あれ? 勇者ってこういうのだっけ 作:みども
既に死んだから私はもう興味は無いけど、このドラゴンは結局何だったのでしょうか?
此処はサマリアール王国の領土のはずだから、魔族がバルジナクをはじめとする魔造モンスターなどを戦力として有しているのと同じようにこのドラゴンはサマリアール王国が開発した魔物兵器の類だと思ったのですが、それではドラゴンが兎里と交戦した理由がわかりません。
軍団長から聞かされた話では、リングル王国が魔王軍に対抗するための連合軍結成のために勇者達を使者としてニルヴァルナ王国やサマリアール王国に派遣したということだったはず。それを考慮すると、ドラゴンがサマリアール王国の魔物兵器だとするならばリングル王国から派遣された正式な使者に当たる勇者である兎里と交戦する理由がわかりません。
可能性を上げるとするならば、試作品をこの地に放棄しておりそれと交戦することとなった場合、暴走し制御ができなくなった個体であった場合、サマリアールがリングル王国と戦争状態になった場合などでしょうか。
もしくは、私の想定がそもそも間違えであり、このドラゴンは野生の魔物だった場合。
……いきなり現れたし、こんな怪物に他の個体がいるということは想定したくないので、願望も込めて野生の可能性は低いと思いたいのですけど。サマリアール王国が飼いならしているなら被害を受けるのは魔王軍だから私にとってはどうでもいい事になるけど、野生にこんな化物がいるのは勘弁願いたいです。今回はドラゴンも殴り倒してしまうオーガ種特異個体の兎里と共闘して勝利できたけど、こんな化け物と何度も対峙するのは流石に嫌なので。
絶命したドラゴンの骸を見ながらそんなことを考えていたところ、仲間達からのいじりは一通り済んだのか兎里が声をかけてきた。
内容は以前どこかで会ったことがあるのか? というもの。おそらく、兎里の名前を私が一方的に知っていたから気になったのだと思われます。
「ところでさ、僕たちって前にどこかで会ったことある?」
「……無い」
兎里の質問に、一瞬迷いながらも心当たりは無いと返答した。
実際は顔と名前と大まかな人柄などを知っている程度の面識はあるけど、私にとってそれは前世の話だし今世は魔族と異世界から召喚された勇者という接点が無い関係なので。
兎里は自分の方が一方的に忘れてしまっていただけとでも考えていたのか、私の返答に対して驚きと困惑の混じった、悪く言えば間抜けなツラを見せた。
あれ、そうだっけ? じゃねえよ、今世では私たちは初対面だよ。
ドラゴンを素手で殴り倒したオーガ勇者とは思えない間抜けな表情に反射的にそんなセリフが出そうになった。
……出さないけど。
「初対面にしてはかなり馴れ馴れしいみたいだけど」
「おや、初対面だったのですか」
そして兎里の連れの獣人と人間は、私の言葉にそれぞれ反応を示す。
アマコは初対面にしては馴れ馴れしいと警戒するような目を向け、アルクは仲良しにでも見えていたのか初対面だという事実に意外だったという反応をした。
しかし初対面だった事実を聞いてからも、既に敵とは認識しなくなっているのか敵意は向けてくる様子が無い。
あくまでサマリアールではなくニルヴァルナにおける妨害工作を任務にしているので、私の方には争う理由が無いからこちらから敵意を向けていないというのもあるかもしれないけど。
アマコの警戒心も、魔族である私という存在そのものに対してよりも兎里との初対面なのに初対面に見えない第三者からすればおかしく感じる距離感に対するものみたい。
兎里を信頼しているから、彼に近づく相手を警戒しがちになる様子。兎里を案じているのと、やきもちを焼いているのが半々といった感情と表現するのが適切かもしれない。
「だいたい、初対面なのに何でウサトの名前を知っているの?」
そして、兎里の隣から一歩出てこちらに近づいてきたアマコが馴れ馴れしいと感じられる最たる要因、初対面なのになぜ名前を知っているのかについて尋ねてきた。
確かに、私はここで予期せぬ再会を果たすまで兎里がこの世界に来ていたことなど知らなかったし、魔王軍にリングル王国には白服の治癒魔法を使う化物がいるという話はあったが『兎里』の名前は知られていなかった。初対面の私が兎里の顔と名前を知っているのは、不自然に思える。
「……勇者を召喚した情報は魔王軍も把握しているから」
当初はドラゴン討伐までは行かずにどさくさに紛れて離れるつもりだったので、これについては適切な言い訳を考えていなかったため、適当なことを理由にして誤魔化しました。
リングル王国が勇者を召喚し前回の侵略戦争を退けたということを魔王軍が把握している事に関しては、事実。末端の身なので上層部が把握しているかどうかはわからないけど、名前を魔王軍全体が把握しているというのはウソですが。
そのため、名前を知っており初対面なのに顔と一致する事について突っ込まれると厳しいです。
すると、兎里達はこちらの懸念とは裏腹に意外だという表情を一同浮かべる。
一瞬、私の答えに困惑するような反応を見せ、そして何故か兎里はげんなりとし、アマコとアルクは「あー、なるほどね……」とでもいいたげな苦笑いを浮かべた。
この反応は予想外です。
兎里は納得していない様子だし、アマコとアルクの反応もどこか不自然に見えます。
事実と異なるがそう評価されても仕方が無いとでも言いたげな雰囲気。
私の答えが事実と異なっていたのでしょうか? まさか、兎里は一見勇者みたいだが実は勇者じゃ無い、などというわけでもないでしょう。それでは『普通の人間』というカテゴリとなり、ドラゴンを素手で殴り倒せる説明がつかないです。
それならまだ私と同様に『転生』して別の種族としてこの世界に生を受けたという方が納得できます。
「僕は勇者じゃないよ」
「……は?」
ところが、兎里の口から出てきた言葉はそれはないだろうと否定したものでした。
聞き間違えたのではないかと、私は一瞬兎里の答えを受け止められなくなりました。
「そうなるよね」
「ウサト殿はウサト殿です」
私の困惑が予想通りだったのか、アマコとアルクはむしろ納得できるというかのように頷いている。
……いや、アルクの方は若干違うかもしれない。
2人の反応から、どうやら兎里は勇者ではないらしい。
だが勇者ではないというなら、兎里は『普通の人間』か『そもそも人間ではない』という事になる。
「勇者じゃ、ない……のか?」
「僕はね。言って仕舞えば、普通の人間さ」
「それはない」
「それはないでしょう」
「グルァ」
「……
勇者じゃない、とはどういう事なのだろう。
兎里の言葉が飲み込めない。特に『普通の人間』のところが。
勇者じゃないというならば、なんでこの世界にいるの? 転生したならば、この世界に染まっていないのが不可解。
ただ召喚されただけの日本人とでも言うつもりなのか? それこそ、勇者でもないのに人間離れした身体能力を持つ事に説明がつかない。
「……なら、なんでこの世界にお前がいるわけ?」
「勇者の召喚に巻き込まれてね。だから、僕は異世界人だけど勇者じゃないんだ」
兎里の連れには聞き取れないように
アマコとアルクに翻訳されていない私の日本語はわからなかったが、日本語を知っている兎里は私の質問の不自然さに気づく事もない様子で答えた。
そして、兎里の答えに私はますますわけが分からんと混乱が増す。
召喚に巻き込まれただけ? 勇者じゃない? でも日本人?
ならなんで身体能力で空に舞い上がるんだよ。そして何故ドラゴンを素手で殴り倒せるんだよ。ブルーグリズリーの子供を連れているんだよ。お前、クマなんて飼っていなかったよな。
「普通の人間がドラゴンを殴り倒せるわけあるか」
「鍛えればできる。僕がその証明だ」
「お前は人間じゃないから証明になってない」
「人間だよ!」
「嘘つくな!」
「人間だよ!!」
あくまで人間であると主張する兎里。
いや、普通の人間が鍛えただけであんな動きするわけがない。
人間より身体能力に勝る魔族にもあんな芸当はそうそうできるものではない。軍団長クラスでもなければ。
興奮したせいか、無意識に異世界語に戻っています。
「じゃあ君には僕が何に見えるっていうのさ!」
「「オーガ」」
「誰がオーガ──って、アマコまで!?」
兎里の質問の答えが、アマコと重なった。
タイミングも内容も一緒である。
なるほど、異世界人から見てもオーガに見えるのかこいつ。
「君たちも初対面だよね。僕に言わせれば、アマコの方が初対面とは思えないくらい息ぴったりなんだけど」
「誰でもオーガって言うと思うよ」
「お前、本当はオーガに転生したんじゃねえのか? ツノは無いけど」
「ツノがある幻覚が見える時はあるよ」
「勝手に殺すな! ツノも無いし!」
「突然変異って可能性もあるだろ」
「君はあくまでも僕をオーガだと言い張るつもりなのかッ……!」
拳を握り締める兎里。
どうあっても自分がオーガである事を認めようとせず人間だという主張を通すつもりらしい。
ドラゴンとの戦いを見れば、オーガだったという方が納得できるのだけど。
治癒魔法の系統が発現するのは人間だけでオーガには絶対に使えないので、人間であるという主張は真実なのだろうけどさ。
「治癒魔法が使えるから人間なんだろうけど」
「分かっててオーガ呼ばわりしたのか!?」
「仕方ねえだろ! 治癒魔法使いがドラゴンを殴れる身体能力を持つなんて矛盾した存在、特異個体の方がまだ納得できる」
「いい加減殴るぞ」
治癒魔法の光を灯しながら拳を握り締める兎里。
おいこらやめろ、あの威力の拳で殴られたら魔族でも大怪我は免れないから。
別にいじってないのに、真剣に言っているのに何故怒りを買わなければならないの?
左手を小さく上げて降参の意を示す。
「待て、お前に殴られたら後遺症が残りかねない」
「治癒魔法をかけているから怪我は残らないよ。安心してくれ」
「その化物みたいな笑顔で安心できるか!」
「誰が化物だ!」
反射的に出てしまった化物発言に、ついに兎里がキレたらしい。
本能が鳴らす警鐘に思わず身を屈めた直後、先ほどまで私の顔があった場所を兎里の拳が鈍足ドラゴンとは次元の違う速さで通り抜けた。
「避けるな!」
「避けるわ!」
命に危機を感じる拳だった。
避けるなというのは無理な相談である。
そして、キレた兎里の表情は鬼のそれだった。オーガより恐ろしかったのだが。
「前言撤回、お前はオーガじゃ無い」
「そうだよ、人間──」
「オーガはもっとマシだった。お前はもっと恐ろしい何かだ」
「恐ろしい何かってなんだよ! 人間だって言ってんだろうが!」
「オーガを見た事があるのですか」
「オーガの方がマシなんだ……」
オーガは2〜3メートルくらいの背丈と怪力が特徴の魔物。あれは好戦的な魔物ではあるが、拳でドラゴンに殴りかかるほど命知らずではないし、倒せるほど強くもない。
よく考えてみれば、兎里をオーガと呼ぶのは違う。
「だいたい、僕を化物呼ばわりするなら君だって似たようなもんだろ! あの鱗、僕でも壊せなかったのに君は簡単に壊して見せたじゃ無いか!」
「私のは魔法だ! お前みたいに拳でドラゴンの鱗を壊せるわけ無いだろ!」
「僕だって治癒魔法を使っているよ!」
「お前のは拳じゃねえか!」
治癒魔法は関係無いよね、癒す事に特化している治癒魔法を纏って殴ると拳の威力が増すなんて話聞いた事が無いんだけど!
そしてすかさず兎里の仲間たちから援護射撃が飛んでくる。
「ウサト、治癒魔法は関係ないと思う」
「ウサト殿、治癒魔法はあまり関係が無いと思うのですが」
「グァ」
「僕の味方はいないのか……!」
ただし、背中に突き刺さる誤射だったけど。
兎里たちはそれから身内の会話に流れたため、私はもう一度ドラゴンの骸へと目を向けた。
すでに壊されたドラゴンの目は、何の色も映さない。
「…………」
ただ、骸となった姿をあらためて見たとき、私にはこの魔物がどこか歪な存在に見えた。