19XX年。
世界は『悪』の支配に包まれた。
人々は個性の有無で意識が分かたれ、個性の内容如何で差別し、個性格差の不平不満につけこみ一時代を築き上げた『悪』の手により、あらゆる国際協調が消滅したかに見えた。
だが、正義の心は失われていなかった!
テテテテテーン(SE)
お茶子の拳
テテテテテテテテテテテテン(SE)
さて、そんな前世紀のアレコレからなんかいろいろあって時は流れ、海外と比較して割と平和だと言える20XX年の日本。
『無重力』の個性を持つごく普通の女の子、麗日お茶子はグランパから『うららか神拳』なる一子相伝のヒーロー拳法を伝承した。うららか神拳は被災現場での救助活動を主軸に置き、途中で邪魔する敵を指先ひとつでフワッと浮かせて無力化してしまうほどの力を持つ。その拳法は型にハマればある意味無敵であった。
そう、お茶子グランパはその昔、職業ヒーローだったのだ!
彼は地域密着系で地元民に安心感を持たせるヒーローであった。お茶子の父は二代目ヒーローになろうとせず建築業の道を進んだが、お茶子はグランパの『浮力』という個性の相互互換と言える『無重力』の個性をもって生まれた。グランパはお茶子を大層可愛がり、自らが編み出した『うららか神拳』を孫のお茶子に引き継いだのである。
そんなお茶子グランパは、お茶子にうららか神拳の免許皆伝を与えるとあっという間に体調を崩し、彼女が14歳のときに大往生の日を向かえた……
無機質な電子音だけが繰り返される某総合病院の一室。その日麗日一家は、最期の時を迎えんとする自慢のヒーローおじいちゃんを総出で迎えていた。室内には心電図の無機質な音が響いている。
「お茶子……おるか……」
「おるで! ウチはここや!」
お茶子はぷるぷると振るえて差し出されるグランパの両手でぎゅっと握った。とたんにグランパの『浮力』の個性が働き、お茶子が宙に浮いた。お茶子の『無重力』の個性もまたグランパに働き、二人は病室内をふわふわ漂った。
「お茶子がヒーローなるまで頑張ろ思っとったんやがな、ワシもうあかんみたいや。
なんやかんやゆうてワシもええ歳やさかい堪忍な」
「そんなこと言わんといてぇな! ウチまだ雄英に入学もしとらへんし!
ウチも頑張るさかい、おじいちゃんもウチがヒーローなるまで頑張ってぇな!」
「すまんのぉ……お茶子……」
二人がふわふわ漂うなか、麗日家はいたってまじめに二人が離れ離れにならないようにそっと手を添えた。臨終を告げるべく傍に立つ医者はなにも言わない。何か口を挟むことは無粋極まりないし、これは意図せぬ偶発的な個性発動であり違法性は一切ない、と自身に言い聞かせたからだ。
「……お茶子、ワシ、いま思い出したんやけど、一つ言い残すことあったわ」
「……なんや?」
「うららか神拳には更に先の領域がある……ワシにはついぞたどり着けんかったが……
お茶子の『無重力』ならきっといけるはずや……
ええか? 『空を掴む』んやお茶子。お前ならきっと……」
「『空を掴む』ってなんやおじいちゃん?
そんなんいま言われてもわからへんよ」
「すまんのぉ……なんかこう今際のときにええこと言お思ててん。
あー……もうお迎え来たみたいやわ。ほなな、お茶子」
「そんな殺生な!
……おじいちゃん? おじいちゃ────ん!!」
グランパから与えられた浮力を失い地に足をつけたお茶子の叫び。心電図の無慈悲な音が病室内に鳴り響き、医者は一言御臨終です、と告げた。お茶子グランパは宙をふわふわ漂いながらその一生を終えたのだ。孫の手を握り、最期の教えを説き、己の人生に満足した様子であった。
こうして一人の老いたヒーローが天寿を全うした。しかしそれは稀有なる幸運でもある。ヒーローの道を歩んだ者が大往生を向かえるなど、およそ望むべくも無い。
愛する家族であり、尊敬する祖父を失ったお茶子はその後深い悲しみに包まれた。しかし祖父の編み出したうららか神拳がこのヒーロー飽和社会でも通用することを証明するため、なにより世のため人のためゼニのため、様々なモチベーションをもって持ち直し、おちこんだりもしたけれど彼女はより一層受験勉強に精進するのだった。
さて、そんなこんなで日々は過ぎ、国立雄英高等学校の受験日がやってきた。
雄英高校。それはヒーローの登竜門とも言えるヒーロー科が存在する学校である。亡き祖父のためにもヒーローになりたいお茶子は、今日を人生のターニングポイントと捉え、なんとしても合格すべく奮起する所存であった。
そんな彼女に DooooN! とぶつかり、勝手にコケそうになる同年代の少年。お茶子はとっさに個性を使い、彼を宙に浮かせた。お茶子の個性は指先ひとつでダウンしかけた相手を風船のように浮かせることもできるのだ。
「キミ大丈夫? 受験会場前でコケるなんてエンギ悪いでホンマ。堪忍してえや」
「え、あ、ごめん」
「ウチお茶子。キミも受験生? ま、お互いがんばろな。ほななー」
お茶子はフワフワ浮かんだ緑髪の少年を地上に立たせ、テキトーに言葉をかわして別れた。彼女はいつものように麗らかな感じではいられなかった。この会場に集まる同年代の者は皆ライバルであり、つまりは敵と半ば同等である。ちょっとした親切で気分を良くし、仲良しごっこをしているうちに自分が不合格となったらざまあないのだ。
(や、それはちょっとちゃうやろ。それどうなんジブン?
世の中にこんなジコチューな心構えのヒーローておる? おらんやん!
あかんあかん! ウチめっちゃナーバスになっとる!
ちょっとおちつかな)
会場内のトイレでどこかピリピリしている自分自身を落ち着かせ、平静を取り戻すお茶子。このメンタルコントロールこそがストレス社会を生き残るヒケツである。お茶子はもにょもにょとしたお花摘みを終わらせる頃にはスッキリと平常心を取り戻す。
そうして試験会場に戻り向かえた午前の学科試験に確かな手応えを感じ、残すところは実技試験を残すばかりとなった。
実技試験会場には雄英受験者が集まり、ボイスヒーロー・プレゼントマイクが試験内容を説明しはじめた。実技試験の内容は当日に説明され、事前に知る方法は無い。毎年受験内容が変わるため、過去の受験者の声などほとんど役に立たないし、過去問のような都合のいいものもまた無いのだ。
(どんな試験でもかまへんわ! ウチのうららか神拳はムテキや!)
余談だが雄英高校ヒーロー科に用意された席がA組B組合わせて40として、ヒーロー科の倍率が300を越えるとすると、この場には一万二千人以上の受験生がいることになる。ヤバないコレ?
心配御無用。実際には受験会場は複数に別れており、この場にいる受験生はその何分かの一である。それでも十分かなりヤバイ。
閑話休題。プレゼントマイクの説明によると、会場外に用意した試験エリアにいる仮想敵ロボットを倒せば得点が得られるそうだ。仮想敵によってポイントが異なり、お邪魔仮想敵という得点にならない相手もいるという。近くで受験生らがわちゃわちゃと騒いでいたが、お茶子はそれらに構わず深く考察する。
なによりもまず、素早く試験エリアにたどり着く機動力が必要そうであることと、仮想敵ロボットを見つける索敵能力、見つけた仮想敵ロボットを倒す攻撃能力などが問われる試験だとお茶子は推察した。
うららか神拳には機動力と攻撃能力は十分にある。しかしお茶子の個性的に考えて、考えなしに機動力は発揮することはできない。無闇に機動力を発揮すると彼女はケロケロとOUTO(比喩表現)してしまい、マトモに動けなくなってしまう。お茶子の『無重力』はグランパの『浮力』とは違い、長時間自身を浮かせると無重力に酔ってしまうのだ。
また、彼女の個性は索敵に向いたものではない。そのあたりを踏まえて立ち回る必要があった。
「はいスタート」
先ほどまでのハイテンションとは一転してやる気の無いプレゼントマイクの声に、お茶子は素早く反応して駆け出した。同様に反応できたのは少数で、大半の受験生は「え?」だの「なに?」だのと途惑っている。アンタらアホ丸出しやん。とお茶子はぜんぜんうららかじゃない事を思った。これではうららかお茶子ではなくウラウラお茶子である
人の群れを掻き分けて抜け出した出口の先は、まさに世紀末といった様相となっていた。構わず駆けるお茶子は淀んだ街角風に再現された試験ステージで仮想敵ロボと出会った。
「早速いくでぇ! うららか排球拳!
ワンチッ! レシーブ! アターック!」
足を止めずに駆け寄ったお茶子のうららか神拳が仮想敵ロボに炸裂する。
説明しよう。うららか排球拳とは?
ワンチ(ワンタッチ)によって対象に触れて『無重力』の個性を発動し、レシーブによって相手を高空に浮かせ、アタックと言いながら両手指先の肉球を合わせて個性を解除し(この動作がお茶子の個性解除方法だ)自由落下させるという、三位一体(一人)の必殺技である!
よって、うららか排球拳ではバレーのスパイクめいたアタックはしない模様。アタックとは何だったのか。
そんなこんなでうららか排球拳により高空から自由落下した仮想敵ロボはあっけなくクラッシュした。お茶子、1ポイント獲得である。
続けて数体の仮想敵ロボを破壊し順調な出だしを迎えることができたお茶子であったが、出遅れた後続組が追い付いてくるとそうも言えなくなっていった。うららか排球拳は相手を浮かせて落とすまでが一連の技なので、どうしても実際に仮想敵ロボを倒すまでにタイムラグがある。
遠距離に攻撃できる個性持ちからその間に攻撃されてしまうと、お茶子は確実に自分がポイント獲得できたとは思えず唸った。
(キッツいなぁ……確実にヤれたっぽいのは15ポイントくらいやけど。
こんなんじゃたりへんわ! もっと稼がんと!)
お茶子はまだ受験者が向かっていなさそうな方角に走り出すと、やおら両足で地面を踏みしめ飛び上がると同時に自分に『無重力』の個性をかけた。
「一気に行くでぇ! うららかエアライド!」
説明しよう。うららかエアライドとは!?
お茶子グランパ『滑空ヒーロー・エアライド』の代名詞でもある移動技である。
助走をつけて飛び上がり、自分自身に個性を発動することで慣性移動するその技で、お茶子は生半可な個性もちには真似できない高さまで飛翔する。途端に彼女を襲う三半規管の乱れ。お茶子はすぐさま個性を解除し、慣性に任せて移動しながら索敵した。時折ふわっふわっと再度個性を使用しビル群等を足場に蹴ることで進路を安定。これを専門用語でフワステという。
「よし、おった!」
誰も狙わず狙われてもいない仮想敵ロボを見つけた彼女は、重力に引かれて落下しつつも地面に激突する直前、絶妙なタイミングで再度自身に個性をかけたりすぐ解除したりすることでふわりと着地。立ち止まらずに駆け出した彼女は、ちょっと胃の中のものがウプッと込み上げてきながらも気丈に堪えていた。このあたりの精神力はグランパの指導の賜物である。
そこから更に五点十点と確実に稼いだ彼女は更なる仮想敵ロボを探して試験エリアを駆け回った。頻繁にうららかエアライドは使わない。お茶子は吐き気的な事情でこの移動技を連続して使うことはできず、ある程度のインターバルが必要なのだ。
「誰か助けてくれー!」
そんなお茶子イヤーにどこからともなく助けを求める声が聞こえてきた。なんかようわからんけどライバル減ったわ。そう思う心とは裏腹に彼女は声のした方へと駆けていた。
(なにやってんのジブン! 今日は雄英に入学できるかどうかの正念場やねんで!)
そう思っても足は止められない。そう。彼女はグランパのインストラクションを無意識に実践していたのだ。
(お茶子。これだけは忘れたらあかんで。
敵を倒す者をヒーロー呼ぶんやない。
ピンチに困っている人助けるんをヒーロー呼ぶんやで)
(ゴメンおじいちゃん受験にテンパって忘れとった!
でも思い出したから堪忍な!)
お茶子はなかば受験を放棄しながらも声の主がいる元へとたどり着く。
助けを求める受験生の少年はスクラップと化した3点仮想敵ロボに足を挟まれ倒れていた。個性なのだろう、目から涙とは似て異なるビームのようなものを出し、自身にのしかかる仮想敵ロボを壊そうとしていたが、物理的な破壊力に乏しくどうにもならないようだった。
なにがどうしてそうなったのかお茶子にはまるで検討もつかないが、自身の個性で助けることに支障はなさそうに見える。
「どしたんジブン! 助けに来たで!」
「こいつをどけてくれ! 助けて!」
「任しぃ!」
お茶子は仮想敵ロボを浮かせた。少年は足を退いて立とうとしたが、相当痛むようでマトモに立ち上がれそうになかった。幸い、無惨に潰れている様子はない。お茶子はその少年も『無重力』に浮かせた。
「うわっ。なんだコレ!? っつ!」
「落ち着き……うん、折れとらへんな。
ウチいま良いモンもっとらんし応急処置できへんのは堪忍してや。
ひとまず試験会場に連れてったるさかい安心しぃ」
少年はあたかも遊園地にいる風船配りのひとに連れて行かれる心境であった。受験失敗という単語が脳裏にかすめるが、きっと雄英高校には彼女のようなヒーローの心を持つものにふさわしいのだろうと思えば諦めがついた。
ちなみに数ヵ月後の雄英祭に放送されるエロの権化を見て「あんなヒーローの風上にも置けないやつに合格できてなんで俺は途中で諦めてしまったんだ」と後悔したというが本編とは関わり無い話である。
いつの間にやら仮設の野戦病院のごとき様相に様変わりしていた受験会場へ名も知らぬ少年を届け、再びお茶子は駆け出した。まだ終わってないし、なんならヒーローとして始まってすらいない。ここで足を止める理由は無かった。
けれどもその思いとは裏腹に彼女はうららかエアライドを使わず「なんやアレ」と呟き足を止め、立ち尽くしてしまった。お邪魔仮想敵の登場だ。想像を絶する大きさに畏怖すら覚えた。こっちは合体ロボいないのに敵が巨大ロボ出すなんてズルいとすら思った。
残り僅かな時間、アレを避けて点数を稼ぐなどできるのか? 否。心の中でお茶子グランパは言った。
(迷ったら負けるにきまっとるやろ! 動けや!
動きながらでも考えれるやろ! ボサッとすな!
敵にちょいタンマは通じんわアホ!)
そう叱咤された過去を思い出せば自然と足が動きだした。朝から緊張の連続で呼吸も乱れ、深く集中できぬ状況でお茶子は思う。勝てそうにないからといって、こそこそ逃げることがヒーローのやることか? と。興奮にテンパッた頭は本人の本質を剥き出しにし、その疑問に否と答えた。
(……それがヒーローのやることかあ!
ヒーローが背中見せて逃げたら、誰が敵と戦うんや!)
「うらうらうらうらうらぁああああああ!!!」
そのときお茶子が行ったのは、雰囲気作りのためにそこらに配置された大き目の瓦礫に触れて回ることだった。そして『無重力』と化したものを投げつけて個性を解除。慣性を持った大質量はお邪魔仮想敵ロボを……ひるませ、足踏みさせるに留まった。
悲しいことに、お茶子の策はお邪魔仮想敵ロボを倒すほどの破壊力を有することはなかった。単純な筋力が足りなかった。個性の影響もあってそちらの制御を中心に鍛え続けてきた結果、基礎体力こそあれど、他を圧倒するようなパワーを持たなかったのだ。
「くぅぅうううう! あかんかー! きっついでホンマ!」
「おうそこのアンタ! すっげーけどパワーたんねーな!
そのフワフワ瓦礫、俺にも投げらんねーかな!」
その時である。逃げ回っていた縁も縁もない受験生のうちの一人がそう声をかけてきた。それがきっかけとなって、力自慢の者や身体能力を高める『個性』もちの者がつぎつぎ彼女に声をかけはじめる。
思わぬ救援。否。ここにいるのは誰もがヒーローの卵。こんな『アツイ』場面を見せられてなお逃げ惑いつづけるような者ばかりではない。
結論から言うと、彼女はその提案に答えることは出来た。ただしお茶子には『無重力』にしたものを選んで解除することはできなかった。だから彼女はいくつかの瓦礫を浮かせた後、素直にそう言った。
「投げれんで! けど瓦礫を投げるタイミングは合わせるんや!
ウチは選んで『解除』できるほど器用やないでな!」
「おっしゃー!」
「任せろ!」
「せーのっ!」
即席の連携にも関わらず、ほとんど同時に投げつけられる『無重力』の瓦礫。お茶子は両手指先の肉球を合わせる個性解除の動作をしつつ叫んだ。
「ウラビティコンビネーションアターック!」
するりと新必殺技っぽい言葉が出ると同時に大質量の散弾がお邪魔仮想敵ロボをボコボコにし、ついにその歩みを止めた。
「ぃやったぁー!! やったで! ウチらの勝ちや!」
喜びもつかの間、試験終了が告げられる。彼女はついうっかり掃討戦に向かわなかったことを悔やんだが、それはそれとして他の受験生らと褒め称えあい、お互いの合格を祈りそれぞれの帰路につくこととなった。
お茶子には絶対に合格できるという確信はなかったし、かといって絶対ムリという悲壮感もなかった。ただ、すごい一体感を感じた。ヒーローは一人じゃない。そんな風に思えた。
自宅に帰りついた彼女は、両親からの「どうやった?」という言葉に対し「楽しかったわ」と素直に答えた。受け継いだ『うららか神拳』に一人では出来ないような可能性の片鱗が見えたが故の正直な答えだった。
関西弁だか猛虎弁だか三重弁だか正味ようわからへんのやけど
これがなかなか、難しいねんな……怪しさプンプンや!
(去年書きかけたものを供養するために投稿したのでつづきは)ないです