まどマギ見たことねえんだけど、どうやら俺は主人公らしい 作:東頭鎖国
「何、って言われても」
「答えて」
有無を言わせない表情だった。なんでこんなに怖い様子なのか分からないけど、隠し事をしていたのは事実。それに実際に見られているんだから、与太話だと片付けられることもあるまい。この話をする上で一番イヤなことってそれだから。
「仕方ないな。これはお父ちゃんとお母ちゃんにしか話してない事なんだけど……俺さ、前世の記憶があるんだ。さっきあの魔女が見せてたのは、それ。俺が男っぽい喋り方なのも、前の人生は男だったからなんだよね」
「前世の、記憶?」
ほむちゃんの瞳が揺れる。まあ混乱するよな、こんなこといきなり言われても。突然言っても受け入れてくれたお母ちゃんとお父ちゃんは例外中の例外だ。
「それじゃあ、あなたの精神は……本来のまどかではない、ということ?」
「本来の、まどか?」
それって、アニメに出てきた『鹿目まどか』のことか? ほむちゃんってもしかして、元の鹿目まどかのことを知ってるのか?
もしかして……俺と同じ、前世持ちだったりするのかな? まあ、それはどうでもいい。本人が話したいのだったらちゃんと聞くし、話したくないんだったら聞かない。
それに──こう聞かれたら、答えは一つに決まっている。
「俺は鹿目まどか、見滝原中の2年生! お父ちゃんは鹿目知久、お母ちゃんは鹿目詢子、好きな言葉は快食快眠! 部活は手芸部、そんでもって委員会は保健委員! 小学生の頃は特設陸上部と特設水泳部と特設合奏部の掛け持ちしてたし、運動会で応援団とかもやってた! 中学に入ってからはその反動でなんもやってない! たまーに気が向いたら手芸部に顔出してパッチワークとかやってるくらい! 最近はなんもやってないと自由に遊び行ったり飯食いにいったりできて幸せだなーって思いながら毎日生きてる!」
「……一体、何を言っているの……?」
「ほむちゃんの言ってる『本来のまどか』ってのがどんなのか、よくわからない。なんでほむちゃんがそんなこと気にするのかもわからない。たしかに俺は前世の記憶があって、ちょっとヘンなのかもしれないけど……でも俺はこの世界に産まれてからずっと、鹿目まどかとして生きてきた。お父ちゃんとお母ちゃんも前世があるってことを知った上で、その上で俺を娘として愛してくれた。だから! 俺は『鹿目まどか』だ! 本来とか、本来じゃないとか関係ない! 俺は俺の人生を生きてるから!」
俺は鹿目まどかとして生きていることに、一切の後ろめたさはない。
むしろ誇らしいとすら思っている。だって──
『鹿目』って名字はお父ちゃんとお母ちゃんから受け継いだものだから。
『まどか』って名前はお父ちゃんとお母ちゃんから貰った大切なものだから。
それに恥じない生き方をしたいのだ、俺は。
「
そう言って俺は笑う。前世の記憶が薄れていることは別に悲観していない。俺は今を生きている。前世が薄まるってことは、今の人生での大切な想い出が増えているのと一緒だと思っているからだ。まあ……少しだけ、寂しくはあるけど。
「俺に言えるのは、これくらい。ほむちゃんが納得できるかどうかは分からないけど」
ほむちゃんの表情は、形容しがたいものだった。驚いているような、悲しんでいるような、落ち込んでいるような。その内心を想像するのは、俺にはちょっと難しかった。
長い沈黙がその場を支配する。十秒くらいは経っただろうか。ほむちゃんがおもむろに俺に向けていた銃を下ろし、背を向ける。
「……ごめんなさい。考えを整理する時間を、ちょうだい……」
そのまま、ほむちゃんはとぼとぼ去っていく。その背中は、やたら寂しそうに見えた。
さっきまで魔女と大立ち回りを繰り広げていた人物ととても同じには思えないくらい、小さな背中。
それを見送っていると、後ろから声が聞こえた。マミ先輩の声だ。
「鹿目さん、大丈夫!?」
「マミ先輩! 俺は大丈夫、ほむちゃんが魔女をやっつけてくれたからな」
「その暁美さんは?」
「……先に帰っちゃった」
「そう……お礼を言おうと思っていたんだけど。それよりも、美樹さんが目を覚ましたわよ。でも、ちょっと様子が……」
「マジで! 今行きます!」
「あ、ちょっと!」
さやちゃんが目を覚ました! 無事で良かった! 急いでさやちゃんのもとに駆け寄る。意識を取り戻したって聞いたけど、さやちゃんは俯きながらその場に座り込んでいてちっとも動かなかった。
「さやちゃん、大丈夫か!?」
さやちゃんは虚ろな目をしたままだった。これは只事じゃない。後から追いついたマミ先輩が深刻そうな表情で呟く。
「目を覚ましてから、ずっとこうなの。魔女の影響は消えたはずなんだけど……。私がなにか言っても『私はダメな人間なんです、汚い人間なんです……!』って言うだけで」
「そんな……さやちゃん、大丈夫か! さやちゃん! 俺が分かるか!?」
さやちゃんの肩を揺する。なんとか正気に戻ってくれ!
俺の願いが通じたのか、さやちゃんの目に光が戻る。
「まど……か? まどか……まどかぁ」
さやちゃんの目から涙がこぼれる。止まらない。なんで、どうして? さやちゃんは滅多なことでは泣かない女だ。魔女に操られたのが、よほど恐怖だったのか。
そんな俺の想像は、とんだ思い違いだった。
「ごめん、まどかぁ……! あたし、あたし! あんたのこと、憎いと思っちゃったの!」
……え?
「美樹さん、気に病む必要はないのよ? 魔女は負の感情を増幅してしまうから、普段思わないような感情に支配されてしまうのも無理はないわ。悪いのは魔女なの。あなたは悪くない」
マミ先輩がさやちゃんを気遣って言った言葉も虚しく、さやちゃんの表情は晴れない。
「増幅するってことは、元々あったってことですよね。あたし、まどかにそんなこと思うなんて、思わなくって。私、最低だ……!」
さやちゃんは完全にパニックになってしまっている。憎いと思った、かあ。
確かにケンカは何回かしたことあるけど、そんな事言われるとは思いもしなかった。憎まれるいわれは……そこそこ心当たりあるな。結構俺の都合で振り回しちゃってる時あるし、何かにつけてさやちゃんに面倒かけてるし、ハンバーガー食いに行った時は毎回さやちゃんのポテト勝手に食べてるし……俺の普段の行動、さやちゃんの優しさに甘えている節が大いにある。
「憎いと思ったって言うけど、一体どのへん……?」
「……恭介」
「恭介って……ジョー? ジョーがなんか関係あんのか?」
意外な名前が出てきたことで、ちょっと困惑する。俺最近あいつと全然喋ってないし、特になんにもないはずなんだけど。あの事はお互いに秘密って決めたし。あいつ、さては決め事破ったのか?
「恭介ね、お医者さんに腕がもう二度と治らないって言われたの。それで荒れて、持ってきたCDプレイヤーも叩き割っちゃって……すごい血が出たのに、痛みも感じないって……!」
「そんなことになってたのか……それで、俺がどこで関係してるんだ?」
「恭介がポロッと言ったの。『まどかに逢いたい』って。なんで? って聞いたんだけど、理由は答えてくれなくて……結局気まずいまま病院出て。まどかと合流する気にもなれなくて。アテのないままふらふら歩いてたら、いつの間にか……」
「魔女に操られていた、ってわけね」
「そういうことに、なります。恭介……あたしのこと、一度も見てなかった。そこにいないまどかのこと、見てた。それがすごくモヤモヤして、嫉妬して……憎くなって。逆恨みもいいトコですよね、こんなの、それで、自分がすごくイヤになって。あたし、こんなに自分勝手で、最低で、汚い人間だったんだって」
「そんな事ない! さやちゃんは自分勝手なんかじゃない!」
「まどか……?」
感情から先に口が動いていた。俺が原因でさやちゃんが自分を責めて、泣いているのがすごくイヤで。なんとか泣き止んでほしくて、でも言うこと、なんにも考えてなくて。
「さやちゃんはめっちゃ思いやりあるし、良いやつだよ! 俺がいくら面倒かけても呆れはするけど一回も見捨てたことないし、俺が短距離走で一位取った時とかジョーがコンクールで最優秀賞取った時とかには自分のことみたいに一緒に喜んでくれたし、うちで飼ってた猫が死んじゃった時だって自分のことみたいに悲しんでくれただろ! ジョーの腕の件だってそうだよ! さやちゃん、めっちゃ良いやつなんだよ! 良いやつなんだから……」
気付いたら、俺の目からも涙が流れてきた。
感情が溢れて、止まらなくなって。
「だから自分のこと、最低とか汚いとか言うなよぉ……!」
泣き止んでほしいと思ってたのに、気づけば俺のほうが泣いていた。
「まどか……なんで、なんであんたまで泣くのよ。あんたが泣くことないのに……!」
そのままお互い涙が止まらず、二人でおいおい泣いていた。
滲んだ視界の端で、マミ先輩がわたわたと慌てていた。
・・・・・・
「二人とも、落ち着いたかしら?」
「……はい」
「……落ち着きました」
ひとしきり泣き果てて落ち着くと、ちょっと自分が恥ずかしくなる。
こんなに泣いたのいつぶりだろう。まだ鼻がズビズビ言ってる。
さやちゃんも泣き止んでいたけど、まだしゃっくりが止まらないみたいだった。
「とりあえず、ここから出ましょう。ほら、立てる?」
俺とさやちゃんはマミ先輩の手を取り、立ち上がる。
マミ先輩は困ったような笑顔で俺たちに言う。
「二人とも、よかったら私の家に来ない? もう夜も遅いから、外にいたら補導されちゃうかもしれないし……多分、今日のうちにちゃんと落ち着いて二人で話をしたほうがいいと思うから」
俺はさやちゃんとアイコンタクトを取り、お互いに首肯する。
「それじゃあお言葉に甘えます、マミ先輩」
「すいません、なんか……迷惑かけちゃって」
「いいのよ。あなた達の力になれれば私も嬉しいから。友達、でしょ?」
やっぱりマミ先輩、すっごく優しくていい人だ。俺の周り、優しくていい人ばっかりだ。
泣きまくって心細くなっているところに、その優しさがよく沁みた。
・・・・・・
──暁美ほむら
家に帰ると同時に、ベッドに倒れ込む。疲れ果てていた。
理由は考えるまでもない。まどかのことだった。
「前世の記憶、なんてね……」
今までにないケースだった。魔女の映像が見せたのは、私やまどかとはなんの縁もゆかりもなさそうな青年。一体何が原因で、彼の記憶がまどかに入ってしまったのだろう。
記憶……いや、魂と言ったほうがいいのだろうか。それが入り込んだまどかは、果たして私の知っているまどかなのか?
あの人は自分のことを鹿目まどかだと言ってのけた。一点の曇りもなく、堂々と。
事実、それは間違いではないのだろう。彼が鹿目まどかとして14年間生きてきたというのならば、家族や友人にとって鹿目まどかはあの人物しかいないのだ。そういう意味だと、あのまどかは紛れもなく本物なのだ。それに異を唱えられるのは、本来のまどかを知っている私だけ。
私が知っているまどかとは……違う。違う、はずなのに。
『今度一緒に遊びにいこうぜ、ほむちゃん!』
『仲良い人が命の危機だってわかったら放っとけないよ、俺。何にもしないで俺だけ助かるよりも、危険を冒して誰も死なないですむ可能性があるなら、俺はそっちを選ぶって決めてるから』
『俺はこの世界に産まれてからずっと、鹿目まどかとして生きてきた。お父ちゃんとお母ちゃんも前世があるってことを知った上で、その上で俺を娘として愛してくれた。だから! 俺は『鹿目まどか』だ! 本来とか、本来じゃないとか関係ない! 俺は俺の人生を生きてるから!』
在り方が、あまりにも私の知っているまどかを思わせて。
まどかじゃない筈なのに、ある意味まどか以上にまどかに近くて。
その矛盾が私の心をひどく掻き乱す。
今のまどかは……そう『最初』のまどかに似ていた。
私を暗闇から救い出してくれた人。最初の友達。そして……助けられなかった、私の後悔。
今回ほどではないにせよ、まどかには時間遡行を繰り返す度に多少の差異があった。それは魔法少女になるための願いであったり、性格であったり。
最初のまどかは活発でみんなを引っ張っていくタイプの子だったけど、魔法少女として一緒に戦うようになったループでは穏やかで仲間思いの優しいまどかで。そして私が魔法少女になるのを阻止するようになってからは、引っ込み思案で自信なさげで、でも芯の強さだけは変わらないまどかへと傾向が変遷していった。
繰り返す度にまどかと私の距離が離れていくように、まどかの方も私の知っている姿から少しずつ離れていっていたのだ。私は今まで、そのことに気づかなかった……いや、気づかないようにしていた。
私が救いたいのは……救いたかったのは、一体、何?
「……どうしたらいいの、まどか?」
その『まどか』は誰に向けた言葉だったのか、私自身でもわからなかった。