やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。   作:だるがぬ

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生徒会選挙編3話目です。

書きたいもの詰め込んでたら入りきらなかったので、前後編のような形になりました。

週刊誌のような引きになってしまってすまない……。





13.とにかく恋は罪悪でそうして神聖なものである。

 あの僕の宣戦布告ともとれる宣言と、耳がぶっ壊れそうになった電話口での海老名さんの渾身の叫びから二日が経った。

 

 僕の生活は何も変わっていない。

 母親とは多少距離が縮んだとはいえまだまだ話しづらいし、奉仕部の関係性も良くなったわけではない。僕が内心を打ち明けられた、なんてことも一切ない。

 相変わらず奉仕部という場所は一触即発の空気で、僕はこの問題に悪戦苦闘を強いられていた。

 

 ただ、一つだけ変わったこともある。

 それはあるいは、僕の変化に作用されたのかもしれない。

 帰りのHRも終わり生徒達がお喋りを始めると、葉山君のグループが騒々しくて自然とそちらが気になってしまう。

 

 その中の一人の女子と目が合う。その女子こと海老名さんは、周りに気付かれないほどに小さく手を振ってきた。彼女もまた周囲の空気を読むスキルに長けていて、みんなが他のことに気をとられている一瞬の隙をついての行動だった。

 ……なんか、クラスに秘密で付き合ってるカップルみたいで、ちょっと恥ずかしい。そんな自分の考えの方がよっぽど恥ずかしいかもしれない。とにかく恥ずかしくて顔を逸らそうとして、やめた。

 彼女もまた変化をしているのだ。電話を掛けたときの僕のように。

 その変化に答えようと、僕も小さく手を上げた。

 

 少しだけ、彼女との関係は好転していた。とはいえどこかぎこちなさは残る。

 当たり前だ。僕は彼女との溝を掘り返した。掘り返した割に、上から土を被せただけの杜撰な埋め立てをしたものだから、修復や修繕と言った表現とは程遠い。これは場当たり的な突貫工事でしかないのだ。

 ただそれでも、前には進んでいる。

 

 感傷に浸るようにそんなことを考えていると、彼女の唇が艶っぽく動き、口パクで何かを伝えようとするのが見えた。

 視線が吸い寄せられるようにその口元へと動き、読み取ろうとする。彼女が僕に何を伝えたいのか。ゴクリと生唾を飲み込みながらそれを確認する。

 

 口の形は……あ、あ、あ、い? 

 もう一度繰り返す。なんだこれ。

 はてなマークを顔一杯に浮かべる僕に痺れを切らしたのか、今度はしっかりと声を出した。

 

「は! や! は! ち!」

 

「え、な、なに海老名急にどしたん? とりあえず擬態しろし」

 

 両腕をビシッと上にあげて、鼻からフーフー蒸気を吹き出しながらついでに鼻血も噴射している。あ、三浦さんが動揺しながらもちゃんと拭き取ってあげてる。

 期待した僕がバカだった。いやいやいやまてまてまて、まず何を期待してたんだよ僕は。

 

 こんなもんは無下にしていいだろう、と思いつつ顔を背ける。背けた先には比企谷君と、その隣に葉山君がいた。

 ……これか。謎のテンションの原因は。

 珍しい組み合わせなため、自然と視線が固定されてしまう。

 

「こないだの、折本さんと仲町さんのことなんだけど」

 

 葉山君がそう切り出した。

 ああ……これか。そういえばあったな。

 自分のことに気をとられ過ぎていて、すっかり忘れていた。

 どうやら、比企谷君は陽乃さん及び折本さん達との邂逅イベントを果たしていたらしい。止めるべき、だったのかな。知識だけあってもどうも積極性に欠けてしまうが故に動けない。

 もしかしたらそれは、大事な何かを失わないための保守的な行動なのだろうか。

 

「聞いてないか? 土曜日遊びに行こうって」

 

「いや聞いてねえけど……」

 

「じゃあ、一緒に行かないか?」

 

「俺とお前が? 行く訳ねえだろ」

 

 自問している間も、彼らの会話はつつがなく進んでい……いやつつありまくりだな。比企谷君の突っかかりがヤバい。拒絶と言ってしまっていい。

 

「助けると思って、来てくれないか」

 

 懇願するように葉山君が頭を下げた。陽乃さんの言葉を借りるなら、彼が人に頭を下げるなんて珍しい、だったか。

 なぜ葉山君がそこまでして比企谷君を誘うのか。

 僕はその理由を知っていた。

 

「助けなんかいるやつじゃねえだろ、お前は」

 

 比企谷君はそう言うと、そそくさと鞄を持って教室から出る。

 

 恐らくは、同じ教室にいる由比ヶ浜さんや三浦さんにはこの会話は聞こえていない。

 しかしあまりよくない空気を感じ取ったのか、由比ヶ浜さんが後を追いかけた。

 僕もそれに続く。

 

「ヒッキー待って!」

 

 比企谷君は由比ヶ浜さんの声に振り向くと、諦めたようにため息を一つ吐いて足を止めた。

 

「由比ヶ浜と、八千代か」

 

 由比ヶ浜さんは困ったような笑みを浮かべて、それから鞄を握っていた手を少し弱めた。

 その様子を見てられなくて、声を発した。

 

「その、部室、一緒に行こ?」

 

「……おう」

 

 そのまま三人で特別棟へと歩く。

 由比ヶ浜さんが僕の顔をチラリと見た後、おずおずと比企谷君に質問した。

 

「なんか、珍しい組み合わせだったね」

 

 心の内に踏み込んでいそうで、その実、一歩手前で止まっている。絶妙な距離感の質問に比企谷君が頭を掻きながら吐き出すように答えた。

 

「ま、そういうこともあんだろ」

 

 下手な誤魔化しだ。僕がそう思うんだから、由比ヶ浜さんが気付かないはずもない。由比ヶ浜さんはその顔を一瞬だけ曇らせると、また微笑を浮かべて「そっか」とだけ言った。

 

 全てを知っている僕には、何かが出来たのだろうか。

 その疑問はきっと、これから先も尽きることはない。

 

 

 × × ×

 

 

『金曜の放課後、買い物いかない? 優美子も一緒だけど』

 

 海老名さんからそんな連絡が来たのは、その日の夜のことだった。金曜という指定に引っ掛かりを覚えたが、結局二つ返事でokしていた。

 

 他人と遊んだ経験が薄い人間に、休日を指定する度胸はない。だって一日の中で何時に集まって何時に解散すればいいかわからないし……。放課後は便利なのだ。暗くなったら帰るだけだしね。

 それに、元はといえば今週遊ぼうなんて急に言い出したのは僕だ。日程ぐらい合わせるのは当然だろう。

 

 さて承諾したはいいものの、奉仕部にはその日に休む旨を伝えなければならない。ぶっちゃけ気が重い。

 今までもロクに役に立ってないのに休むとか……。窓際社員もかくやという活躍ぶりだなぁ(逃避)。

 

 ただ、このまま受け身でいても仕方ない。

 とりあえずは金曜、動こう。現状を打破するために。

 

 

 × × ×

 

 

「ちよちよは、部室行くよね?」

 

 金曜の放課後、由比ヶ浜さんが声をかけてくる。

 いつも教室から部室まで一緒に行ってたから当然なんだけど、少しばかり答えづらかった。

 

「あ、今日はちょっと予定あって……」

 

 僕が言いづらそうに答えるのを見て、由比ヶ浜さんが髪をくるくるといじりながら唇を尖らせた。

 あれ、なんか変なこといったか? 僕……。

 

「ふ、ふーんそうなんだ。……ヒッキーも今日休みだよね」

 

 最後の方はぶつぶつと独り言のようで、うまく聞き取れなかった。

 これは……拗ねてる? なんでだ……。

 わからなかったので素直に聞いてみることにした。藪から蛇な気もするけど。

 

「えと……なんかまずかった?」

 

 由比ヶ浜さんは両手の人差し指同士をツンツンと突き合わせながら……てかかわいいなそれ。

 そして言いづらそうにモゴモゴと口を開いた。

 

「まずくは、無いんだけど……。むしろ良いことなんだけど……なんか距離縮まりすぎて焦るというか……」

 

 うーん意味わからん。海老名さんや三浦さんと仲良くなったら友達取られちゃうと思ったのかな。

 たぶん由比ヶ浜さんが部活で出れない分の穴埋めの僕だと思うんですけど……。

 

 とにかく、部活を休む点については謝っておかねば。

 

「手伝えなくてごめんね」

 

「ううんそれは大丈夫。今日は隼人君と選挙の打ち合わせだけど、ゆきのんいるから大丈夫だと思うし……」

 

 それはある意味僕への戦力外通告では? と思ったけど言わないことにした。社会でやってくためにはこういう図太さも必要だと思います!

 まあその話は僕も知っているんだけど、あえて無視していた。

 

「雪ノ下さんにも、ごめんって伝えといて」

 

 というか雪ノ下さんは、この時点で出馬する気は無かったのかな。こうやって葉山君に会長になってくれるようアプローチをしてるわけで……いや、違うか。

 

 理由がなければ動けない人間がいる。

 葉山君が立候補してくれるのであれば、他の人が会長になる必要性はまだない。

 理由ができるのは、それが断られてからだ。

 

「あ、うん……わかった。じゃあ行くね」

 

 微妙に納得がいってなさそうな顔をしつつも、由比ヶ浜さんは部室へ向かった。

 今日は現地集合となっており、三浦さんと海老名さんは既に教室にはいない。

 鞄を持って席を立つ。廊下へ出ると、寒々しい風がスカートを揺らし、容赦なく足を凍えさせた。

 

「タイツ、もうちょっとデニール高いやつ買おっかなぁ」

 

 男としての矜持は捨てていないけれど、足が冷えるのは単純に嫌だ。自分の中で、素直に買い換える発想が出てきたことに少し驚く。

 女性用の買い物も、必要だという理由で慣れてしまった。

 理由さえあれば、人は案外何でも出来てしまうのかもしれない。

 

 

 × × ×

 

 

 駅近くのショッピングモールでは、入り口前に既に二人が待機していた。

 学生が買い物するような大型店舗はここにしかないため、待ち合わせをしている制服姿の人もそれなりにいる。

 目立ってしまって、知ってる人に会いはしないだろうかというのは杞憂だったようだ。

 だがそのせいか、二人を見付けるまでに時間がかかってしまった。

 

 その二人を見る。三浦さんと海老名さんだ。

 それぞれ赤と緑のマフラーをしていて、手袋まで着けている。

 どっちが赤なのかは、まあ言うまでもない。

 

「チヨチヨーこっちこっち」

 

 海老名さんがちょんちょんと手を招かれた。引き寄せられるように近づいた。

 隣には三浦さんが腕を組んで立っている。……ちょっと怖い。修学旅行での金閣寺の一件から苦手意識が生まれてしまったのかもしれない。

 三浦さん、本当はおかん気質のいい人なんだけどなぁ……。僕の精神が脆弱すぎるのかも。

 

「ごめん。お待たせ」

 

 軽く頭を下げながら言う。実際こんな寒いなか待たせてしまって申し訳ない。中で待っててくれてもよかったのに……。

 

「そんな待ってないから。ほら、入るよ」

 

 三浦さんがクイっと指で入り口を示す。言葉のわりに体は少し震えていて寒そうだ。やっぱ待ってくれてたんですね……。優しいなぁ……でもごめんね。

 

 室内は空調が効いていて暖かい。しかし外と比べると暑すぎるようにも感じる。

 それは二人も同じなのか、しばらく歩いたあと鬱陶しそうに首に巻いていたマフラーを外した。

 首筋が露になる。そんな姿が艶やかに見えて思わず目を逸らした。

 いつもは見えてるところなのに……なんかこう、脱ぐ動作一つでグッと来るのはなぜだろう……。

 

「あーしはブーツ見に来たんだけどさ。二人はなんか見たいのあるん?」

 

 変な性癖に目覚めかけたところを叩き起こされた。危ない危ない。危うく自宅に帰ってから、鏡の前で自分の首筋にマフラー巻いて、それからしゅるしゅる剥ぐところだった。新しすぎる変態さんだなおい。

 

 そんな僕の自戒している間を沈黙と見たのか、海老名さんが先に答える。

 

「書店寄っときたいなぁ。新刊出てるし」

 

「ふーん。おっけー本屋ね。あんたは?」

 

 三浦さんが真正面から僕を見る。用意しておいた答えを読み上げるように声を出した。

 

「タイツ、買いたいなって」

 

「そ。ってあんたそれ薄すぎない? 絶対寒いでしょ」

 

 三浦さんが僕の足を見て驚く。そんなまじまじ見られると恥ずかしい。

 あと本当にこれは寒い。たぶん秋とかもうちょっと寒くない季節に履くやつなんだろうな、これ。

 

「あはは……。厚いやつ、家のどこにあるかわかんなくて」

 

 弁明しておくが僕が悪いわけじゃない。八千代家のご息女は片付けが苦手なようで、他にも防寒具やらもどこにしまってあるかわからない状態なのだ。

 一度整理しようとしたけど、色んな下着を片付けるのが恥ずかしくなったので服関連はやめた。

 下着を含めた服装に関しては、今は最低限のローテーションで何とかやりくりしている。

 

「あんたさ。男子は足チラチラ見てくるから、もうちょっと気を付けろし」

 

 三浦さんは優しく諭してくる。男子の視線とか気にしたことなかったな……。教室だと本読むか机に突っ伏すかの二択だし。

 そういう意識が欠けているという自覚が足りてない。まさしく三浦さんの言う通りだ。

 ただ……。

 

「いや、生足の優美子に言われても説得力ないでしょ」

 

 海老名さんの指摘が飛ぶ。そうなんだよなぁ。なんか生足なんだよなぁこの人。目のやり場に困るんですよねちょっと。

 

「あーしは見せてるからいいの」

 

 葉山君に向けてなんだろうが、多分その彼は見るつもりがないだろう。

 むしろ他の男子の方がよっぽど目をやってそうだ。例えば、結構ムッツリ気味の比企谷君とか。む、なんかムカつくな。今度文句言っとこう。僕のことじゃないけど。

 

 雑談をしつつ書店に到着した。タイツやブーツなんかは二階にあり、書店は一階にあるので、先にこちらに寄ることになった。

 

「おお! 表紙がこのカップリングとは……ぐ腐腐腐腐、妄想が捗りますなぁ……」

 

 海老名さんが呪詛のような言葉を吐きながら少年漫画のコーナーへ。あとそれ、公式のカップリングじゃないと思うんですが……どうみても男二人だし。

 少年漫画が腐女子の食い物にされてしまう現実を嘆いている僕をほったらかして、三浦さんは女性向け雑誌をパラパラと捲っている。どうやら海老名さんが落ち着くまで時間を潰すようだ。なんか対応が慣れてるな……。

 

 僕も迷った末に、海老名さんと合流することにした。雑誌よりは少年漫画の方が馴染み深い。いやカップリングとかはさっぱりですけどね。

 

「腐っ腐っ腐。ようこそ、こちら側へ……」

 

 海老名さんがやってきた僕を見てなんか言っている。

 welcome to under ground みたいだなそれ。腐ってる? それ誉め言葉ね。

 往年のコピペをこねくり回しても仕方ないので、とりあえず否定しておく。

 

「いやそっち側じゃないから。むしろこっちに戻ってきてほしいんだけど」

 

(より一般的な)愛を取り戻せ。これ(BL)が愛なら愛などいらないんだよなぁ。

 

「えーでもはち×とつ派なんでしょ? 理解はできないけど、同類は同類ですから」

 

「それはほら……なんというか。お互い好きならノーカンじゃない?」

 

 相思相愛なら性別とかはまあ越えちゃってもいいんじゃないかな。……ん、ほんとにいいのか? 戸塚君ルート選んだら色んな意味で原作崩壊じゃ……。

 まあでも、二人の幸せそうな顔が見れるならそれでもいいかと思えてしまう辺り、僕も底無し沼に片足突っ込んでしまっているのかもしれない。

 

「じゃあ、はやはちも認めるべきじゃないかな? どう見てもお互い意識しちゃってるよあれは!!」

 

 うーんこっちは首まで沼に浸かっちゃってるよ。

 葉山君と比企谷君は互いを意識してるとは思うけど、嫌いのベクトルで一致してるだろう。

 べジータが二人いるようなもんかな。

 あれ、それはそれでライバルとしていい関係なんじゃ……。

 

「いやいやいや、それはない。絶対ない」

 

 首をブンブン振って否定した。そんなことあってたまるか。原作でもあの二人はバチバチ火花散らしてるんだぞ。

 

「そっかー残念だな。まあ解釈は人の数だけあるからね」

 

 海老名さんは悲しそうに笑うと、一冊の本を手にとった。……なんかごめん。そんな顔させるつもりじゃなかったんだけど。

 

「ほらこれなんてさ、結構みんな自由に書いてるのに公式から許可出てるんだよ?」

 

 そういって海老名さんが寂しげに見せてきたのは漫画のアンソロジーだ。複数の作家が特定の作品に対して好き勝手書くやつ。

 原作者や会社側から話を持ちかけられることが殆どなので制約はあるだろうが、裏を返せばその中なら何を書いてもいいということになる。

 

 …………あ。アンソロジーといえば。

 

「あーこれは個人的なはやはちの解釈なんだけどさ」

 

「お、急にどしたの!?」

 

 海老名さんの顔に興味と笑顔が戻る。やっぱこっちの方が楽しそうだよな、彼女は。

 暗い、無機質な瞳でこちらや周囲を見つめることもあって、確かにそれは彼女の一面なのだろうけれど、僕はこっちの海老名さんの方が好ましく思っている。

 

 いつの間にか僕の中に、悲しんでいるよりは笑っていて欲しいと思える程度には海老名さんへの情が芽生えていたらしい。

 嬉々とした表情を見て、ついつい話を広げてしまった。

 

「こんな未来もあるかもって。葉山君と比企谷君は毎年同窓会でね、やいやい喧嘩しながらも外でお酒を酌み交わして──」

 

 そう、これはアンソロジー。原作者が書いたものではない、番外的な位置付けのもの。

 だからひけらかしても未来に影響はないだろう。

 僕は海老名さんに知っている話を叩き込む。

 

 ……詳しくは俺ガイルアンソロジー2巻、丸戸史明先生の『ぼくのかんがえたけんぜんなはやはち』参照。

 

「……チヨチヨ、やっぱ才能あるよ。ぶふっっっ!」

 

 そういって海老名さんは大量の鼻血を出しながら仰向けに倒れた。頭を強く打ちながら幸せそうな顔で気絶している。凄惨な殺人現場に見えなくもない。

 

 …………。

 あのー当店にお越しのお客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか? 

 

 

 × × ×

 

 

 あれから、ほぼ死に体の海老名さんを三浦さんが担いで近くのトイレに連れてった。トイレで血を落とすってそれ殺人鬼側の行動では……。

 

 ちなみに海老名さんは連れていかれる途中で「私、この妄想の中なら……死ねる!」とか言ってた。いや死ぬな。僕がどういう罪状で逮捕されるかわかったもんじゃない。

 

 まあそんなこんなで二人が帰ってくるまでの間、僕はモールの入り口近くの通路で、一人待ちぼうけていた。

 

「あれ~八千代先輩じゃないですか。お一人ですか~?」

 

 その作られた声に体がビクッとする。あざとさセンサーが振りきれたその声の持ち主は。

 だるだるとした制服を萌え袖によって完璧に着こなした一色さんだった。そして隣には。

 

「あ、や、八千代さん。ち、ちーす」

 

 めちゃんこに動揺してる戸部君がいた。

 ……そういや君らもこのショッピングモールに来てるんでしたね。

 カチコチに固まった戸部君と話すと話が拗れてしまいそうだったので、一色さんと会話することにした。

 

「あっと二人ともどうも。三浦さんたちと一緒に来てるよ」

 

 三浦さん、の辺りで一色さんの目が細まった。

 

「へ~三浦先輩ですか……」

 

 え、こわ。何それどうやったらそんな低い声に変わるの? 

 さっきのが地声プラス1オクターブだとしてこっちはマイナス1オクターブといった感じだ。その落差が激しすぎて震え上がる。

 戸部君は気付いてるのかいないのか、襟足をいじりながら困ったようにこっちを見る。

 

「えっと、相談のことなら今日は雪ノ下さん達がやってくれてるから」

 

 話を逸らすようにそう言った。

 

「そうなんですね~。他には誰がいるんですか?」

 

 こっちの話をガン無視で一色さんが距離を詰めて聞いてくる。ちょっと、この子怖すぎません? 足震えちゃうんですけど? 

 

「は、葉山君ならいないよ?」

 

 海老名さんがいる、とは戸部君の前で言いづらかった。しかしこの台詞よくよく考えると嘘吐いてるようにしか見えないんじゃ……。

 

「そうですか。まあ八千代先輩なら信じます」

 

 ほっ。よかった

 てか、逆に誰なら信じないんですかね……。一色さんは隣にいる戸部君をチラっと見た。あ、たぶんこの人は信じないんだなぁ。戸部君、マジ可哀想。僕からささやかなエールを送ろう。

 

 同情の目線を送っていただけなのだが、何を思ったか戸部君はこちらを見て神妙な面持ちで深く頷いた。それから、深呼吸をして両手でパチンと顔を叩くとまた深呼吸をした。なに? アルゴリズム体操でもしてんの? 

 

「いろはすー、ちょっと先行っててくんね? 後で追い付くからさ」

 

「はぁ。まあいいですけど」

 

 死亡フラグのような台詞を放った戸部君に渋々といった様子で頷く一色さん。一色さんはそのまま上階へ繋がるエスカレーターに乗っていった。

 一色さんの姿が見えなくなった辺りで、戸部君が口を開く。

 

「あーあのー」

 

 そのまま一分ぐらい経った。

 ……僕が言うのもなんだけど、戸部君って大事なとこで根性ないよね。と思った瞬間、戸部君が長い襟足をかきあげて捲し立てるように話した。

 

「この前のことなんだけどさ、詳しいこと隼人君から聞いたんだわ。なんつーかその、サンキューっていうか」

 

 いまいち要点を得なかったが、とにかく感謝されてることは何となく伝わってきた。

 この前のこと、とは言うまでもなく修学旅行の告白のことだろう。

 だがあれは僕が勝手にやったことで、それで感謝される謂れはない。それに……実際にやろうとしたのは僕ではない。

 

「別にいいって。まだ好きなんでしょ?」

 

 僕が話を逸らす様に聞くと、戸部君は照れた様子で髪を弄りながら、それでもはっきりと口にした。

 

「なんかさ、俺ここまでマジになれることあんまなかったからさ。……諦めきれねーんだわ、やっぱ」

 

 その姿だけはカッコいいなと、純粋にそう思えた。

 ここまで誰かを想えるというのは、ある種の理想なのかもしれない。

 ……まあ、普段チャラチャラしてるやつが本気になる展開が少年漫画ぽくて好きなのはあるけど。

 

「じゃあ、あんまり他の子と遊んだりしちゃダメだよ?」

 

「いや、あれは部活の買い出しつーか……。あ! いろはす待たせっと怖いんだわ! 八千代さん、じゃな!」

 

 少しからかってみると、戸部君は軽薄そうな顔に戻って焦りながらエスカレーターを駆け上がっていった。

 うんうん、それでいいんだよ。いつもはおチャラけてないとギャップが映えないからね。

 

 とそこに入れ替わるようにして海老名さんと三浦さんが戻ってきた。

 海老名さんは顔をひとしきり洗ったり、メガネの血をしっかり落としたりしたようでさっぱりとしている。

 

「おろ、チヨチヨなんかいいことあった?」

 

「んーまあちょっと」

 

 どうやら僕の顔もさっぱりとしているらしかった。

 

 戸部君もせっかくなら海老名さんの前でかっこいいことすればよかったのにと思わなくもない。

 キョトンとする海老名さんを見る。きっと戸部君の恋は前途多難なのだろう。

 それでも、うまくいくといいなぁなんて、他人の恋の成就を願わずにはいられなかった。

 

 

 × × ×

 

 

 長い長い、それこそ映画一本分ぐらいの一階探索を終えて二階へ移動する。

 二階のメインは主にブーツとタイツで、タイツの方はちゃちゃっと買ってしまった。

 

 残りはブーツで、こちらはかなり時間がかかっている。三浦さんは気に入った物を更に試着して試したいらしいが、その試着の候補を一つ出すのに10分は平気でかかっている。

 女性の買い物が長いのは知ってるけど、やっぱ疲れるなぁ。

 

「つーかさーこれ制服だとよくわかんなくない?」

 

「ブーツ試着したいっていったの三浦さんなんだけど……」

 

 僕のツッコミを聞き流し、三浦さんは次の黒いブーツに履き替える。海老名さんの顔が満面の笑みに変わる。何か閃いたらしい。通報した方がいいかな。

 

「制服にブーツってなんかマニアックなプレイっぽい。ねーチヨチヨ」

 

 同意を求めるな同意を。なんかわからなくもないところが余計気まずい。

 顔を逸らした。

 

「いやーそんなこともなくもないような……あ」

 

「あんたら、マジでぶつから。ってなに八千代はどしたん」

 

 三浦さんがブーツを脱ぎながら不思議そうに僕を見る。

 その僕は現在。

 

 向かいの店の比企谷君とバッチリ目が合っていた。

 ……気まずい。一階で時間かけた分、会うことはないだろうと思ってたから完全に油断していた。

 

「え、は、はや……」

 

 三浦さんが比企谷君の奥にいる、女子を連れた葉山君の姿を見つけて勢いよく立ち上がる。

 が、脱ぎかけの黒いブーツが引っ掛かって派手に転んだ。

 

 パンツ! ピンク! セーフ! 

 あっぶねー。一瞬とはいえ比企谷君に見られてしまうところだった。サービスシーンはここで打ち止めだ。

 

「優美子、大丈夫!?」

 

 慌てて海老名さんが駆け寄る。僕も心配するように近寄って、下着への視聴ルートを完全に潰した。

 

「くぅ、はや、はやと」

 

 なんというか、いたたまれない。心が痛い。三浦さんが何をしたっていうんだ! ちょっとマニアックなブーツ姿を見せただけなのに……。

 葉山君への恨みがちょっとだけ積もった。

 

 三浦さんの視線の方を見てみると、葉山君らはもう既にそこに居なかった。

 

「いたたたた…………」

 

「優美子、立てる? ちょっと休んでく?」

 

 海老名さんが肩を貸している。三浦さんの姿がどことなく小さく見えてしまう。

 

「……うん」

 

 やっぱり心が痛くなって、僕も差し出すように肩を貸した。ドキドキはしなかった。それよりも、支えて上げたいとか、心配だとかいう気持ちの方が強くて自分でも驚いた。

 ……これはあれですね。ある種のギャップ萌えかも知れませんね。

 

 意識したらそれはそれで心臓に負担がかかりそうなので、そうやって誤魔化しながらショッピングモールを後にした。

 

 そのあと、歩ける程度に回復した三浦さんとそれに付き添う海老名さんを見送って今日は解散となった。

 僕も一緒に帰らないことに不審がられやしないかと心配だったが、それ以上に三浦さんのショックが大きかったのかそこに言及されることはなかった。

 

 僕はこれからとある人たちと話さなければならない。

 きっと、それが現状を変えれる手段だと信じて。

 

 指定された場所へ向かう。

 僕は本当はそこに呼ばれていたけれど、敢えて今まで知らぬ存ぜぬを通して来た。

 

 覚悟を決め、深呼吸をしてパチンと両頬を叩く。何の意味もない願掛けだけどやらないよりはマシだ。

 

 そのカフェの二階へ登ると、同じ制服の女子が二人立っているのが見えてくる。

 そして、横に並ぶように立った。

 隣の由比ヶ浜さんが大きく目を見開く。

 

「え、ちよちよ……? ヒッキーと一緒じゃなかったんだ……」

 

 その小さな呟きは僕が目線をやる彼には聞こえていないようで、その疑問は霧散する。

 

「そうか……君も来てくれたのか」

 

 そしてその男。葉山隼人は、僕に向かってそう言った。

 




戸部君と三浦さんと由比ヶ浜さん……あとついでにいろはすと海老名さんの恋の話でした

サブタイトルに毎回苦戦させられてます。ぶっちゃけほぼ後付けです。
誰か……サブタイ考えてくれ……。もう引用できる知識がないんだ……。

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