそのまま河に落下する。
もはや魔王軍は大混乱に陥っていた。
橋から落ちた兵士達は溺れ、周囲の魔王軍は何が起きたか理解できずに呆然となり、本営は対岸からこの大木を投げつけてきたであろう犯人を見つけ各々目の色が変わる。
ヒュルルクは人間ではない何かを見たような怯えた顔に、部隊長達は犯人は見えたが到底そいつがなした破壊工作だとは信じられないという顔に、そしてアーミラは親の仇を見つけたような憤怒の表情に。
「ロオオオォォォズウウウゥゥゥ!」
対岸から大木を投げつけてきた攻撃の犯人。
白い服に身を包む緑髪の人間の姿を見て、アーミラが咆哮を挙げる声が響き渡った。