あれ? 勇者ってこういうのだっけ 作:みども
最初に訂正するが、名も無き魔族の騎兵の見たドラゴンだが、これはサマリアール王国の人造モンスターではない。そもそもそんな技術がある国がいたとすれば、それは世界をすでに飲み込んでいただろう。
魔物を人工的に造る技術は現在となっては魔族の特権であり、サマリアールにはドラゴンは当然ながら人に害をなすこともできないような弱小モンスターの一つを作る術すら存在しない。
そして仮にその技術があったとしても、この龍を使役することなど決して出来なかっただろうし、この時代においてその骸を再び現世に蘇らせることもできなかった。
二対の神龍の片割れ、暴虐と破壊の化身。
その猛威を世界に振るい古の時代の国々を次々と滅亡させ、サマリアールをも滅ぼそうとした存在。
その存在は、伝説にもほとんど名を記すことはない。
しかし、かつての戦争において勇者以上に畏怖を轟かし魔王以上に世界に破壊をもたらした。
──その名は『邪龍』。
人知れず永き時を生きてきたネクロマンサーの手によって再びこの世界に現れた、最凶にして最恐の怪物である。
「ヴギュォワアアアアア!!」
たとえ骸と成り果てようとも、その存在の前にはあらゆる生命は己の矮小さを知ることになる。
人間も、魔族も、獣人も、そして魔物さえも。
雑多な有象無象如きとは格が違う。
巨大な一つ目の龍は、己の復活を世界にはびこる有象無象に対して知らしめるかのように、世界の果てまで届くと錯覚してしまうほど悍ましく巨大な咆哮を夜の帳に覆われた空へ向けて轟かせた。
名もなき魔族の戦車乗りがその巨大な存在を目にし、そして毒のブレスを受けたて倒れた時。
魔族である彼女も一瞬で逃走の選択肢を選んだその存在に立ち向かうものたちがいた。
人間の騎士と、獣人の少女と、青毛の熊と、白服のオーガのような人間人間のようなオーガで構成される、種族の壁などに囚われない様々な面々で構成される一団だ。
彼らは本来、魔王軍に対抗するための連合軍結成の呼びかけのための書簡渡しの旅の途中である。それがどうして邪龍とことを構える事になるか。それを説明するには、少し時を遡ることとなる。
彼らの目的は、魔王軍に対抗するための連合軍を結成する事にある。
そのための協力をこう書簡をリングル王国より託され、周辺諸国に渡すために同郷の2人の勇者らとともに彼らは旅立った。
そしてルクヴィスを訪れて、大陸最高峰の魔導学園都市より連合軍参加に対する了承の返答を得てから、一行は3つの国に向けて別れた道を歩むこととなった。
光の勇者である龍泉はニルヴァルナ王国を目指して。
雷の勇者である犬上はカームヘリオ王国を目指して。
そして救命団副長である鬼兎里はサマリアール王国を目指して。
彼らはそのサマリアール王国へ向かう途中にて、ある村に立ち寄る。
そこは、ネクロマンサーという死体を操る術を駆使する人型の魔物によって孤立させられた村であった。
行きずりの者を巻き込みたくない村人たちは当初そのことを隠していたが、ゾンビに襲われていた所を兎里に助けられた村娘のネアから彼らは真実を聞かされることとなる。
村の窮状を知った兎里は多少ラブコメっぽい展開も挟みつつも、ネクロマンサーに対しプッツンとなりその魔物をぶん殴ることを決意。
相棒であるブルーグリズリーの子供の『ブルリン』、護衛の騎士でありゾンビに有効な炎の魔法を得意とする『アルク』、とある事情を抱えて獣人の国からリングル王国に来た未来予知の希少な魔法を駆使する幼女少女『アマコ』、そして村の男衆たちとともにゾンビに守られるネクロマンサーの館にカチコミを敢行した。
その結果どうして邪龍がゾンビとして蘇ったのか。
答えは、邪龍の骸はネクロマンサーが切り札として館の地下に保管していたものだからである。
村の窮状を生み出した元凶である魔物、吸血鬼とネクロマンサーの混血という真の姿を見せたネアは、吸血鬼の魔法によって村人たちと罠にはめたアルクを操り、兎里たちと対峙した。
兎里はネアの操る村人たちとアルクを治癒魔法を駆使した多様な攻撃によって結果的に──そう、あくまで結果的にだが無傷で全員制圧した。殴ったり魔力を投げつけたりと、散々人間離れした大立ち回りをして。治癒魔法の使えるオーガだし、人間離れしているのも納得できる。
そして残すはネアだけという局面に至って、彼女は切り札である邪龍を復活させたのである。
そのあまりの悍ましさと恐ろしさから、伝承からほとんど姿を消した存在である邪龍。
二百年以上の月日を生きてきたネアが生まれるよりもさらに遙か昔、サマリアール王国の地にて当代の勇者によって封印された存在。
不完全な形ではあるが明確な復活を果たしたその龍は、最初の獲物となる矮小な存在にかつて己を封印した存在の纏うこの世界にはない『匂い』を感じ取っていた。
狡猾な邪龍は、滅ぼす相手に逃げ道など与えない。
深く息を吸い込むと、動植物関係なく全ての命を腐らせるブレスを兎里たちをあえて狙わずにその背後へ向けて放つ。
最初の一発にて本来は何の関係もなかったはずの完全な巻き添えを食らった魔族がいたことなど、彼らは知らないし邪龍にとっては何の興味もない事柄。
やってられるかと自慢の脚を頼りにちゃっかり邪龍の肩に乗るネアを煽って逃走を図ろうとしていた兎里たちは、続けて放たれた邪龍のブレスにより死の結界を張られ逃げ道を塞がれることとなった。
邪龍が見据える敵は1人だけ。
かつて対峙した矮小な人間風情が己を封印して見せた。
今も体の奥に突き刺さるあの刀を持っていた勇者と同じ匂いを持つ少年である。
あれと同郷だというならば、例え刀を持たずとも、例え背格好が違おうとも、例え年齢が違おうとも、例え青毛のクマを従えていようとも、例え人間ではなくても、須く無条件で破壊しなければ気が済まない敵だ。
すでに朽ちているはらわたが煮え繰り返るような怒りと、あの男と同じ世界のものを殺す機会が最初に巡ってきたという喜びを一つ目に宿し、邪龍はその敵を見据える。
そして、邪龍によって退路を絶たれた兎里。
ブルリンはまだ平気そうだが、邪龍の放ったブレスの影響を受けたのかアマコの体調が優れない。
アルクさんも気絶してしまったままだし、彼にもこのブレスの影響が及んでいる可能性が高い。
逃げ道がない以上、彼には戦って邪龍を殴って倒す選択肢しかなかった。いや、他にもっとまともな選択肢はあるはずだ。何故そうなる。
「ブルリン、2人を頼む」
「グルァ」
アルクとアマコを背負ったブルリンが、兎里に返事をする。
青い顔をしながら、1人で邪龍に立ち向かおうとする兎里に、アマコが心配そうに声をかける。
それに応えるように、兎里はアマコの肩に触れて治癒魔法をかけつつオーガらしくない優しい表情で安心させるように言った。
「ウサト……」
「心配いらない。殴ってみて倒せるかどうか確かめればいいから」
「まず殴って判断するのはやめよう」
治癒魔法のおかげで少し元気になったアマコが冷静に突っ込む。
兎里も自分の異常な考え方に対して自覚があるのか、優しい笑顔が苦笑いになってしまった。
しかし彼は立ち向かう選択肢を曲げるつもりはない。
根は一応平和主義者であるため決して戦闘狂というわけではないが、それでも龍を相手に殴りかかろうという判断をするあたり相当な脳筋である。そんなもの今更だろう。
「さあ、ウサトを捕まえなさい!」
邪龍の肩で一気に形勢が逆転した事に嗜虐的な笑みが止まらないネア。
そしてそのネアを肩に乗せ、兎里を見据える1つ目の怪物。
「まずは殴る。それからだ!」
白の団服を靡かせ、その強大な存在へと兎里はたった1人で立ち向かっていった。
いかに復活を果たしたものの不完全で全盛期には程遠い存在といえど、いかに救命団にて肉体と精神を鍛え抜き戦争も生き残り乗り越えてきた兎里といえど、弱って尚この世界において頂点の一角に君臨する邪龍に1人で立ち向かうなどただの自殺行為だ。
戦いは当然一方的なものとなるだろう。
──だが、不確定要素というのはどこに転がっているかわからないもの。
この時、彼らの意識の埒外よりその戦いに乱入を仕掛けようとする存在があった。