あれ? 勇者ってこういうのだっけ   作:みども

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第8話

 竜という存在なら、魔王軍でも見たことがある。

 飛竜、というか空飛ぶトカゲだけど。『ワイバーン』という魔物の一種で、魔王軍において飼いならされている個体が多数おり乗り手の指示に従いともに戦場をかける。

 

 でも、ドラゴンとなると私は見たことがない。

 こっちの世界でもファンタジーだと思ってました。

 そして今、そのファンタジーが姿を現しました。

 意味がわからないって? うん、私も意味がワカラナイ。

 

 ……現実逃避してる暇はない。それは確かに姿を現した。なんの前触れもなく、いきなり。

 強烈な悪寒を発してきた圧倒的なその存在は、ワイバーンどころか森の木々なんぞよりもはるかに巨大なドラゴンでした。

 

 ドラゴンの実物なんて見たことないけど、前世では数多のファンタジーに登場してきた。

 夜の森に出現したそれは、まさにそのファンタジーの世界で語られてきた伝説の生物の姿そのものである。

 暗くて細部は確認できないけど、シルエットといいその巨体といいドラゴンそのものだ。

 あれの外見を説明しろと言われても、ドラゴンとしか言いようがない。

 

 サマリアール王国って、ドラゴンを生み出すことができるの!? 

 魔王軍でも野生に存在しない魔物を造る技術はあるけど、流石にドラゴンはない。

 いろいろ黒い歴史があるという噂を聞くサマリアール王国、まさかの辺境の地でドラゴンの研究をしていたとは。

 あれが野生の魔物とは考えられない。私の推測だけど、あの破壊の化身のような巨大生物は歴史も長いがその歴史において黒い噂が多くあることが魔族にすらも伝わるほどの不気味な国、サマリアール王国が生み出した戦略兵器である人造モンスターだと思うのですが。信じたくないけど、魔境でもないこんな場所にドラゴンがポッと出てきていいわけないし、兵器として作られた魔物と考える方がまだ納得できる。

 ……サマリアールって、リングル王国が反魔王軍連合の呼びかけをしている国の一つだよね? あんなの相手にしなきゃならないだとか、もう魔王軍辞めようかな。その選択肢ないけど。

 

 まだドラゴンは私たちには気づいていないみたいだけど、時間の問題だ。

 見つかっていないうちに逃げよう。あんなのは相手にできない。

 

 

「ブルゥ……」

 

 

 怯える三男の首を撫でて、宥める。

 今パニックに囚われて走り出せば、確実にあのドラゴンに見つかる。

 なんとなくだけど、あのドラゴンは自分以外のすべてに対する殺戮衝動に満ちた話の通じない存在に感じる。こういう手合いの魔物に限って、臆病な弱い魔物並みに生物の気配を敏感に感じ取るんだよね。

 臆病な魔物なら見つけ次第逃げ出すけど、こういう魔物は逆に見つけ次第まず逃げ道から塞いでくるひどい性格をしていることが多いのだ。

 ……あれ制御できているのか? 絶対兵器用とかには向いてないと思うけど。

 

 だから、見つかる前に多少時間がかかっても静かにその場を離れるのが得策。

 そう判断して、怯えて動けなくなる三男をゆっくり誘導して、静かにドラゴンから遠ざかっていく。

 本能は『今すぐ全力疾走で何もかも振り切り逃げろ!』と訴えているけど、それでは見つかってしまうから却下。一度でも見つかればあのドラゴンから逃げるのは容易ではない。向こうがどんな隠し玉持っているかも判明していないなら、避けるべきリスクは見つかることだ。

 

 ところがどっこい。

 結論いえば、私の本能が訴える警鐘の方が正しかった。

 

 ドラゴンの方に空気が流れていく。

 それがドラゴンの息を吸う行為によるもの、すなわちブレスの予兆だと気づいた時には、ドラゴンの口から火山の噴煙と見間違えるような巨大な黒い──というか紫色の煙らしきものが噴き出したかと思いきや、それがこっちに降り注いできたのである。

 

 ヤバい。

 何がヤバいって? 

 あれは触れちゃいけないものだ。そう本能が全力で訴えてくる。

 防ぐとかいう考えなんか思いつかなかった。

 

 

「逃げて!」

 

 

 咄嗟に私は足がすくんで動けない三男の巨体を雷魔法を流した脚で蹴り飛ばす。

 怪我をしかねない威力の蹴りだけど、そんな気遣いをする余裕もなかった。

 とにかく恐怖に身がすくんで動けない家族をあのドラゴンのブレスから助けなきゃいけないということしか考える余裕はなかった。

 

 三男を避難させ、私も離脱しようとした。

 けど、一足遅かった。

 三男を避難させた時には、もうブレスは降り注いできていたから。

 

 頭上から降り注ぐ質量の塊が破裂した直後、私の視界は真っ赤に染まった。

 

 

「────!?」

 

 

 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛イ痛イ痛イ痛イ痛イイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!! 

 ブレスを食らった直後に、身体中を激痛が走り。目から、鼻から、耳から血が吹き出てきた。

 耐えきれずに悲鳴を上げようとしたけど、私の喉からは何の音も出なかった。

 

 喉が震える感覚も感じないし、悲鳴だけじゃなくて音そのものが消えたよう。

 視界が血の色で染まったわけじゃない。聴覚も多分、そう。今のブレスで私の感覚がイカれたんだ。平衡感覚もイカれているのか、天地がひっくり返ったような感覚に陥る。

 とてもじゃないけどまともに立ってなんかいられない。身体中を走る激痛もあり、その場に思わず倒れこむ。

 視界が黒と赤で点滅している。喉だけじゃなくて、体の感覚のほとんどが気の狂いそうな激痛を訴える痛覚以外麻痺しているかのように地面の感触すら感じなくなっている。

 

 今のドラゴンのブレスが原因、だろうね。見るからに毒々しかったし。

 って、それより痛い。この身体中を走る激痛で、もうまともな思考がどこかに吹っ飛びそう。この痛みから抜け出せるなら何でもするから、誰でもいいから助けて! 

 

 ドラゴンの放ったブレスにより、木々が、地面が、その場に存在していたあらゆる命が瞬く間に命を摩耗させ朽ちていく。

 一瞬にしてブレスの降り注いだ場所は死の世界へ早変わりした。

 その中に取り残された私も、周囲の木々のように体が表面より腐り落ち朽ちていく。

 木々よりも朽ちるのが遅くその形を何とか保っていたのは、人間よりもはるかに強靭な魔族の肉体があったからこそだ。前世の時のように人間の身で直接喰らおうものなら、瞬く間に骨も残さず腐り落ちただろう。

 

 そして永き時を経てとある吸血鬼の魔物によって復活した古の時代の伝説にすら語られることの許されない怪物『邪龍』は、そんな己の破壊の一端に巻き込まれた矮小な生物のことなどには目もくれず。

 ただ復活して最初に対峙することとなった、己を封印した存在と同じ匂いを感じる忌まわしくも矮小な『敵』のみを見据えていた。

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