まどマギ見たことねえんだけど、どうやら俺は主人公らしい   作:東頭鎖国

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15話

「ん、あ……」

 

 目が覚める。寝ぼけ眼のまま上体を起こして周囲をきょろきょろと見渡す。

 見慣れぬ風景に夢か? と一瞬思ったが、昨日ほむちゃんの家に泊まったことを思い出す。

 

「起きたのね、まどか。ずいぶんぐっすり眠っていたようだけど」

 

「あ、ほむちゃんおはよう。疲れてたからかな……いぎっ!?」

 

 足が痛む。案の定筋肉痛だ。そりゃあんだけ足酷使すればそうもなるか。

 まあ幸い今日は学校休みだから足しんどくても問題はない。

 

「まどか、大丈夫?」

 

「ああ、ただの筋肉痛。それよりほむちゃん、朝ごはんは?」

 

「なんの躊躇もなく人の家で朝食を要求するの、なかなかに図太いわね……生憎だけど、こんなものしかないわ」

 

 そう言ってほむちゃんはカロリーブロックを俺に渡す。そういや、普段こういうのしか食ってないって言ってたっけ。

 

「ありがと、おいしかった!」

 

「もう食べたの!?」

 

 正直物足りないけど、流石に出してもらって贅沢は言えない。

 ただでさえ昨日の晩御飯はおやつで済ませた上に、その後体力を使い果たしたのだ。食べられるだけでありがたい。俺は立ち上がり、ほむちゃんが用意してくれたコップ一杯の水で喉を潤す。

 

「さて、と……目も覚めたし、色々と聞きたいことがあるんだけど……まず、時間がそんなに無いってどういうこと?」

 

「一ヶ月後に……ワルプルギスの夜が来る」

 

「プルプル……なんだって?」

 

「ワルプルギスの夜、よ。一言で言えば、最強最悪の魔女。通った先全てを破壊して回る、いわば天災のようなものだと思っていいわ」

 

「そいつが見滝原に来る……ってなると、どうなるんだ?」

 

「巨大台風のようなものよ。そいつが通った後はこんな街なんてひとたまりもなく破壊され、瓦礫しか残らない。死者も大勢出るわ」

 

 見滝原が瓦礫の山と化すほどヤバい魔女。正直言って、突然言われても実感のない話だ。

 でも俺は魔女のヤバさを肌で感じている。要するに、あれの超スケールアップ版。

 ……それは、やばい。普通の人間には見えないしどうすることも出来ない。

 

「やっぱ強いの? そいつって」

 

「ええ、強いわ。あなたや巴マミの命を奪いかけたあいつなど比べ物にならないくらい。私も何度も戦ったけど、私だけでは一度も倒すことは出来なかった」

 

「だけではってことは、誰かと一緒に戦ってたってこと?」

 

「ええ。最初の私は魔法少女ではなかったから、まどかと巴マミが戦っているのをただ見ているだけだった。まどかが命を賭けてワルプルギスを倒してくれたけど、二人とも死んでしまった。その時に私は魔法少女になって、はじめて時間を巻き戻したの」

 

「俺……いや『まどか』を助けるために、か」

 

「ええ。二度目はまどかと二人で戦った。なんとか倒すことは出来たけど、まどかは魔力の限界を迎え、ソウルジェムが濁りきってしまった。そして……」

 

「死んだ、のか」

 

 ほむちゃんは首を横に振る。俺が首をかしげると、神妙な表情のまま淡々と説明してくれた。

 

「……これも話していなかったわね。濁りきったソウルジェムはグリーフシードに変化し、魔女になって消滅するの」

 

「それって、早い話が……魔法少女が魔女になっちゃう、ってことか?」

 

 ほむちゃんが頷く。なんだよ、なんだよ、それ。

 あんなに辛い目に遭わせられといて、最後に訪れる結末がそれ? 

 じゃあ、今まで倒してきた魔女たちも元は同じ魔法少女ってこと? みんな、それを承知の上で戦ってたってこと? 

 

「だから、魔法少女の寿命は短いわ。何らかの事情で戦えなくなったり、精神的に限界を迎えたりしてソウルジェムが濁りきってしまえば人間としての生は終わってしまうから。先に言っておくけど、この事実を知っている魔法少女は少ないわ。ベテランの巴マミですら知らないことよ。もっとも、知らないほうが幸せなことだけれど」

 

「キュゥべえのやつ、そんなリスク一言も説明しなかったぞ……」

 

「あいつはそういう奴よ。自分にとって不都合になるような事は聞かれない限り話さないわ」

 

 なんて野郎だ。昨日俺があいつに感じた『恐ろしいもの』って感覚はあながち間違いじゃなかったってことか。根本的に価値観が違う。人の命や尊厳を踏みにじることになんの躊躇いもないんだ、あいつは。

 

「話を戻すわ。私はその後、幾度もワルプルギスの夜と戦った。まどかと二人で戦っていた時は、必ずワルプルギスの夜を倒すのと引き換えにまどかが死ぬか魔女になるかのどちらかだった。だから私は、まどかを契約させずに一人で戦う道を選んだ。でも、結果は同じ。一人で挑んでも勝てなくて、決まってまどかが魔法少女として契約するのを止められなくて……っ!」

 

「話してくれてありがと、ほむちゃん。辛かったよな……でも、今回は大丈夫だぜ。なんたって俺がいるからな!」

 

「俺がって……まさかあなた、契約する気じゃないでしょうね!?」

 

 ほむちゃんに肩を掴まれ、がくがくと前後に揺らされる。

 ほむちゃんって一見クールなようでいて実はそんなに冷静じゃないよな。

 

「しないしない、しないって! 言い方悪かったな。今までずっと一人で戦ってたんだろ? 一人でダメなら二人、二人でダメなら三人で戦えばいいんだよ! 今までのチャレンジだとマミ先輩と折り合い悪かったり、他に仲間がいなかったりしたんだろうけど……今回は大丈夫! マミ先輩はきっと一緒に戦ってくれるし、紹介できる魔法少女の友達もいるからな! まあ、応じてくれるかはわかんないけど……」

 

 杏子は誰ともつるまないみたいなこと言ってたけど、根はいいヤツだからちゃんと事情を話して根気よくお願いすれば協力してくれるかもしれない。仮にしてくれなかったとしても、めちゃつよの魔女が来るという情報を手に入れた杏子の生存率は上がるだろう。

 試してみる価値はある。連絡先教えてもらってないけど、そこはまあ行きそうな場所を総当りでなんとかする。

 

「魔法少女の友達って、あなたいつの間に……まあいいわ。確かに別の魔法少女と共同でワルプルギスの夜と戦ったことは無かった。途中まで協力関係になることはあっても、ワルプルギスと戦うまでに必ずどこかで破綻していたから」

 

「あー……」

 

 なんとなく想像できてしまう。ほむちゃん言葉足らずだし、自分から話すの苦手なイメージあるしな。最初のマミ先輩との雰囲気もなんか険悪だったし、なんか誤解があったままそれが解けずに喧嘩別れ、みたいなパターンがあったのかもしれない。

 

「その点だと、今回は大丈夫だと思う。みんなに相談しよう。ほむちゃんが話すの苦手なら、俺が代わりにやるからさ! 戦いは出来ないけど、おしゃべりだったら得意だからな! それに俺がいなくても、ほむちゃんとマミ先輩はもう友達だから大丈夫?」

 

「友達? 巴マミと、私が……?」

 

 ほむちゃんはきょとんとしている、心底自覚がないと言った様子だ。

 あんなにゲーセンで一緒に遊んで、魔女退治まで一緒に行った仲じゃん……。

 

「ほむちゃん、それマミ先輩の前でやったら傷つくからね? 少なくとも俺から見てマミ先輩とほむちゃんの関係は悪くないと思ったよ。この間もマミ先輩は改めてほむちゃんにお礼が言いたいって言ってたし、ほむちゃんもマミ先輩のことは嫌いじゃないでしょう?」

 

「……ええ。厄介なところもあるけど、彼女の高潔で面倒見のいいところは好ましいと思っているわ」

 

「なら立派な友達だよ。マミ先輩もきっとそう思ってるはずさ」

 

「そういうものなのかしら……?」

 

「そういうもんだよ。あとはさやちゃんにもワルプルギスの件、教えないとな」

 

 俺がそう言うと、ほむちゃんは怪訝そうな顔をする。そういや、たしかにほむちゃんとさやちゃんってほとんど絡みがないままだったな……。

 

「……美樹さやかにも教えるの? 彼女は魔法少女ではないのだから、教える必要はないと思うのだけれど」

 

「魔法少女じゃなくても、事情は知ってる以上部外者じゃないからね。それにこういうの黙ってて後で誤解を生んだりするのがすごくヤダ。なんか仲間はずれにされてコソコソ動かれるのっていい気分しないだろうから」

 

 ……そういえば、そのさやちゃんは今どうしてるんだろう。

 なんか昨日用事があるとか行ってたけど、ジョーの件は解決したのかな……。

 

 ・・・・・・

 

 時は、一日前に遡る。

 

 ──美樹さやか

 

 あたしは、恭介の病室の前に立っていた。前回あんなことがあったから、ドアを開けるのに躊躇してしまう。でも、ここで逃げたらダメだ。ここで逃げたら、今までと同じ。

 あたしは今までと違う。覚悟を決めてきたんだ! 

 

「……よし」

 

 病室のドアを開ける。恭介はベッドの中で窓の外を見つめていたが、こちらに気がついて振り向くと、申し訳無さそうな顔をした。

 

「あ……さやか。あの時は、ごめん。僕、君に八つ当たりしちゃって……」

 

「ううん、大丈夫。あたしの方こそごめん。それよりも今日は、話したいことがあって来たんだ」

 

「話したいこと?」

 

「うん。まどかの話。ある程度は聞いたんだけど、どう思ってるのか恭介の口から聞きたくって」

 

 表向きは平静を保っていたけど、心臓の鼓動が半端じゃないくらい激しい。

 ついに踏み入れてしまった。絶対に辛い話になるって、わかってるのに。

 でも……ハッキリさせたかった。

 

「まどかの……か。さやかは、どれくらい知ってるんだい?」

 

「恭介が、まどかのこと好きで……告白したけど、ダメだったことくらいは」

 

「そうだね……本人からはなるべくこの話はするなよって言われてたんだけど、まどか本人から聞いたんならいいか。そうだね……僕は真正面から告白して、真正面からフラれた。当然、落ち込んだよ。あんなに誰かを好きになるっていうことも、失恋するっていうことも生まれてはじめてだったから」

 

「……それで、今は?」

 

「さやかは女々しい話だと思うかも知れないけど……やっぱり今でも、まどかのことが好きなんだ。フラれた理由が理由だし、諦めはとっくについてるんだけど……それでも好きだっていう気持ちだけは未だに消せてなくて。だからあの時、ポロッと名前が出てきてしまった」

 

 ああ。分かるよ。恭介の気持ち。だってあたしも、同じだから。

 このまま告白したらフラれるって分かってるのに、自分の気持ちを止められないから。

 

「あのねっ、恭介! こんな時に言うことじゃないってわかってるんだけど、聞いてほしいの。あたし、恭介のことが──」

 

 ・・・・・・

 

「っ……はー」

 

 病院を出る。言いたいことは言った。大丈夫。大丈夫。

 だって今日は()()()()()()をしてここに来たんだから。

 だから、大丈夫……そう思いながら歩いていると、入り口で偶然仁美と鉢合わせた。

 

「……あら、さやかさん?」

 

「仁美? なんであんたここに」

 

「いえ、今日は習い事もないので、私も上条くんのお見舞いをしようと。さやかさんはお見舞いの帰りですか?」

 

「まあ、そんなトコ。ねえ……こんなタイミングで悪いんだけどさ、あたしのワガママに付き合ってもらっていい?」

 

 大丈夫だと思ったのに、知った顔を見てしまうと急に緩んでしまって。

 不意に涙が零れそうになったから、とっさに上を向く。

 でも仁美はそれを察したみたいで、気を遣ってくれた。

 

「いいですよ、さやかさん。上条くんのお見舞いをする機会はまだいくらでもありますけど、今のさやかさんにお付き合いできる機会は今しかありませんから」

 

「……ありがと」

 

 病院の外にあるベンチに向かい、二人で座る。

 既に夕暮れ時だからか、人の往来もほとんど無い。

 

「あたしね、さっき恭介に告白してきたんだ。そんで、フラれてきた」

 

「えっ……!」

 

「恭介にはもう好きな人がいて……恭介はフラれたみたいなんだけど、その人のことまだ好きで。だから『さやかが僕のことそんな風に想ってくれてるなんて、思いもしなかった。気持ちはうれしいけど、応えられない。ごめん……不毛だってわかってても、僕は自分の気持ちに嘘はつけない』って。そう言われるのは分かってたけど……でも、言わずにはいられなかった」

 

「さやかさん……」

 

「馬鹿だよね、あたし」

 

「そんなことありません、さやかさんは勇敢です! さやかさんのことを褒めはしても、誰も馬鹿にする人はいませんわ」

 

 あ、やばい。泣くの我慢してたのに。ダメだ……。

 溢れてくるのを止められない。失恋したんだ、っていう実感が今更になってやってくる。

 

「ああ、あぁぁぁぁぁっ……!」

 

 言葉にならない嗚咽がこみ上げてくる。後悔はしてない、むしろ晴れやかさすらあるのに、悲しい気持ちも止まらない。全ての感情を吐き出すかのように、ひたすら泣いた。

 

「頑張りましたね、さやかさん……」

 

 仁美はまるで子供をあやすかのようにあたしの頭を抱き寄せ、ひたすら頭を撫でてくれていた。あたしが落ち着くまで、ずうっと。

 

 ・・・・・・

 

「ごめん仁美。ようやく落ち着いたみたい」

 

「いいえ、さやかさんの力になれたのなら何よりですわ。気持ちの整理はできましたか?」

 

「んー、吹っ切ったつもりなんだけど……まだ微妙。上手くいかないもんだね」

 

 仁美はしばらくの逡巡の後、迷いながら訊いてくる。

 

「今になっていうのもなんですけど……上条くんが好きな人を忘れるまで待ってから告白……というわけにはいきませんでしたの?」

 

「無理、かな。だって恭介が失恋してからもう二年経ってるんだよ? これ以上待っても望みは薄いし、あたしの決心だっていつまで続くか分かんなかったから。だからビビんないうちに、どうしても言っておきたかったの。言わないまま終わったら多分もっと後悔すると思うから」

 

 あたしの答えを聞いた仁美は、目を閉じながら沈黙していた。まるで、噛みしめるかのように。

 そしてゆっくりと目を開けると、決意に満ちた表情であたしに言った。

 

「私は、待ちますわ」

 

「仁美?」

 

「実はずっと秘密にしていたんですけど……私、上条恭介くんのことをお慕いしていましたの」

 

「い゛っ、マジで!? 冗談でしょ!?」

 

「いーえ、マジですわ♪」

 

 寝耳に水の報告に、思わずひっくり返りそうになる。

 こ、このタイミングでカミングアウトする~!? 

 

「今まではさやかさんに気を遣って秘密にしていましたが、もうその必要もなくなりましたので。私は根気強い女ですから、5年でも10年でも待ちますわ」

 

「ひ、仁美アンタ~!!」

 

「うふふ、沈んでいるよりそうやって元気にしている方がさやかさんらしくていいですわ」

 

「……仁美、あんたもしかしてあたしを元気づけるためにそんなこと言ったわけ?」

 

「うふふ、どうでしょうね」

 

 ……敵わないな。天然だし何考えてるかわからない時もあるけど、賢いんだよな仁美のやつ。

 親友の気遣いが温かかくて、思わず笑顔になってしまう。全く、もう。

 

「ありがと、仁美。あんたでもそんな冗談言う時あるんだね」

 

「あ、上条くんの件は冗談ではないのでそこのところよろしくお願いしますね」

 

「そこはマジなのかよっ!?」

 

 ……さっそく、何考えてるかわからないタイミングが来たみたいだ。

 あたしの初恋は終わった。仁美の恋は実るかどうか分からない。

 でも……結果がどうなるにせよ、あたし達の友情はたぶん終わらないんだろうなって思う。

 だって──仁美は恋を理由に友情を投げ捨てようとしない女だったから。

 あたしに気を遣って自分の気持ちを封じ込めて……待ってくれていたから。

 

「やめてくださいさやかさん、癖が残ってしまいますわ~~!」

 

「うるへー! あたしがフラれた直後にそんなこと言うやつは髪ぐしゃぐしゃの刑だ~!」

 

 まあそれはそれとして、アンタもフラれろってちょっと思ってるけどね! 

 友達としては仁美のこと尊敬してるけど、それとこれとは話が別なのであった。

 


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