空に浮かびしアルビオン。
その剣と魔法の国に、玩具伯と呼ばれる酔狂な伯爵がいた。
主君を代え侯爵となり、嘲笑われる代わりに妬まれるようになったが、武闘派な彼は気にしない。
彼の望みは唯一つ。

「伝説のエルフを倒し、ご先祖様の悲願を果たすのだ!」


そんなお話。



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※「れっどこーと」の続編です。前作の設定を多く引き継いでおります。


れっどこーと 2

 剣と魔法の世界ハルケギニア。

 そこに存在する空中国家アルビオンに、一人の酔狂な貴族がいた。

 その名もスコットランド侯爵。『玩具伯』と呼ばれた男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レコン・キスタによるテューダー朝に対する反乱は、レコン・キスタ議長オリバー・クロムウェルの計画通り成功した。

 対外諸国が介入できるほどの隙を作らず、されど主権奪取後に国内で大混乱が起こらない程度に準備を整えた上での反乱が成功し、まるで始めからそうであったかのように空中大陸には神聖アルビオン共和国が誕生した。

 

 この反乱において、スコットランド伯アーサーはレコン・キスタ側につき、それまでの「玩具伯」という俗称を覆す勢いで数々の戦功を挙げた。クロムウェルはこれに対し叙爵と領地の拡大をもって応え、

 

 ……多くの貴族は妬心をもって称えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まあな、何となくこんな気はしていたのだよ。」

 

 

 スコットランド城の会議室で、叙爵を思わせない今まで通りの会議中にアーサーは口を開く。

 ちなみに今は重要案件の決定が終わり、めいめい紅茶を飲みながら雑談をしている。

 

 

 「戦闘中に私をはじめ、誰も魔法を使っていないからな。貴族らしくないといわれても仕方がない。」

 

 「侯爵様、宮中工作も碌にしてませんからな。」

 

 「派手なのは銃声と制服だけですし。」

 

 

 アーサーの言葉に大隊長らや家令が応じる。つくづく貴族らしさはないが仕方がない。彼らは武闘派なのだ。もちろん、アーサーも同じなので誰も問題には思わない。

 

 

 「だが次の作戦から外されたのはいただけない。戦功はいらんが実戦は貴重なのだからな。」

 

 「大隊は倍増しましたからな。訓練は急いでおりますが、実戦に勝る訓練はありませぬしな。」

 

 「ちなみに今月は大赤字ですので侯爵様のパンは黒パンですぞ。」

 

 「なに!?」

 

 

 と、アーサーらスコットランド伯家改め侯爵家はいつも通りの平常運転であった。

 今もロンディニウムでは旧王党派諸侯領の分配やらトリステイン侵攻作戦に向けた空手形を巡り陰謀渦巻いているのだが、もともと中央が嫌いなアーサーは貰えるものを貰った後、それ以上は手を出さずとっとと領地へと引っ込んだのだ。

 おかげでいくつかの戦功分を貰い損ねているが、そんなことアーサーは気にしない。どちらかというと彼が帰った後で決められた、トリステイン侵攻作戦の先鋒に加われなかったことの方を残念がっている。

 そちらにしても、相手がエルフでもなんでもないということでそこまで気にしてはいなかった。

 

 

 「まあともかく、各自訓練その他に精励するように。特に砲兵隊長は測量算術をもっと早く正確にな!」

 

 「「「はっ!!」」」

 

 

 そういうわけで、不穏な空気渦巻くアルビオンにおいてもスコットランド侯爵家は特にどうということはなかったのである。 

 

 ところが、その空気は一月と続くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「侯爵様!ロンディニウムより急使ですぞ!」

 

 

 いつものように大嫌いな書類仕事から逃げるように軍の閲兵をしていたアーサーのもとに、家令が駆け込んでくる。手には羊皮紙の巻物。発言も不穏当。正直、あまり相手にしたくはない。

 

 

 「……急使だと?」

 

 「はい、共和国議長オリバー・クロムウェル様からです。」

 

 

 が、流石にトップからとなれば無視するわけにもいかない。嫌な予感に襲われつつアーサーが巻物を広げれば、そこにはロンディニウムへの至急の出頭命令が書かれていた。

 

 

 「ロンディニウムへ来い。」

 

 「それだけですか。」

 

 「それだけだ。……いい予感はしないが。」

 

 

 ともかく、こうしてスコットランド侯家の平穏はまたも崩れだしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンディニウムの旧王城に着くやいなやアーサーは直ぐに大会議室へと案内された。

 室内の円卓にはアーサーと同じく急遽招集されたらしい共和国軍将官、そして幾人かの高級官僚が既に席についている。

 アーサーも彼らに軽く会釈すると席に座る。と、時をほぼ同じくしてクロムウェルは室内へと入ってきた。

 急いでいたのか、若干息を荒げ服装に乱れが見られる。常に余裕を見せる理知的な彼らしいとは言えない。

 

 

 「全員揃っているようだね。ああ、いい、礼は結構だ。私は国王でも皇帝でもない。唯の議長に過ぎないからね。逆にこちらが謝罪すべきだろうな。

 急ぎの呼び出しですまなかったね。」

 

 

 室内の全員が一斉に敬礼した刺激で若干平静を取り戻したらしいクロムウェルはそう言い、腰を浮かせた出席者を座らせ、また自身も椅子に座る。

 王国時代とは異なり円卓が使われているため上座下座もなく、室内の上下関係は形式上存在しないこととなっている。クロムウェルの言葉を聞いたそれぞれは大人しく席に座った。

 それを見てクロムウェルが口を開く。

 

 

 「さて、今回皆に集まってもらったのは他でもない、悲劇的な報告があったためだ。

 先日行われたトリステイン奇襲作戦が失敗し、侵攻軍が壊滅したとの報告が先日入ったのだ。……トレント軍務卿。」

 

 「はっ。……先月27日に行われたトリステイン奇襲作戦の失敗により、空海軍は戦列艦5隻を含む大小艦艇18隻、及び搭載竜騎士を失いました。

 陸上部隊は共和国諸侯軍8000の損害で済んでいますが……悪いことに多くの諸侯自らが陣頭に立っていたため、10家近くの諸侯が動員不可能となっております。」

 

 

 クロムウェルの求めに応じ答えた軍務卿の報告に、唸り声がそこかしこから上がる。続いて配られた羊皮紙に書かれた、捕虜となった諸侯の名にアーサーは思わず叫んでしまう。

 

 

 「これは……北部の大諸侯は軒並みではないか!」

 

 「そうなのだよ、スコットランド君。もともと革命時の主力は北部諸侯だったのでね、奇襲作戦にも多くの有志が参加してくれたのだ。」

 

 「……捕虜の返還については?」

 

 「身代金交渉すら始まっていないのだ。それにこちらに時間をかけることもできない。……ウィレム外務卿。」

 

 「はっ。……先の作戦失敗後ゲルマニア帝国政府は我が国を非難しており、トリステインとの軍事同盟を名目に武力報復を宣言しております。ガリア王国は我が国の主権と独立を認めていますが、ゲルマニアの宣言には沈黙しております。」

 

 

 更に続く外務卿の報告に、会議室の面々は空気を重くさせざるを得なかった。武闘派のアーサーといえども……いや、武闘派であるからこそアーサーも現状がいかにシビアであるかはよく分かる。

 一言で言えば、マズイ。

 

 

 「まあ以上のように、我が国は急迫存亡の危機に直面しているのだ。私としては、今後の神聖アルビオン共和国の命運をかけるにあたって諸君らの力が必要だと考えている。」

 

 

 クロムウェルは一端そこで口を閉じると、アーサーの隣に座った将官と高級官僚、そしてアーサーに視線を向けた。

 その視線にアーサーは少し心が冷える。腰も低く、虚無の力のみが先行して噂された為に勘違いされがちだがクロムウェルは烏合の衆であった王党派、反王党派の貴族を纏め上げて反乱を起こしているのだ。

 その理知的な視線に力を感じるのは、あながち間違いではないとアーサーは思う。

 

 

 「ホーキンス将軍、将軍に共和国軍の指揮権を託そう。議長権限を代行し、諸侯軍を纏め指揮するのだ。来たるゲルマニア・トリステイン連合軍襲来の暁にはこれを撃退せよ。」

 

 「ははっ。」

 

 「ウィレム外務卿、外務府の全力を挙げてガリアからの支援を手に入れるのだ。ゲルマニア、トリステイン両国と正面切って戦うにはガリアの力が必要不可欠だろう。持てる手を全て使い、交渉に当たってほしい。」

 

 「ははっ。」

 

 

 クロムウェルによる議長命令に、2人は最敬礼を持って応える。全力を尽くすとの宣誓だ。

 アーサーも自然と緊張感が漂ってくる。

 

 

 「スコットランド候。……候には議長軍を率いてもらうことになる。よろしく頼む。」

 

 「は……ははっ。」

 

 

 聞きなれない単語に思わず問い返しそうになってしまうが、空気に従っておくことにする。何を託されたのかも分からないのに頷いてしまってよかったのだろうか……という懸念は浮かんだが仕方がない。

 空気を読める武闘派。そんな存在にアーサーは憧れている。

 

 そんな感じでクロムウェルは3人に神妙な表情での命令を課し、会議の解散を宣言した。

 室内の面々は一礼の後に退室していく。それにアーサーが続こうとしたところで、クロムウェルに呼びかけられた。

 

 

 「ああ、スコットランド候は少し残ってて貰えないだろうか。」

 

 

 

 

 先ほどまでと同じ大会議室。ただ、現在のメンバーは先ほどまでとは少し違う。

 神聖アルビオン共和国議長オリバー・クロムウェル、スコットランド侯爵アーサー、そして謎の女人シェフィールド。

 

 シェフィールドが入室し、円卓に着席したところでクロムウェルの話は始まった。

 

 

 「スコットランド候……いや、アーサー君と呼んでも良いかな。君には先の戦いでも大いに頼りにさせてもらった。」

 

 「光栄です、議長閣下。」

 

 「まあそう固くならないで欲しい。私は国王ではない。ただの議長なのだからね。」

 

 

 冗談なのか社交辞令なのか。それともこれが宮廷流か。アーサーには検討もつかない。とりあえず、無難に話そうと考える。

 

 

 「はっはっは……困らせてしまったか。まあその話はおいておこうか。今回の件、議長軍について説明しておこうと思ってね。

 ……アーサー君なら分かると思うが、先の作戦の失敗は我が国にとって純軍事的に大きな損失でね。正直、既存の共和国軍ではこれからの戦争に勝ちづらいことは明白となっている。」

 

 「は……。」

 

 「捕虜となった諸侯家だけでなく、参加した家の大半は今回の件で完全に資金難となったはずだ。しかも次の戦闘は国内での防衛戦。戦費集めは厳しくなるだろう。当然、諸侯軍の戦力は大幅に落ちる。」

 

 

 冷静に話すクロムウェルの内容は、先の会議中アーサーも考えていたことであった。

 できて日の浅いこの国に信用力などほとんどない。一度負ければ、それだけで戦費も外交力も激減する。それは政府だけでなく、諸侯にも言えることだ。

 クロムウェルの話は続く。

 

 

 「テューダー朝から譲り受けた旧王軍はボロボロだし、何よりテューダー家復興を掲げるトリステインの王女様相手では信用もできん。私たちには何か別のものが必要だ。

 そこで、議長軍だ。」

 

 「議長軍……ですか。」

 

 「そうだ。旧王領を始めとする政府直轄地から新たに徴兵し、議長軍とする。今までであれば民兵の動員など論外だったが……。アーサー君、君の銃兵の特徴は遠距離武器を誰にでも扱えることにあったね。」

 

 

 そこまで聞き、アーサーも理解する。

 無辜の市民に剣を持たせ、人を殺せといったところでまともな戦力にはならない。殺す前に逃げようと考えるだろう。だが弓を引くには技術がいる。クロスボウともなれば更に技術と力が必要になる。

 それが銃には不要なのだ。

 

 

 「……問題も多く存在します。」

 

 「正規軍でも傭兵でもないのだ。その点は私も承知している。だが、それをできる限りアーサー君には減らして欲しいのだ。今回の戦いでは今までの軍だけでは勝てない。新しい戦力が必要だ。それが、君ならばできる……!」

 

 「……。」

 

 「それに今回の戦争の後にもきっと必要になるはずだ。君は以前言っていたではないか。エルフとの戦闘で最も……。」

 

 「……!」

 

 

 クロムウェルの言葉にアーサーは思い起こす。何の為に自分はレッドコートを創設したのか。貴族に馬鹿にされる為か。ロマンを追求する為か。

 そうではない。

 

 

 「次の聖戦は、我が神聖アルビオン共和国が主導する。そのためにも、銃兵を主力とした議長軍の創設は急務なのだよ。」

 

 「謹んでお受けいたします!」

 

 

 アーサーの快諾にクロムウェルは満面の笑みで頷き、細部をシェフィールドと共に詰めていった。

 

 こうして、アーサーは神聖アルビオン共和国議長軍を率いることとなった。

 議長より指揮官としてのアーサーには「護国卿」の地位が授けられ、革命防衛の尖兵としてトリステイン・ゲルマニア連合軍に立ちはだかることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダッダダダダ、ダッダダダダ、ダッダダダダ……

 

 

 「メイク・レディ!!(構え!!)」

 

 

 規則的な鼓笛隊のドラムと共に行進していた赤色の制服を着込んだ集団が、指揮官の号令一下行進を止め銃を構えだす。

 鼓笛隊のドラムもリズムを変え、事前に決められた命令曲に沿われる。

 

 

 「テイク・エイム!!(狙え!!)」

 

 

 狙うは前方より接近してくる等身大の何かの集団。人の形は留めていないが、目だけが書かれている。

 

 

 「ファイヤー!!!(撃て!!!)」

 

 バババババーン!!!!

 

 「セカンドライン、ファイヤー!!!(第二列、撃て!!!)」

 

 バババババーン!!!!

 

 

 アーサーが見るその戦列歩兵らは、見た感じ一人前といえる戦闘行動をとっていた。

 これが3ヶ月前までは 素人の集団だったと言っても多くの人は信じないだろう。

 

 

 「状況は?」

 

 「行進を始め、命令どおりには動きます。射撃速度だけは及びませんが……。」

 

 「まああれはひたすら経験だからな。……この分なら実戦投入も可能だな。」

 

 「はっ。」

 

 

 眼下の部隊とは別の、スコットランド候家領軍のレッドコートの大隊長の返答にアーサーは満足げに頷く。

 クロムウェルが創設した議会軍は、免罪符という報酬によって全て志願兵だけで構成されている。一応脱走に備えて督戦兵も入れているので、白兵戦が激しくならない限りは部隊崩壊も起こらない……だろう。

 戦列歩兵としての最低条件はクリアされているといえる。

 

 

 「クロムウェル議長より、ロンディニウムへの駐留命令が届いた。連合軍との戦闘はいよいよ近い。」

 

 「敵の兵力は……。」

 

 「分からん。が、空海軍は本土上空での決戦を決めたらしいからな。上陸兵数は少なくないだろうな。」

 

 「ぞっとしませんね。」

 

 「まったくだ。」

 

 

 外務府の努力はかなり上手いところまでいったらしく、ガリアから支援の密約は取れたらしい。ただその条件は次の戦闘での神聖アルビオン共和国軍の単独勝利。

 一回は自分たちだけで戦わなければならない。アーサーからしてみればあまり愉快ではない。

 だが……

 

 

 「まあしかし、これほどのレッドコートを率いられるのもこの戦争あってこそだからな。」

 

 「ですよねー。」

 

 

 所詮、アーサーらスコットランド候家の人間は武闘派でしかないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初夏

 

 

 神聖アルビオン共和国空海軍の哨戒艇がスカボロー近海にてトリステイン・ゲルマニア連合艦隊(実質ゲルマニア艦隊)を発見。

 オリバー・クロムウェル貴族議会議長はロンディニウムに駐留する国軍に出撃命令を下し、自身も共和国空海軍総旗艦パーラメント・ソヴリンに乗り込んだ。

 この命令を受け共和国軍最高司令官ホーキンス将軍、及び護国卿アーサー・スコットランド侯爵は軍をアルビオン南部サウスゴータ近郊へと進軍。上陸し北上するであろう連合軍を丘陵地帯にて迎撃する構えを見せた。

 

 

 

 

 

 「報告!敵連合軍はスカボローに上陸、今朝進軍を開始した模様!」

 

 「数は?」

 

 「トリステイン軍およそ2万、ゲルマニア軍およそ8万。計約10万です!」

 

 「そうか。……ご苦労、下がってよい。」

 

 「はっ!」

 

 

 報告に来た伝令は一礼すると、そのまま天幕を出て行く。それを見届けると、天幕内の机に座ったアーサーは奥の席に座るホーキンスへと話しかける。

 

 

 「敵は10万。我がほうの約1.5倍ですな。」

 

 「うむ。……空海軍の撹乱がほとんど行えなかったらしい。大陸側と船が3往復もするのを黙って見ていたそうだ。まあ仕方のないことではあるが。」

 

 

 ホーキンスのぼやきとも言える呟きに、アーサーも神妙に頷く。現在のアルビオン空海軍はゲルマニアのそれに正面切って太刀打ちできるものではない。

 かろうじて、内陸部上空であれば連合軍側も兵站線の維持警戒に船を割いているはずなので立ち向かえるだろうと言われている程度だ。もちろん、それだけでもあると無いとでは大違いだが。

 

 

 「だが幸いにして、議長から敵側の結束が緩んでいるとの知らせがあった。」

 

 「と、言いますと。」

 

 「敵陣内に不和の種を蒔いたそうだ。どうやったかは知らんが……だが、これは明日の戦いに生かせるはずだ。」

 

 

 そう言うとホーキンスは戦略地図を用いて作戦の説明を始める。それは未だ対人戦の経験が少ないアーサーでも納得できる、合理的なものだった。

 ホーキンスは純軍事的にアーサーの戦列歩兵の本質を見抜いており、そして自らが率いる諸侯軍の特徴と欠点も把握していたのだ。

 

 作戦を聞き終えるとアーサーは幾つか質問をし、それも終わると一礼して天幕を辞した。

 ホーキンスはこの後率いる諸侯らに作戦を説明しなければならないし、アーサーはアーサーで自らが率いるレッドコートの各大隊長や議長軍連隊長と作戦会議をしなければならない。

 クロムウェルより独立行動の許可(恐らく、議長権限の拡大を狙ってのものだろう……)を受けたアーサーはホーキンスの指揮下に無いため、こうして手間のかかるやり方をしていた。ホーキンスはやり辛いだろうが、アーサーとしては身軽で楽である。

 こうして、今回の戦いでもレッドコートは戦場の自由を得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日後

 

 トリステイン・ゲルマニア連合軍は結局不和を解消し切れなかったのか、些かいびつな陣形で神聖アルビオン共和国軍の前に戦列を組んだ。

 アーサーらから向かって右側にゲルマニア軍8万。左側にトリステイン軍2万といるのだが両者は妙に離れており、中央に謎の空間が生まれている。

 

 対してアルビオン側は右翼にアーサーら1万2千(うち8千が議長軍)。中央、左翼にホーキンスら5万5千となっている。こちらは当然通常の戦列なのだが、明らかに軍装が異なっている為にどちらがどちらかは丸わかりとなっている。

 

 

 

 「閣下、準備完了しました!」

 

 「よろしい。砲撃始め!」

 

 「了解、砲撃はじめ!」 

 

 

 戦闘はアーサーらレッドコート付属部隊の12リーブル野砲の砲撃をもって始まった。丘の上に陣取った50門の大型野砲(当時としては)が唸り声を上げ、ゲルマニア陣営奥、メイジがいるであろう場所を狙って砲撃する。

 

 5キロメルも離れた位置からの砲撃に連合軍はなすすべも無いらしい。慌てて戦列を前進させ始め、戦闘行動をとろうと慌てだす。

 

 

 ……ゲルマニア軍のみが。

 

 

 

 

 

 

 「ひどいな、これは……。」

 

 

 アーサーの呟き通り、戦場には歪な光景が広がっている。一方的に砲撃を受けながら前進するゲルマニア軍。

 だが、トリステイン軍は動かない。砲撃の対象とならなかった意味を勘違いしているのか、それとも連合軍の意味を解していないのか。それは分からないが、ともかく両軍は勝手に分断され始めている。

 アリビオン側もホーキンス将軍らは既に前進を始めており戦場の中央では双方が長射程の魔法を撃ちあい始めている。

 

 

 「まさかこれほどだったとはな。……まあいい、我々も前進しよう。全隊、前進開始!」

 

 「前進開始!!」

 

 

 アーサーの号令が伝令によって全隊に伝わると、一斉に鼓笛隊と軍楽隊(議長軍は鼓笛隊のみ。レッドコートのみ軍楽隊)がリズムを奏で、戦列歩兵の前進が始まる。

 両翼は単純赤服の議長軍8千。その間にアーサー直卒の肩にウィング、帽子に羽飾りを付けたレッドコート4千が並んだ戦列となっている。ちなみに砲兵は丘陵に陣取り続け、未だにゲルマニア軍のみを狙い続けている。

 

 アーサーらが右回りに弧を描くような前進を開始しゲルマニア軍側面を狙うべく動き出すと、ゲルマニア軍は押さえとばかりに素早く1万程の軍を抽出し、アーサー側へと前進させる。

 どうやらトリステインのことは当てにしないことにしたらしい。

 

 

 

 

 彼我の距離が300メイルとなると、ゲルマニア側は前進を停止し、突撃に備えた近接兵8500の後ろから魔法と弓矢を放つだけの「受け」の姿勢をとる。自らが押さえであることを理解した上での正しい行動だ。

 が、アーサーらは気にも留めない。軍楽隊と鼓笛隊のリズムと共に、速度を変えず前進を続ける。

 

 

 ダッダダダダ、ダッダダダダ、ダッダダダダ…… 

 

 「後列詰めろ!」

 

 

 ドラムの規則的な音と、時折弓矢や魔法によって生まれた戦列の穴を埋める為の下士官の号令が響き渡る。

 中央では軍楽隊の勇壮なフルートの音色も聞こえるが、兵士の目は皆死んだ無機質なものだ。それでも、ひたすら訓練を受けた戦列歩兵は前進を止めない。

 

 

 

 「メイク・レディ!!」

 

 

 距離150メイルにしてようやく前進を停止。大隊長らの号令で一斉に予め装填されている銃を構える。約1万の銃が一斉に構えられたゲルマニア兵の間に動揺が見られる。

 

 

 「テイク・エイム!!」

 

 「ファイヤー!!!」

 

 バババババーン!!!!

 

 「セカンドライン、ファイヤー!!!」

 

 バババババーン!!!!

 

 「メイク・レディ!!」

 

 

 間髪入れぬ2斉射で、ゲルマニア側前衛3千が一気に消失する。実際はここまでの前進でアーサーらが受けた被害とほぼ同数なのだが、瞬間的に部隊の前部のみが消失する初めての現象に、ゲルマニア側は浮き足立つ。

 前に立っていた兵士は必死に後ろ側に潜り込もうとし、後ろ側も勝手に後退しようとする。

 もうもうと立ち上る硝煙に敵の様子が見えないのも混乱を加速させる原因となっている。

 

 ゲルマニア側指揮官は突撃か、対峙かで迷う。

 が、

 

 

 「テイク・エイム!!」

 

 「ファイヤー!!」

 

 バババーン!!!

 

 「セカンドライン、ファイヤー!!」

 

 バババーン!!!

 

 

 15秒と経たずに4千のレッドコートが古参の名に恥じない装弾速度を発揮し、射撃。その15秒後には1万の一斉射撃。

 これにより、前衛は完全に混乱。戦列を崩し、その混乱は後衛にも伝わっていく。

 硝煙の向こうでの敵の混乱は音と、何より弓矢や魔法による攻撃頻度の低下でアーサーにもしっかり伝わってくる。

 

 

 「前進射撃!」  

 

 「了解!10歩前進!」

 

 ダッダダダダ、ダッダダダダ、ダッダダダダ……

 

 

 アーサーの号令下、レッドコートは一発撃つごとに10歩前進するという前進射撃を開始。進むごとに命中率は飛躍的に上がるため、ゲルマニア側の混乱は更に加速する。

 こうなればもはや敵側指揮官にできる混乱回復手段はほとんどない。

 

 

 「……来るぞ!」

 

 「メイク・レディ!!」

 

 

 50歩程進んだところで、敵側から喚声が聞こえだす。それを把握した大隊長らは一斉に前進を停止させる。

 

 

 「テイク・エイム!!」

 

 「ファイヤー!!!」

 

 バババババーン!!!!

 

 「セカンドライン、ファイヤー!!!」

 

 バババババーン!!!!

 

 

 混乱回復の為突撃を決断したゲルマニア側指揮官は、まさかここまでアーサーらが接近していたとは思ってもいなかったのか。硝煙で見えなかったせいもあり、突撃助走中の無防備な姿で一斉射撃を受ける。

 彼我距離は60メイル。鉛玉は前衛どころか、後衛まで溶かす。

 後に残るのは呆然とする数百名のみだ。彼らには実質10分と少しで9千人が消えたように感じたことだろう。

 

 

 「チャージ!!!(突撃!!!)」

 

 

 その敵も、続く銃剣突撃により壊滅。

 硝煙の中ゲルマニア軍1万は文字通り壊滅した。

 

 

 

 

 

 

 戦場を包んでいた硝煙は30分ほどで晴れ、銃剣突撃で崩れた戦列もそれとほぼ同時に回復する。

 アーサーが前方を見れば、僅か1キロメルほどの地点でホーキンス将軍とゲルマニア軍本隊が戦っているのが見える。

 ホーキンス将軍の兵の采配と、何より友軍であるはずのトリステイン軍の不動によりゲルマニア軍はいっぱいいっぱいとなっているらしく、こちらを向く側面は無防備だ。

 

 

 「勝ったな!全隊前進!マーチングマーチをかき鳴らせ!奴らの横っ腹を殴ってやれ!!」

 

 「「「オオーッ!!!!」」」

 

 

 戦闘後の興奮もありアーサーが思いっきり叫べば、部下のレッドコートからも喚声が上がり、直ぐに勇壮なマーチとドラムが全隊から奏でられる。

 未だ9000を誇る横一直線の戦列歩兵は一気に前進を開始した。

  

 

 

 

 この後、無防備な側面にいきなり斉射を何度も食らったゲルマニア軍は恐慌状態に陥ることとなる。トリステイン軍はそれを見てようやく重い腰を上げたがもはや遅きに失し、連合軍は大敗を喫したのであった。

 

 退却を開始した連合軍に対する追撃は日暮れまで続き、ゲルマニア軍の混乱こそ何とか有能な指揮官により収拾がついたものの、大きな損害が生じた。

 神聖アルビオン共和国軍側ではこの日の暮れ、今後の追撃戦についてアーサーとホーキンスの間で話し合われた。

 

 

 

 

 「夜間行軍だと?」

 

 「ええ。敵は追撃を恐れ、早朝から行軍を開始するでしょう。そこを狙い、今晩中に回り込み、明日奇襲を仕掛けようと思います。」

 

 「ふむ。……悪くは無いが、可能なのかね?」

 

 

 アーサーの提案に対しホーキンスは疑問を呈す。月明かりしかない夜間は視界は1メートルを切る。そうなると行軍しようにも兵は逃げる、はぐれる、こける、迷うとまともに動くこともできなくなるのだ。

 かといって盛大に灯りを点して歩けば翌朝の奇襲までばれてしまい、行軍する意味がなくなる。

 

 

 「鼓笛隊のドラムはそう遠方に響きませんし、隊列を維持させます。それに我々は近辺の詳細な地図を持ちますので、ある程度の無理は可能でしょう。」

 

 「……そうか。ではそうしてくれ。こちらは無理はできんが、君たちの分のかがり火を余分に点すぐらいはできるだろう。」

 

 「はっ。ありがとうございます。」

 

 

 先の戦闘以来少し打ち解けたかもしれない、とアーサーは思いつつ一礼し天幕を去る。

 ここであと一撃加えることができれば、連合軍は空中大陸から突き落とされることになる。そうすれば密約どおりガリアは支援の手を差し伸べるだろうし、いかなゲルマニアとトリステインと言おうがおいそれと手は出せなくなる。そうなれば後は議長が音頭を取って聖地奪還の聖戦でも唱えれば戦争は有耶無耶になって自分も幸せだ。

 

 そんな、直近事態にはリアリストながら長い目では甘いところだらけのアーサーはうきうきで自らの天幕に戻り、議長軍の連隊長らにブーイングを受けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜

 

 深夜には少し早く、月が中天に昇る頃にアーサーら8500名は縦隊を組み、少しいつもより小さめのドラムの音と共に出立した。

 月明かりしかない為に隣の戦友の顔しか見れず、軍楽隊のマーチでもないので非常に心細くなるが、それでも隊は一糸乱れず行軍した。

 ぶっちゃけ心細いとは言っても矢も魔法も飛んでこないし、これが成功すれば下手すりゃ明日の戦闘はほとんど敵の抵抗がなくなると聞いているので儲けものと言えば儲けものなのだ。

 アーサーも欠伸を噛み堪えながら馬に揺られることにする。

 

  

 

 

 「……!?」

 

 

 どこまで進んだことだろうか。懐中時計こそあるものの、明かりも無いために確認できなかったが行軍を開始してしばらくした頃、出立した本陣から大規模な魔法の明かりがあがった。

 

 行進は止まらないが、それでも兵らの間にざわめきが起こる。考え難いが、自棄を起こした敵軍が夜襲したという可能性もある。

 不安の声を上げる部下たちにアーサーは口を開く。

 

 

 「聞け!この状態で夜襲を行うなど愚か以外の何物でも無い選択肢!今日の戦闘で強かったゲルマニア軍がするはずも無い!するとすれば!今日怖気づき、盟友の危機にも戦わなかったトリステイン軍だけだ!

 ホーキンス将軍は臆病者に負けるか!?なぜ不安がる必要がある!今この瞬間、我々は勝利への道を歩んでいる途中なのだぞ!!」

 

 

 決まった……!ご先祖様の日記帳にあった演説語録!!

 

 と、アーサーが思っていると、次第に兵士らの声はなくなった。

 

 

 ちなみにもともと兵士らは特に不安がってもおらず、無駄話を始めた兵士らに対し下士官が物理的制裁を課しただけだったというのが事実だったりする。

 

   

 

 

 翌朝

 

 アーサーの読み通り早朝から軍を出立させた連合軍は、朝靄の中街道脇から一斉射撃を食らい、大混乱になりながら撤退を開始した。

 夜間行軍の疲労でアーサーらは追撃ができなかったものの、恐慌状態となった連合軍はスカボローに辿り着くまでに残存部隊の半数を逃亡により失うこととなる。

 

 

 昼になり捕虜1名と共に合流したホーキンス将軍とアーサーは互いの勝利を祝いあい、その報告をクロムウェルのもとに送った。

 陣を敷きクロムウェルの命令を待つ2人の元に、まずガリア艦隊が援軍として現れたことが伝えられた。

 ホーキンスとアーサーは胸をなでおろし、戦争の終結に胸を躍らせた。

 

 

 かくして神聖アルビオン共和国は見事トリステイン・ゲルマニア連合軍を退け、見事旧来通り列強国の一員であることを示したのであった。

 

 

 

  

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続きました。長くなった代わりに、ロマン成分が希釈しちゃった気がしますが……。

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