あれ? 勇者ってこういうのだっけ 作:みども
「させるかあああぁぁぁっ!」
「ッ!?」
最前線を駆け巡り、その場で治癒魔法を駆使し負傷兵を治療する救命団員。
その証である白い団服をなびかせて駆けつけたのは、2人と同じ世界から勇者召喚の儀式に巻き込まれてこの世界に来てしまったもう1人の日本人である『
勇者として召喚された2人と違い、偶然『治癒魔法』の素養を持って生まれた彼は、リングル王国の救命団団長である『ローズ』に拉致され引き取られ、救命団の一員となりもう1人の『白服』を纏う団員として成長していった。
そして2人とともにこの戦場に立った彼は、救命団の一員として自らの治癒魔法を駆使し縦横無尽に戦場を駆け回って負傷兵の治療をし続けていた。
とある経緯があってこの戦場にて2人の勇者に危機が訪れることを知ることになった彼は、黒騎士と勇者たちの接触を聞いてここに駆けつけてきた。
そしてまさにトドメを刺そうとしていた黒騎士を殴り飛ばし、2人の危機に間一髪駆けつけたところである。
殴り飛ばされた黒騎士が地面に転がる中、兎里はすぐに倒れている犬上と龍泉の元に駆けつける。
「先輩! カズキ!」
「…………」
「う、さと……くん……」
龍泉の方は意識がなかったため返事ができなかったが、息はまだあり体がわずかに動いている。
犬上の方も瀕死ではあったが、まだ生きていた。
「間に合った……!」
2人の生存が確認できた兎里は、すぐに治癒魔法をかける。
息があるならどれほどの重傷でもたちどころに癒すことのできる回復魔法とは比べものにならない治癒力を持つ、人間にのみ素質が現れる希少な魔法系統『治癒魔法』。
瞬く間に2人の傷は回復していき、かろうじてその命をつなげることができた。
もしも彼が召喚に巻き込まれていなかったとしたら、2人の勇者は確実にこの場で命を落としていた。
もしも彼が救命団に拉致されなければ、2人の勇者は確実にこの場で命を落としてした。
もしも彼が2人の危機をある獣人の少女から教えてもらえなければ、2人の勇者は確実にこの場で命を落としていた。
偶然か、それとも運命か。
この世界にとっては『召喚に巻き込まれてきてしまった』という異物である彼の存在は、この世界の紡ぐ物語にこの時大きな波紋を投じることとなる。
それはひとまず置いておき。
とにかくローズでは間に合わなかった場に現れたもう1人の『白服』を纏う救命団員は、2人の勇者の危機を救った。
兎里は2人を救えたことに安堵したが、一方でもちろんこの事態を不服とする者もいる。
いわずもがな、勇者に与えるトドメの一撃を邪魔されただけでなく殴り飛ばされた黒騎士である。
その魔法の特性上、決してありえないこと。
殴り飛ばされた黒騎士は、突然現れた白服の少年に殴られた時、強烈な痛みを感じていた。
受けた傷を相手にそのまま返す無敵の鎧。
不意打ちされようとも、魔法で作られた鎧を突破することは不可能。
仮に手段があるとすれば、鎧を形成する魔法そのものに干渉してあるべき性質を歪めることで攻撃を中身に通すか、あるいは鎧の上から死に至らしめる攻撃を繰り出す。
黒騎士の魔法に対抗するには、こういった特別な手法を取らなければ傷1つ与えることはできない。
殴るという手段で黒騎士を傷つけることは本来不可能なはずである。
「何なんだよ……」
だというのに、黒騎士は殴られた。
しかも殴られた箇所の兜の部分が崩れ、魔力の制御がきかなくなっているというさらなる混乱を与える事態も発生している。
生まれてこのかたこの魔法に守られてきた黒騎士は『痛み』という感覚をほとんど知らずに生きてきた。
ゆえに混乱し、この混乱を生み出した元凶である兎里に対して八つ当たりするように肩に担ぐ剣を投げつけた。
「ウサト君、後ろ!」
「危なっ!?」
黒騎士の攻撃に気づいた犬上の警告のおかげで、咄嗟のところで2人を抱えて剣を避けることができた兎里。
一方殴られた黒騎士の方は、未だに兜を再構成できず顔を晒してしまった状態で、兎里に対して自分自身理解できない怒りをぶつけ、叫んだ。
「何なんだ、お前ぇ!」
初めて黒騎士の中身の素顔を見た兎里。
予想に反し、鎧のせいかもしれないが周囲の魔族の兵士たちよりも長身だったその中身は──
「あのガタイで女だったのか!?」
「兜が……攻撃が通っている!?」
痛がる黒騎士に、兎里と犬上がそれぞれ異なる驚愕の声を上げる。
黒騎士が怪我をしている点について兎里が驚かないのは、彼女の魔法の特性を犬上と違って知らないからではあるが。
そして犬上としては黒騎士の中身が女だったことよりも、攻撃が通っていることに驚くのも無理はない。
勇者たちの危機を救うことはできたが、状況が好転したわけではない。
黒騎士は未だに無力化できたわけではないし、傷は直したものの龍泉の意識は戻らないし、2人ほどではないとはいえ周囲には黒騎士の魔法の餌食となったリングル王国の騎士たちが倒れている。
彼らの治療をするためにも、黒騎士を抑える必要があった。
黒騎士の魔法の特性を犬上から聞いた兎里は驚きを隠せなかったが、負傷者の治療をするためにも黒騎士を抑える必要があると判断し1人で黒騎士へと立ち向かっていった。
「よ、よせ! いくら君でも──ウサト君!」
犬上は制止しようとしたが、兎里には届いていないのか足を止めることなく黒騎士へと向かっていく。
龍泉も意識が戻らない以上、負傷者たちを守るためにもここを離れるわけにもいかない。
回復魔法で負傷兵たちに応急処置を施しながら、黒騎士に立ち向かう兎里の背中を歯がゆい思いで見るしかできなかった。
治癒魔法は自分の怪我や疲労も治せる。
黒騎士の魔法を犬上から教えてもらった兎里は、たとえ傷を返されようともその場でなおして仕舞えば関係ないだろというかなりイカれている脳筋な対処法を考えて黒騎士へと向かっていった。
黒騎士の魔法は、受けた攻撃を与えた相手に返す、というだけではない。
彼女自身が言ったように、鎧は無機物の武装ではなく魔力で形成されたものだ。
龍泉を戦闘不能に追い込んだ一撃で使ったように、変幻自在に鎧の形を形成できるという特徴も持つ。
黒騎士はその特性を用いて、自らの両腕を巨大化させた。
巨大化した腕は、兎里の拳が届く範囲内からの攻撃を可能とする。
先ほど兜を崩した方法がわからないが、それでも拳を届かせる前にこちらから仕留めて仕舞えばいいと、普段はその魔法の特性上受け身に回ることの多い黒騎士が自ら攻撃してきた。
それに対し、兎里は黒騎士の振るう巨大な腕に対し足に『治癒魔法』を走らせて蹴りつける。
これにより黒騎士の鎧に攻撃が加わった。後は黒騎士は自由なタイミングで、兎里の拳に彼自身の放った強烈な蹴りのダメージを返すことができる。
──はずだった。
「何ッ!?」
「んん?」
しかし、なぜか兎里の蹴りを受けた黒騎士の鎧はまるで熱した飴細工のようにその形が溶けて崩れてしまったのである。
もちろん兎里の手には何の異常もない。
目の前の事態に黒騎士は驚愕し、兎里は犬上から聞いた黒騎士の鎧の特性が全く活かされていない事態に攻撃しておきながら困惑した。
「ッ!」
混乱する黒騎士だが、もう片方の拳を振り回す。
それに対して兎里は鎧を警戒して、振るわれる拳をいなそうとして、それもまた兎里の手に触れた瞬間に形が保てなくなりくずれた。
(返され……ない? 魔力切れか?)
鎧のダメージを反転させてこない黒騎士に、兎里の方が困惑している。
一方の黒騎士は混乱が増すばかりであった。
何しろ反転
反転
理由は不明だが、兎里の体に触れる箇所の鎧が急に魔法の制御を失い形が崩れてしまうのである。
まるで魔法が返すべきダメージを消されてしまったように。
困惑しつつも黒騎士に対して拳を振るう兎里。
右の拳を黒騎士の兜目掛けて振るう。
「ッ!」
先ほど顔面に食らった一撃。
痛みに慣れていなかった黒騎士は、兎里の振るう拳を警戒してその攻撃を既のところで躱す。
だが魔法の特性から相手からの攻撃を回避するという動作に慣れていなかった彼女は、兎里の拳を躱すことだけに集中し彼自身の動きから目を背けてしまった。
「残念! 本命は左だ!」
「グアッ!?」
もともと右の拳は牽制。
兎里は黒騎士が右の拳を避けるのに集中してできた隙に、本命の攻撃である左の拳を体勢の崩れた黒騎士の顔面に叩き込んだ。
兎里の拳に触れた兜がやはり魔法を発動できず形が崩れ、むき出しとなった顔に強烈な拳が直撃する。
いくら頑丈な魔族でも、救命団にて徹底的にしごかれて何故か強靭な肉体を手に入れた兎里の繰り出す拳の直撃を食らえばただでは済まない。
強烈なダメージが入り、黒騎士の視界に星が走った。
「こ……のッ」
後退する黒騎士。
今の攻撃で意識を飛ばさなかったのは、不屈の闘志によるもの。負けず嫌いの性根が、訳も分からないままにいきなり出てきた変な奴に負けるのを良しとしなかった。
兎里相手には一方的にやられているが、彼女の魔法は魔族でも素質の希少な闇系統の魔法である。
制御が困難であり殺傷性の極めて高い戦闘向きな要素の多いこの魔法は、魔族においても迫害の対象になりやすく、真っ当な幼少期を過ごせる者など殆どいない。
そんな魔法を背負って生まれたのだ。心が歪むことはあっても壊れることなく生き抜くのは容易なことではない。
その困難を乗り越えて生き抜いてきた事実は、負けず嫌いな彼女の強い精神力を表していた。
とにかくこいつに、こんないきなり乱入してきたわけのわからない奴になんか負けたくない。
黒騎士は混乱しながらも自らの魔法の制御を失うことなく、とにかく負けたくないという気持ちで我武者羅に攻撃を叩きつけた。
「死ねぇ!」
「死ねと言われて死ねるかよ!」
黒騎士が鎧を変形させ、多数の触手のような形にして兎里に叩きつける。
それを兎里は殴って蹴ってでやり返す。
兎里に触れる鎧は形が崩れるが、黒騎士は崩れた形をすぐに直して手数で攻撃することにより兎里の接近を防ごうとした。
しかし兎里の拳に触れるたびに鎧は形を崩してしまう。
叩いてダメならばと、黒騎士は鎧の一部を鋭利な槍状の形に変え、兎里の首を貫こうとした。
「くっ……!」
急所への攻撃はまずいと判断した兎里が、急いで右手でその槍を止める。
だが黒騎士の鎧を殴るたびになぜか消えてしまう治癒魔法をかけ直す暇がなかったため、無防備な手のひらを槍状になった鎧が貫いた。
首への攻撃を防ぐことはできたが、黒騎士の突き刺した槍には返しまで丁寧に作られている。
簡単に抜くことはできず、兎里は黒騎士に捕まる形となってしまった。
「ハハッ! どうする?」
初めてまともに兎里に対して攻撃が通り、調子付く黒騎士。
鎧の形が崩れる理由はまだ分からなかったが、鎧が崩れずに攻撃が通ったならいよいよカラクリも切れたのだろうと判断した。
そうなれば捕まえて距離もとらせなくなったこちらが有利だと、後はなぶり殺しにしてやるとほくそ笑む。
だが、兎里が手の怪我の治療のために治癒魔法を発動させた途端、突き刺さっていた魔法もまた形が崩れて溶けてしまった。
「!?」
無敵の魔法が通用しない。
カラクリは切れたわけじゃない。
(どうなってる!? 何で、ボクの魔法が通用しないんだ!?)
混乱する黒騎士はすっかり余裕をなくしてしまった。