あれ? 勇者ってこういうのだっけ 作:みども
黒騎士の魔法が発動していない。
自身ともう1人の勇者である龍泉を圧倒した黒騎士が、その最大の脅威である魔法を制御できずに兎里に押されている姿に、犬上もまた困惑していた。
しかし魔改造の末に脳筋で小難しいことを考えていない、返されても治せばいいし殴れるなら殴ってしまえという兎里と違い、彼女は騎士たちの命を回復魔法で繋げながらも黒騎士の魔法が兎里に効かない理由を真剣に考察していた。
黒騎士の魔法は、鎧が受けた傷を相手にそっくりそのまま返す魔法である。
なおかつその魔法の媒介としている鎧も彼女の魔法が形成しているものであり、鎧の上から攻撃を加えようとも魔力の形成する障壁を貫けずに鎧にしか傷を与えられない。
そして鎧が受けた傷は彼女の任意のタイミングでつけた相手に返される。
鎧が傷を受けるという段階そのものが『反転』の条件であるため、見えていない、不意を突く、感じることも難しい小さな傷など、意識できない攻撃というものであっても鎧に傷をつければ条件は整えられてしまう。
初見殺しどころか、真っ当な攻撃手段しか持たないものでは対策すら浮かばない、受身が基本となるが高い殺傷性を持つ魔法である。
また、彼女の魔法を構成する魔法の属する闇系統の魔法は、使い手によって様々な性質を帯びた魔力を闇の形に形成する場合がほとんどである。
これらは使い手によって性質は様々なれど、多くの場合質量を持つ魔力の物体として使い手の意思に基づき形を構成する。
黒騎士の場合は鎧だが、それはあくまで受けた傷を返す工程を効率よくするため全身をまとえる形を構成した結果行き着いた形の1つに過ぎない。
魔力で構成された黒騎士の鎧は、龍泉を貫いた鉤爪であったり、兎里の手を貫いた槍であったり、使い手である黒騎士の意思1つで多様な形状変化をとる。
ゆえに受身が基本とはいえ彼女自身が自ら攻撃を仕掛けるというのもないわけではなく、今も兎里を倒そうと腕を肥大化させたり蛸の足のように触手状にしたりしている。
だが、兎里の体に触れるたびにこの黒騎士の鎧が制御を失い形が崩れるのである。
黒騎士自身が動揺しているため、おそらく彼女も初めて見る事態なのだろう。
鎧は形を変えても本質である『受けた傷を与えた相手に返す』というものは全く変わっていない。
黒騎士が伸ばしてきた鎧の一部も傷をつければそれは与えた者に返されてしまう。
黒騎士の攻撃を殴って蹴ってではじき返している兎里だが、普通の打撃で弾いていてはその度に反転を受け身体中に打撲や下手をすれば骨折を追ってしまう危険な対応だ。
しかし黒騎士を殴った時もそうだが、兎里に対して黒騎士の魔法は『反転』させることができず、さらにはその身に触れてしまうたびに制御を失い形が崩れる。
だが、黒騎士の攻撃が一切通っていないかといえば、実はそうじゃない。
兎里の右手を貫いた一撃、あれは確かに魔法が崩れることなく兎里の身に傷をつけていた。
彼が治療のために治癒魔法を発動させるなりまた崩れたが。一瞬とはいえ、兎里に対して黒騎士の攻撃が初めて通訳した瞬間だった。
故に、例えば触れた闇魔法はことごとく消失するなどといった彼の特異体質であるという可能性はない。
兎里自身も黒騎士の魔法の影響を受けないことに困惑しているが、黒騎士の攻撃は騎士たちや2人の勇者同様に兎里にも通用するのだ。つまり、信じられないことだが彼はオーガではなくれっきとしたまともな人間であることの証なのである。
彼が黒騎士の魔法を彼自身もわからないカラクリでどのように破っているのか。
この時はなぜ兎里の体に攻撃を通すことができたのか。
そこに視点を当てれば、黒騎士を殴れるカラクリが解けてくる。
兎里と黒騎士の攻撃に倒れてきたものたちの違い。
1つ目は剣を携えて戦う騎士たちにたいし、兎里が徒手空拳で人外の暴れぶりをみせる特技『オーガ化』であること。つまり装備が違う。
しかし、斬撃だろうが刺突だろうが打撃だろうが、黒騎士の鎧は受けた傷をそのまま返す。使う武器が違うだけでは説明がつかない。
ただ、もう1つ違うものがある。
これは勇者&騎士たちと兎里というよりも、各個人ごとに違うものだが。
扱う魔法の系統である。
救命団に拉致された誘われた発端となった、兎里が素養を見せた魔法系統。
それは癒すという面に特化した『治癒系統』の魔法だ。
黒騎士の魔法をもろに受けてしまったものたちと、無効化してしまった兎里の決定的な違いは、扱う魔法に殺傷性の有無があるというものである。
兎里は常に戦場を駆け回り負傷者を治療するため、自らの体の疲労や怪我などを治し常に全快の状態を維持するために自らの体に治癒魔法を流している。
なおかつ、役割上その必要もないからというのもあるが、2人の勇者以上に敵に対する殺傷を避けている。
その結果、相手を殺さず無力化するために彼は治癒魔法を拳に纏わせて敵を攻撃するという治癒魔法の使い方に至った。黒騎士相手にもそれを実践しているだけである。
治癒魔法とは? と突っ込みたくなる使い方は兎も角。
黒騎士が攻撃を唯一通せた時、兎里は右手に治癒魔法を纏っていなかった。
そして、治療のために治癒魔法を流した直後に黒騎士の魔法は制御を失い兎里の右手から離れた。
それ以外の黒騎士の攻撃を受けた時には、彼は自身の体に治癒魔法を通していた。
治癒魔法を通して黒騎士の鎧に触れていた時、その魔法は制御を失い無力化されていたのである。
ここで改めて黒騎士の魔法についてその特性を考えてみよう。
黒騎士の魔法は鎧の受けた
これは使い手である彼女の心に起因するのだが、悪意や害意、殺意を向けてそれをふるってきた相手に同じ感情を突き返す魔法だ。
だから攻撃を受ければ相手に攻撃を返す。
しかし、兎里の攻撃は治癒魔法が通っている。
彼の出す攻撃は相手を結果的にではあるが、傷つけることなく無力化する攻撃である。
彼女の鎧は返すべき傷を受けると同時に治療されるため、相手にも傷が返せなくなった。これが黒騎士の反転が兎里に効かない理由である。
黒騎士の魔法の特性を考慮するならば、このままでは相手に治癒を受けたので治癒を返すという『治癒返し』になってしまう。
しかし、それでは黒騎士の鎧が治癒魔法に触れるたびに制御を失う理由までは解明できない。
その点を解明するのは、黒騎士自身のこの魔法の根源となった心を紐解く必要がある。
黒騎士の扱う闇系統の魔法は、その本質は違うが一般的には極めて殺傷性の高い魔法として扱われている。
なおかつこの系統の素養を持つものは魔族に限定され、そして魔族の中でも希少でそうは見られない系統だ。
故に差別や偏見の対象とされ、まっとうな人生を歩めるものは数少ない。
正しく認識すれば決して危険な魔法ではないのだが、そうした悪意に晒された闇魔法の使い手というのは高い確率で自身の魔法に対し攻撃的な性質を与えやすい。
敵意や偏見という悪感情ばかり向けられた子供がそれしか知らずに育つように。
闇系統の魔法の本質は、使い手の心情が現れた性質を持つ闇を形作るもの。
例えば闇系統の素養があるからという理由で魔物の蔓延る世界に捨てられた子供がいるとしよう。
獣が弱肉強食を形成する世界には温情などなく、生き残るためには文明で生きる魔族ではなく、この残酷な世界を生き延びるために獣として適応する力が求められる。
そうなればその使い手の闇魔法は『獣になりたい』という願いに反応し、使い手に獣のような能力を与え、特に環境に適応し憎しみ合う敵対者からすらもより高みへ至るすべを敏感に嗅ぎ取ってそれに適応することができる力を魔法の性質として宿すようになる。
黒騎士の場合もしかり。
彼女もまた差別の対象とされ、いわれのない悪意に晒されてきたから、向けられる悪意を受け入れず相手に突き返すという性質を魔法が帯びるようになった。
それが彼女の黒騎士の鎧である。
悪意に晒されてきた彼女はそれらを理解しているため、傷つけられた時の返し方がわかる。剣で切り裂かれようが雷で撃たれようが光で焼かれようが、傷つける奴らは拒絶しその与えられたものを突き返してしまう。
ここで治癒魔法の話題に戻るが、この系統は多様な性質を見せる闇魔法と違い『癒す』ことに特化した、1つの性質しか持たない魔法である。
しかし黒騎士は悪意や殺意を向けられることはいつもあったが、魔族にはない系統の魔法であるということも要因の1つではあるが『癒す』というものを向けられたことがない。
つまり、彼女は受けた『治癒』をどう返せばいいかわからなかった。
知らないものを返そうとしても混乱するだけであり、結果返すべきものがわからなくなった魔法は制御を失い形を崩してしまうのだ。
黒騎士の魔法が治癒魔法を帯びた兎里の身に触れるたびに制御を失い反転もできないのは、これが理由である。
黒騎士の鎧は魔力により形成されたものであり、無機物ではない。
よって治癒魔法の効果を受ける。
そして、兎里の治癒魔法も使ってしまえばその効果はなくなる。
すぐにかけ直すとはいえ、鎧が触れた直後の個所の治癒魔法はすぐに消えてしまう。
黒騎士が唯一攻撃を通せた兎里の右の掌は、直前に黒騎士の鎧を伸ばした攻撃を防ぐために触れており魔法が一時消失していたため、治癒魔法の効果を受けずにその身に傷をつけることができたのである。
そして、すぐにかけた治癒魔法でまた制御を失ったのだ。
冷静に相手の魔法の性質を見極めていれば、黒騎士も何故自分の魔法が効かないのかを理解し対抗することはできた。
実際、兎里の治癒魔法は鎧で触れてしまえば一瞬効果を失い攻撃を通せる。それこそ急所を撃って即死させることができれば、治癒魔法の使い手でも倒すことはできた。
だが、黒騎士は自身の魔法が効かない相手との戦闘というのが未経験であり、なおかつその性質から自身の魔法を絶対視していた。
要するに慢心し、それを砕かれた経験が不足していたため、冷静な判断力を失っていたのである。
結果、兎里の攻撃をもろに食らってしまった。
ここでいうもろにというのは、ぶん殴る際に治癒魔法が鎧に相殺されたことで純粋な打撃となった兎里の攻撃をその身に食らうということだ。
兎里は真っ当な人間人の皮を被った怪物だ。その拳を治癒魔法なしで食らう。
想像を絶する攻撃である。よく耐え抜き気絶しないと賞賛されるべきだろう。
犬上は兎里が治癒魔法を纏って殴りかかっていること、そのたびに黒騎士が反転させることもできずに鎧が崩れ攻撃を受けることから、兎里が黒騎士を殴れてなおかつ反転の影響を受けないことの答えにたどり着いていた。
魔法を知らぬ世界から来たというのに魔法を瞬く間に理解し、黒騎士の魔法のカラクリもすぐに見破った。
かつて日本では文武両道の完璧な生徒会長として活動していた天才というだけあり、洞察力と頭の回転は非常に優れているのだ。残念な人だけど。
「治癒魔法は傷を癒す魔法だから、受けた傷を条件に発動する黒騎士の鎧の魔法は治癒魔法を纏った攻撃を反転できない……
犬上のつぶやきを聞き取った騎士たちも、兎里と黒騎士の戦闘を見て合点が行く。
戦うすべを持たないはずの治癒魔法が、思いっきり戦闘に役立っているという謎な展開に驚きが隠せない。
果たして治癒魔法とはなんなのか?
拳に緑に光る魔力を纏わせて『これです』と答えるものがいたとしたら、それは頭がおかしい。
残念ながら、頭のおかしいその治癒魔法の使い方をしている人物は目の前にいる。
「治癒魔法は黒騎士の鎧と相殺され、残るのは……ウサト君の純粋な打撃だ」
「フン!」
「グアッ!?」
また黒騎士が殴られた。
もう足取りもおぼつかない。フラフラである。
鎧の形も戻せなくなり、もはや原型が崩れ始め闇魔法が形を失いドロドロと溶け出していた。
それでも、黒騎士は負けず嫌いな性分と精神力で意識をギリギリのところで保ち、膝をつかずに耐えていた。
「こんな……馬鹿な……」
そして、自分を襲う理不尽に逆上するように、その感情を爆発させて剣を振り上げる。
「お前があああ!!」
闇の魔法は使い手の心情に反映される。
お前のせいで負ける。そんなの嫌だ。こんな負け方してたまるか。
そんな癇癪を爆発させた黒騎士の感情に答え、形が崩れ始めていた魔力が振り上げた剣に集まると、その刀身を黒騎士の体格よりもなお巨大なものに変貌させた。
いくら今までの攻撃が効かなかったとはいえ、その巨大な凶器を見せつけられてはさすがに怖気付いて一瞬足が止まる兎里。
そしてそんな兎里めがけて、黒騎士が剣を水平に構えて剣先を兎里だけに向けると、不安定になりつつある鎧を鳴らしながら突っ込んできた。
「ウサト君!」
「心配いりません。次で仕留めます」
しかし救命団の過酷な拷問訓練を乗り越えてきた彼は、すぐに気を引き締め利き手である右の拳を握る。
もちろん治癒魔法も纏わせて。
そして向かってくる黒騎士に、真っ向から立ち向かっていった。
「うおおおおオオオッ!」
「うああああアアアッ!」
拳と剣が激突する。
それとともに、剣を形作る闇魔法が制御を失い崩れていく。
鎧自体の魔法も制御がきかず、ドロドロと溶け落ちる。
そしてその無防備となってしまった黒騎士に、兎里の治癒魔法の消えた拳が届く。
────ドパン!!
治癒魔法使いから縁遠いはずの音が響き、黒騎士の腹に兎里の拳が直撃した。
「ぐ……あ……」
黒騎士が意識を失い、鎧を形成する魔法が完全に解除される。
勇者も瀕死に追い込んだ黒騎士は、完敗した。
そして本来仲間の傷を治すはずの治癒魔法で自分たちを瀕死に追い込んだ彼女を倒した少年を見て、犬上はおもわず思った。
これはなんて、間違った治癒魔法の使い方なんだ──と。