やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。 作:だるがぬ
僕はいま、たいへん混乱している。
僕は女の子になってしまった。名前は八千代知夜。
何を言ってるんだこいつと思う者もいるだろう。だがしかし、この上半身の2つの膨らみがそれを証明していた。……まあまああるなコイツはけしからん。ゲフンゲフン。
そして、この世界は、ライトノベル「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の世界だ。本の中、またはアニメでしか見れなかったキャラクター達がそこら辺にウヨウヨいる。
葉山くん、戸部くん、あと取り巻きの男二人、三浦さん、海老名さん、川なんとかさん、大天使戸塚エル、おまけに相模さんとその取り巻き。取り巻き率高くない?
由比ヶ浜結衣さん。
そして、比企谷八幡くん。
ただ、今は女体化のショックが強すぎて原作キャラに気軽に絡みにいくなんてのはできそうにない。
そもそも、僕はまだ自分の名前しかわかってないのだ。クラスでの立ち位置も、自分の口調もわかってないのに、だれかに話しかけて妙な空気になれば、たちまちスーパー墓穴ホリダーの称号を得るだろう。
本当に女になってしまったのだろうか。
僕が乗り移ったと思われる人物がとんでもない変態で、男の癖に女モノの制服で登校している可能性がある。
ただ、僕が女装癖のある超ド級変態コレクションだとして考えた場合。
そんなパンチもアクも強すぎるキャラがクラスにいるのに、原作に出てこない訳がないのだ。つまり僕は女であることは確定的に明らか。
うーん完璧な証明だ。神の証明といっていい。
とにかく朝のHRまでの短い時間で自分の手がかりを掴まなければならない。昼休みや放課後の動きを決めるためにも。
まあそのうち誰かが話しかけてくるだろう。
朝からやっはろ~神拳を食らったということはクラス内のカーストもきっとそこそこ高いはずだ。うんうん。
「……」
うーんうーん? おかしいな誰も挨拶すらして来ない。
これでは神の証明どころか神の不在証明だ。
メレオロンいいキャラだよなぁ……。
せめて名前も出てないモブキャラ同士の友達がいると思ってたのに、この結果は散々だった。
ただ友達がいないのはある意味では好都合かもしれない。急に中身が変わったことに勘づく人がいないからだ。
仕方ないので気を取り直し、ガサゴソと鞄をあさる。他人をあてにする作戦はやめ、自分で自分に探りをいれてみた。筆箱や財布は女物というか、少しファンシーなデザインのものに変わっていたが、中身はおそらく僕のものだった。消しゴムの削れ方が記憶とそう変わらないし、ペンの種類も一緒だ。
ただお目当ての学生証が入っていない。
「お、あった」
小さな声でひとりごちた。見つけたのは手鏡。とにかく自分の顔を知りたかった。
さて拝見。
うそ……これが……私……?
目は少し眠たげだが、それが表情の柔らかさを演出している。
少しだけグロスが塗られた唇はちょこんと小さいながらも存在感を主張している。
鼻にかかるぐらいの少し重めの前髪。
横は肩につかない程度の長さで、左右非対称でなんとなくオシャレに見える。
アホ毛も添えてバランスもいい。
結論を言う。めちゃくちゃかわいい。
登場キャラの容姿に優るとも劣らない美少女がここにいた。
結局、先生が来るまでにわかったのは僕に話しかける人がいないことと、僕が結構かわいいということだった。
× × ×
授業を上の空で聞き流し、考える。
僕は、この世界でどうしたいんだろう。
斜め前の席に、肘をついて窓の外をぼけーっと見ている主人公に目をやる。
彼こと比企谷くんが、これから修学旅行で大きく傷つくことを、僕は知っている。
ただ、その傷が、奉仕部の3人の絆を深める重要な過程であることも理解しているつもりだ。
比企谷君はいつも間違える。策を弄し、欺瞞と唾棄するものに近づいてしまう。
それでも、『本物』に近づくことを諦めない。決して諦めないのだ。
彼は間違いなく、主人公なのである。
──僕は端役ですらない。物語に登場すらしていない。存在価値は極めて低い。
僕がいなくとも、奉仕部の彼ら彼女らは、少しずつ自分の答えを見つけていく。そこに介入する必要が、意味が、あるのだろうか。
傍観者に徹する方法は簡単だ。何もしなければいい。修学旅行から卒業までひっそりと過ごせばいい。
むしろ余計なことをして原作の流れを変えてしまったら。奉仕部の関係を僕が壊すことになってしまったらと思うと、キャラと話すことすら億劫になる。
まさか当事者になるなんて、思ってもみなかった。
午前の授業中ずっと考えても、結局答えはでないままだった。
× × ×
昼休み。それは基本的には至福の時間。
だが、今日ばかりはこの時間は苦しいものであった。
「ないのかよ、弁当……」
自分の鞄に食べ物が一切ないのだった。
購買にいけばいいのだろう、でも購買ってどこ?
うーんわからん。とりあえず教室に居づらいので廊下に出る。
そうだ。あそこいってみるか。確か購買も近くにあったはず。
主人公の後ろ姿を見に行ってみよう。
特別棟一階、ベストプレイスへ。
まだいないようだ。混んでいる購買にも行く気にならず、ブラブラと構内を練り歩く。
そのうち、教室の近くまで戻ってきてしまったようだ。
ん?あれは……。フラフラと吸い寄せられるように自販機へ。誘導灯に群がる蛾のように、群がった先にあるのはそう、千葉のソウルドリンク・MAXコーヒーだ。これが円環の理に導かれるってやつか。
誘導灯ことMAXコーヒーの下には赤いランプが点っていた。
「「売り切れ……だと……!?」」
ん?なんか今隣からも声がしたような。
ちらと目を向けるとそこには、猫背の目がドロッと濁った男子生徒。
かの比企谷八幡君がいなすった。
どうやら蛾がもう一匹釣られてやって来たらしい。
いやまてまて! 聞いてないぞこんなとこで主人公とブッキングなんて!
もうちょっとこう、衝撃的というか情緒に溢れた出会いがさぁ……。
「……いや、あの、なんかすまん」
気まずくなった空気をどうにかしようと比企谷君が口を開く。
「ごめんちょっと待って心の準備するから」
すーはーと息を整える。いやだって急に比企谷大先生とお話しさせていただく機会があるなどと思っても見なかったわけで……。うぅ緊張する……。
もう一度比企谷君の顔を見ると、何とも言えない苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
うーんなぜだろう。別にお前と話すのに心の準備が必要なほど嫌ってる、なんてことはないのに。むしろ憧れてるから困ってるんだけど。
「あのー、同じクラスの比企谷君、だよね?」
「ん、ああ……」
「こ、このコーヒー好きなの?」
もちろん好きなのは知ってる。でも、関わりのないやつが、自分の好きな飲み物知ってたら怖いよね。
「お、おう」
相変わらず挙動不審だなぁ。まあ僕も人のこと言えないんだけど。さっきから緊張しっぱなしで声が上ずってる。
「あんたも、その、コレ好きなのか?」
「うん、まあね。とはいっても売り切れだし……スポルトップでも買うよ」
そう答えると比企谷君のアホ毛がピコンと立った。なにそれ妖怪アンテナ? そんな機能あったっけ?
好きな飲み物を合わせたことで、比企谷君にシンパシーを抱かせたらしい。
「あー、ちょっと待て」
「え、えっと…?」
比企谷君が教室からカバンを持ってきて、中から何かを取り出した。
あれは……MAXコーヒー!?
いや、なんでもってんのさ……。予備とかかな……。
「じ、常温でもよければ、これ、やるよ」
「えっいいの!?」
比企谷君の顔を見上げると、恥ずかしいのか顔を真っ赤にしてそっぽを向いてた。
男相手になんで……と思ったけど今は女だ。そりゃ恥ずかしくもなる。
まて、なんかこっちまで恥ずかしくなってきたぞ。
「じゃ、じゃあ、ありがたくいただくね!」
「お、おう」
こうしてコミュ障の男同士の邂逅はどもりながらあっけなく幕を閉じた。
彼から貰ったMAXコーヒーはぬるいまま手元にある。……これ、神棚とかに飾ろっかな。いやでも飲んだら御利益とかあるかも。
ええいままよ!
貰ったMAXコーヒーを一気に飲み干した。
うーん甘い。喉に絡み付くような甘さだ。
ほとんど見ず知らずの僕に、飲み物をくれた彼の甘さが伝わってくるようで、嬉しいやら恥ずかしいやらで、体中がむず痒かった。
……おい、男同士だぞ。でも空き缶は洗って飾っとこう。
「奉仕部、行ってみよっかな」
原作の流れを変えようとは、まだ思わない。だけど、貰ったコーヒーの恩を返すくらいはしてもいいだろう。
この先悪い結果を引き起こすかもしれないけど、きっと、何とかなるだろう。根拠は何一つない。
でも人生は厳しいから、コーヒーは甘くていいのだ。だったら考えも多少は甘くていいだろう。
まだ喉に残る甘味の残滓を噛み締めながら、そう決意したのだった。