まどマギ見たことねえんだけど、どうやら俺は主人公らしい 作:東頭鎖国
「う~ん、とは言ったものの……」
ゲーセンにホテルに、スーパーの食料品売り場。俺たちは杏子のいそうなところを巡ってみたが、影も形も見当たらない。
そもそも会って一日しか経っていないのもあって、俺は杏子のことを知らなさすぎた。
「他になんか心当たりある場所ありますか、先輩?」
「うーん……一つだけ、あるわ」
「ほんとッスか!? 今すぐ行きましょ!」
そう言ったが、マミ先輩は動かない。何かを躊躇しているようにも見えた。
「……これから行く場所は、あまり愉快な場所ではないわよ。佐倉さんが必ずいるとも限らないわ……それでも行く?」
「どんな場所か分かんないけど、杏子がいる可能性があるなら行かない理由はないでしょ! 今日中に会わなきゃお弁当悪くなっちゃいますよ!」
「……ええ、そうね。鹿目さん、ついてきて!」
マミ先輩の後ろにぴったりついていく。町から離れ、どんどん人気のない場所へと歩いていく。そうやって辿り着いた場所は……廃墟だった。
「ほんとにここに杏子がいるんスか?」
「わからないわ、可能性があるっていうだけ。だってここは……佐倉さんのお家だったから」
「お家……ってことは、昔住んでた場所ってことスか。とりあえず入ってみましょ」
足踏みしてても始まらないので、入りづらそうにしているマミ先輩をよそに躊躇なく突入していく。
「でっか~……」
教会の中はとても広く、声がよく響く。その内装はずいぶんと朽ちていた。ステンドグラスはバリバリに割れて見る影もなく、木の床が歩くたびにギシギシと音を立てる。もう人の手が入らなくなってずいぶんと経つようだった。
礼拝堂(っていうのかな? 教会よく知らないからわかんないけど)に向かう階段を上っていくと、祭壇の上に目当ての人物が座っていた。
「杏子!」
「お前、まどか? なんだってこんなトコにいるんだよ」
「杏子のこと探してたんだよ! はい、これ」
俺は杏子に駆け寄り、お弁当を手渡す。
杏子はとりあえず受け取りはしたものの、困惑していた。
「弁当ぉ?」
「うん、オヤツと外食しか食べてないだろうから、たまには手料理食べてもらいたくて。ま、俺が作ったんじゃないんだけどね。1個上の先輩に頼んで作ってもらった」
「自分で作ったわけじゃないのかよ……ま、くれるもんは貰うけどさ」
そう言って杏子はお弁当箱をぱかりと開ける。
杏子は僅かに驚いた様子を見せると同時に、言葉を失う。
そして無言で蓋を閉じ、低い声でこちらに問いかけてきた。
「……おい。この弁当、誰が作ったって?」
「1個上の先輩だよ、今日一緒に来てる。せんぱーい、はやく入ってきなよ―!」
俺の声を受けて、マミ先輩が入ってくる。ゆっくりと、小さな歩幅で。
その姿を見た杏子は驚きと共に俺に詰め寄る。
「マ……ミ……おいまどか、これはどーいうこったよ!」
「どうもこうも、マミ先輩は友達なんだよ。でも、まさか杏子と知り合いとは思わんかった。世の中狭いね」
「ッ、そっちも初耳だけどそーいうことを聞いてんじゃねえ! なんでマミをここに連れてきた! あたしとマミはもう会わねえって決めたんだ!」
「私は!」
杏子の叫びをかき消すように、マミ先輩が叫び返す。
「私は……佐倉さんに会いたかった。もう仲直りなんて出来ないって諦めてたけど……やっぱりイヤよ。私は佐倉さんと喧嘩したまま終わりにしたくない」
「今更、どういう風の吹き回しだよ。もうあたしとアンタの考え方は合わないってわかりきってるだろ。あたしは誰になんて言われたって自分のためだけに魔法を使う。そう決めたんだ。あんたの甘っちょろい考えにはもう合わせられねーんだよ」
杏子は突っぱねるようにそう言う。
マミ先輩はそれを意に介さずに階段を上り、杏子のもとに近づいていく。
「私はね、あなたの規範でいようとした。あなたのことを正しい道に導いてあげようって。だからあなたが変わっていってしまうのが悲しかった。それをなんとか止めようとした」
「でもあたしはアンタから離れた。もうあんたはあたしの規範にならないし、今更理想を押し付けに来たって言うなら無駄だよ」
「違うの! 本当は『行かないで』って言いたかった! でも私は変わってしまったあなたのことを受け入れきれなくて……その一言が言えなかった。ごめんなさい」
「なんで……なんで謝るんだよ! あんたが謝る必要なんてどこにもねーだろ! 悪いのは勝手な理由で出てったあたしだ! 謝るなよ!」
杏子が声を荒げる。傍から聞いている分には滅茶苦茶な言い分だった。自分がやっていることは間違いじゃないと、謝るもんかと開き直って怒るパターンはよく見るけど、自分が悪いから謝ってほしくないと言って怒るパターンは初めて見た。
「……やっぱり変わっていないのね、佐倉さんは」
「どっ、どこがだよ!?」
「鹿目さんが言っていたわ。あなたが肩を貸してくれたり、お菓子を分けてあげたりしてくれたって。自分のためだけに生きてる奴だとはとても思えないって……今だってそう、私のせいではなくて必死に自分のせいにしようとしている」
「それは……それはッ、そうだろっ! あたしの手はもう真っ黒に汚れちまってるんだ! あんたみたいに綺麗じゃないんだよ! まどかに親切にしたのだって、ただの気まぐれだ! あたしのこと買い被らないでくれよ!」
やっぱり……杏子は自分のしていることに強い罪悪感を持っているみたいだった。いくらなんでも自罰的すぎる。今までの露悪的な発言も、自分に言い聞かせるためのものだったのかもしれない。
それを聞いたマミさんは、ゆっくりと首を横に振った。
「佐倉さん。良いとか悪いとか、あなたが罪を犯したとかそういうのは関係ないの。私は……私はもう一度あなたと一緒にいたい。もう自分の本当の気持ちに嘘はつきたくないの」
杏子は下を向いて、ただ黙っている。俺の視点からはその表情を伺うことは出来なかった。
「佐倉さん」
「……帰れよ。これ以上話してたらおかしくなっちまう。まどか、アンタもだ。余計なお世話なんだよ、こういうの!」
もう話すことはない、と言わんばかりの様子だった。これ以上粘ると、下手すれば一触即発の状況になりかねない。ここは一旦帰るしかなさそうだ。
「しょうがない、今日のとこはここでバイバイだけど……また明日弁当箱取りに来るからなー!」
「佐倉さん……よかったら、味の感想も聞かせてね?」
俺たちは大人しく教会を立ち去る。
帰り道で俺はマミ先輩に訪ねた。
「杏子のやつ、弁当食ってくれますかね?」
そう言うと、マミ先輩はにこりと笑ってこう答えた。
「佐倉さんがあの頃と変わっていなければ必ず食べてくれるわ。そして……佐倉さんは変わっていなかった。だから、大丈夫よ」
「うーん、それもそうッスね! あ~、お弁当の話したらお腹空いてきた」
「ふふ、それならお弁当作った分の残りがあるから、家に戻って一緒に食べましょうか?」
「マジで! やった~!」
マミ先輩は杏子がお弁当を食べてくれるのを信じて疑っていない。
だから俺も信じる。お弁当、喜んでくれるといいな。
・・・・・・
──佐倉杏子
あたしは、マミの作った弁当を持ったまま立ち尽くしていた。
「こんなものッ……!」
一瞬、地面に叩きつけてしまおうとも思ってしまったが、その考えはすぐに掻き消えた。
どんな理由があろうとも食い物を粗末にするのはいけないことだし、弁当に罪はない。
せっかくだから、食べてやろう。あたしは弁当の蓋を開ける。
そこに入っていたのは、あたしの好きな物ばかり。マミのやつ……ちゃんと覚えててくれたんだ。実際に一緒にいた期間なんて、言うほど長くないのに。あたしのこと、気にかけてくれてたんだ。
「……美味い」
マミの料理の腕は確かだ。どの献立も美味しくて、夢中になってガッついてしまう。
弁当は冷めていたのに、独りになってから食べたどんな食事よりも温かかった。
「ごちそうさま」
量はさして多くなかったのに、久々にモノを食べて充足感を得た気がした。
今までは何を食っても満足できなかった。腹は満ちても、何かが足りなくて。足りないからまた食べて。気持ち悪くて吐きそうになることも一度や二度じゃなかった。食い物を粗末にしたくないから、実際に吐くことは一度もなかったけど。
いつしか、あたしにとって食事は幸せな行為ではなくなっていた。
昔は食べるのが好きだったのに。ものが食べられるだけで幸せだったのに……いつからこうなっちまったんだろう。
魔法少女になってから? 家族のみんなが死んでから? それとも……マミと、別れてから?
「贅沢な悩みだよな」
ここは広い。何気なくこぼした独り言が、いやによく響く。
昔のあたしはどうしようもない馬鹿だった。馬鹿だったけど……幸せ者だったんだと思う。
でも、その幸せをぶち壊しにしちまった。今のあたしは同じ馬鹿はもうやらかさない。そう心に決めたんだ。でも……その先に何があるんだ?
あたしはこの先、幸せになれるのか?
「……けっ、馬鹿馬鹿しい」
そんなことを気にするなんて、あたしもヤキが回ったもんだ。
幸せになれるのか、だって? そんなのは望みすぎってもんだ。
あたしのせいで家族は死んだ。あたしが魔女を見逃したせいで犠牲になった人だって大勢いるだろう。あたしが金を盗んだせいで困った人も大勢いただろう。
そんな人間が現状以上を望むなんて、おこがましい。
あたしは誰にも束縛されず、なんの重荷も背負わず。腹を空かせることもなく、独りで自分勝手に気ままに毎日生きていられればそれでいい。
それでいい、はずなんだ。
「本当に、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない……!」
ひとりぼっちが寂しいだなんて弱音を吐けるほど上等な人間じゃないだろ、あたしは。
だから……明日も来てほしいだなんて思うのは、お門違いだろ。
「いいのかい? 杏子。二人をそのまま見送って。せっかくのチャンスだったじゃないか」
いつから見ていたのか、どこからともなくキュゥべえが現れる。
「何がチャンスだ、知ったふうな口聞いてんじゃねえ。あたしが今更、マミとヨリを戻したいようにでも見えたのか?」
「いや、逆さ。君がマミと完全に決別する気ならば今が最大のチャンスだった。今のマミは戦える状態ではない。人気のないこの辺りなら逃げて助けを呼ぶことも難しいだろう。君は一方的に巴マミを倒し、彼女の貯蓄しているグリーフシードをすべて奪うことが出来る。おまけに一緒にいるまどかは、魔法少女として非常に高い素質を持っている。これからの行動次第では君の行動の障害になりうる存在だ」
「ふっ……ざけんなテメェ! マミとまどかはなあ、あたしの……!」
待て。今あたしは、何を言おうとした? 友達? 仲間? それとも──
「……あたしにとってなんでもねえよ、あの二人はっ!」
あたしはキュゥべえの首根っこを掴み、壁に投げつける。
なんのことはない、ただの八つ当たりだ。
キュゥべえは壁に叩きつけられても、まるで意に介さないように再び立ち上がる。
「君が何を怒っているのか知らないけど、僕に当たられても困るよ。一体、何を躊躇する必要があるんだい? 君にとって二人が取るに足らない、なんでもない存在であるというのならば処理するのが君にとってもっとも効率のいい行動ではないのかい?」
「……うるせーんだよ、マジで。今のあたしに話しかけるんじゃねえ」
「やれやれ……人間の感情というのはなんとも度し難いね。まあ、僕に出来るのは助言くらいだ。あとは君の好きにすると良い」
キュゥべえはそう言って壁の向こうに消えていった。
……あたしにとって、あいつらはなんでもない。なんでもない存在なんだよ。
なんでもない、存在なんだ……。
──これ以上は、やめよう。あたしは考えることを止め、静かに目を閉じた。
眠りの世界に逃避しよう。そうしなければ、自分の本心に気付いてしまいそうだったから。