まどマギ見たことねえんだけど、どうやら俺は主人公らしい   作:東頭鎖国

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13話

 翌日の放課後、俺は一人で町に出ていた。

 さやちゃんはなんか用事があるからといって放課後即離脱、とみちゃんも習い事があるから今日は空いてない。マミ先輩は食材を買い込むため、セール中のスーパーに出かけるから暇じゃない。一人暮らしって大変そう。

 そしてほむちゃんは学校を休んでいた。お見舞いに行こうともしたけど、

 

『私は大丈夫だから、今日は一人にしてちょうだい。お願いだから』

 

 と連絡が来ていたため泣く泣く断念した。無理やり押しかけようとも考えたけど、本人が来てほしくないって言ってるんだからしょうがあるまい。片付けしてないから家見られるの恥ずかしいって可能性もあるしな。ほむちゃん、色々無頓着だから掃除もあんまりしてなさそうだし。

 

 そんなわけで、ゲーセンに遊びに来たわけである。一人でいるということは、誰にも気兼ねなく存分に一人用のゲームを楽しめるということである。最近ずっと誰かと遊んでてソロでゲーセンに行ってなかった気がするしな。

 今日やるのは……ダンスの音ゲー! めっちゃやり込んでるゲームだけど、ここ最近やってなかったからな。そのためにわざわざ家に戻って動きやすい格好に着替えてきた。タオルとスポーツドリンクの準備もバッチリだ。

 そう思って筐体がある方に向かうが……何か様子がおかしい。筐体の前に人だかりが出来ている。

 そのうちの一人に知った顔のゲーセン仲間がいたため、ちょいちょいと肩を叩いて声をかける。

 

「なあ、何かあったの?」

 

「あ、マドカさん! 大変すよ、メチャクチャ上手いやつがやってるんす! もう10連勝してます!」

 

「10連勝ぉ!?」

 

 大抵の人が3曲、よくて5曲か6曲で体力切れを起こすこのゲームで10連勝!? 

 ただプレイして完走するだけでも凄いというのに、勝ち続けるなんて。相当の精度と体力を持ったやつだ。

 

「見てください、これでもう11連勝っすよ!」

 

「無理だって! 身長150ちょいしかないんだぞ俺は!」

 

 大の大人がいっぱい立ち塞がっているせいでプレイヤーの姿なんざ見えやしない。

 必死でぴょんぴょんジャンプして、ようやく赤髪長髪のポニーテールが見える程度だ。

 

「どーしたよ。あたしに敵うやつはいねーのか!」

 

 可愛らしい声質に似合わない、荒っぽい口調。どうやら連勝中のプレイヤーのものらしい。そう言われたら、いちダンスバトラーとして黙ってられないよなあ! 

 

「お前らどきな、次は俺だ! いくぜいくぜー!!」

 

 俺が大声で叫ぶと、ギャラリーがざわつく。自慢じゃないが、俺はここじゃちょっとした有名人なのだ。前回来た時は三人で来てたし俺がゲームやってたわけじゃなかったから声をかけられなかったが、今は別だ。俺の一声で人がモーセの十戒のようにばっと左右に分かれ、道を開けてくれる。

 

「マ、マドカだ! ステップ・マドカ! このゲーセンで11連勝の記録を立ち上げた見滝原最強のダンスバトラー!」

 

 ギャラリーの一人が叫ぶ。そう、俺にもちょっとしたプライドがある。確かに11連勝だなんて、常識では考えられない強さだ。そんなのを達成しているやつなんて見たことがない……俺以外はな! 

 

「よう、随分強いみたいじゃねえか」

 

 筐体に上がる。相手は俺と同じくらいの年頃の女の子だった。

 

「そういうアンタも、有名人みたいじゃん? まあ、アタシには勝てないだろうけどね」

 

「ま、やってみれば分かることさ!」

 

 お互いに一枚ずつコインを投入する。開戦の合図だ。俺たちはお互いに顔を合わせてにやりと笑うと、ダンスバトルの世界に身を投じた。

 

 ・・・・・・

 

 俺たちの腕前は、全くの互角だった。

 引き分け、引き分け、引き分け。俺たちの戦いは13曲にも及んだ。勝敗に関わらず規定の曲数が終わるとゲームが終了する仕様のためお互いに連コインしまくっていたが、文句を言うやつはいなかった。誰もが固唾を呑んで勝負の行方を見守っていた。

 勝負の分かれ目は、13曲目のラッシュ地帯。それまではお互いにノーミスだったのだが、相手が足を滑らせ、体勢を崩した。それはほんの一瞬であったが、ミス判定を誘発するには十分すぎる時間だった。そのまま俺はノーミスで逃げ切り、勝ちに至ったのだ。

 リザルト画面に移行して、一瞬の沈黙。そして──

 

「俺のぉぉぉ……勝ちだぁー!」

 

 ワァッと歓声が巻き起こる。ここまでの激戦、このゲームで見られることはまず無いだろう。

 気力の糸が切れ、その場に尻もちをついてしまう。

 

「あはは……足が動かねえ」

 

 体力の限界だった。疲労で立てなくなった俺に、手が差し伸べられる。

 さっきまで対戦していた子だ。俺と同じ曲数……いや、俺とやる前にすでに11戦やったっていうのにしっかりと自分の足で立っていた。体力おばけか? 

 

「ほら、立ちなよ」

 

「へへ、サンキュー……いい勝負だった」

 

 俺は彼女の手を取り、立ち上がらせてもらう。俺が自分で動けないのを察してか、肩を貸してベンチまで運んでくれた。俺を座らせると、彼女も隣に座る。

 

「随分ヘバッてるじゃん。ちくしょー、あそこで足滑らせなきゃアタシの勝ちだったのにな」

 

「ああ、危なかった。お前がブーツじゃなくてちゃんとしたシューズを履いてきてたら分からなかったぜ。それにしてもすげえスタミナしてるな、えっと……なんて呼べばいい?」

 

「アタシは佐倉杏子。好きに呼びな」

 

「じゃあ、杏子だから杏ちゃんだな!」

 

「ばっ、ガラじゃねーよそういうのは! せめて名字か名前で呼びやがれ!」

 

「え~、分かったよ。俺は鹿目まどか。この辺じゃステップ・マドカで通ってる。よろしくな、杏子!」

 

 俺たちの間には友情が芽生えていた。お互い全力でぶつかり合えば、その後はもう友達。立場や年齢などのしがらみを越えてそういった関係を築けるところが、俺がゲーセンという場を気に入っている理由の一つだった。

 

 ・・・・・・

 

「食うかい?」

 

「えっ、いいの!? サンキュー! それじゃ、俺はこれあげる」

 

「いいのかい? 悪いね」

 

 少し休んで回復したところで杏子がチョコ菓子を差し出してくれたので、お礼にスポーツドリンクを渡す。家でキンキンに冷やしてきたやつだ。2本持ってきたので丁度いい。

 二人で一息にペットボトルをあおる。火照った身体に冷たいドリンクが沁み渡る~! 

 

「「あぁ~うめぇ~!」」

 

 二人揃って500mlを一気に飲み干してしまう。どれだけ身体が水分を欲していたか実感する。

 もう汗もダバダバで体中びちゃびちゃだからだ。それを見越してタオルもしっかり持ってきている。杏子のくれたチョコ菓子を齧りながら身体を拭く。

 

「杏子は拭かなくていいの? 汗かいてそのままにしてるとカゼひくぞ?」

 

「あー、あたしは平気。風邪とかひかないんだよ」

 

「そうやって油断するのよくないぞ? 確かに俺より平気な顔してるけど、汗かいてないわけじゃないんだからさ」

 

 俺も一回それで大風邪を引いたことがある。それ以降はしっかりタオルを持ち歩くことにしているのだ。風邪は万病の元っていうし、健康じゃないと遊びに行けないしな。

 

「オカンかてめーは! この後すぐホテル帰ってシャワー浴びるっての!」

 

「ホテル? 家じゃないのか?」

 

「ん? ああ。普段は風見野にいるんだけど、ちょっと見滝原に用事があってさ」

 

「用事って、今はド平日だぞ? 学校とかいいのか? 親御さんとかは何も言わなかったのか?」

 

「……学校は通ってねえ。親は……もう死んだよ。どっちもな」

 

「えっ……!?」

 

 予想してない答えが返ってきた。杏子の表情はあまり良いものではない。さっきまでお互いに楽しくゲームをやっていたのに。この子は俺の想像できないくらい重い事情を抱えていたらしい。俺は思わず黙り込んでしまう。

 

「……そんな辛気くせー面すんなって。あたしは別に気にしてないからさ」

 

「だって……」

 

「もう足は動くだろ? 続きは歩きながら話そうじゃないの。早く帰ってシャワー浴びたいしね」

 

 ・・・・・・

 

「それで、定住する家がないからホテルで暮らしてるんだ」

 

「ああ。意外と悪くないよ? 快適だし、一人だから気ままだしね」

 

 杏子は努めて明るく言う。本人が良いって言うなら良いんだろうけど……それでもやっぱり、心配してしまう。俺は両親がいるし学校にも通ってて、それが幸せだと思ってるから。

 価値観の違いといえば、それまでなんだろうけど。

 

「ん……そういえば、お金はどうしてるんだ? ホテル暮らしならお金もかかるだろうに、そのへんで困ってる様子なさそうだったし」

 

「ん、あー、それはまあ……色々あってさ。大丈夫なんだよ」

 

 さっきもゲーセンで連コしていたし、今だってお菓子を食べて歩きながら喋っている。でも見たところ年の頃は同じくらいだし、稼げるアテなんてないはず……まさか。

 

「ダメだぞ! 身体を売ったりしちゃあ! 自分を大切にしなきゃ!」

 

「ち、ちげーよバカ! 何勘違いしてんだ! 仮に死んだってそんなことするもんか!」

 

「じゃあ、違うっていうんなら教えてくれよ。流石にこれは教えるまで納得しないからな!」

 

 俺は肩を掴み、じっと目を見つめる。杏子はしばらくじっと見返していたが、やがて観念したかのように大きくため息を吐いた。

 

「……ったく、しょうがねえな。そんなに言うなら、教えてやる。だが絶対に秘密だし、文句言うんじゃねーぞ。約束だからな」

 

「わかった! 約束は守るぜ!」

 

「それじゃあ、夜まで待つよ。一番都合がいいのは夜だからね」

 

「?」

 

 ・・・・・・

 

 その後、俺たちは夜まで杏子の泊まっている部屋で時間を潰していた。今回はちゃんとお母ちゃんに遅くなるって連絡を入れておいたので安心だ。

 

「……あんた、図々しいってよく言われない?」

 

「んぁ?」

 

 待っている間ヒマなので、杏子の部屋でお菓子をボリボリ食い漁っていた。

 だって『好きに食っていいよ』って言うから……。

 あ、ついでにシャワーも借りた。

 

「まあ、良いけどさ。あんた美味そうに食うし」

 

「なんかそれよく言われるんだよな。美味しいもの食べてる時に美味しいーってなるの、当たり前じゃない?」

 

「……あぁ、そうだな。それより、そろそろ時間だよ。行こうか」

 

 そう言って部屋を出る杏子に続いて、俺もついていく。

 そのまま外に出て、辿り着いたのは無人ATMの前だった。

 

「誰もいないみたいだね。それじゃいっちょ……貰おうか!」

 

 杏子がそう言うと、着けていた指輪が赤い宝石に姿を変える。その姿は、俺が見慣れたものだった。あれは……ソウルジェム! ゲーセンで体力切れを起こす様子がなかったのは、魔法少女だったからか! 

 

「そらよっと!」

 

 杏子は槍でATMを一突き、破壊したATMから札束を取り出していく。

 俺はその光景を呆然としながら見ていた。

 

「ま、こんなもんだな」

 

 杏子が変身を解き、私服に戻る。俺の様子がおかしいことには、すぐに気がついたようだった。

 

「まあ、そういう反応になるよな。あたしの資金源はこれ。詳しくは聞いてくれるなよ」

 

「お前、魔法少女だったのか……」

 

「なんだ、魔法少女のこと知ってたんだ。それで、どうする? あたしを止めるかい? 魔法少女同士だってんなら、あたしの敵だよ。誰かと群れるつもりもねーし、グリーフシードを誰かと分け合うつもりもないからね」

 

 杏子がそう言ってソウルジェムから槍を突き出し、俺に向ける。恐怖はない。それよりも、杏子に敵意を向けられたことが悲しかった。

 さっきまで友達だったと思ってたのに。いや、今でも友達だと思っている。だからこそ、犯罪行為に走るのを見るのが堪えられない。魔法を私欲のために使う魔法少女がいるってマミ先輩に聞いたことあるけど、こういうことなのか。

 

「俺は魔法少女じゃない。勧誘されてるだけ。それに……仮にそうだったとしても、友達とは戦いたくない!」

 

「とも、だち……チッ、そうかよ。まあいい。あんたが魔法少女じゃないんだったら、争う理由はないね」

 

 杏子が舌打ちしながら槍を収める。ひどく不機嫌だった。でもそれは俺にムカついていると言うより、むしろ──

 

「なあ、もっと他にお金を稼ぐ方法ってないのか? こんなの続けてたらダメだよ。もっと合法的な、なんかさ──」

 

「ないからこうしてんだよ。アンタもわかってるだろ? この年じゃ、ロクな働き口なんてない。児童養護施設に入って行動の制限されるのなんて真っ平ゴメンだし、大人は信用できねえ。それともなにか、昼間言ってたように身体でも売れっての? それこそ、死んでもゴメンだね」

 

 淡々とした杏子の言葉で、俺は現実を突きつけられる。そうだ。私欲云々以前に、こうしなきゃ暮らしていけないんだ、おまけに、魔法少女としての戦いも並行しなきゃいけなくて。

 俺はそれ以上、何も言えなかった。

 

「最後に一つ忠告しとくよ。魔法少女なんてロクなもんじゃねーから、出来るだけなるんじゃないよ。それでも、どうしてもなりたいってんなら……願いは自分のためだけに使いな。人のための願いなんて、後悔するだけだからさ」

 

 杏子はそう言ってすれ違い、去っていった。

 その背中を見送ることもできず、俺はしばらく呆然としていた。杏子は、生きるために犯罪行為に手を染めなきゃいけない。それは分かっている。分かっているけど……! 

 

「やっぱり、なんとかしてやりてえ!」

 

 やっぱり、友達がそんなことしているのは見過ごせない。今日限りの短い付き合いだが、あいつは良いやつってわかる。人に何かを分けてやることの出来るやつが人から何かを奪うことに対して罪の意識が全くないなんて事、ないに決まってる。だから……なんとかしてやりてえ! 

 

「でも現実問題、どうすりゃいいんだろうな。大人だったらともかく、俺に出来ることなんて殆どないし。それこそ、魔法でもなけりゃあ……」

 

「──それが、キミの望みかい?」

 

 俺の何気ない独り言をどこで聞いていたのか、白いアイツが俺の前に現れてきた。

 それは魔法少女契約請負人、神出鬼没で正体不明のあの獣──キュゥべえだった。

 

 ・・・・・・

 

 ──佐倉杏子

 

 虫の居所が悪い。無性にムカつく。

 ムカつく、ムカつく、ムカつく! 

 

「クソッたれ!」

 

 感情に任せてゴミ箱を蹴り飛ばす。そんなことで気持ちが発散されるはずもなく、苛立ちだけがあたしの中に募っていく。それもこれも、今日出会ったアイツが原因だ。

 鹿目まどか。あんなに誰かと話をしたのは、久しぶりだった。明るくて人懐っこい、良いやつだった。だからこそ、苛ついていた。自分の事情を話しすぎたことにも、アイツにあんな表情をさせたことにも。心のどこかで期待していたのかもしれない。アイツなら受け入れてくれるかもって。でも違った。あたしの行いにショックを受けていたアイツの顔が忘れられない。

 

「くだらない。誰かと友達付き合いなんて……今更できるかよ」

 

 あたしの手は、もう真っ黒に汚れている。アイツみたいに真っ白で素直な、堅気の人間と付き合うべきじゃない。アイツが不幸になるだけだ。それに価値観だって全然違う。だから……いずれ険悪になって、仲違いするに決まってる。

 そうやって親しくなった人間と縁を切るなんてこと……もう二度とゴメンなんだ。

 

「マミ……」

 

 ふと、あの人のことを思い出す。戦えなくなったって聞いたけど、元気してるだろうか。顔を見たい気持ちはある。でも無理だ。今更……どの面下げて会いに行けばいいってんだ。

 

 ……いけない、さっきから何考えてんだ。パンパンと両手で頬を叩き、思考のノイズを断ち切る。

 あたしは一人で生きていく。自分のためだけに生きる。ずいぶん前にそう決めたじゃないか。

 だから、誰ともつるむ必要はない。誰のことも考える必要はない。

 ……と。魔女の結界はここ、か。金策の次は、魔女狩りだ。

 

「悪いけど、今のあたしは気が立ってんだ……八つ当たり、させてもらうよ!」

 

 あたしは変身し、結界の中へと身を投じる。

 魔女との戦いは嫌いではない。戦っている間は、嫌なことを考えなくていいから。

 ……後ろめたい思いをしなくて済むから。


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