これは一種の現象(フェノメノン)だ。
悪辣極まる策略家も吐き気を催す下衆もこの悲劇には必要ない。
諸悪の根源など存在せず、一度躓いたら奈落の底まで転がり落ちる、ただただそれに尽きる。
陽の昇らぬ天(そら)、その遥か高みから死屍累々の敵群を見下ろすあの女すら、歯車にもなり得ない。
「……うぁ」
辛うじてこぼれた声は何の意味もなさず消えていった。
言いたいことはいくらでもある。あの女を罵る言葉も、この劣勢に対する不満も上げれば切りがない。
しかし目の前に横たわる現状は、ナラカの感情を圧殺するには十分すぎるほど絶望的だった。
総力戦、あの女たった一人を討つために、神座世界の総員でもって戦いを挑んだ。
現神最高峰の六大聖、過去七天において神座の覇を争った旧神軍、
そして、神座世界の管理者である私や、源泉たるストライフ、さらには、あの女に唯一対抗しうる第九天。
個々の利害もそれまでの敵対関係も無視して、あの女を討つために神座世界の総力で立ち向かった。
にもかかわらずその結果は惨敗である。
腰にも届かぬ幼子をあやすように?
あなたの天に斉(なら)び立ちたい。
そう願った第九天はあの女に触れただけで、四肢を四散させ、盲しい、最後には五感全てを奪われた。
馬脚を現したあの女の目的はとんでもない自己中心的なもので、無明道に比べれば、あの天狗道すら生ぬるいだろう。
だってあの女は草の根一つ残さず根絶やしにするつもりなのだから。
1人殺せば人殺し、百人なら殺人鬼、1万なら英雄、絶滅させれば、神だ。
そういう意味ではあの女ほど神らしい神もいないだろうが、考えるまでもなく最低の邪神の類であり、
だからこそ神座世界の総員が一致団結できたのである。
四肢をもがれ達磨になった第九天は覇道を垂れ流すご神体でしかない。
ならばと骨は鏃に、皮は盾に、血肉は触媒に彼の全てをあの女を討つための聖遺物とした。
今まさに、第九天の四肢でできた槍を掲げた誰かがあの女に向かっている。
しかしその穂先はきっと届かない。
何千、何万、何億の軍勢で挑んでも、ただの一度も傷をつけることさえかなわなかった。
今となっては仮に一太刀与えたところで傷を負わせることができるかどうかも怪しいというもの。
赤子の手を捻るように?
総力戦を挑んだ以上、あの女がいかに埒外の力を持っているかは理解したつもりだったのだ。
しかしその想定すらも、甘すぎた、温すぎた。
悟浄と悟能、あの女がそう呼ぶ2体の神獣の猛威はそれほどまでに凄まじかった。
まずは不死鳥、腐った赤薔薇、クルースニク。
悠々と空を飛びながら、腐った涙を、腐った血肉を、腐った臓物を垂れ流し、それらは腐肉の海を形成していった。
数億、数超に上る軍勢も腐紅の薔薇の垂れ流す腐肉に飲み込まれた。
触れれば犯されて取り込まれ、腐肉の一部となり被害は連鎖する様はまさしく病魔のパンデミックだ。
そして蒼妬影、青濁の水鏡、ナラカースラ。
大群が腐肉の海に呑まれるならば質で切り込むも、青く濁った鏡像が立ちはだかる。
渇望が否定されてしまえば、覇道神格とはいえ雑兵と変わりはなく、あとは腐肉に飲まれるしかない。
全能であるはずのストライフすら蒼妬影(あおとかげ)に縛り上げられて身じろぎすら取れないでいる。
致死病魔と自滅因子というこの世界の住人全てが抱える弱点をあの女は握っていたのだ。
これでは、まるで……。
胎児に腹を蹴られて死ぬ母などいるものか。
『さんたーまぁーりやー、うらうらのぉべぇえーす』
何処からともなく耳障りな祝詞(オラシオ)が響いてくる。
蒼妬影(あおとかげ)は捕まえたストライフを心底嬉しそうに締め上げる。
念願叶った、愛しの男を独占できる、その歓喜に身を震わせて、爬虫類の細長い舌を這わせている。
やめろ! 竜の成り損ないの分際で!!
苦悶を上げるストライフにあの女は目を向けて、
「ああなんて可哀想なのかしら」
「マリアァァアーー!!」
残った力を振り絞って折れかけの心に鞭打って搾り出した絶叫、なのにあの女は見向きもしない。
可哀想? ふざけるな、全部、全部、お前のせいだろうに!
ああ、でも違う、本当は身から出た錆、いやそれすらもただの成り行きなのだろうか?
ねえどうすればいいのよ、教えてよ。
「ならば祈りましょう」
『さんただぁーじんみちびぃしー、うらうらのぉべぇえーす』
気づけば自分と蒼妬影に縛られたストライフを除いて、腐肉の海に飲み込まれていた。
もう他には誰もいない。だというのに腐肉の海は猛烈な勢いで何かを探すようにその勢力を拡大させている。
そしてあの女は邪魔者がいなくなると、神輿として担がれていた第九天を招きよせた。
先ほどまで遥か高みから一人見下ろしていたあの女のすぐ傍、手を伸ばせば届く距離に第九天も浮かび上がる。
引き寄せた第九天へ、こともあろうにあの女は頬を撫で、失くした四肢の傷跡を見て、痛くはないか、と気遣っている。
いったいあの女はなんなのだ。あの女のせいで私も彼も彼の子もこんな目にあっているというのに!
まるで最愛の男と逢瀬を重ねているかのように幸せそうな表情を浮かべるあの女に腸が煮えくり返る。
そうしている間にもあの祝詞が間断なく頭に響きわたっている。
祈りたまえ、祈りたまえ、祈りたまえ。
少女も、老婆も、乳飲み子も。
悪鬼羅刹、聖者高仙、魑魅魍魎、犬畜生。
皆々、構わぬ、愛しの子らよ。
さらば世の罪を取り除きたもう。
我らのために祈りたまえ。
『あんめぃいえぞす、まっりぃいいああーー!!』
祝詞が止むと、次にはあの女の下に眩いばかりの光が集まりだし、それは1本の槍となった。
聖槍ロンギヌス。
当代最高の覇道神格のみが手にすることのできるそれが、何故か第九天ではなくあの女の手に収まった。
偽物だろうか? いやあの輝きあの神威は間違いなく本物だ。
しかし本来、二重螺旋を描くはずの柄が一重しかないのはいったいどういうことだろうか。
あの女は迷いなく流れるように槍の穂先を第九天の左胸、心臓の真上に合わせた。
「狗空、私はあなたを」
「殺したいほど、愛しています」
その言葉とともに聖槍を心臓に突き立てた。
もうだめだ止められない、無明道が流出する、そうナラカが悟らざるを得なくなった時、
突如、視界が歪み始めた。
そして第九天の心臓へ突き立てられたはずの聖槍、その穂先が次第に押し戻されていく。
まるで時間が逆行しているかのように。
あの女はそれまでの無表情から一転、初めて顔をしかめ、陽の昇らぬ北の天(そら)を見つめながら呟いた。
「ああなんて可哀想なのかしら」
時間が逆行している? 回帰が起こっている?
何が理由かはわからないが事実として目の前でそうなっていて、
でもナラカには目の前の出来事が自分達にとって都合の良いものには到底思えなかった。
無明道には勝てない。
これは絶対に揺るがし難い前提なのだから。
だとすれば何度繰り返したところで結末は変わらない。
無闇に悲劇と絶望を繰り返すしか道はない。
幸せな夢を永遠に見続けたかったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
一度、躓いたら奈落の底まで落ちていくに決まっているだろうに。
そんないつか又聞きした魔女の言葉が哄笑とともに頭に浮かぶ。
ああ、これはそういうものなのだ。
別に私が躓いたわけでなくて、あの女でもなくて、もっとずっと前から続いている。
誰かが意地悪く仕組んだのでも、悪意を持って陥れたのでもない。
代わりに、声なき声で、形なき影で、静かに這い寄り、弱みに滑り込む何かの作用がそこにある。
皆が最善を願ってそれでも引きずり込まれるのは底なしの奈落だ。
負の重力に足を引かれ、不幸の連鎖に縛り上げられ、蟻地獄に美味しくいただかれる。
仮に上手くやり過ごしたところで雪だるま式に膨れ上がる不幸の負債に押しつぶされるだけのこと。
結局あの女さえ歯車にもなれない。
誰も救われない、ただただ繰り返すだけの無限連環だ。
例え回帰の先に達しても誰も救われないのだから、結局は同じことだとナラカは諦念を抱かざるを得ない。
だからこれは一種の現象(フェノメノン)だ。
歪む視界の中で、無表情を取り戻したあの女が口を開いた。
「混沌はいまだ分かたれず」
「天地は広大にして同一なり」
「盤古が卵を破りて後に」
「天地開闢し清濁の別も生ず」
「生きとし生けるを育みしは」
「万物を等しく愛するがゆえ」
世界は混沌に飲み込まれ、最初からやり直して、あの女はまた愛を謳うのだろう。
なんて茶番だ。
「神座万象の秘を知りたければ」
夢か現か、恋か神か。
”あの女”は神(はは)であるゆえ、決して恋は選べぬのだ。
「この西遊記をご覧あれ」
その言葉を最後にナラカの意識は途絶える。
かくして此度の惨劇は幕を閉じ、次の悲劇が幕を開いた。