やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。 作:だるがぬ
奉仕部にいくと意気込んだはいいものの、まだ学生には午後の授業が残されていた。
そして午後の授業の最後は現国。原作ではお馴染みの平塚先生の受け持つ授業である。
修学旅行はあと一週間後。一日一日迫ってくる大型イベントに、教室はザワザワと落ち着きのない様子だった。
きっとここ最近はそうなのだろうと思う。
「……君たち、浮かれるのは分かるが、その後のテストで赤点をとっては元も子もないぞ」
平塚先生の鶴の一声により、教室はいくらか平静を取り戻した。
……僕が前世(?)通っていた学校は少々ガラの悪い生徒が何人かいた。戸部君なんか目じゃないほどで、髪の色がド派手な上に授業もよくサボってた。
それと比較すると、総武高校は腐っても進学校なんだなと思う。
腐る、という単語でとある人物二人ほどを想起し、自然とそちらに視線が移る。
修学旅行のキーマンでもあるその二人──腐った魚の目の比企谷君と、腐った女子である海老名さんの授業の受け方は対照的だった。
比企谷君は肘にほぼ頭を預けており、小さげな動きだが、確実に船をこいでいる。あれ絶対あとで呼び出されるな……。
海老名さんはというと、背筋をしゃんと伸ばし真面目に話を聞きながらノートを取っていた。……教科書のキャラでBLカップリングの妄想して鼻血出してる姿を想像してただけに、少し意外だった。ひどい偏見のようだった。ごめん海老名さん。
「さて、ここでこの下人は老婆の服を剥ぎ──」
授業の内容は羅生門。登場人物は下人と老婆の二人だけ。……まさか男が二人いないからマトモに授業受けてるとかじゃないよな。頼むからそうだといってくれ。いつもそんな授業態度であってくれ……。
「待って、隼人君から服を剥がされるヒキタニ君……ぐ腐腐腐腐腐……」
……ダメだコイツ……もう手遅れだ……。
「今日はここまで。くれぐれも問題行動には気を付けろよ。修学旅行いけなくなるからな」
二人を観察している間に授業が終わったようだ。
この後は奉仕部に行く予定だったけど、せっかくだから平塚先生に連れていってもらいたいなあ。
「あの、平塚先生」
「ん、八千代か。どうした、君が話しかけてくるとは珍しいな」
平塚先生は意外といった顔で僕を見た。どこか視線は優しげで、先生の、八千代知夜への人物像がどういったものだったのかが少し気になった。
しかし、思わず声をかけたけど何を言うか決めてなかったな。『いつ結婚するんですか? 』とか聞いてみたいなぁ……。泣いちゃうからやめとこう。
まあ、とりあえずは当たり障りのないような……。
「その、授業で、わからないとこがあって」
「ほう、どの辺かね?」
「結局、羅生門ってどういうお話だったのかなって。その、テーマ? みたいな?」
羅生門は芥川龍之介の作品として1,2を争う有名な短編だ。仕事がなくなった男が、餓え死ぬか盗人になって生きるかの二者択一で悩むものの、餓死をしないよう仕方なくという理由で死体から髪を抜く老婆を見て、自分も生きるために仕方ないと言い放ち、老婆から服を剥ぎ闇に消える。
ただし、その考察については意見が別れる。理由は、羅生門の中でも特に有名な最後の一文にある。これは芥川自身によって何度か改稿されていて、最初に発表されたものと、教科書に乗っているものでは全く違う文となっている。
「ふむ。まあここで教科書通りの模範解答をいっても仕方あるまい。君はどう思った?」
「う~ん、因果応報、みたいな感じですかね。詐欺してた人は死んだあと髪の毛抜かれて、髪の毛抜かれた人は服捕られて。なんか悪いことしたら罰があたる、みたいな」
最後の一文、『下人の行方は誰も知らない』とは、下人が死んでしまったことを示唆するのではないか、と僕は考えている。ちなみに最初に発表された羅生門では、もっと直接的に『下人は盗賊になった(意訳)』と書かれていたらしい。
「それも1つの答えだろうさ」
「……なんか誤魔化された気がしますが」
「実際な、私はあんまり作者の気持ちを考えろ、的な物が好きじゃないんだよ。そういうのは読者側のエゴだ」
「……読者のエゴ、ですか」
「そうだ。まあ、一般的にはこの羅生門も人間のエゴを取り扱った作品と言われるが……。私に言わせりゃ全てエゴだよ。もちろん、君のそれもな」
読者のエゴ、とはあまり良い響きではない言葉のように思える。なにより僕自身が『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の読者な訳だし。色んな創作や考察なんかも漁っていたけど、それらを書いた人も、全てエゴだと切り捨ててしまうのか。少し寂しくないだろうか、それは。
僕があまりいい顔をしていないことを察したのか、平塚先生は言葉を重ねる。
「君が思うほど、エゴは悪いことではないよ。何事もエゴ、つまりは自我の積み重ねだからな」
「正直……よく、わかりません」
「少し考えてわからなければ、また聞きに来るといい。君は生徒で、私は教師だからな」
かっけぇ……。いや原作からかっこいいのは知ってたんだけど、面と向かってこんなこと言われたら惚れてまうやろ……。理想の教師像とはと聞かれたら即答で平塚静と答えるレベル。しずかっこいい。
というか完全に忘れてたけど平塚先生に話しかけたのは、奉仕部に連れていって貰うためだったような。とはいえせっかく纏まった話を蒸し返せもしないし……。
「ふむ。まだ何か思うところがあるようだな。私はこれから職員会議だからこれ以上時間は取れないが、君がもし困っているなら奉仕部というところを訪ねて見るといい。きっと君の助けになる」
平塚先生はそこで一度言葉を切り、大きく息を吸うと、ニヤリと笑いながらこう言った。
「なにせあそこには、私の自慢の生徒たちがいるからな」
……いやだからかっこよすぎだろ。
× × ×
そして平塚先生と別れた僕は、奉仕部の部室の前で、ただただ立ち尽くしていた。
……いやだって、最初は平塚先生に引率してもらうつもりだったし。
全く勇気がでない。ノックをするだけの勇気が。
奉仕部ってあの奉仕部だよ? ファン垂涎の聖地がそこにあるわけで。なんならこの扉すら聖なる扉といっても過言ではない。ここは大聖堂かよ。
うんうんと唸っているとおもむろに肩をポンポンと叩かれた。むっ何奴!
「やっはろー! ちよちよ、部室の前でどしたの? 依頼?」
そこには由比ヶ浜さんがいた。
大聖堂の前に救いの女神が降臨した。
由比ヶ浜さんは一人のようだ。てっきり比企谷君も一緒かと思ったけど……。
「や、やっはろー。えっと、そうなんです、依頼があって……」
「け、敬語?」
しまった。さすがに敬語はおかしかったか……。由比ヶ浜さんとの関係性がいまだによくわからないんだよなぁ。僕とは友達……なのかな。友達いないからわかんないわ。
「いや、えっと、その、知らないひとかと思った!」
テンパってるにしても、言い訳が酷すぎるだろ僕……。これでは不信感マシマシだ。態度カタメ油汗オオメ一丁お待ち。
さすがにこれはウソと見抜かれても仕方あるまい。いやでも由比ヶ浜さんならあるいは……。
「そ、そっか。じゃあ、仕方ない……のかな」
ダメみたいですね……。
心なしか、不審な人を見るような目になっている。これで僕がかの剣豪将軍のような見た目だったら、この場で先生とか呼ばれてたかもな……。
「と、とにかく、相談があるんだよね」
「うん、じゃあ私が二人に紹介してあげるね!」
そういうと、由比ヶ浜さんは扉をガラッと開けると、「やっはろー」と言いながらズンズンと部室に入っていく。さっきまで悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなるほど、気持ちのいい快進撃だ。
せっかくなので、ありがたやーと手を合わせて拝んでおいた。
「今日ね、依頼人連れてきたの!」
元気よく由比ヶ浜さんが宣言する。
その後、辺りに沈黙が流れた。
え、なにこれもう入っていいの? すっごい入りづらいんだけど……。
小学生のころ、一度だけ転校した先で先生が「今日は転校生を紹介する」と言ったあと、入るタイミングがわからずに、生徒がひとしきり静かになるまで廊下で待ちぼうけていたエピソードをふと思い出した。あれ、いつ入るのが正解なんだよ……先生もっとわかりやすく呼んでくれよ……。
「あの、由比ヶ浜さん。張り切っているところ悪いのだけれど、廊下のやり取りはすべて聞こえていたわ」
「お前、声でかすぎ」
「ええ~そんなぁ~」
由比ヶ浜さんのやる気に、雪ノ下さんと比企谷君がそれぞれ水を指す。まだ廊下にいる僕の、部室への入りづらさが増した。
この空間はこれで完成していて、入り込む余地は、ない。
「待たせてごめんなさい。入ってきてちょうだい」
雪ノ下さんの声で我に帰る。どう言い訳しようと、僕は自分の足でここまで来たんだ。腹をくくれ。
「えっと、雪ノ下さんは初めまして。二年F組の八千代知夜です」
ペコリと頭を下げた。人の名前を名乗ることに違和感を覚えたが、これからはこれが僕の名前だ。
「ええ、初めまして。私は、ということはそこの二人は面識があるのかしら。……自供は早めにした方が罪が軽くなるわ、比企谷君」
「いや待て、同じクラスなんだから面識あってもおかしくないだろ」
「普段の言動からして、あなたに由比ヶ浜さん以外の知り合いがいるとは思えないわね……」
「いやいるから。戸塚とか、戸塚とか。あと戸塚とかだな」
「さいちゃんだけじゃん!」
これだ。これが見たかったんだ。
ついついニヤついてしまう。微笑ましい、というのだろうか。とにかく、奉仕部の風景というものを初めて生で見られて、僕は感動していた。
しかし、依頼人が急に笑いだしたことが不思議なようで、三人の目線が僕に向けられる。
そんなに見つめられると恥ずかしい……。特に女子。
「いや、ごめんね。仲いいんだなと思ってさ」
「いえ、そんなことは……」
「ううん、めっちゃ仲いいよ! ね、ゆきのん?」
「……少なくともそこの男以外はそうかもしれない、わ」
雪ノ下さんの否定を書き消すように、由比ヶ浜さんが雪ノ下さんに抱きついた。うーん百合百合空間。
「いやもうそれはいいから……依頼内容を聞こうぜ」
「あなたにしては正論ね。では八千代さん、聞かせてくれるかしら」
あなたの依頼を、と付け加えた。
……やばい……なんも考えてなかった。