あれ? 勇者ってこういうのだっけ   作:みども

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第11話

 兎里の拳が、サイの魔物により破壊されひび割れていた邪龍を鱗を砕いた。

 突如として乱入した魔物の突進、そして脆弱な人間の拳。全盛期であれば取るに足らない雑魚の攻撃であったが、朽ちた邪龍の龍鱗は本来の堅牢さを発揮できず、これらの攻撃を肉に響かせることを許してしまった。

 

 一度朽ちた後にネア──ネクロマンサーの手により再誕を果たした邪龍の肉体は、純粋な生物ではなく不死種のそれである。

 長年の封印が魂を摩耗させ、未だに命の灯火が尽きていないもののカテゴリ的にはゾンビと同様の存在に堕とされた邪龍の肉体は、すでに治癒魔法の効果を受け付ける存在ではなくなっている。

 そのため、兎里の治癒パンチは纏った魔法を使うことなく、邪龍の肉体に対して純粋な打撃として突き刺さった。

 

 邪龍にとっての不幸は、ネクロマンサーの力によって呼び起こされた為に本来の力がほとんど発揮できない脆弱な存在として再臨を果たしたこと、その猛威を振りまいていた時代から進化を遂げた世代の魔物の突進攻撃を受けてしまったこと、そして喧嘩を売った相手が矮小な人間ではなく治癒魔法を間違った方向に進化させたオーガ異世界人の兎里が相手だったことだろう。

 相手も自らの肉体も現状というものが理解できていなかった。

 邪龍とてバカでは無い。むしろ、創生の時代から生きる片割れの龍、その年月に見合う知性と狡猾さ、残忍さといったものを持ち合わせている存在であった。

 だが、長き時は生命の知の分野の源である『脳』をも腐敗させており、加えて兎里から感じた己を封じた相手と同じ匂いを発する存在というものに対して湧き上がった怒りにより、邪龍はその知性を発揮しきれなかった。

 ネクロマンサーによって甦らされたゆえの弊害と言える。それにとらわれ、己の弱体化と敵の強さを明らかに見誤っていた。

 

 

「ヴキュオゴオオオォォォ!!」

 

 

 兎里の拳はよほどの効果を発揮したらしい。

 邪龍が明らかに苦痛に呻く類の悲鳴を天に向かって上げる。

 その口からは毒気を帯びた息が漏れるが、ブレスほどの勢いはなく制御できない物を口から垂れ流しているような無様な姿だった。

 

 しかし、毒気を帯びていることに変わりはない。

 彼らの頭上に降り注いで来ないだけマシだが、いつまでも吹かせていていいものでは無いだろう。

 阻止こそできたものの、あれがまともなブレスとしてネアの根城としていた館──村長たちのいた場所に放たれていたら、想像しがたい地獄絵図が作られていただろう。

 間一髪で回避できたその愛悪の結末が脳裏をよぎり、兎里は額に冷や汗を一筋流した。

 

 そして、それと同時に思う。

 さっきのブレスは、兎里1人では防ぎきれなかった。

 突如として現れた謎の魔物、あの犀みたいな魔物が邪龍の体に傷を入れなければ止められなかった。

 

 そういう意味なら、彼は恩人といえる存在だ。

 ブルリンという前例があったことから魔物に対して一定の理解のある兎里は、その恩人といえる存在の犀の魔物の方を見る。

 

 

「ブルオオォォオォォ!!」

 

 

 しかし犀の魔物はといえば、兎里など一切眼中に入れず咆哮をあげると、痛みに呻く邪龍にまるで親の仇と言わんばかりに雷を纏った突進攻撃を再度食らわせようと駆け出していた。

 

 邪龍がその足音に反応し、眼下を疾走してくる魔物を睨みつける。

 自身より強い相手には基本的に喧嘩を売らない本能が勝るはずの魔物だが、犀の魔物はそんな威圧ごときで止まるか! と言わんばかりの気迫で、足を止めることも怯えるそぶりもなく邪龍めがけて突撃していく。

 

 思わぬ邪魔者の乱入、それも本能的に彼我の強弱など分かるはずの存在の無謀ともいえる突撃は、しかし邪龍の意表をついたらしくむしろ邪龍の方が一瞬ひるむそぶりを見せる。

 そして、その一瞬を犀の魔物は見逃さなかった。

 

 

「ブルオオォォオォォ!!」

 

 

 雷を纏った突撃が、邪龍の右の前足を捉える。

 直撃とともに雷鳴が轟き、鱗を、肉を、骨を打ち砕いて邪龍の片腕を粉砕して見せた。

 

 

「ヴキュオゴオオオォォォ!!」

 

 

 やはりゾンビと化した肉体でも、痛覚はある様子。

 身体の欠損という損傷を受け、邪龍が苦悶の咆哮をあげる。

 そして、邪龍の目は己の仇の同郷ではなく、明確な脅威として犀の魔物へと移った。

 

 

「グギギ……ギザヴァアアアアァァァァ!!」

 

 

 邪龍がその目に怒りを浮かべ、残った方の前足を振り下ろす。

 それを犀の魔物の方は猪突猛進、ひたすら敵に向けて前進を続ける突撃で真っ向からぶつかっていく。

 体格差は圧倒的だというのに、邪龍の前足は犀の魔物を押しきれず、その力は拮抗した。

 

 

「ブルオオォォオォォ!!」

 

 

 だが、その拮抗は唐突に崩れる。

 四肢と全身を使い全力でぶつかっていった犀の魔物と、片腕一本で鬱陶しい害虫を潰すように足を振り回した邪龍。その勝敗は、気迫で勝っていた犀の魔物に軍配があがる。

 ひときわ大きく咆哮を上げた犀の魔物が、邪龍の前足を押しのけついにはその凶悪極まる攻撃を真正面から跳ね除けたのである。

 

 そのまま突撃し、邪龍の肉体にさらなる一撃を穿つ。

 咄嗟に上から嚙みつき攻撃で対抗しようとした邪龍だが、それを正面突撃で図体に似合わない加速のついた速さにより置いて行くように躱した犀の魔物は突進攻撃を邪龍の胴体に叩き込んだ。

 

 

「ガギャヴギギガァアアアアァァァァ!!」

 

 

 四肢の踏ん張りも効かず、邪龍の肉体が揺らぐ。

 犀の魔物は突進攻撃によってついには邪龍の体勢すらも崩して、その巨体を転倒させてしまった。

 

 

「ギヴルルグゥ!!」

 

 

 だが、邪龍の方もただで倒れてやることはしなかった。

 倒れる最中において、正面しか向いていない犀の魔物めがけて自らの身体で作った死角から振り回した尻尾を叩きつけたのである。

 

 

「ブヴッ!?」

 

 

 防御も回避も考慮せずひたすら前進あるのみだった突進攻撃に全力を注いでいたこともあってか、犀の魔物はその一撃を受けてしまう。

 犀の魔物にとってその一撃は強烈だったらしく、一撃でその身体を吹き飛ばされてしまった。

 邪龍と違い、悲鳴すらかき消されて地面に叩きつけられる犀の魔物。

 その犀の魔物に、起き上がった邪龍が前足を振り下ろす。

 

 

「ヴァギャグヴォゴァアアアアァァァァ!!」

「ブオオオォォォ……!」

 

 

 邪龍の足に踏みつけられ、犀の魔物が悲鳴をあげる。

 邪龍は悲鳴をあげるその魔物を見下しながら、よくもコケにしてくれたなと言わんばかりの怒りを感じる咆哮を上げた。

 

 

「な、なんなんだよ……」

 

 

 その様子を見ていた兎里は、困惑するばかりである。

 ネアが気絶した現状、邪龍の様子を見る限り彼女の制御下に無いのは明らかである。

 いくらポンコツで残念な彼女といえど、流石に己の住処にしている館を破壊しようとなんて考えないだろうし。村人の虐殺を無意味に行うこともしないだろう。

 何より、邪龍の目には明らかに自我といえる感情の灯が光っているように感じる。

 ……もっとも、ロクでも無い感情のようだけど。

 

 一方の唐突な乱入者は、兎里のことなど眼中になさそうである。

 そして、邪龍の意識も兎里から犀の魔物の方へと完全に移っていた。

 犀の魔物が何者かはわからないが、邪龍とあの魔物が争っているうちにアマコやアルクさん、村人の皆さんを避難させたほうがいいかもしれない。

 

 

「いや、今のうちにみんなを逃がさないと……!」

 

 

 救命団の一員として果たすべき使命と、乱入者によって作られたチャンス。

 兎里は今するべきことを冷静に判断して、動こうとする。

 

 

「……けどなぁ」

 

 

 だが、その足は一歩目で止まってしまった。

 

 頭では理解しているつもりだ。

 あの魔物は別に兎里を、村人たちを邪龍から助けたわけじゃ無い。

 結果的に助けたというだけで、あの魔物はなんの理由かわからないけど邪龍に対して無謀な挑戦をしているだけであった。

 兎里はただ、同じ敵と戦っていただけの存在。眼中にもなかった様子なのだから、恩義なんか感じる必要も無い。

 

 しかし、兎里の足は止まってしまった。

 救命団としては、この状況を利用して助けるべき人を助けなければならないところだ。あの魔物が死んだとしても、兎里たちにとってデメリットは無い。無い、はずなのだ。

 それでも兎里の目には、勝てるはずの無い邪龍に何か理由があるのか無謀とわかっていても感情を任せて挑みかかるその犀の魔物がかつて巨大ヘビの魔物に両親を殺されその敵討ちに挑んだブルリンに重なって見えてしまった。

 

 あの犀の魔物は、明らかに邪龍に対して怒っている。

 それこそ、自身の命を危険に晒しても構わないほど、深く激しい怒りを感じる。

 邪龍相手にボコボコにされているというのに、それでも邪龍を見上げる目だけは決して屈しないという強い意志を宿しているように見える。

 

 

「やっぱり、認めたく無いんだよなぁ……」

 

 

 助けるべき人を危険にさらして、助けなくてもいい相手を助ける。

 我ながら救命団失格だなと、内心自嘲しながら。

 兎里は白い団服を靡かせて、アマコたちに背を向けた。

 

 

「ブルリン、いいよな!?」

「グアァ!」

 

 

 そちらの方には目を向けず、相棒の魔物に尋ねる。

 訊いた内容は、アマコたちを引き続き守っていて欲しいというもの。

 それに対し、兎里の言葉を理解してくれる勇敢なブルーグリズリーの子供は、任せておけと言わんばかりに返事をしてくれた。

 

 なら、任せよう。

 拳を握る兎里の口元に、相棒への信頼と感謝からくる笑みが浮かぶ。

 救命団員として間違った選択だけど、仲間は許容し尻拭いを約束してくれた。

 これで後顧の憂なし。

 

 

「行くぞトカゲ野郎! そのゲスな足を退けろオラァ!」

 

 

 次の瞬間、兎里の笑みは引っこみ代わりに鬼の形相が浮かび上がる。

 そして犀の魔物をいたぶるあまりこちらを無視していた邪龍への顔面に向けて飛び上がり、強烈なストレートをだらしなく開いた顎へと叩き込んだ。

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