まどマギ見たことねえんだけど、どうやら俺は主人公らしい 作:東頭鎖国
「魔女の口づけ……って、なんスか?」
「早い話が、マーキングよ。魔女の標的にされた証。あれを付けられた人間は負の感情を増幅させられて、やがて魔女の餌にされてしまう」
マミ先輩の表情は強張っていた。俺もやばいと思う。よりによって、さやちゃんが!
さやちゃんは小さい頃からの友人だ。俺にとって無二の親友といっても過言ではない。それが魔女に狙われてるなんて聞いたなら、とても黙ってはいられない!
「こうしちゃいらんねえ! 助けないと!」
今すぐにでも走ってそばまで近づきたい所だけど、ほむちゃんに腕をグッと掴まれて動けない。
「あなたの出る幕ではないわ、まどか」
「でも!」
「そうよ、これは魔女の仕業。ということは、私達魔法少女の出番ってわけ。それに……『自分が出来ないことは人にやってもらう、これが楽しく生きるための秘訣』でしょう?」
「あ……!」
それは、他でもない俺がマミ先輩に言った言葉だった。マミさんは微笑みながらウィンクしてくれる。ありがたい。やっぱりマミ先輩、めっちゃいい人だ……。
しかしほむちゃんは真剣な表情で、マミさんに問いかける。
「巴マミ……あなた、やれるの?」
「……正直、まだ怖いわ。でも、大切な後輩が……友達が、困っているんだもの。ここで頑張らなきゃ、カッコ悪くて仕方ないじゃない?」
そう言って微笑むマミ先輩の手は、震えていた。
ほむちゃんがそれを見咎めて、眉をひそめる。
「あなたが無茶する必要はないわ、巴マミ。魔女は私が倒すから、あなたはまどかから目を離さないでちょうだい」
「……わかったわ。不甲斐なくてごめんなさい」
「謝る必要はないわ。それよりも、今は美樹さやかを追うことが先決。あの覚束ない足取りを見る辺り、魔女のもとに誘導されているはずよ。美樹さやかの後についていけば、必ず魔女の居場所までたどり着けるはず」
ほむちゃんの言葉に従って、俺たち三人はこっそり後をつける。しばらく歩いていると、他にも同じような様子の人たちがさやちゃんに合流してきて、一路同じ方向を目指していた。
目指す先は、ある一軒の建物。
「これって……町工場? よく知らんけど」
「ええ。でも経営破綻で近いうちに潰れるはずの場所よ」
「へぇー、詳しいなほむちゃん。転校してきたばっかりじゃなかったっけ」
ほむちゃんは返事の代わりにファサッと髪をかき上げる。
なんか適当に誤魔化された気がする、これ。まあ、大したことじゃないからいいけど。
「とりあえず、中に入りましょう」
三人でこっそりと工場内に入る。ざっと二十、いや三十人はいるのか? 魔女の被害規模って、俺の想像している以上にでかいのかもしれない。
「……そうだよ、駄目なんだ。こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった。今みたいな時代にさ、俺の居場所なんてあるわけねぇんだよな」
くたびれたおっさんが、ぼそぼそと独り言を言っている。その横でくたびれたおばさんがポリバケツを持ってくる。一体なんだ? と思って様子を見ていると、何やら洗剤を二本持ってきて、バケツの中にどぼどぼと入れ始めた。
「ほむちゃん、あれって」
「ええ、まずいわね」
どっちも見たことあるパッケージの洗剤だ。そして、混ぜてはいけない組み合わせ。
お母ちゃんに教えてもらったことがある。ああいうのを混ぜてしまうとやばい毒ガスが出て、死の危険もあるって。
「二人とも、魔法少女に変身するのってどんくらいかかる?」
「数秒ってところね。暁美さんは?」
「私も変わらないわ」
「今は一刻一秒を争うから……先輩、変身したら後ろから足止めお願い! ほむちゃんは後から俺に追いついて!」
俺は全速力で走り出す。
掴みかかろうとする人たちの間をかい潜り、バケツまでの距離を詰めていく。
だけど……他でもないさやちゃんに立ちはだかられ、足を止められてしまう。
「ダメだよまどか? あんた昔っからチョロチョロとすばしっこかったね……まったく、ほんと、抜け目ないんだから。そうやって、恭介のことも私の見えないところであんたが……だから、邪魔されないように捕まえとかないとねえ!」
「何わけわかんないこと言ってんだよさやちゃん! 離してくれって!」
抜け出そうともがいていると、黄色いリボンが後ろから飛んでくる。マミ先輩の魔法だ。
さやちゃんを俺から引き剥がし、拘束してくれた。
「サンキュー先輩!」
同時にほむちゃんも俺に追いつき、俺の手を握る。
それと同時に、周囲の時が止まった。
「ほむちゃん!」
「今のうちに行くわよ、まどか」
ぴたりと止まった人々の間をすり抜けるのは容易なことだった。あっという間にバケツの目の前までたどり着く。こんなもん、とっとと風通しのいい場所に退けてしまうに限る!
「ほむちゃん、俺バケツ持つよ!」
「ええ!」
ほむちゃんが俺の手を離す。かちりと時が動き出す。工場内の人が俺に殺到してくるが……俺に追いつくには、もう遅い!
「せいやぁぁー!」
俺は気合を込めて、窓めがけて思い切りバケツを投げつける。窓は勢いよくブチ割れ、晴れてバケツは外に出すことが出来た。これでガスの心配はあるまい。
ふー、これで一安心……と思いたかったが、どうもそういうわけにはいかないらしい。
虚ろな目付きの人たちがみんなこちらのほうを見つつ、ゆっくりと近づいてくる。
「も、問題解決してないんだけど~!」
「それはそうよ、自殺の原因は止めたかもしれないけど魔女に対してはなんの処置も出来ていないもの」
「こういう場合、どうすんのよ」
「手加減しながらこの数を捌くのは少し骨ね……逃げつつ魔女の結界を探すわよ」
「鹿目さん! 暁美さん!」
マミ先輩が悲痛な声を上げる。どうやら、心配してくれているようだった。
俺は先輩の不安を払拭するように、努めて明るい声で返す。
「こっちは大丈夫、ほむちゃんがついてくれてるし! 万が一のためにマミ先輩はさやちゃんのこと見といてくれ、頼む!」
「……わかったわ、二人とも無事でね!」
・・・・・・
その後しばらく走ってドアのある場所までたどり着き、鍵をかける。ドンドンと複数人からドアを叩かれているが、さすがに金属扉を破られることはそうそうあるまい。俺はふう、と一息つく。
「そういや、こういう時には時間止めるやつ使わないの? あれ使ってる間に全員倒せそうだけど」
俺はふと浮かんできた素朴な疑問を口にすると、ほむちゃんは無表情のまま答える。
「理由は三つあるわ。一つは、一般人全員を戦闘不能にするための加減がわからないこと。もう一つはまどかも体感しているように、相手の身体に触れている間は時間停止が通用しないこと。そして、最後に……この能力は無限ではないの。だから使わなくてもなんとかなる状況なら極力使わないことが望ましいわ」
「あー、なるほどね……しかし、これからどうする? あれから逃げながら魔女探すの、思った以上にキツくない?」
「いえ、その心配は無いみたいよ」
ほむちゃんの言葉の意味は、すぐにわかった。周囲の景色が歪み始めたからだ。これって、魔女が出てくる時のやつ!
「なるほどね……うおぉっ!?」
「まどか!」
なんかパペット人形みたいなちっちゃい奴らが俺にまとわりついてきて、俺は引きずり込まれる。ほむちゃんは驚くとともに、何かを考えるような様子を見せて……結局助けに入ることなく、俺の身体は完全に結界の中に引きずり込まれてしまった。
ふわふわと、水に揺蕩うような感覚。息苦しくはない。身体がふよふよしてて、なんだか変な感じ。
目の前にテレビが出てくる。今日び懐かしい、ブラウン管のやつだ。
その画面には、なんと……前世の俺が映っていた。
えっ、マジで! うわぁ、懐かしいなあ。まさか今世になってから見れると思ってなかった。場面は……ああ、あの時。そうだ、友達と遊ぶ約束してたんだ。友達と公園で待ち合わせしてて。友達が横断歩道を渡ってこっちに来ようとした時に……赤信号のはずなのに、トラックが突っ込んできて。
……気付いたら、身体が勝手に動いてたんだった。
友達はギリギリ無傷だったけど、俺はボロ雑巾みたいになっていた。あの時は無我夢中になってたし痛みも麻痺してたから全然気にしてなかったけど、客観的にその光景見るとやばいな俺の怪我。そりゃ友達も泣くよ。
『気に病むなって……俺がやりたいようにやっただけなんだから。ほら、泣くよりも、笑ってくれよ。な?』
いやー、今思うとだいぶ無茶言ってるな、この時の俺。結局友達は泣いたままだし。そのまま画面は霞んで……砂嵐になってしまった。俺がやりたいように行動した結果だから後悔はないんだけど、やっぱり友達が泣いたままだったのは見てて心苦しかった。これが未練ってやつなんだろうか。
そんなことを思っていると、魔女が次の映像を見せようとしてくる、次は何かなーと呑気に思いながら待っていると、銃弾が画面を穿ち、再び映像は砂嵐に変わる。続けざまに飛んできた銃弾でテレビは蜂の巣になり、魔女は爆散する。前の魔女が信じられないくらいにあっさり終わったな、こいつ。
後ろを見ると、拳銃を構えたほむちゃんが立っていた。
「いやー、助かったよほむちゃん」
そう言って駆け寄ろうとするが──
「近づかないで」
ほむちゃんが銃口をこちらに向ける。俺は思わずピタッと足を止めてしまう。
なんで、ほむちゃんが? もしかして、まだ魔女の影響が残ってる? でもさっき魔女はやっつけられてたし、風景も元に戻っている。
「ど……どしたの、ほむちゃん?」
「申し訳ないけど、試させてもらったの。さっきの魔女は……捕らえたものの心を覗き、過去のトラウマを想起させる映像でじっくりと獲物を苦しめる魔女よ。だから、もしあの交通事故があなたの見たトラウマだったとしたら……アイツの画面には、その場面に居合わせていたあなた自身が映っていないとおかしいの。でもあの画面に映っていたのは見滝原ではない、知らない町並みに、知らない人間だけ。そこにあなたはいなかった」
ああ、そういうことか。あれは俺だけど、今の俺じゃないもんな。
ほむちゃんが警戒するのも無理ない、のか。ほむちゃんは警戒と困惑が混じった、複雑な……ともすれば泣きそうな顔をしていた。
ほむちゃんは感情を乗せない、冷たい声で俺にこう言った。
「教えて。