やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。 作:だるがぬ
読んでくれている皆さま方、本当にありがとうございます。
生徒会選挙編開始です。
できるだけギスギスしないように、と思いましたが普通に無理でした。
いやほら、原作からしてそもそもね……。
次話以降は明るい雰囲気の箇所も多めにしてバランス取るのでどうか何卒ご容赦を……。
11.その部屋の紅茶の香りはどこか薄い。
「なあ……やっぱお前も来るのか?」
制服に身を包んだ比企谷君がそう呟く。
「まあ、ね」
あれから僕らは学校に戻り、特別棟の廊下を歩いている。ただし、その足取りは重い。
奉仕部の部室の前に着く。
その扉はいつもより、多少ぶ厚く感じられた。
扉の取っ手に手を掛けようとして、やめた。今までこの扉は誰かに開けてもらっていて、自分で開けるのは少し怖い。
「ど、どうしよう……緊張してきた……」
「アホか、お前が行くって言ったんだろうが。せっかく家で寝てられると思ったのに……」
比企谷君が呆れたような声を出す。
そして、まるで普段通りかのように扉に手を伸ばした。
これから、生徒会選挙の依頼がある。城廻先輩と、後輩の一色さんが来る。
僕はともかく、彼は確実にこの部屋にいなければならない。
……いや、僕もここに来た意味ならある。
彼女たちと、話さなければ。
「開けるぞ」
ため息を一つついた後、ガラガラと比企谷君が扉を開く。
そして、部室にいた彼女たちの談笑が止まった。
「ひ、ヒッキー? あと……ちよちよも……」
「休みと聞いていたけれど……来たのね」
二人が驚いて僕らを交互にみる。比企谷君と、それから僕を。学校をそもそも休んだはずの比企谷君と、おそらく早退扱いになっているであろう僕がここにいることに驚いている。
比企谷君は目を逸らす。僕も、同じようにしようとして止めた。
彼から奪ってしまった意地の張りどころだ。
「うん。ちょっと……ね」
そして比企谷君はいつもの定位置に、僕は依頼人の席に座る。
紅茶の香りが鼻を掠める。それに雪ノ下さんが口をつけた。暖かいはずの紅茶を飲んでいるはずなのに、表情は冷たい。
由比ヶ浜さんは迷いのある視線で僕たちを見ていた。
意を決して、口を開いた。
「あのときの、ことなんだけど」
空気は冷たい。まるで京都の、あの竹林に戻ってしまったように思える。ざわざわと聞こえるはずのない竹の葉の囁きが、幻聴となって耳を揺らす。
言葉が出てこない。何を言えばいいのか、わからない。謝らなきゃいけないことはわかっている。でも、どうやって。どう言えば、伝わるのだろう。
「……ごめんなさいね」
雪ノ下さんが、そう言った。僕の曖昧な態度が、彼女にどう映ってしまったのか。それは、何に対する謝罪なのか。
比企谷君が、僕を不安げに視界の端で見ている。
由比ヶ浜さんは俯いて、口を震わせながら何も言わない。
「えっと……それは……」
言い淀んだ。確かに彼女たちからしてみれば、奉仕部に預けられた依頼によって、僕が振り回されたように見えるのだろう。
僕は、謝りたいと思っている。でも、彼女らはそもそも僕に怒っている訳ではない。
「ちよちよ、あのね」
由比ヶ浜さんがそう言って、おずおずと僕を見た。そして、そのあと比企谷君をちらりと見てから、俯いて黙り込んでしまった。
僕が、何を思って戸部君に告白をしたのか。
依頼のためか、はたまた本当に自分の気持ちか。
それについて、彼女らは確信を持てていない。
恐らくは前者だと察しているのだろうが、それを僕は否定も肯定もしていない。
どうやって伝えるべきだろう。
僕が責められるべきは、そのやり方だ。
非難して欲しい。糾弾して欲しい。そのやり方は間違っているのだと、そういって欲しい。
縋るように、比企谷君の方を向く。
二人がダメならば、彼に僕を責めて欲しかった。
それが出来ないことも承知の上で。
「ま、そのなんだ。……悪かったな」
いつもと変わらぬ軽さで、比企谷君はそう呟いた。
それから、辺りを沈黙が包んだ。どれほどそうしていただろうか。
このままではいけないと、頭を下げながら口を開いた。
「謝るのはこっちだよ。みんな……ごめん」
「それは……どういう」
コンコンとノックの音が響いた。
雪ノ下さんの淡い問い掛けは、そこで消えてしまう。
比企谷君がなぜか胸を撫で下ろしていた。
暫くして、もう一度ノックの音が響く。
「……どうぞ」
雪ノ下さんが、諦めたようにそう言った。
× × ×
「邪魔するぞ。お、やはり来ていたか。信じていたよ」
つかつかと床を鳴らしながら入ってきた平塚先生は、僕と比企谷君を感慨深そうに眺めるとそう言った。
「今は、少し間が悪いかね?」
ひとしきり僕らを見回した後、平塚先生はそう言った。きっと僕らの間に流れる重苦しい空気を読んで。
「構いませんよ」
比企谷君がそう口を開いた。言いたいことは言ったのだと、言外にそう告げていた。
僕は、まだ何も言えていないのに。
あるいは言わせたくなかったのだろうか。この二人の前で。
僕がこれを言うことで、奉仕部の関係性が変わることを危惧して。
「……そうか」
平塚先生は大きくため息を吐いて、頭を抱えた。そして、天井を仰ぎながら小さく呟いた。
「うまくフォローしたつもりでいたが……ままならんな」
雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが、不思議そうに平塚先生を見つめる。
場を取り繕うように、比企谷君が聞いた。
「何か、用でもあるんですか」
「ああ少しな。依頼人がいるんだが……」
そう言って平塚先生が廊下の方を見た。扉を開けようとする。
その直前、雪ノ下さんが言いづらそうに制服のスカートを掴みながら、口を開いた。
「待ってください。その、八千代さんは…… 」
僕は部外者だから、依頼に立ち合うことはないとそう言っていた。
……どうしたものか。確かに、僕が関わる理由はない。それは修学旅行前からそうだ。元々理由なんてものはない。
でも、関わりたい。関わりたいと思う。
そんな僕を見かねたのか、平塚先生が擁護に入る。
「雪ノ下。今までの活動のなかで、部外の者に協力を求めたこともあっただろう? 顕著なのは千葉村の依頼だな。まあ、いずれにせよ本人の意思と部長の決定次第ではあるが。八千代……どうだ?」
平塚先生は僕と雪ノ下さんを優しく、交互にみる。
ほんと、僕は誰かに頼ってばっかりだな……。
「手伝いたい、です。雪ノ下さん……ダメかな」
僕はそういって遠慮がちに、しかし確かな意思を込めて雪ノ下さんを見た。
雪ノ下さんはゆっくりと目を瞑り、しばらく何も言わなかった。そして、一度深く呼吸をしたあと、ゆっくりと目を開いた。
「了承したわ。でも……依頼の内容次第よ」
最後の方は、少し小さい声になって掠れていた。
「うん、ありがとう! よかったぁ」
僕はそういって比企谷君を見た。本当によかった。比企谷君へ与えた影響の責任は取らなければ。
由比ヶ浜さんと雪ノ下さんが、訝しむように彼を見た。俗に言うジト目というやつか。
三人からの視線を受けた比企谷君は、居心地悪そうに身を少しよじった。
とにかく認めてもらえたようで、何よりだった。
「ゴホン。まあよかろう。では……入ってきていいぞ」
平塚先生の言葉の後に続くように入ってきたのは、おさげ髪のどこかゆるゆるとした雰囲気を持つ現生徒会長、城廻先輩。
そして、緩くカーブした亜麻色の髪を肩ぐらいまで伸ばし、ゆるゆるとした雰囲気を作り出している次期生徒会長候補の一色いろはさんだった。
出入り口に一番近い比企谷君が、誰だこいつといった視線を一色さんに無遠慮にぶつけた。
一色さんは、制服の袖口を掴んだままその手を軽く比企谷君に振ってあざとくはにかんだ。む。むむ?
なんだこのムズムズは。
「あ、いろはちゃん」
違和感というか、僕の胸のしこりはさておいて。
由比ヶ浜さんが声をかけると、一色さんはちょこんと首を傾けた。
「結衣先輩、こんにちは~」
「やっはろ~」
一色さんと由比ヶ浜さんが挨拶を交わす。
「そっか~。二人は知り合いなんだね~。あ、そっちの子は初めましてだね! 生徒会長の城廻めぐりっていいます」
城廻先輩はそういって僕にはにかんだ。一色さんのとは違う天然物だ。やっぱり養殖より天然ですよね。うんうん。通にはわかっちゃうんだよな。
「は、初めまして。八千代といいます」
それから、僕は由比ヶ浜さんの隣に席を移して、二人のスペースを作った。
城廻先輩と一色さんは奉仕部の依頼人スペース──つまりは僕と由比ヶ浜さんの向かいに座る。
城廻先輩がここへ来たことを疑問に思った由比ヶ浜さんや比企谷君が、先輩へ疑問の視線を向ける。
それに答えるように、城廻先輩は口を開いた。
「もうすぐ生徒会役員選挙があるのは知ってる?」
二人は一様にきょとんとした顔になった。得心がいっているのは、僕と、それから雪ノ下さんだ。
「ええ、確かもう公示も済んでいましたよね」
「そうなの、立候補がいなかった書記以外はもう発表されてるの」
城廻先輩は嬉しそうにぱちぱちと拍手をした。
それにしても、やっぱり雪ノ下さんはこの時点で役員選挙への知識を持っているんだな。
「本来ならもっと早いはずだったんだが立候補者が集まらなくてな。学校側もついつい城廻に甘えてしまって……」
平塚先生が申し訳なさそうに頭をかいた。
「いえいえ、私は指定校ですから受験はありませんし」
城廻先輩はそういってぶんぶんと手を振る。ほんわかするなぁ。戸塚君といい、僕はこういうタイプに弱いんじゃなかろうか。
しばらく見ていると、視線に気付いた城廻先輩はこほんと可愛らしく咳払いをして、話を戻した。
「そうそう、説明しないとね。現生徒会役員はね、最後の仕事として選挙管理委員会をやっているの」
それから城廻先輩は少しずつ現状を語った。
1.一色さんが生徒会長として立候補したこと。
2.その立候補が本人の預かり知らぬところで、イタズラとして行われていたこと。
3.立候補の取り下げは規約に明記されていないため、事実上不可能であること。
まとめると、こういうことだ。
僕は原作での知識があった分、この辺の話は聞かずとも知っている。
由比ヶ浜さんは興味がないこともあってか話に付いて来れなさそうではあったが、雪ノ下さんが豊富な知識に持ってカバーしていた。
それにしても、やっぱり雪ノ下さんは……。
「取り下げが出来ないとなると……信任投票ですね」
僕の思考を遮るように雪ノ下さんの声が響く。
議題は、どうやって落選するかに移っていた。
僕の頭と心が急速に冷える。
「まあ、負けるだけならやり方はあるけどな……」
比企谷君がそう呟いた。……やはり、そうなってしまうのか。
反応した一色さんがそれを聞いてむーっと膨れながら、ぷりぷり怒った素振りでと比企谷君に迫った。むむ?
「ていうか、信任投票で落選って超カッコ悪いじゃないですかー! そういうのは恥ずかしいし、嫌なんです!」
おいおいとは思いつつも、一色さんは悪くないのだから誰も咎められない。……とはいえ、この言動が遠因であることに変わりはないと思う。
「まあそれでもやり方はあるが……」
比企谷君がそう呟く。城廻先輩がきょとんと小首を傾げ、彼を見た。
その視線に答えるように、比企谷君は城廻先輩にいくつか質問をすると、一度考え込んでそれから深く頷いた。
「最悪信任投票で負けても、一色はノーダメージで切り抜けられればいいってことですよね。要は、一色が原因で不信任にならなければいい」
「……どうやって?」
彼に、このやり方を、やらせるわけにはいかない。
今まで黙りこくっていた僕が口を開いたことによって空気が多少ピリつく。
それに負けることなく、比企谷君は口を開いた。
「応援演説が原因で不信任になればいい。……そうすれば、誰も一色のことは気にしない」
不穏な沈黙が生まれる。
由比ヶ浜さんは、悲しげな顔で僕と比企谷君を見て、それから袖をギュッと握りしめた。
城廻先輩も一色さんも、空気の変化に敏感なのか、戸惑ったように辺りを見回して、それから下を向いた。
これを、言わせたくなかった。
コツンと軽い音が鳴る。雪ノ下さんが机に腕を置いた音だ。その音は沈黙のなかでは思いの外大きく響く。
雪ノ下さん自身も少し驚いたように、腕を少し自身の方へ引いた。
「その……やり方は……」
言いづらそうに口を震わせながら、どうにか言葉を繋ぐ。それは、断罪するような物言いの強さは無く、ただただ弱々しかった。雪ノ下さんは、まるでこれまでワガママを言ったことのない子どもかのように、窮屈そうに身を縮こませた。
修学旅行では、その方法を取ったのは彼ではない。だから面と向かって否定できないのだろう。
しかし雪ノ下さんは恐らくは気付いている。最初に誰が、あれをやろうとしたのか。
「それってさ……誰が、やるの?」
由比ヶ浜さんが言葉を継ぐように告げる。先程のように比企谷君と、それから僕を見た。しかし、そこにあったはずの悲壮感はもうない。強い意思だけがあった。
僕は、耐えられなくなって目を逸らした。
比企谷君の様子が気になって少しだけ見てみると、彼もこちらを気にしていたようで、目が合った。
短く、ボソボソと言葉を発する。
「ああ、それは──」
そして、何かを決心したかのようにゴクリと、いいかけた言葉ごと嚥下して、由比ヶ浜さんに向き直った。たった少し角度を変えただけなのに、彼の影はこちらから見えなくなる。
そうして再び、今度はハッキリと口を開いた。
「いや、やっぱ、この案は無しだ」
その瞬間、由比ヶ浜さんが胸を撫で下ろすように小さくついた安堵のため息が、僕に聞こえてきた。
それから彼女は嬉しそうに「うん」とだけ呟いた。
よかったと。僕が修学旅行でやったことにも、少なからず意味はあったのだと、そう僕も安堵した。平塚先生も少しだけ目を見開いていたが、すぐに優しげな顔に戻って深く頷いた。
ただ一人、雪ノ下さんだけが、困ったように僕を見ていた。
「だとしたら、別の案が必要ね」
そういって彼女は寂しそうに微笑んだ。
机に置かれた手は、行き場を無くしたようにさ迷っている。その手を、由比ヶ浜さんがちょこんと指で握った。
「みんなで、考えよっか」
「ま、そうだな……」
三人の関係は、たぶん良好だ。
しかし、それはやはり薄氷を踏むようなものなのだろう。
原因は僕にあることを、この時点である程度理解していた。
僕に何が出来るだろうか。
雪ノ下さんを見た。
彼女が生徒会長になりたいことを、僕は知っている。
言わずとも理解して欲しいことも知っている。
だが、僕じゃない。
それを理解して欲しいのは、きっと僕じゃないんだ。
僕は、ただ知っているだけなのだから。決してこれを理解とは呼ばない。
「じゃあ、どうしよっか」
努めて明るく、声を出した。震えていないだろうかと自分の喉を触る。喉仏の出ていないその首はしっかりと高い声を出していたようで、誰に不審がられることもなかった。ただ一人、僕を除いて。
僕以外の三人が、三者三様にうんうん唸りながら案を出す。
雪ノ下さんか、あるいは比企谷君から、お互いの案に反論が出る度に空気が底冷えて、由比ヶ浜さんと僕が何とか暖めようと割って入る。
ああ、まるで壊れかけのガラス細工だ。
指の先から冷たさしか感じられず、扱いを誤れば割れて怪我をする。
でも何もないよりは。僕が『僕』であったころ、空虚に、本の世界に逃げ込んでた頃よりはよっぽどマシなのだと。そう、思えてしまった。
× × ×
「今日はもう遅い。詳しい話はまた明日にしようか」
平塚先生が、僕らに言う。
冬が深まるにつれ、日が暮れるのも早くなる。とっくに夕陽は空との境界の真ん中にあった。
窓から差し込む陽光が、色濃く部屋を照らしている。
「その方がいいでしょうね」
結局、話はうまく纏まらなかった。
最も無難な策は候補者の擁立。しかし、一色さんに勝てる人を候補者として挙げるのは難しい。
高校での選挙など所詮は人気投票に過ぎず、女子から反感を買っているとはいえ、容姿に優れた一色さんよりも票を稼げる人間は少ない。
よしんばいるとしても、葉山君など既に部長などのポジションにいると、生徒会には参加できない。
この辺は、原作でも説明されていたところだ。
ただ違うのは……。
「では、また明日。放課後に一色さんから詳しく話を聞きましょう」
「おう」
二人が表立って対立していない、ということ。
原作では、雪ノ下さんと比企谷君の意見は別れ、奉仕部はしばらく自由参加となる。
だが、そうはならなかった。
彼が今までの手段を取らなかったことによって。
これは本当に良いことなのだろうか。
僕より、少しだけ背丈の大きい平塚先生を見上げる。
大切に思うということは、傷付ける覚悟をすることだと。そう言っていたのは、この人だったはずだ。
全員で揃って部室を出る。雪ノ下さんがカチャリと鍵を閉めた。
その扉は、来たときとは違って、酷く薄っぺらく感じられる。
「じゃ、帰ろっか!」
由比ヶ浜さんが元気に宣言する。
「自転車取ってくるわ」
「あっちょっと待ってよヒッキー! ほら、二人も早く早く!」
スタスタと歩き去る比企谷君を、由比ヶ浜さんが走って追う。一瞬、寂しげな顔をしていたのは気のせいだろうか。
雪ノ下さんは少し迷って、平塚先生にゆっくりと鍵を差し出した。
「ここで返してしまって、いいでしょうか」
「ああ、構わないよ」
平塚先生は鍵を受けとると、大事そうにポケットにしまって、この場を去った。
雪ノ下さんがこちらを伏し目がちに見て、それから言葉を発する。
「あなたは……なぜ依頼を手伝うと?」
明瞭な答えが、すぐに出てこなかった。
だから、ただ素直に言葉を発した。
「関わりたかったから、じゃ、ダメかな」
「そう、なのね。あなたが……羨ましいわ」
雪ノ下さんはそう言って、口を閉ざした。それから微笑んでこちらを見た。
「……急ごっか。置いてかれちゃう」
何を羨まれたのかがわからなくて、会話を続けられず、そう促した。
由比ヶ浜さんたちと合流するまで、会話はなかった。
雪ノ下さんはもう、生徒会長に立候補する決心がついているのだろうか。
原作で、彼女はそれになれなかった。だから、もし彼女が会長になったときに奉仕部がどうなってしまうのかはわからない。
「ゆきのん、今度マフラーとか買いにいかない? もう最近ほんと寒くってさー」
「そうね……。もう本格的に冬の寒さだわ」
雪ノ下さんが、白い息を吐く。その姿はどこか幻想的で、目を奪われてしまう。しかし息はすぐに空気中に霧散して、その儚さも失われてしまった。
「あれだな、こうも寒いと家から出たくないな。なんならもう一生出ないまである」
「ヒッキー、たぶんそれ小町ちゃんに嫌われるよ」
「うぐっ……やっぱ冬こそ体を暖めるために外で体を動かさなきゃな」
由比ヶ浜さんと比企谷君がいつものように漫談を始める。雪ノ下さんはそれを見守るように眺めていた。
「比企谷君がそんなこと言うなんて……明日は槍かな。あ、家こっちだから。じゃあね」
分岐路で別れを告げる。もう少し後で曲がっても家には辿り着けるのだが、こちらの方が少し早い。
「おい。せめて降らすなら雪ぐらいにしとけよ。……またな」
「じゃあねーちよちよ!」
二人がそう言って僕を見送る。
「雪ノ下さんも、じゃあね」
「ええ……。さよなら」
三人と別れて歩く道すがら、今一度自分の考えを整理する。
彼らの不和の原因は、おそらく僕にある。
僕の修学旅行での行動が尾を引いていることは確かだ。
僕が身を引けば、彼らは元の状態に戻れるだろうか。
僕は、奉仕部の三人と仲良くしたい。
でも、彼らのことを外から見守っていたいという、現代語でいうところの厄介なオタク染みた感情も確かにあって。
仲良くしたいと、見守りたい。
距離の近い選択肢と、遠い選択肢。
この二つは、大きく異なる。
僕は僕のやりたいことをやろうと決めた。
だが、それが相反している場合はどうすればよいのだろう。
きっと二つは平等な感情などではなく、天秤に乗せてしまえばどちらかに傾くのだろう。
「そんな、こと」
したことがない。そんな重たいものを天秤にかけたことなど、過去に一度もなかった。
重みだけを優先して、軽い方の感情をきっぱりと捨ててしまえるのか。それで、後悔しないのだろうか。経験のない僕には、わからない。
そしてその選択は、誰かの選択を切り捨てることにならないだろうか。
もっと具体的に言うなれば。
奉仕部の存続のために、雪ノ下さんの気持ちを踏みにじってしまわないだろうか。
「あら、お帰り。今日は遅かったのね」
いつの間にか家についていたようだ。
珍しく早く帰ってきていた母親が、花壇に水をやりながら声をかけてきた。
「うん、ただいま」
気まずいことを悟られないよう普通に返事をした。
かーさん、お母さん、……ママ?
わからない。本当の母親じゃないのだから。
この家に来てから一度も、呼んだことがない。
鍵の空いている扉を開け、家に入る。
一直線に自分の部屋へ入り、シワも気にせず制服でベッドに寝転がる。
「あー……つっかれた……」
長い一日だった。
浮いたり沈んだり激しい一日でもう体力がない。
今日は、本当に疲れた。
もともと人付き合いが得意な性格でもないのだ。
「どうすれば、いいんだろうな」
知らなくもない天井に向けて呟いた。
謝ることは出来た。ただ、僕を含め、誰も納得してない。
そもそもどう謝ったものか。何を悪いと思ったのか。
そして、その対象は彼女らだけではない。
僕が泣かせてしまった女の子への責任も果たさなければ。
意識が段々と薄れる。それを、そのままベッドに手放した。
今日できなかったことは明日やろう。そう、働かない人間の典型文を添えながら。
のっけから重たくて申し訳ない。
彼も明日からはちゃんと頑張るので……。
一応全7話程度を予定してますが、大幅に前後するかもしれません。
感想、評価、お気に入り等お待ちしております。
あと、やっと最近ここすきが見れるのを知りました。
あれかなり嬉しいですね。