やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。 作:だるがぬ
※蛇足の番外編が一話増えました。
いつもより一時間遅れました。
竹林の葉が優しげな青白い光でライトアップされている。白い月光も相まって、この場所の神秘的な雰囲気を作り上げていた。
これは戸部君のために、作り上げられた舞台だ。
誰もが、この舞台のために嘘をついている。
この場にいない三浦さんでさえも、わかっていて見逃すという嘘をついている。
嘘をついているのは、僕も同じだ。
竹林の道の始めに隠れて、海老名さんが来るのを待った。
この最奥では、戸部君達が待っている。
来た。海老名さんが。虚ろな瞳で竹林のトンネルを見つめる。そして、諦めたようにその一歩を踏み出した。
気付かれないよう燈籠の影にかくれ、後ろを付いていく。
やがて、戸部君のいる元に辿り着いた。
「あの……」
「うん……」
まず間違いなく戸部君は振られる。その後のグループはおそらく瓦解する。
それを、葉山君が嘆いた。そして、比企谷君が共感した。共感してしまった。なら、僕のやることは一つだ。
二人の意識の外から、全部をひっくり返す何かをぶつける。彼がこの場に来てしまう前に。
こんなやり方は模倣だ。彼の安っぽい手に上から手垢をつけて、劣化に劣化を重ねた下位互換だ。
だからこそ、意味がある。
彼よりも早く足早に二人に近づく。そして──
「ずっと前から好きでした。付き合ってください。戸部君」
急に現れた僕に誰もが驚いている。海老名さんも、戸部君も。そして、同じ手段──つまり、海老名さんに嘘の告白をしようとしていた比企谷君も。
「は、え、ええ……? いやでも、俺別に好きな人いるっつーか……えと」
戸部君はこれまでにないほど困惑して、海老名さんを気にしている。
そりゃそうだ。告白の機会を横からかっさらわれた上に自分が告白されて、しかも隣には想い人。
混乱するなという方が無理な話だ。
「あーあ、フラれちゃったか。ほんとは今言うつもりじゃなかったんだけど。……
海老名さんに視線を送ると、ハッとした表情で僕の顔を見た。
……よかった。こんな陳腐な三文芝居でもしっかり理解してくれたようだ。
「とべっち、今はチヨチヨのこと、一人にしてあげよ?」
「お、おう」
そういって海老名さんは戸部君を連れてこの場を去る。
今さらもう一人に告白なんかできる雰囲気じゃない。
僕がやったのは、この場をぶち壊しただけ。
この舞台をただ、粉々にして、ぶちまけただけ。
ついでに、振ったシーンを間近で見せて、今後の戸部君の告白をやりづらくしただけ。
ああ、なんだ簡単じゃないか。悪役ってのもさ。
「ごめんね」
すれ違いざまに、海老名さんの声が聞こえた気がした。
道の奧では、気付かれないよう葉山君達が引き返している。誰も何も言葉を発していない微妙な空気だ。
そして、残ったのは奉仕部の三人。ああ、これで君たちは大丈夫。
清水寺の胎内巡りで、石を回しながら願ったんだ。
どうやら願いは……叶えられたようだ。
「あ、えっと……ちよちよ」
由比ヶ浜さんが声をかけようとする。けれど、どこか迷いがある。雪ノ下さんも想定外のことなのか、何も言えないまま立ち尽くしている。
ごめんね、深入りしすぎたから。だから君たちにこんな想いをさせてしまった。でも、それもここで終わりだ。
「先行っとけ」
「で、でも!」
比企谷君が二人を帰るように促した。だが由比ヶ浜さんも雪ノ下さんも、素直に従おうとはしない。
「いいから行け」
比企谷君はそう強引に言って二人を帰した。
やっぱり最後は君の出番か。比企谷君は強い視線でこちらを睨み付けている。ああ、男に振られることなんかよりよっぽど辛いな。これはさ。
「手伝わないんじゃなかったのか」
「手伝ってはないでしょ? 勝手にやっただけだよ。あ、あの二人に告白は本気だったって言っといてね。じゃないと意味ないから」
より強く比企谷君の視線がきつくなる。拳は強く握られて、おそらく爪も食い込んでいる。
「言うわけ、ねえだろ。本気なわけない。だってお前は──」
その言葉を遮るように、人差し指で口を塞いで、あの時とは全く逆の台詞を口にした。
「
彼の顔が大きく歪む。感情がぐちゃぐちゃに散らかっていることを、隠しきれていない。僕への怒りと、迷いと、止められなかった自分への罪悪感をないまぜにしたような、そんな顔をしている。
ごめんね。でもこうしなきゃいけないんだ。
「だから、本気でもおかしくないよ」
彼は苦い顔で僕の言葉を聞いている。やがて、絞り出すように言葉を吐いた。
「……ふざけんな。あれは俺が出来たんだ。出来たなら、俺がやるべきことなんだ。お前がやる必要なんかねえんだよ」
彼の言葉を否定するべく、言葉を紡ぐ。
「あるよ。僕……いや、私がやる意味も、必要もね」
彼の顔はもうくしゃくしゃだ。僕が私と言う度に彼は辛そうな顔をする。それは、同情かい? 憐憫かい?
だからダメなんだ。このやり方では。
効率を極めた最善手であっても、客観的に見て同情や憐憫を抱くようでは、それは自己犠牲へと落ちぶれてしまうから。
それではこれから先、君は大切な人を守れない。
比企谷八幡の方法を、比企谷八幡に客観的に見せなきゃいけない。
だから、君のやり方をやってみせて、それを否定させなきゃいけない。
この先、色んなイベントで君が間違えてしまわないように。
「だってこっちの方が『効率がいい』でしょ?」
その時の彼を、きっと僕は忘れることができない。
茫然自失とした、まるで魂が抜け落ちたような彼のことを。彼は空気を求めるように口を二、三度パクパクさせると、それきり何も言えなくなってしまった。
一歩二歩と彼から距離を離す。
追ってくる気配はない。
ただ天を仰いだ。
月は落ちている。片割れの光を失った竹林のトンネルは、青白い光を寂しく放ちつづける。
足元では、等間隔の燈籠だけが暖かい色で僕らを照らしていた。
× × ×
修学旅行最終日。京都駅の屋上で彼女を待っていた。
ここからは、京都を見渡せる。
京都は、千年前からその姿を変えずにいる。人は、そこに惹かれているのだろう。
だがしかし、変わらなければならないこともまたある。京の建造物の多くが再建されているように、時には形を変えなければその性質を保てないこともある。
本質は変わらなくても、在り方を変える必要はある。僕はそう信じている。
「はろはろ~お待たせ」
長い階段をわざわざ上ってくるのは、海老名さんだ。
「お礼、言っとこうと思って」
「別に告白して振られただけだよ。よくある話でしょ?」
誤魔化すように言うと、自然と早口になってしまった。
「まさか、ヒキタニ君じゃなくてチヨチヨに助けられるとはねー。ありがとう」
海老名さんが僕の嘘を無視して感謝を告げる。
確かに、僕が関わってくるなんて予想だにしていなかっただろう。そりゃそうだ。二日目までは不干渉であろうとしていたのだから。
動きが読めなくて当然だ。
「あー、何の話?」
適当にしらばっくれた。これは海老名さんのためだけにやったことじゃないから。あくまで彼女のことはついでだ。感謝される謂れはない。
海老名さんはまた、僕の嘘を見透かしたように優しく微笑みかけると、そのあと少し悲しそうな顔をして口を開いた。
「私ね今の環境が好きなの。私と、それを取り巻くみんなが好きなの。無くすのは惜しいなって思うの。今いる場所が、一緒にいてくれる人が好き」
だから自分が嫌いだと、そう続くのだろうと思っていた。彼女がそういうのを、原作で知っていたから。
そんな僕を待ち受けていたのは、予想外の言葉だった。
「チヨチヨも、そこに入ると思ってた」
そういって彼女は、一粒の滴を目から溢した。
あまりにも急な言葉に僕は驚く。ちょっと修学旅行で喋っただけなのに、どうしてと。
その疑問を口にするより先に、知っているけど知らない言葉が耳に入った。
「だから、私は自分が嫌い。……すごく嫌い」
遠ざかっていく海老名さんに僕は何も言えなかった。彼女の涙も、そして『すごく嫌い』と付け足した意味も、何もわからなかった。
何かを間違えたのかと、そう自分に問いかける声を振りきれなくて、僕はその場を動けなくなった。
嫌になる。完璧にできたつもりだった。比企谷君と、それから海老名さんに振り掛かる問題を、一挙両得に解決して見せたつもりだった。どこで、間違えたのか。
そうやって、意味のない自問自答を繰り返し、どれほどの時間が経っただろうか。このまま京都に取り残されるのも悪くないと半ば自棄になっていると。
「やあ」
階段から入れ替わるようにして、彼が──葉山君がやって来た。彼はいつものように、薄い微笑を顔に貼り付けている。
「もうそろそろ点呼の時間だよ」
そういって近づいてくる。もう諦めて駅に戻ろうとして、彼に似せた薄ら笑いを作りながら返事をする。
「いまいくよ」
そのまま歩いて構内へと歩きだす。が、葉山君がどうも動いていない。不思議がってそちらを見ると、微笑の剥がれた、苦々しい表情で視線を返された。
「……すまない。君を巻き込むつもりはなかったのに」
なぜか無性に腹が立った。僕にその哀れんだ目を向けるべきは、君じゃない。そう思って、それから自分の肥大した自意識に気付いたとき羞恥心を覚えた。
「巻き込まれたつもりはない」
厳しい口調で、そう言った。
僕は自分から関わった。その決意を決断を、勇気を否定されたくはなかった。
見せたことのない僕の表情に葉山君はしばらく面食らったようだった。しかし、気を取り直すとまた笑った。
「戸部には、言っといたよ。フラレないように君が気を使ってくれただけだって。なんとか納得してくれた」
「なん、で」
それじゃあ僕は本当に道化じゃないか。舞台の上で華麗に踊っているつもりで、実際は笑われていたピエロのようじゃないか。
「余計なこと、とは言わせないよ。……姫菜が悲しそうだったからね」
そうだ。形はどうあれ女の子を泣かせた。全くもって嫌になる。男失格じゃないかこんなの。
戸部君は嘘の告白を、嘘だと受け入れてくれた。そこには確かに男気を感じる。海老名さんを想う気持ちも、全然ヤワじゃない。
それに比べると、確かに僕は男として失格だ。でも。
「葉山君に言われる筋合いは、ない」
「……痛いとこつくね。その通りだよ。俺が何か言う資格なんて一つもない」
彼はまた苦々しい表情へと戻ってそう言った。彼もきっと後悔している。ここには、海老名さんを含め、後悔した人間しかいなかった。
「でも、その上で一つだけ言わせてほしい。……あれが、君のやり方なのかい?」
その言葉を聞き流し、階段を下って駅に戻った。
後から葉山君とクラスで合流したが、彼はもう何も言わなかった。
わざわざ言われるまでもない。
そんなこと、僕が一番わかってんだよ。
誰よりも一番、理解してる。
それが誤りだと気付いたのは、修学旅行明けの月曜日。
彼が、比企谷君が登校していないと聞いたその日だった。
× × ×
月曜日、僕は重たい足を引きずって学校まで来ていた。今日は、本当に足取りが重たい。
そのせいか、遅刻の時間であった。ちょうど1限目が終わりそうな時間だ。
こそこそと玄関口を通り上履きに履き替えて、教室の前で待つ。
そして授業を終えた先生と入れ替わるように中へ入った。一瞬、葉山君達のグループがざわついたものの、何とか気を取り直したのかまた喧騒に戻っていく。
彼は、彼はどのような顔でこちらを見ているのだろうか。怖くて席の方を向くこともできず、机に突っ伏して寝たフリをした。こんなとこでも物真似なんて、皮肉なものだ。
「えっと、その、ちよちよ……」
誰かの声が小さく耳に響く。それは、僕が教室に表れてから初めて聞いた声だった。
「何?」
わざと不機嫌そうに聞き返す。
何人かは理解しているとはいえ、フラレた人間のところにわざわざ喋りかけるのは、グループ内の立ち位置を思うなら得策ではない。そう思って追い返そうとしたのだが、彼女は、由比ヶ浜さんは屈することなく勇気を持って話し出した。
「あのね、今日ヒッキーが、来てなくて──」
嘘だ。首をグルリと勢いよく回し教室を見る。彼の席には、確かに誰もいなかった。鞄もない。
由比ヶ浜さんがまだ何かいっている。心当たりあるかどうか、そう聞いているんだろうが、僕の耳には全く入ってこない。
なぜ? どうして? 彼がなぜ休む?
理由がわからない。思い出せ、思い出すんだ。
原作ではあんなことがあったのに登校して、更に奉仕部まで行っていたはず。
ついでに言うなら今日は生徒会選挙の依頼がある日だ。今日いないというのは、非常にまずい。
悪いけど知らない。気分が悪いから保健室に行く。確かそんなことをいって、教室から抜け出した。
「すみません、気分が悪くて」
保健室の先生に適当なことを言って、ベッドに横になる。
考えろ。思い出せ。
彼は、原作で、何を言っていた?
確か、修学旅行の後でも意地を張って奉仕部に──
意地? 意地だと?
──その意地を模倣して、横から奪い取ったのは一体誰だ?
その問いの答えから逃げるように、泥のように眠った。
× × ×
ベッドから起きて時間をみる。ちょうど昼休みごろか。
少しずつ、今までのことを考えた。
平塚先生の授業で聞いた羅生門を思い出す。
今の自分を、下人に重ねた。
他人の理由を盾に悪事を働く姿は、まさしく自分そのものではないのか。原作に関わろうというこの勇気は、仄暗い、後ろ向きで反対な勇気だったのではないか。
そういった考えが頭の中でグルグルと回り続ける。
老婆は報いを受けた。下人によって。だが下人が報いを受けたかは確かではない。
罪に対する罰は、僕にあるのだろうか。
「いっそ、ぶん殴ってくれたらな……」
男のままなら、文化祭の時の葉山君のように直接ぶつかることもできたのかと、そんな未来もあったのかと、ありもしない空想に身を委ねる。
現実から逃げるように瞼を閉じた。
もう一度眠ることは出来そうにない。
瞼の裏にはただ、空虚な暗闇が広がるだけである。
下人の行方は、誰も知らない。
これからの僕の行方は、僕自身にも分からない。
そう僕が、救えない結論をつけようとしたその時。
ガラッ──
「邪魔するぞー」
「あの、先生。ここは病人がいるのですからノック を」
養護教諭がそう言って注意する。
無礼なその教師は、ノックもせずに扉を開けて入ってきて、ツカツカと僕のベッドまで歩いてくる。
そのままベッドのカーテンを勢いよく開けて、僕を見下ろした。
「おい、八千代、起きてるかね」
「ですから先生、その子は二限からずっと具合が悪いようでして……」
養護教諭がまたも止めにはいる。正直言って、誰かと話したい気分ではない。ないのだが──
「いえ、大丈夫です。……平塚先生としばらく二人にしてもらっていいですか?」
気付くと、起き上がってそう言っていた。心の底では、誰かを求めていたのかもしれないと思う自分が嫌になった。
「はぁ……。十分後にまた来ますね」
しずしずと引き下がる養護教諭。
保健室から出て、姿が見えなくなったのを確認して、平塚先生が口を開いた。
「さて、まず具合は大丈夫か?」
「はい。まあ、仮病ですから」
どうせバレると思って素直に言った。平塚先生は予想の範囲内だったらしく、うんうんと頷いている。
仮病だと堂々と口にしたのに、責める様子は一切なかった。
「実際に体調に影響していないようでよかったよ。病は気からというからな。それで、何があった?」
こちらは、素直に言えそうもなかった。しかられる気もするし、呆れられる気もする。
何より、理解されないことが一番怖かった。
「まあ言えないというなら勝手に予想するさ。……修学旅行では、君のことを見れてやれなくてすまなかったな」
平塚先生は見透かしたようにそう言った。ああ確かに、僕は先生とラーメンを食べなかったな。でも、それだけだ。それだけ。それ以外で先生が関与できたはずもない。
「一人の先生が、全部の生徒を見るなんて無理ですよ」
それを聞くと、平塚先生は面白そうに笑った。何がそんなに面白いのか、僕にはわからない。
「そりゃ全員は無理さ! 私のお気に入りの生徒だけだよ」
そういって僕の頭を優しく撫でた。
ああ、泣いてしまいそうだ。でも、堪えなきゃ。
きっと甘えすぎてはいけないのだから。
自分の足で立たなければ意味がないのだから。
「……先生、一つ質問していいですか?」
「ああ、何でも、何度でも聞きたまえ」
前に質問をぶつけたときと、似たようなことを言ってくれる。
平塚先生は僕の頭から満足げに手を離す。そしてその手で、僕の左手を包み込むように握った。
その手は冷えている。布団でヌクヌクとしていた僕には凍えるような冷たさだった。それなのに、どこか暖かいような気がした。
「エゴって、何なんですかね」
「ふむ。端的に言うと、君のやりたいことだな。……どうだ、宿題は解けそうかね?」
エゴ、エゴとは。僕のやりたいこととは何か。
修学旅行中、自分にも、他の人にも、何度も何度も同じように聞かれたと思う。
何がしたいのか。どうしたいのか。
それをきっと僕は、間違えた
──借り物や模倣ではない僕の意地とは、エゴとは、何か。
「わかりません。わからないですけど……このままじゃ、嫌、です」
ダメだな僕は。涙ぐんでしまった。
グズグズと、ボロボロと瞳から滴が流れる。
ああ、本当に情けない。こんなんじゃ全く男らしくない。そうだ、男らしくない。男、らしく……。
「そうか……。さて、そろそろ養護の先生が戻ってくるだろう。仮病だというならここから出ていかねばな」
平塚先生がそういって立ち上がる。待って。今、答えが見つかりそうだったのに。僕の意地が、せっかく見つかりそうだったのに──
「さて、これから私はもう一人のズル休み野郎をぶっ飛ばしに家庭訪問に行くんだが──どうだ、君も一緒に来るかね?」
平塚先生はそういうと、ニヤリと笑って、車のキーをチャリチャリと鳴らした。
「……はい!」
ほんとにこの先生、かっこよすぎるよ。
× × ×
「ちわーす! 宅配便でーす!」
平塚先生がインターホンに向かって大きな声をだす。え、それ嘘じゃん。声も限りなく低い声を作っている。
「あの、先生……?」
僕の疑惑の視線に気付いたようで、平塚先生はこう答える。
「このバカはこうでもせんと出てこないんだよ。素直に呼んだりしたら逆効果さ」
いやそんなアホな。しかし、そう思っていた僕自身がアホだったらしく。
『ども。あー、宅配ボックス、入れといて下さい』
比企谷君の声がインターホンから聞こえてきた。
釣れた! んなアホな! いやでも往生際悪く逃げようとしてるぞ。家から出ないで済むようにと。
「いやーすいませんこれ冷凍便でして」
平塚先生も慣れたものなのか中々に手が込んでいる。……というか何を見せられてるんだ僕は。
保健室での感動を返してほしい。いやほんとに。
『はぁ? かーちゃんか小町か……時間指定しろよ……。あーすんません。今行きます』
ガチャリ。扉が空く。そして──
「よーし年貢の納め時だ比企谷! 私の授業をバックレやがって! 元気そうじゃないか!」
「ゲッ平塚先生! 何でここに! いや待て力つっよ……! ぐぐぐ……」
二人が全力でドアを押し合いへし合いしている。
見たところ若干平塚先生に分がありそうだ。それでいいのか、男子高校生。
「はぁ……」
はーまったく。悩んでたのがバカみたいだ。いやバカはこの二人なんだろうけど。僕は含まれてないよね? ないよね?
仕方ないので仲介に入るべく、ドアの隙間に手を滑らせた。
「はい比企谷君ストップ! この白魚のような手を傷付けたら責任とってもらうからね。……平塚先生の」
「八千代、お前も何で……って、いやそれだけは勘弁!」
比企谷君がバッと手を離すと、ドアが勢いよく開いた。そしてその前には──仁王立ちする平塚先生。
「ほぅ……。なーにーが勘弁なのかな? 比企谷? ああ、八千代も何か言っていたようだが。私のこの手が真っ赤に燃えそうだなー? ん?」
ポキポキと拳を鳴らす音が聞こえる。それ、拳で殴る技じゃないですよね……。
「いやあの、そのですね」
「待て、俺は悪くな……ひっ」
比企谷君の僅か数cm横を掌が突き抜ける。
「「すんませんでした!」」
二人で勢いよく頭を下げた。
あーもうすごく馬鹿馬鹿しい。すごく馬鹿馬鹿しくて、すごく──笑えてきた。
× × ×
そのあと、平塚先生は午後の授業があるといって愛車で学校に戻っていった。
今日は来れそうなら二人揃って来い、とのことらしい。
「で、お前は何しに来たんだよ……」
比企谷君がものすごく嫌そうな声を出す。
当たり前だ、そう言われて仕方のない最低の別れ方を僕たちはしていた。
何しに来たかはまた考えてなかった。考えなしな自分に嫌気が指すが、それはまた後にしておく。自己否定ばかりじゃキリがない。
「あーそうだねー」
エゴだ。僕のエゴ。探していたエゴ。行動理由。そうだな、とりあえず…………。
「ラーメン、食べに行こっか」
「はぁ? いや学校連れ戻しに来たんじゃ……」
彼とやりたかったことを一つずつやっていこう。
「いいからいいから」
そういって彼の背中を押し、スウェットのままの彼と制服の僕という変な組み合わせの二人組は、近くのラーメン屋さんへと入っていく。
比企谷君もぶつぶつ文句をいいながら付いてきた。
途中で着替えさせろとか、寒いからせめて何か羽織らせろとかうるさかったけど、全部無視した。
食券を買い、やっと落ち着いたのか、比企谷君がもっともな疑問を口にした。
「何で、学校サボってまで俺とラーメン食ってんだよ。……それは、おかしいだろ」
僕と彼との関係は、修学旅行のあの夜、間違いなく切れた。一方的に僕が、やり方を押し付けたから。
それはまだ解決していない。比企谷君とこんなもので和解したとは思えないし、海老名さんの悲しみもきっと拭えていない。
雪ノ下さんと由比ヶ浜さんだって、あんなのじゃ納得いってない。
でも、それは後だ。いずれ解決するつもりだけど、今ではない。僕は、僕のエゴに今従う。
「何もおかしくないよ。僕がそうしたいから」
比企谷君と、食べに来たかったから。もっと話したかったから。……あのままじゃ、嫌だったから。
「お前……」
戻った僕の一人称に、比企谷君が目を見開く。ああ、全く恥ずかしいったらありゃしない。
恥らいを隠すように、自信満々にこう言った。
「男友達と学校サボってラーメンだなんて、すっごい男らしいでしょ?」
関係が切れたなら、結び直そう。
友達じゃなかったのなら、友達になろう。
男らしくなかったのなら、男らしくなろう。
僕が僕であることに自信が持てなかったのなら、自信を持とう。
仲良くしたかった人たちと……仲良くしよう。
たったそれだけ。僕のやりたいことは、僕の両手では抱えきれるかも怪しいほどの、たったそれだけだ。
「……うっせ。そういうのは不良ぽいっつうんだよ」
照れ隠しか、いつの間にか来ていたラーメンをズズっと啜る。
僕も慌てて割り箸を割った。不格好な割れかたで、持ちづらいたらありゃしない。まるで今の僕だ。
不器用で、不格好で。でも、離れたくはない。
これを食べたら、学校に行こう。奉仕部に行こう。
そしてみんなに謝ろう。許されるかは、わからないけど。
まだまだ物語は続く。
放課後には、あのあざとくてかわいい亜麻色の髪の後輩が部室に来る。
一つずつ、進んでいこう。
この豚骨ラーメンを食べきったら。
「あのさ、これ……やっぱスープ飲んだら太るよね?」
「気にするところが完全に女子じゃねえか……」
……うん、一歩ずつ進めると、いいなぁ。
第一部、完!
この10話が一番難産でしたが何とかなりました。
次の生徒会選挙編はプロットがまだ出来てないので時間かかるかもしれません。
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