まどマギ見たことねえんだけど、どうやら俺は主人公らしい 作:東頭鎖国
朝のHRが終わり、転校生ちゃんも席につく。
辺りには速攻で人だかりが出来ていて、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。
「まどか、あの転校生、もしかしてあんたの知り合い?」
「いや、違うと思うけど。手振ったらそっぽ向かれちゃったし。照れたのかな」
本当の事は言えまい。まさか夢で見ただの前世で見ただの言っても信じてもらえないだろうし……。
「案外、一目惚れということもあるかも知れませんよ? まどかさんに運命を感じた、とか」
「まっさか~、それは流石にメルヘンすぎるよ、とみちゃん」
そう言って俺を茶化すのは、もう一人の幼馴染。
とみちゃんこと、志筑仁美だ。めちゃくちゃに良い家の生まれだけど、それを鼻にかけたりしないし温厚で気のいいやつだ。
ちょっと想像力豊かで夢見がちなところがあるが、そこも愛嬌。
習い事で忙しいせいで一緒につるんで遊ぶことは多くないけど、大事な友だちの一人だ。
「まどか、顔だけはいいからね」
「『だけは』は余計だろさやちゃん! 顔『も』いいんだよ!」
「顔がいいのは否定しませんのね……」
「おう、なんてったってお父ちゃんとお母ちゃんの子だからな」
「アンタ、ほんとお父さんとお母さんのこと好きだよね。ま、あんだけステキな親御さんだったらそうもなるか。お母さんはカッコよくて美人だし、お父さんは優しくて家事もできるし」
「だろォ~ッ?」
俺は今生の両親が大好きだ。
実は両親にだけは『前世の記憶がある』ということを話している。もちろん、アニメの件は伏せて。
幼い頃の俺には罪悪感があった。本来の鹿目まどかがいることを知っていたから。俺みたいなのが生まれ変わってしまって、心の底から申し訳ないと思っていた。でも、お父ちゃんもお母ちゃんもそんなこと気にしないで受け入れてくれた。何があってもまどかは私たちの、僕たちの自慢の娘だって言ってくれた。だから俺は、こうして何の後ろめたさもなく友達とクソしょうもない会話で盛り上がっていられるのである。
「鹿目さん。ちょっといいかしら」
……と、そのクソしょうもない会話の最中に、凛とした声が挟まれる。
ちょうど話題に上っていた転校生ちゃん……暁美ほむらだった。
「え、俺?」
「あなた、保健委員よね。保健室に連れて行って欲しいのだけれど」
・・・・・・
そんなこんなで、彼女を保健室に案内することになったのだけれど。
「ねえ……なんで俺の前歩いてるの?」
「保健室、こっちよね」
「場所知ってるのかよ! めっちゃ元気にスタスタしてるし! 俺いらなくない? その……転校生ちゃん」
「……ほむらでいいわ」
「そう? じゃあ、これからほむちゃんって呼ぶわ」
「……」
「えっ、無視? 流石にちょっと馴れ馴れしすぎた?」
転校生ちゃんが突然、踵を返し、こちらを見る。
怒っているような、困惑しているような不思議な顔をしていた。
「ねえ、鹿目まどか」
「あ、俺もまどかでいいよ。なんならまどちゃんって呼んでも……」
「……はぁ……」
「ため息つくレベルでイヤなの!?」
・・・・・・
──暁美ほむら
どうなってるの、今回は……。
幾度となく時間遡行をする上で、多少の変化があることは珍しくなかった。
性格や趣味が多少変化していることもあった。だから、何が起きても動じないと思っていた。
だけど……今回は、あまりにも違いすぎた。
(どうなってるの、一体……)
元々まどかは明るくて人当たりのいい子だったけど、魔法少女になっていない今は内気で引っ込み思案な子だったはず。
いえ……魔法少女になった後でもここまでグイグイ来る、うるさい子ではなかったはず。
一人称は俺だし……髪型も違うし……一体、何があったらこうなるのかしら。
だから、思わず訊かずにはいられなかった。
「……ねえ」
「ん?」
「あなたは、本当に鹿目まどか?」
・・・・・・
「……それで、なんて答えたの?」
「本物に決まってるって答えるしかないだろ。だって俺本物だし」
「不思議なお方ですのねぇ」
学校も終わり、さやちゃん、とみちゃんと三人でバーガー屋に寄ってさっきの件を話していた。
前世含めて色んな人と喋ってきたけど、初対面でそんなこと言われるのはちょっと初めてのケースだったからだ。
確かに俺は本来の鹿目まどかじゃないかもしれないけど、偽物か? と聞かれたら自信を持ってNOと答える。鹿目まどかとしてきっちり14年生きてきたし、これで自分が偽物なんて言ったら俺を娘として愛してくれたお父ちゃんとお母ちゃんにも失礼だからだ。
「なんだそりゃ、文武両道でスポーツ万能かと思いきや、今度はサイコな電波さん!? どんだけ属性盛り込めば済むんだよ、あの転校生は~!」
さやちゃんがテーブルにでろーんと突っ伏す。
あの後『変なことを聞いたわ、ごめんなさい』と一言謝り、結局保健室に行かずに復帰したほむちゃんは授業で指されても迷わずスイスイ答えるわ、体育の授業でも身体能力の高さを見せつけるわで早速みんなの注目を浴びていた。
「足は俺の方が早かったけどな!」
「変なとこで張り合うんじゃないわよアンタは」
さやちゃんが呆れながらツッコむ。
「でも、不思議ですわね。あれだけの身体能力がありながら部活に所属したことがないだなんて」
「まあ、たまにはいるんじゃない? まどかみたいに足速いのに陸上部じゃなくて手芸部入ってるヤツもいるし」
「運動部より気楽だからな」
部内の雰囲気が死ぬほど緩く、部活も毎日じゃなくて好きな時に出ていいよーって言ってくれたのが決め手だった。
何かしらの部活はやりたかったけど、束縛されるのは嫌いだったから。
「……あら、もうこんな時間。ごめんなさい、お先に失礼しますわ」
とみちゃんが携帯を見ながらそう言った。
「習い事?」
「ええ、今日はお茶のお稽古です。もうすぐお受験だというのに、いつまでつづけさせられるのか……」
「ピアノと日本舞踊も掛け持ちしてたよな、確か」
「うへぇ……あたしたち、小市民でよかったぁ」
「それではまた明日、学校で」
「「ばいばーい」」
とみちゃんの背中を見て思う。ああやってスケジュールに追われつつもそれをこなすことが出来るのは、本当に尊敬できることだ。俺には絶対出来ないし、やりたいとも思わないけど。
「俺たちも帰るか」
「あ、まどか。帰りにCDショップ、寄ってってもいい?」
「ん」
・・・・・・
さやちゃんは最近、CDショップによく行きたがる。
彼女が音楽にハマっているとかそういうわけではない。見舞い品のためだ。
さやちゃんの好きな男……上条恭介。こいつも、俺の幼馴染の一人だ。小さい頃から将来を嘱望されたバイオリニストだったが事故で腕に大怪我を負ってしまい、今は入院している。
さやちゃんはあいつのことが好きだから、クラシックのCDを携えてちょくちょく見舞いに行っているらしい。
俺は……行ってない。諸事情により、ちょっと会うのが気まずいからだ。まあどっちにしろ、さやちゃんと一緒に見舞いに行くつもりはない。二人きりの時間を邪魔するのは野暮ってもんだろう。
良さげなCDを見繕うさやちゃんを待つ間、俺は好きなアーティストの新譜を試聴する。
メジャーデビューしてからしっとりとした曲が多くなってたけど、今回のシングルはアップテンポな曲で俺好みだ。
──助けて──
「んぁ?」
変な声がする。そういうのが入る雰囲気の曲じゃないぞ?
怪訝に思いながらヘッドホンを外す。
──助けて──
また聞こえる。CDの音源じゃない。この声は?
──助けて! まどか!
気のせいじゃない! 俺を呼んでる!
「どこからだ!?」
──はやく助けて!
「どこだ!?」
──助け……
「だからどこだよ!」
頭の中に響いてくる声だから、声のする方向を目指して進むとかもできない。
しかし名指しで助けを求めてる声を無碍にすることもできない。
どうすりゃいいんだ……。
「なに騒いでんのさ、まどか」
「いやなんか、頭の中に『助けて』って声が響いてるんだけど、助けてほしいヤツがどこにいるのか分からなくて……」
「なんだそれ!? 転校生に引き続いてまどかも電波さんになっちゃったワケ!?」
「でも冗談じゃないんだって! さやちゃん、なんとか場所わかったりしない?」
「なんとかって言われても……そうだな、周りに助けてくれる人がいない、人気のない場所とかなんじゃない? 考えられるのは。この近くで人がいないところっていうと……改装中のフロア、とか?」
「それだ! サンキュー!」
「あ、待てってまどか!」
「いくぜいくぜ~~!!」
大急ぎで改装中のフロアまで階段を駆け上がる。
たどり着いたフロアは案の定、静まり返っていた。人の気配はない。
……でも、息遣いは聞こえる。
「こっちか!」
辿り着いた先には、夢で見た白い生き物がいた。どうやら、怪我をしている。
「マ、マジで!? こいつ、実在したの!?」
今日の夢は近いうちに何かが起こる暗示だとは思ってたけど、いくらなんでも昨日の今日に出会ってしまうとは思わなかった。
とにかく、放っておくわけにもいくまい。白いのに駆け寄ろうとすると、
「そいつに近づかないで」
そう、声がした。
聞き違えるはずもない、今日一日で俺に強烈な印象を残した声。
「ほむちゃん!?」