やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。   作:だるがぬ

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生徒会選挙編5話です。

引き続き、八千代ママがちょくちょく出てきます。
原作キャラ以外で話に絡むのは八千代ママだけの予定です。

あと投稿時間バラバラになってきてて申し訳ないです。
ギリギリまで書こうとしたらどんどん文字が増えてくんです……。



15.その飲み物は暖かさと不思議な力と心地よい苦痛を与える。

「休みの日だからってずっと寝てちゃダメよー。早く起きて朝ご飯食べなさーい」

 

 間延びした声が僕の脳に響いて覚醒を促す。八千代家の朝は日曜といえどそれなりに早い。

 まだ七時すぎだというのに、布団を剥いで起こされる。あの……超寒いんですけど……。

 

 階段を踏み外しそうになりながら下りて、洗面台まで行ってバシャバシャと顔を洗う。ふぅ。温水が身に染みる。体の心まで暖まるような錯覚を覚えながらタオルで顔を拭いた。

 

 鏡に写る女性の顔は幼げで、それは若さの象徴なのだろう。ただ、はつらつさよりは頼りなさの方が勝る。積み重ねた時間の厚みは感じられなかった。

 僕がここにいるというのなら、元々いた彼女はどこに行ってしまったのだろうと、もう何度目かわからない疑問が渦巻いた。

 

「何か悩み事でもあるの?」

 

 食卓に座ると、母がそう聞いてくる。

 それほど悩ましい顔をしていたのだろうか。自覚はない。

 

 土曜日は一日ずっと考えていたけれど、僕の信念はそう簡単に見つかりそうになかった。

 焦る気持ちもあるのに、そんなポッと湧いて出る答えが本物であるはずないという気持ちもあって。

 急ぐべきか、急いでいるからこそ回り道をするべきか。その二択クイズが僕には難しかった。

 

「まあ、ちょっと」

 

 突っぱねることもできなければ、寄り掛かることもできない、どっち付かずな返事になってしまった。

 たぶんこれは、僕が八千代母に抱いている気持ちの距離そのものなのだろう。

 

「ママが当てて上げよっか。ズバリ……人間関係についてでしょう!」

 

 丸尾君みたいな口調で茶化されたが、命中だった。

 まあ思春期の悩みなんて大体その辺に集約されるのだろうし、言い当てられたことに驚きはしない。

 でも、自分が分かりやすくて底の浅い人間に見えてしまって、そんな自意識過剰な人間性ごと自分の性分に恥じ入った。

 

「あ、あれ? 外しちゃった?」

 

 さっきまで自信満々に胸を張っていた人が、不安そうに僕を見るのがおかしくなってクスッと笑いが漏れる。

 

「ううん。ギリギリ……外れてなくもないかな」

 

 だから油断したという訳でもないのだが、少しはもたれ掛かっても良いだろうかと、ひねくれながらそう言う。

 

「そっか、高校生も大変ね。あ、勘違いしないでね? 高校生だから大変なのよ」

 

 高校生だから、と強調された理由が分からなくて頭にはてなを浮かべてしまう。

 そんな僕に気付くと、八千代母は微笑んだ。

 

「あと一年とちょっとなのよねー。あなたの高校生活も。ママに相談してみない?」

 

 僕ら高校二年生に残された時間は少ない。

 それをしみじみと語る姿は、どこか失ったものを、懐かしみ慈しむように見える。

 

「……自分で解決するから、大丈夫」

 

 きつい口調にならないよう最大限気を付けた。

 別に意固地になってこう言ってるわけじゃないからだ。

 これは僕のアイデンティティの問題で、それは僕にしか解決できない。

 

「ちょっとちょっと、親離れするには早すぎるんじゃない? あーあ。寂しいな~」

 

 おちゃらけながらも、強引に踏み込んで来ようとはしない。それがありがたかった。

 

「母さ、んんっ! ママの子離れが、遅すぎるんだと思うよ」

 

 母さんと呼びそうになったらジトっとした目を向けられた。わざとらしい咳払いをして言い直す。

 やっぱママ呼びはちょっと恥ずかしいです……。

 

 僕が話す気がないのを分かってくれたのか、八千代母もといママは、食べ終わった自分の皿を流しに持っていく。

 後ろ姿のまま、優しく呼び掛けられた。

 

「お節介かもしれないけど……後悔だけはしないようにね?」

 

「……うん」

 

 後悔はしたくない。

 でもそれは、ママが思っている後悔とは少し違う。

 

 僕は多分、過去を振り返りたくないのだ。

 悔やむことではなく、そもそも後ろを振り向くことをしたくない。

 それが例え宝石のような美しく輝かしい記憶であったとしても、失ってしまったものに想いを馳せることは悲しいことに感じられて、僕は嫌だ。

 在りし日に思い出という銘を掘って、記憶の戸棚に仕舞い込みたくはない。

 

 そんなことが不可能であることは重々承知している。

 形あるものはいつか壊れてしまう。ついでに形のないものも、いつかは必ず壊れてしまう。

 それが世の摂理であるからにはただの一つも例外はない。

 ダイヤモンドは砕けるし、黄金の風は止む。

 不滅や悠久など、この世のどこにも存在しないまやかしだ。

 

 ただ、そんなものはないと知っていても。

 僕は何も失いたくはない。

 

 永遠なんてものはないと知っていても。

 僕はきっと、それが欲しい。

 

 

 × × ×

 

 

 やはりというべきか。

 僕はただ打ち震えていた。

 

 やっぱ……ニチアサは最高だね! 

 最近のイチオシはライダーだ。どの作品もストーリーが重厚なんだよなぁ。もちろん戦隊モノのだってメカや大型ロボットかっこいいし、プリキュアは拳で殴ってて強い。ぅゎぷいきゅあ強い。アニメと特撮は素晴らしいリリンの文化だよ。

 

 いけない、ついつい早口オタクになってしまった。

 さてさてこの後は部屋に戻って二度寝でもしますか。題名のない音楽会を生贄に睡眠をアドバンス召喚だ。

 

 僕の休日はあっけなく、本読んでテレビ見て寝たら大体一日が終わってしまう。

 それはそれで有益だしいつもは満足しているけれど、今日はベッドに潜り込もうとしたところで後ろ髪を引かれてしまった。

 

 きっと金曜日の別れが最悪だったからだ。心配する比企谷君と、ついでにどこか諦めたような葉山君を振りきるように逃げ帰ってきた。

 それを引き摺って月曜日を迎えるのが憂鬱なのだ。

 

 ……しかし基本、日曜は憂鬱なものである。

 明日が仕事なんて、社会人になったらもうそれはそれは死にたい気持ちになるだろう。

 働きたくないなぁ。

 ちなみに八千代父は昨日遅くまで休日出勤していたらしく、疲れて眠っているのか朝の食卓にはいなかった。

 うーん。……死んでも働きたくない。

 

 だからまあ、今のうちに数年先の分までダラダラしておこう。そうしようったらそうしよう。

 

 自分に言い聞かせながら毛布にくるまってベッドに横になる。

 窓の外から目線を逸らす。自然と、部屋の中へと体が向くことになる。

 瞼を閉じようとして、机の一番上の棚にちょこんと置かれたそれが視界に入る。

 黄色と黒色で二色で構成された外観のそれは、臆病で腑抜けた僕の目を覚ますのに充分な破壊力を持っていた。

 

 甘い甘いそのコーヒーの味が、僕の脳裏に蘇る。

 彼がくれたその缶はこうして飾ってある。

 それは彼の不器用な優しさの象徴であり、今の僕のルーツでもあった。

 これがきっかけにして僕は奉仕部へと向かうことにしたのだ。それは突飛な行動だったなと今でも思う。

 

 僕は他人と深く関わったことがない。

 だから距離の詰め方もどこかおかしくて、思い立ったままに動いては周りを混乱させる。

 奉仕部へ依頼したときも、ラーメンを食べに行ったときも、海老名さんに電話を掛けたときも。

 ──それこそ修学旅行での嘘告白も。

 いつもその場限りの感情で、動いてきた。

 

 でもそれが、今の僕の他人との接し方なのだ。

 いつかはもっとうまく出来るのだろう。その時の気持ちを推察して分析して、上手な立ち回り方を覚えていくのだろう。

 でもそれは今じゃない。

 

 修学旅行での行動の理由も、生徒会選挙の解決法もまだ僕にはわからないけれど。

 だからといって何もしないのは、僕自身への裏切りだ。

 間違った行動だったのかもしれない。間違った勇気だったのかもしれない。

 それでもそれは、今の僕と地続きの僕の選択だ。過去の選択を誤ったなどと宣うのは、今の自分への冒涜だ。

 

 気づいた時には、体は既にベッドから起き上がっていた。

 窓の外は凍えそうなほど冷たい風が吹いていて、とてもじゃないがその風を浴びたいとは思えない。

 こんな寒々しい空気の中、用もないのに外に出るバカはいない。

 

 でも僕はバカだから、コートを一枚羽織ることにした。

 

 

 × × ×

 

 

「緊張してきた……」

 

 目の前には二階建ての一軒家があり、僕はその玄関のドアの前で立ち往生していた。

 無論僕の家ではない。

 とりあえずは金曜日のことを謝りたいと彼の親切心を無下にしてしまったことを謝罪しようと思っていた。

 それを明日に持ち越さないようにしようとした僕は、比企谷家を訪れていた。

 

 インターホンに指を添えるも、押すことができない。これはあれだ。知らない番号からの電話を掛け直すときの緊張によく似てる。いや知ってる番号でも緊張するな。とにかくあれだ、緊張する。

 

「……よし」

 

 ガチガチに固まった指を無理矢理動かそうと気合いを入れた。

 

「あのーうちに何か用ですか?」

 

 後ろから声をかけられて、その気合いはすぐに空回った。

 そちらを向くと、黒髪の可愛らしい女の子がアホ毛をピョコピョコさせながら不思議そうにこちらを見ている。

 この家の人物とは思えないほど生命力溢れるその少女はポカンと口を開けていて、そんな間の抜けた姿はやはり彼と血の繋がりがあるのだなと思わせる。

 

「えっと……比企谷君に会いに来たんですけど……」

 

「お、お兄ちゃんにですか!? こんなかわいい人が……まさか雪乃さんや結衣さん以外の新たな嫁候補……!?」

 

 比企谷君の妹、比企谷小町ちゃんは僕の言葉にアホ毛をピンと立てると、ブツブツとたわ言を呟きだした。

 てかやっぱ、その比企谷家のアホ毛って何かのセンサーなの? 僕にも同じようなのが頭についてるが、これ程までに動きはしない。

 あとその独り言、全部聞こえてるからね? 

 

「あ、えっと……もしいないなら帰るから……」

 

 ある意味で不穏な、どちらかというと厄介な空気を感じたので撤退の二文字が頭をよぎる。

 僕は行動も早いけど逃げ足も素早いのだ。

 

「いえいえ、兄は休日ほとんど家から出ませんから。あと、兄の妹の小町と言います! 兄がお世話になってます!」

 

「あ、ど、どうも……クラスメイトの八千代知夜です」

 

 おずおずと玄関の前で二人頭を下げる。変なやり取りだ。ご近所さんに笑われないといいけど……。

 小町ちゃんの勢いは止まらず、更に言葉を重ねる。

 

「こんなとこで立ち話も何ですので、ささ、中へどうぞ! さささ!」

 

 僕の逃げ足より素早く玄関を開けた小町ちゃんは、僕を中へと呼び込んだ。元気すぎてちょっとテンションがついてけそうにない。

 断ることもできなくて、お家へ上がり込む。心情的には引きずり込まれた気分だ。

 

「お、お邪魔しまーす」

 

「こちらへどーぞ!」

 

 靴を脱いで揃えると、一息つく間もなく小町ちゃんの案内が始まる。

 廊下を歩きリビングへ。前に来たときはほとんど家の中に入らなかったので、本来は初めて見る風景なのだろう。

 

 ブニャア。

 リビングのドアを開けると、あまりかわいげのない鳴き声と共に、比企谷家の飼い猫がすり寄ってきた。よしよし、ういやつめ。

 

「知夜さん、お兄ちゃん呼んでくるので、そこのソファーに座って待っててください。あとかーくん、ご飯はそのあとね」

 

 小町ちゃんは僕の足下の猫を一撫ですると、そそくさとリビングから出て行った。

 おい、そこのカマクラとかいう変な名前の猫。僕に近づいたのはご飯目当てかよ。

 

 そんな僕の気持ちを意に介することなく、カマクラは頭の擦り付けをやめない。

 仕方ないので着ていたコートを二つに畳んでソファーの肘掛けにかけて、空いた両手で肉球を揉みしだいてやった。ぷにぷに。柔らかいなぁ……。

 毛並みを整えたり、耳を触ったりして時間を潰してると、階段を下りる音が聞こえてきた。

 

「あのーすみません。うちのバカ兄はまだ寝てるようで……小町、いつもなら叩き起こすんですけど……」

 

 申し訳なさそうな顔をして小町ちゃんが頭を掻きながらリビングに戻ってきた。

 ふむ、まあ想定内というか。僕もニチアサ終わったら二度寝しようとしてたしな。

 

 これからどうするかなーとお気楽に悩んでいたが、ふと先程の小町ちゃんの言葉が気になって、ついつい深堀りしてしまいたくなった。

 

「いつもなら……って言ってたけど」

 

 聞くと、小町ちゃんは少し不満そうに唇を尖らせながら一つため息を吐いて、それから僕に失礼だと思ったのか慌てて手を振って取り繕った。

 

「それがその、珍しく兄とは喧嘩中でして」

 

「あー……やっぱり」

 

 そうだろうという予感はしていた。比企谷君は折本さん達と再会していて、それは家に帰りづらいから寄り道したことが発端だったはずだ。

 逆算していくと、小町ちゃんとの喧嘩に行き着く。

 修学旅行の後、比企谷君と小町ちゃんは揉めていたのだ。

 

「何か知ってるんですか?」

 

 小町ちゃんが不安そうにこちらを覗き見る。罪悪感を刺激されて、言葉に詰まる。

 

「知ってるというか……たぶん、原因の一つだから」

 

 自分を指差す。僕は今、どんな顔をしてるだろうか。自分の顔が見えないから、せめて他人の瞳からそれを伺おうと小町ちゃんを見ると、小町ちゃんは憑き物が落ちたような表情をしていた。

 それがある意味怖かった。恨まれてはいないのだろう。ただ、全く責められないというのもそれはそれで辛いものがある。

 

「その、小町ちゃんはやっぱり気になるよね?」

 

 何があったのかを知る権利が彼女にはある。それが喧嘩の原因なのだから。そして僕には、それを伝えて不和を解消する義務があるのだろう。責任の取り方を、それ以外僕は知らなかった。

 

「いえ、大丈夫です」

 

 そういって小町ちゃんは僕にニッコリと、人懐っこそうな笑みを向けた。きっとそれが彼女本来の笑みなのだろう。

 

「え、いいの?」

 

「いいんです。知夜さんがうちに来てくれた時点で、小町が気を揉む必要もないと思いますし。何があったかは知りたいですけど」

 

 小町ちゃんは天井を見上げる。その視線の先は二階へと繋がっているような気がした。

 

「それはお兄ちゃんの口から聞きます」

 

 小町ちゃんはそう言って微笑んでいた。なぜかその微笑みを羨ましく思ってしまう。どうしてだろうか。

 そして、除け者にされてしまったみたいで寂しくなった。そんなつもりは小町ちゃんには微塵もないのだろうけど。僕の被害妄想に近い。

 

「その……比企谷君は頑固だし……話してくれないかもよ?」

 

 意地悪だとわかっていても、そう聞くのを止められなかった。

 もし、二人が仲直り出来なかったら。それは僕が引き起こした悲劇と言えるだろう。

 そんな僕の心配を消し飛ばすように、小町ちゃんは胸を張って答える。

 

「大丈夫ですよ。お兄ちゃんがすぐ言わなくても、それが一ヶ月でも一年でももっと長くても……小町は待ってます」

 

 その小さな体のどこにそんな強さがあるのだろうと思うと同時に、僕がそれを羨んだ理由がわかった気がした。

 比企谷君と小町ちゃんの……二人の関係はきっと、今のところ、終わりが見えないのだ。

 

 喧嘩をしてもそのうち仲直りすると確信していて、その先を見据えている。きっと、関係が切れることなど考えもしないのだろう。

 僕が欲しいと思った理想に近しいものはきっとそれだ。

 

「分かってて聞くけど、どうして?」

 

「小町はお兄ちゃんの妹ですから!」

 

 家族というものは、離れようとしても離れられないものなのだろう。良くも悪くもだ。

 余程のことがなければ、失われることを勘定に入れたりしない。

 ずっと、それこそ死ぬまでこの家族は付き合っていくのだろう。

 僕が求めていた、永遠に似た理想の関係は、とてつもなく僕に近いところに確かにあった。

 

「あーあ。小町ちゃんが妹だったらよかったのになぁ」

 

 ただそれを他人に当てはめることはできない。

 僕と比企谷君と雪ノ下さんと由比ヶ浜さん。兄妹でも家族でもない四人の関係性には、常に終焉がちらついている。それはあるいは奉仕部の有名無実化であり、あるいは高校生活からの卒業でもあった。

 

 僕は、彼らとの関係を失いたくない。

 みっともなく縋っていたい。

 うんざりするほど粘着質な、気持ちも気色も性質も悪い最低辺の願いだ。

 

 でもたぶん。これまでも、今からも。

 僕はそれを願っていたのだろうと思うと、スンと胸のつっかえがとれたような気がした。

 

「ふっふっふ。じゃあ義理の妹はどうでしょう」

 

 ……二人までなら法律上問題なく家族になれてしまうらしい。浸らせてくれないなぁ、全く。

 

「あはは……遠慮しとくよ。比企谷君のクセに、候補がいっぱいいるっぽいし……」

 

「その人たちもどうでしょうねー。兄はスペックに見合わない無駄な手強さがありますから」

 

 小町ちゃんと二人、比企谷君へ愛のある(?)悪口で盛り上がる。

 帰ろうかと思っていたけど、こういうのも悪くない。比企谷君が起きるまで、せいぜい待たされた分の鬱憤晴らしでもするとしよう。

 あれ……確か謝りに来たはずだよな、僕。

 ……まあその辺は後で考えるか。

 

 

 × × ×

 

 

 あれから。時間を潰そうと、色んな比企谷君の話を小町ちゃんに聞かせて貰ってたんだけど。

 

「あ、わかります! お兄ちゃん勝負事だと卑怯な手ばっか使うんですよ」

 

「そういうの得意だよね。あと全然勝ってないのに屁理屈言って勝ち誇ったり」

 

 少し。少々。

 

「ですです! いやー知夜さんお兄ちゃん検定一級取れそう!」

 

「ふ。任せて。培った比企谷君知識が火を拭くよ」

 

「キャーかっこいいー! よ! 未来の嫁!」

 

「うんそれは違うんだけどね」

 

 いや結構……ううんだいぶ、いやかなり最高に盛り上がっていた。

 だって知らない比企谷君の話がいっぱい出てくるんだもん。楽しくなっちゃうよそりゃ。

 客観的にみて女二人なのだが、やかましいし姦しかった。

 だいぶ本筋から逸れた気もするけど、ファン垂涎の未公開エピソードを前に僕が待てを出来るはずもない。

 

 思い出話に花が咲く。どこかひねくれた思い出ばかり出てくるのでこの花はラフレシアとかだろう。

 感慨に耽る間もなくポンポンと話が出てくる。

 

「昔、小学生の小町が中学校でのお兄ちゃんの運動会見に行ったときの事なんですけど。お兄ちゃん絶対勝ってね! って前の日に約束してたんですよ」

 

「それでそれで!?」

 

 身を乗り出して続きを促す。比企谷君の中学生の時の話は一番脂が乗っている。寿司で言う大トロのようなもので、それはもう最高の料理だ。

 正直とても楽しい。

 

「100m走だったんですけど、いつまで経っても先生のピストルが鳴らなくて。で、そのうち鳴ったと思ったらお兄ちゃんだけが最高のスタート切って圧勝しちゃったんですよ。どう思います?」

 

 小町ちゃんがニヤリと笑う。これは挑戦状だ。この謎を解いてみよとの。ミステリーマニア兼比企谷マニアの血が疼く。

 100m走、スターターピストル、一人だけ最高のスタート、そして比企谷八幡の戦法。

 全ての要素を繋ぎ合わせ一つの答えを導きだす。

 

「謎は……全て解けた!」

 

 小町ちゃんに指を突き付け、真実を口にする。

 

「彼はペテンをしていたんですよ」

 

「ほほう。どんな推理なのかね名探偵君」

 

 もうなんか小町ちゃんもノリノリである。なんだこいつら。

 これはたぶん、先に冷静になった方が負けだ。

 きっとそういう勝負な……気がする。

 

「彼がやったことはこうだ。まず、ピストルの火薬をスタート前に水で濡らし不発にする。その後は爆竹なんかの小さい火薬を仕込んだ靴で、引き金のタイミングに合わせて思い切り足を踏み出すだけで、自分だけ音と同時にスタートを切れるって寸法だ」

 

「面白い推理だね……。しかし証拠がないじゃないか。証拠はあるのかね証拠は!」

 

 小町ちゃんがバンバンと机を叩く。それ犯人のテンプレじゃん……。いや小町ちゃんは犯人じゃないんだけど。

 

「彼のズボラな性格では、証拠は見付からなければそれで問題ないと考えるはず。当時の靴、まだ残ってるんじゃないですか? あるはずですよ。靴の裏に火薬の焦げ後がね」

 

「おおっ! さすがは知夜さん! さすちよ! 早速靴箱見に行きましょう!!」

 

 探偵ごっこをサクッと辞めた小町ちゃんがウキウキで立ち上がる。僕も証拠を確認するために続いて立ち上がった。凶悪な犯罪者を野放しにしては置けない。僕が断罪せねば。

 

 二人で靴箱をこれでもないあれでもないと探る。むーどこに隠した。すると、トントンと階段を下りる音が聞こえてきた。

 

「小町、ゴソゴソうるさいけど何してんだよ。……え、ほんとに何してんの? てかなんでお前いんの?」

 

 比企谷君が目を白黒させながら、僕と小町ちゃんを交互に見ていた。

 

 家の靴箱を漁る妹。なぜかそんな奇行に参加している僕。しかも僕に至っては他人の家の靴箱。

 完全に我に帰った僕は、顔面から血の気が引く。

 ただ小町ちゃんはまだ熱狂の中にあるようで。

 

「お兄ちゃん、靴! 中学の! どこやったの!」

 

 そういって比企谷君にカタコトな言葉でで詰め寄る。喧嘩していた妹が、ワケわからんこと言って迫ってくるのは正直どんなホラー映画よりも怖いだろう。

 

「い、いや穴空いたから捨てたけど……」

 

「はぁぁぁ!? お兄ちゃんのボケナス! 八幡! 火薬使い!」

 

 プリプリ怒って小町ちゃんは二階の、おそらくは自分の部屋に戻っていった。

 いやあの、多分二人になれるように気遣ってくれたんだとは思うんだけど。

 

「最後なんか能力者みたいなの混ざってたんだけど……。で、お前は何しに来たの?」

 

 比企谷君は不審者をみる目付きで僕を見る。

 ……小町ちゃん、もしかして僕のこと見捨ててませんか? でもまあ一応とはいえ喧嘩中だから話し辛いだろうし……その喧嘩の原因は僕だし……。

 

「うーんと、その。話に?」

 

「なんで疑問系なんだよ……。はぁ……とりあえずコーヒーでも淹れるわ」

 

 そういって彼はリビングに向かった。

 僕も付いていく。

 いや危なかった。目的を見失うところだった。

 

 ……でも靴は穴空いて捨てたって言ってたよな。その穴もしかして火薬のせいなんじゃ。

 

 ブンブンと要らぬ疑念を払って、ソファーにもどって座り込んだ。

 カマクラがふごふご言って近付いてくる。撫でていると少し落ち着いた。

 比企谷君がカチャカチャと飲み物の準備をしてくれる。

 

「砂糖とミルク何個だ?」

 

「比企谷君と同じで」

 

「一回で六個ずつか……ストック切れそうだな」

 

 三個も入れるんだ……。糖尿病待ったなしだな。

 少し経ってトポトポとコーヒーが注がれる音がする。比企谷君がテーブルまで持ってきてくれた。

 

「ありがと」

 

「まあ、一応は客だからな……。んで?」

 

 比企谷君はふーふーと息を吹き込んでコーヒーを冷ましながら、視線でこちらの言葉を促す。

 

 どう言おうか。僕が欲しいものは何となくわかったけれど、そこに辿り着くまでの過程がわからない。

 とりあえず、優先してこの前の謝罪から入ることにした。

 

「金曜、急に帰ってごめんね」

 

 僕がそう言うと、彼は呆れたような顔をした。

 

「別にわざわざ謝ることじゃねえだろ。あいつらだってすぐ帰ったんだし」

 

 あいつらが誰を指しているのか、すぐにわかった。彼が遠い目をしたからだ。どこか思い返すようなそんな目を。

 話を終えるつもりなのかズズッと彼がコーヒーを啜る。まだ熱かったようで、涙目になっていた。

 だが僕は、終わらせるつもりはない。

 

「僕のこと、心配してくれてたでしょ?」

 

「ばっお前、そんなんじゃねえよ。葉山のやつが変なとこ言うから、まあ……思うとこあってな」

 

 誰に思うところがあるのか。言うまでもない。

 何を思っているのかは、詳しくは分からない。

 きっと彼の方が僕よりもよっぽど、僕のことが分からなくて苦しんでいるのだろう。

 

 比企谷君が、大きめの音を立てて持っていたマグカップをテーブルに置く。驚いたカマクラが飛び上がって、リビングから走り去っていった。まるで、いつもの僕のような逃げっぷりだ。先に逃げてくれたから、僕は逃げないで済んだ。

 

「比企谷君」

 

 固唾を飲む音が聞こえる。真っ直ぐと見つめる僕の視線に耐えかねたのか、比企谷君が目を逸らした。

 

 あの修学旅行のことは、僕と彼らが共謀して墓に埋めた出来事だ。葉山君が少しだけ掘り返して、それに比企谷君は憤った。

 でもたぶん、それじゃダメだから。

 僕も墓を暴く。むしろ僕が墓から出てくるのか。いよいよ彼に似てアンデット染みてきたな。

 

「たぶん僕はあの時ね、君と仲良くしたかったんだ」

 

「……は、」

 

 予想だにしなかったのか、彼の口から疑問未満の言葉が漏れる。

 

「だから、あんなことしたんだと思う」

 

 海老名さんには申し訳ないけど、今はともかく、あの時は彼女を助けたかった訳じゃない。

 葉山君の関係を壊したくないという苦しみに、あの時は何も感じていなかった。だからこれも理由として違う。

 

 少しずつ選択肢を削っていく。こんなものは消去法であって、当時の気持ちを正確に推し量れるものじゃない。それでも、今の結論はこれだった。

 

「……いや待て。飛躍しすぎだろ」

 

「うん。僕もそう思う」

 

 そう言って笑う。ああそうだ。これは行動の遠因であって、直接の原因ではない。

 彼を……助けたかったのだろうか。僕は。

 わからない。そんな傲慢な気持ちを抱いていたとは思いたくない。

 

 たぶん傷付いて欲しくなかったのだと、思う。

 雪ノ下さんや由比ヶ浜さんとの関係を悪くしてほしくなかったのだと思う。

 だから彼のやり方を彼自身に否定させて、間を取り持とうとしたのだと思う。

 

 だがそんな理由は無粋な後付けだ。

 後から語る理由にはなっても、その時抱いた気持ちには──感情には届かない。

 もっと、簡単に。シンプルに。分かりやすく。

 なんでやったのかと問われたらこう答えよう。

 

「友達になりたかったんだ。だからね」

 

 呆けている彼の頬をからかうように指でつつく。

 こんなものは照れ隠しだ。

 

 本音を言うことは恐ろしい。否定されるのは自己の存在に関わる死活問題だ。

 だから誰もが何も持っていないフリをして自分を守る。付け入る隙が無いように見せ掛ける。

 それは僕も同じで、でも隠しきるのは難しかった。

 

 僕が望む理想は、きっとそれでは手に入らないから。

 

「これからも、よろしく」

 

 僕の言うこれからは、きっと彼が想像している時間よりもずっとずっと長いものだ。

 永久にも等しい、死までのカウントダウンだ。

 それは吐き気を催すほど醜悪な願いで、そんなものを余人が持つことは許されていない。

 だから隠さなければならない。そんな願いを知れば、きっと誰もが拒絶するだろうから。目の前の彼も、それは変わらない。

 

 でも。小出しにすることで、少しずつ知っていって、許容してもらえないだろうかと。

 僕は不相応にもそんなことを考えてしまう。

 

「……なんだそりゃ」

 

 彼は少しだけ赤みが指した顔を隠すようにカップに口をつけた。

 

 コーヒーはとっくに冷めていて、かき混ぜ切れなかったミルクが分離して浮いている。

 少しずつ、ゆっくりと。

 混ぜ合わせてかき回して。

 

 そうしてできた、砂糖やミルクが大量に入ったコーヒーを僕は一気に飲み干した。

 

「ご馳走さま」

 

 溶けきれなかった砂糖が、ザラザラと底に残っている。だが僕は、出来ることならこの残った砂糖も一緒に飲み下したい。欠けることなく、失うことなく。

 

「……なんだよ。もう一杯いるか?」

 

「ありがと。じゃあ今度はブラックでお願い」

 

 そそくさと彼がお代わりの一杯を同じカップに注ぐ。唐突にブラックを注文した僕を不思議には思ったものの、彼は何も言わなかった。

 

 底の砂糖を溶かしきって、一口飲む。熱くて飲むのは大変だし、それを超えて飲んでも苦いし酸っぱいしで大変まずい。お子様舌の僕にはこれは合ってない。

 

 それでも僕は、この苦味と酸味を呑み続ける。

 そこに、望むものがあると信じて。

 

 




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