まどマギ見たことねえんだけど、どうやら俺は主人公らしい 作:東頭鎖国
──夢を見た。
嵐が巻き起こり、大地は裂け、見滝原の街は瓦礫と化していた。
爆音と閃光のする方を見上げてみると、一人の女の子が巨大なバケモノと戦っていた。
しかし力の差は歴然らしく、女の子は為す術もなく瓦礫の塊に吹き飛ばされてしまう。
「ああっ!」
「やはり彼女一人では荷が重すぎたようだね」
なんか白い生き物が俺に話しかけてくる。
犬? 猫? 兎? 四足歩行の動物なのは確かだけど、知っているどの動物とも違う生き物だ。
不思議とそれを疑問に思うこと無く、俺はそいつに訊く。
「おい、このままじゃあの子どうなっちゃうんだよ!」
「このままだと、まず間違いなく死ぬだろうね。でも、君なら運命を変えられる。だってキミには──」
「よっしゃ助けに行くぞ!」
「あっ、ちょっと、最後まで話を」
「いくぜいくぜ~~!」
降りかかる瓦礫の雨をかわしながら、急いで女の子のところに駆け寄ろうとする。
しかし足元の石につまづき、転んでしまって……。
「あっ」
倒れた俺の頭上に瓦礫が迫る。そしてそのまま下敷きに──
「うわぁぁぁぁっ!?」
ガバっとベッドから起き上がる。
ぱちぱちと目を瞬かせ、周囲を確認する。俺の部屋だ。
「夢か……でもこれって……やっぱりそういうこと?」
夢に出てきた白い生き物は以前見たことがある。
俺がこの世に生を受ける更に前……そう、前の人生の時だ。
・・・・・・
俺こと鹿目まどかには、いわゆる前世の記憶ってやつがある。
……といっても、もう昔の名前も覚えていないくらい曖昧な記憶だけど。
前世では『魔法少女まどか☆マギカ』ってアニメが存在していた。
ピンク髪の「鹿目まどか」って子が主人公の魔法少女アニメだ。
そう、何を隠そう俺もピンク髪の鹿目まどかなのだ。
さっき夢で出てきた生き物は……確かそう、キュゥべえってやつだ。黒い女の子も見たことがある……名前、なんだっけ? 確かほむ……なんちゃら。多分聞けば思い出すんだけど……。
そう……俺は魔法少女まどか☆マギカを見たことがないのである。
有名だから存在は知っていたが、なんか暗い話だと聞いていたのでちょっと視聴する気になれなかったのだ。こんなことになるんだったらちゃんと見ておけばよかった!
俺が持っているまどマギの知識を簡潔にまとめると、
・主人公は鹿目まどか 中学2年生
・なんか魔法少女が5人いる
・キュゥべえとかいう白いのがいる
・マミさんって人が首取れて死ぬ
・魔法少女の子がひどい目に遭う
・暗い話
せいぜいこれくらい。我ながらカスみたいな知識量である。
それでも見ていないアニメの内容をこれだけ覚えてるなら上々なのかもしれない。
人死にが出る暗い話なんだから対策くらい取りたいところだったけど、この知識量じゃどうにもならないので開き直って普通の人生を送っていた。
もしかしたら偶然の一致で、何も起きずにそのまま暮らせるかも知れないし。
そんなことを考えながら、ふと時計に目をやる。
「……あ」
寝坊だった。
起きるかも分からない危機よりも、目の前の現実のほうがよっぽど切羽詰まっていた。
・・・・・・
「おはよ~!」
「おはようまどか。朝ごはんできてるよ」
「いただきまーす!」
大急ぎでガツガツと食らいつく。どんなに時間ギリギリでも朝ご飯はしっかり食べるのが俺のポリシーだった。
お父ちゃんの作ってくれるご飯はおいしいからひとつも残したくないのだ。
「ごちそうさまー! 今日もおいしかった!」
「ようまどか、相変わらずギリギリじゃないか」
ちょうど俺が食べ終わったタイミングでお母ちゃんがやってくる。
「あ、おはようお母ちゃん! 走れば間に合うからセーフ!」
そう言ってカバンを引っ掴んで家を出ようとするところを、お母ちゃんに止められる。
「待ちな。せめて髪くらいはちゃんとしていくんだよ」
「ん」
お母ちゃんはそう言って俺の後ろ髪をリボンで結んでくれる。
俺は自分の髪の毛に無頓着だけどお母ちゃんは「せっかく可愛いのに、もったいないねえ」
って言っていつもポニーテールにしてくれる。
もっと動きやすい髪型のほうがいい! という俺自身の希望だ。
「よし出来た、っと。やっぱり似合ってるね、まどか」
「ありがと、それじゃ行ってきます!」
「まろかー」
「おう、タッくん。今日もいい子にしてなよ!」
そのまま全力疾走で学校まで駆け抜ける。ガキの頃からずっと寝坊助なため、もはや習慣と化している行為だ。最後に歩いて学校まで通ったのなんていつだったか覚えていない。
前世ではここまで遅刻してなかった記憶があるけど……お母ちゃんも朝が弱いし、遺伝ってやつなんだろうか?
そのまま校門を駆け抜け、教室にダッシュで滑り込む。
「セ~フ!」
「おはよーまどか。またギリギリじゃん」
「間に合うからいいんだよ、さやちゃん」
一人の女の子が声をかけてくる。
さやちゃんこと、美樹さやか。俺の幼馴染だ。
彼女とは気が合うんで、よくつるんでいる。裏表なく表情豊かで面倒見もいい、気のいいやつだ。
……そういえば、さやちゃんもアニメの『まどマギ』に出てくる魔法少女なんだよな。
魔法少女ってすごいメルヘンチックな響きだけど、さやちゃんってあからさまに女の子っぽいモノに対して『あ、あたしには似合わないっての!』って言って遠ざけるクセがあるからな……なんか、ちょっと想像つかない。
「どしたのまどか、ボーッとしちゃって」
「え? あ、なんでもない。考え事してた」
「まどかが考え事!? そりゃまた珍しい」
「え、俺普段なんにも考えてない人みたいに見られてるの?」
キンコンカンコンとチャイムが鳴り、他愛のない会話は中断される。
朝のHRは例のごとく担任の早乙女先生が彼氏にフラれた話から始まり、教室内が『ああ、やっぱりな……』という生暖かい雰囲気になる。
「あとそれから、今日は転校生を紹介します!」
「そっちが後回しかよっ!?」
さやちゃんのツッコミをスルーして、先生は教室の扉に目を向ける。
「さ、暁美さん。入ってらっしゃい」
扉が開き、入ってきたのは……流れるような黒髪の、綺麗な女の子。
男なら、いや女でも、誰もが息を呑むような美少女だった。
「すっげぇ美人……」
さやちゃんがぼそりと呟く。他のみんなも同じことを思っていたのか、教室内は静まり返っていた。
だが俺は、別の理由で静まり返っていた、
……き、今日の夢の中に出てきた子~~!!
「はい、それじゃ自己紹介いってみよう!」
「……暁美ほむらです。よろしくおねがいします」
暁美ほむら
暁美ほむら
暁美ほむら
……なんか、聞き覚えある名前~~!!
頭の中で、前世の記憶のピースがガッチリハマる音がした。
『あ、物語が始まっちゃったんだな』というのが直感でわかった。今日の夢は、間違いなくその暗示だ。
近い内に身の危険が降りかかる可能性がめちゃくちゃに高くなったし、これから気をつけなきゃいけない。でも、気をつけるって何を?
これから何が起こるのか、なんにも知らないぞ?
……ま、いっか!
元々考えるのは苦手だ。なるようにしかなるまい。
そう思ってふと転校生ちゃんの方を見ると、目が合った。
「……!」
俺の方を見て、目を見開いた。
……え、なんかめっちゃ見られてる?
とりあえずニコッとしながら手を振ると、転校生ちゃんはふいっと目を逸らしてしまった。
ありゃ、恥ずかしがりの子なのかしら。転校してばっかりで不安も多いだろうし、タイミングが合えば学校の案内とかしてやりてえな。
なにより、美人とお近づきになれるチャンス! 何が起こるかわからない将来に対する不安よりも、良いことが確実に起きている現在の楽しみのほうが大きく勝っていた。
……とりあえず、今のところは。