助けの声を。墓標が望む弔いを。
しったことか、と切り捨てない君は。
――悪魔を従えている。

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交差系アプリケーション!

 その女子高生はやや跳ねた髪型の……まあ特筆することは特にない、どこにでもいる普通の女の子だった。

 普通じゃなかったのは彼女が現れた場所と、彼女が大事そうに抱えていたスマートフォン――その中にあったあるアプリ。

 

『イセカイナビ』

 

 巷を騒がせる心の怪盗団――彼らには見覚えしかないそのアプリは、目が開いたアイコンをでかでかと主張していた。

 

 

 ……思い出すのはあの時のこと。オタカラを盗む前にパレスの下見をする、実に怪盗然とした行為。その真っ最中、突然、前触れも何もなく。シャドウの上に彼女が落ちてきた。

 

 軽い悲鳴。アクマ、どうして、皆はどこ――。

 

 スマートフォンを武器でも構えるかのようにしっかりと握り、シャドウは突っ込むように足が動いて……パニックだ。早く助けないと、と行動を起こす怪盗団。認知の世界でのみ使える銃を構え、シャドウに向けて放つ。

 どうやら音で気がついたようだ。こちらを見た。こっちへ、と誘導。困惑しながらもこちらへ駆ける彼女。彼女を追いかけるシャドウはペルソナを召喚し迎撃する。現実ではあり得ない不思議な光景。彼女は目をまん丸にして見ている。

 シャドウを掃討し終え、軽く仲間内で相談。何も知らない彼女を置いて、もしくは連れてこれ以上パレスを行くのは危険だと判断、帰還の準備を進めた。

 

 

 

 ――怪盗団は幸か不幸か気が付かなかった。彼女のスマートフォンにはイセカイナビとは違う、そして恐ろしい()()を召喚するアプリケーションがあったことに。

 

 

 

 

 ――不思議なアプリがある。

 

「ネットにある噂でしかないんですが、その内容がどうも気になって」

 

 パソコンを弄りながら孫 翔(ソン・シャン)はそう言った。眼鏡に反射する文字の群れがスクロールと共に流れていく。

 

「詳細は不明ですが人の心の中に入れる、だとかなんとか。普通にダウンロードする事はできず、特別な人間だけが手に入れることができる。名前は『イセカイナビ』――噂なのにここまでしっかり設定が作られているのは妙じゃありません? 作り物だとしても、噂がまだ一定数流れ続けていてどうでもいい与太話として消えることがない」

 

 

「そしてなにより……この噂、発信源がよく分からないんです」

 

 

 チェアを回転させ、皆の方を向いた。大学生とは思いにくい低めの身長と童顔がよく見える。

 

「ある日同時に、出身地も年齢も性別も違う人物が、全く同じ文章でSNSで呟いた。これはもう偶然とは思えない。なんらかの干渉を受けたと見るべきでしょう」

 

「つまりマジにある物の可能性が高い、って訳か。イセカイ、異世界ねぇ……」

 

 布施 太郎、コードネーム『メガキン』。有名動画配信者である彼が本気で悩む顔は、大衆がけっして見ることはないだろう。彼が今悩む理由は次の動画のネタが浮かばない、といったものではない。もっと別の――災害の被害規模がどうなるかを思考するような、深刻なもの。

 

「今も異世界転生、異世界転移など異世界モノは流行っていますから。もしかしたら若者たちを狙ったアコライツの罠かもしれません」

 

 蔡 正雲(ツァイ・ジュンユン)、コードネーム『カンガルーボクサー』。見た目に合わずオタク趣味を持つ彼としてはイセカイを騙るそれを看過できないようだ。

 

「はぁ……そんな現実逃避して何が楽しいワケ?」

 

 高殿 栞、コードネーム『しおにゃん』。高い才能を持つが故の、他者に対する毒舌とも取れる厳しい言葉は今日も絶好調だ。

 

「いえ、現実と離れているからこそ楽しいんでしょう。サバゲーだってその一つです。銃を撃てる。銃で撃たれても死なない。現実ではあり得ないことなんですから」

 

 龍造寺 梨花、コードネーム『テンプラドラゴン』。超お嬢様学校、と言われる九段下女子学園に通うツンとした才女……に見えるが内面はサバゲーショップに目を輝かせるガンマニア。サバゲーを例えとして用いていることからもそれが分かるだろう。

 

「ま、現実離れガーとかアタシらが言えたことじゃないんだけどね」

 

 上田 リリン、コードネーム『アイリーン』。個性的に纏めたツインテールを揺らしながら呟く。

 

 

 現実離れ。

 そう、彼らは皆、スマートフォンにインストールした『悪魔召還アプリ』を使って戦う『悪魔使い』。

 

 

 悪魔はファンタジーなものではない。確かにこの世界に存在し、人々へ影響を及ぼしている。東京という土地を守る存在もいれば、人々へ危害を加える存在もいる。

 この前は東京に現れたデュオニュソスが豊穣の力を使い葡萄の育成を早め、その葡萄から作られたワインを一般人に飲ませて自身を崇める洗脳紛いのことをし、力を高めようとしていた……あの時は中々大変だった。

 

「『彼ら』は何か知っていたりするかい、ルーキー?」

 

 ルーキー――そう呼ばれた女子高生はスマートフォンの画面に映した不思議な格好をした女性や男性と一言二言言葉を交わし……首を横に振る。

 アプリケーションの中にあるのはデジタル化された本人ではない影法師。あまりに強い力を持つため完全な複製は出来ないが、ある期間までの記憶を持った存在として召喚できた者達。

 

 

 魔女ベヨネッタ。魔人ダンテ。英雄ガッツ。

 

 

 こことは異なる世界で出会った人々であり、そのいずれも特殊な力を持っていた。

 彼等と出会うきっかけとなった騒動達は大きく広がらなかったから良かった。だが、もしそのイセカイナビとやらが扉となって異世界へ行くだけでなく、こちら側へ異世界の浸食が起きるとしたら――。

 

「危険ですね」

 

「警戒するに越したことはない。ここ一ヶ月で不自然な失踪者がいないか調査を頼むぞ」

 

 皆それを聞き了解、と答えた。

 

 

 ――二週間。長いような短いような時間が過ぎたが、手がかりは何一つとして見つからなかった。そんな矢先、声が聞こえた。

 

『見つけタ、ゾ……』

 

 不思議な夢を見ているようだった。あまりにも現実味がない造形と色彩にぐるりと囲まれて、継ぎ接ぎの大きな金色がそれらよりも輝いて。

 

『まだ、私ハ、敗北してなどいなイ……!』

 

 目を貫くような金色の光。何かに絡めとられる。仲間が君を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 少しの浮遊感と圧迫感。目眩。解放されて視界が落ち着き……目を見開く。

 

 

 東京――のはずだ。風景が、空気が、行き交う人々が、ここは東京だと示している。でもどうしてか、違う、と思ったのだ。

 

『秀尽学園』

 

 リベレイターズとしての活動をしている中でそんな学園、聞き覚えがなかった。まさか知らない場所へ落とされた? 現在地を確認しようとスマートフォンを起動しマップアプリを開こうと…………ぎょっとする。

 

『イセカイナビ』

 

 噂の、あのアプリケーションがインストールされていた。じゃあ、まさか、と思い動画チャンネルを検索する。

 ………………メガキンの動画が無い。あり得ない。

 知っている限りのことを検索する。ヒットしない。

 トップニュースを確認する。『心の怪盗団』『改心』『自供』『探偵王子』……何も見覚えがない。

 

 それじゃあ、まさか。

 

「ここは、異世界――?」

 

 ――ひっ、ヒット。カイシッ、しシししまあす。

 

 バグりかけのような機械音声がスマートフォンからした。

 そして、落下したのだ。

 悪魔のようなシャドウが徘徊する、あの場所へ。



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