あれ? 勇者ってこういうのだっけ 作:みども
どうも、無名の魔族です。
何故って? 今世の親に捨てられたから。前世の名前はあるけど、今世は名付けられてない。だから名前のない魔族、名無しの魔族なんですよ。
名前があったところで腹がふくれるわけでもないし、魔物との戦いに役立つわけでもないけどね!
とはいえ魔王軍に入った以上は、さすがに名無しというのは不便だったので上官にも覚えやすかったから『
略してチャリオットとかライダーとか、あとは繋げて『チャラいダー』とか呼ばれている。
私は結構『チャラいダー』を気に入っている。
チャリオットは魔王軍から支給されたやつです。
ワイバーンとかクマの魔物とか狼の魔物とか飼いならしている魔王軍において、魔物使いの魔族というのは珍しくもないらしい。
このサイの魔物を飼っている魔族というのはいないらしいけど。
だから、多少の改造は必要だったとはいえチャリオットを用意してもらうのは簡単だった。
今のところ荷物の運搬が主な任務だけど、1度に物資を運搬できる量は陸路ならという制限がつくけど最大量である。
まあ、支給されたチャリオットが戦闘仕様なので実際は思いっきり戦闘に参加する兵士なんですけどね。
前半生は野生で生きてきたので学はありません。会話はできるけど、こっちの世界の文字とか地理とかの知識は皆無。魔法だって独学だしね。
なのかは知らないけど、突撃するしか能の無い猪武者みたいな評価を受けています。
しかも実戦経験ゼロの血の気だけ多いという。
……私、そんなに凶暴に見えますか?
まあ身体中傷だらけだし、お世辞にも育ちのいい雰囲気なんかないけど。
これでも野生で生きていた頃よりばだいぶまともになった方だぞ。
前世の分の人生もあり、血気盛んな若武者なんぞよりは落ち着きのある魔族だと自分を評価している。
「……おっそ。橋一本立て直すのに時間かかりすぎでしょ」
第2軍団から派遣されてきたとかいうあの黒い全身鎧を纏った将『黒騎士』殿ほどやる気がないというわけでもないけど。
再建作業を急ピッチで進めている現場に来て、指示を出すわけでも激励するわけでも罵倒をするわけでもなく、ただ文句だけ残して帰って行ってしまった。
……何しに来たんだ、あの方?
橋壊した犯人を見てブチ切れていた第3軍団長殿は、あの襲撃事件の後対岸の見張りを3倍に増やして厳戒態勢を敷いていた。
リングル王国の方にも偵察部隊を放ち、向こうの動向をつぶさに観察しているらしい。
橋の建造も倍の速度と強度で進めろというデタラメな注文がつけられ、それに失態を挽回したがる部隊長が応じたおかげで、昼夜問わず魔王軍は働き詰め状態である。私はさっきまで家族たちに無茶させて不眠不休でチャリオットを走らせました。
運搬任務が終わったから家族たちは休ませることができたけど、私は休憩無しで橋の組み立て作業を進めています。
……戦の前に倒れそう。
「偉そうに……闇魔法を使う輩はやはり心も歪んでいると見える」
文句だけ言って去って行った黒騎士殿に対し、部隊長が文句をたれた。
他所の軍団の将ということもあり、建設を進めるほかの兵士たちも各々黒騎士殿にはいい感情を抱いていないらしく、一様に表情が歪んでいる。
……気持ちはわかるけど作業に集中しようよ。あんなの無視するに限るって。腹立てるだけ体力の無駄。
「おい急げ! さっさと橋を組み立てろ!」
部隊長が八つ当たりのように怒鳴り散らし出した。
不眠不休で作業していることもあり、兵士たちの不満がより一層募る
ほら言わんこっちゃない。
もはや橋の建設部隊のテンションはただ下がり状態であった。
対岸の警備をしている部隊はピリついているし、本営の部隊は手持ち無沙汰で本来ならすでに始まっているはずの戦に向ける熱意のはけ口を探すのに苦労しているようだし、建設部隊はテンション最低だし。
完成間近だった橋を壊された影響で、魔王軍全体に不穏な空気が満ちていた。
……一兵卒の名無し魔族には関係ないけど。
そして当初の作業が順調だったために本来の予定より1日早まるはずだった橋の完成は、結果的には4日も遅れることとなった。
「全軍、前進だ!」
橋の完成とともに軍団長が全軍に対し進軍を命じる。
目指す戦場はリングル王国軍が出陣してきた平原地帯である。
数に勝る王国軍は先に戦場に到着しているため地の利は向こうにある。だが、魔族と人間の身体能力には少なくない差があり、正規軍だろうが豊かな大地で衣食住に困らない生活で育ってきたような腑抜けどもが相手である。質ではこっちが圧倒的に上だから、戦力的にはむしろこっちが上と言えるほどらしい。
そんな相手だからか。それとも侵略戦争で士気が高ぶっているのか。橋の建設で疲労困憊となっている部隊もあるけど、魔王軍の士気は全体的に高い。
そして今回の侵攻に際して第2軍団から派遣された『黒騎士』と、末端までには詳細が来ていないけどこの軍には何やら秘密兵器もあるとのこと。
負ける要素の方が少ない。
魔王軍の面々は勝利を信じていた。
……末端の一兵士である私には、最終的にリングル王国を打倒し占領できるというならこの初戦の勝敗はさして興味のある事柄でもないけど。
こうして魔王軍第3軍団はリングル王国軍約1,500が待ち構える平原地帯に到着した。
1,000対1,500。数は王国軍が上である。
……いや、橋を壊された時溺れた兵士もいるのでこっちは実際にはもう1,000人割っているけど、約1,000である。
こうして無名の魔族こと、人間だった前世持ちの戦車兵は初めての戦に臨むことになった。
殺し合いは今世の幼少期から散々してきたけど、戦争というのは初めてです。
平原の向こう側には、すでに集結した王国軍の姿がある。
大規模な魔力が動いている。こっちの布陣が整う前に仕掛けるつもりらしい。
「ま、まずい! 遅れをとるな、我らも突撃するぞ!」
待ち構えられていることをすかさず察知したのだろう。
中央の魔王軍の突撃と王国軍の攻撃の前兆を見た部隊長が、陣形も整わないままに突撃の号令をかけた。
それとともに魔王軍が一斉に王国軍の陣地目掛けて走り出す。
……空気が重い。
あわよくば敵将の首を取り特別ボーナスを勝ち取りたいところだけど、生き残ることを第一に考えたほうがよさそうだ。
というか、生き残ること以外は考えている余裕もなさそう。
『放てェェェェェェェ!!!!』
そんな号令の雄叫びが聞こえてきた気がした。
「やばっ!」
急いで雷魔法を展開させチャリオットを引く家族を守る。
周りの友軍? そんなのかばっている余裕はない!
直後、歓迎するぞと言わんばかりの大量の魔法が雨あられと王国軍から放たれ魔王軍に降り注いできた。