やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。   作:だるがぬ

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4.薄っぺらい彼らの依頼にも確かな信念がある。

 あなたの依頼を聞かせて、と雪ノ下さんが僕に言った。

 

 依頼、依頼かぁ……。

 自分の状況を整理する。

 僕は男で、俺ガイルの世界に転生(?)して、転生したら女になってて……。

 何言ってるかわけわかんないなこれ。

 さすがにそのまま相談するには無理がある。精神科の受診をおすすめされるだろう。

 

 さて、どういう依頼にしたものか……。

 

 もらったコーヒーの恩を返す、なんて脆い理由で僕はいまここにいる。

 それで、僕は何をしたら恩を返すことになるんだろうか。

 それは、僕の依頼を通してどうにかできるものなのだろうか。

 そして、僕が奉仕部に何らかの悪影響を及ぼしてしまわないだろうか。

 

 僕は、俺ガイルの物語に関わる決心がつかない。それは奉仕部でこうしている今も同じだ。

 戸部君の依頼は班分けのLHRの前日。クラス内での話題から、まだ班分けが済んでいないことは知っていた。

 戸部君や海老名さんの依頼の場には居合わせたくない。原作には不介入でありたい。

 

 いつの間にか用意してくれていた紅茶に、恐る恐る口をつける。

 ゴクリ、という音は僕のものではなく、奉仕部の3人が固唾を飲んでいる音だ。

 無駄に話の入りを引っ張ったせいで身構えてしまっている。比企谷君は、どんな無理難題が来るのかという顔付きだ。有り体に言えば嫌そうな顔である。

 まだ、依頼のいの字すら決めてないんだけどな……。戯言、ならよかったが紛れもない事実だ。

 

 まあ考えすぎていても仕方ない! 

 切り替えて、当たって砕けろの精神でぶつかっていこう。

 

「その男がいては話しづらい内容、ということかしら?」

 

 どうやら僕が比企谷君を見る視線から勘違いさせてしまったようだ。

 

「ん、じゃあ飲み物でも買ってくるわ」

 

 比企谷君がそういって席を立つ。

 待った。今いなくなられると困る。非常に困る。スーパー非リア大戦B(ボッチ)の僕が、美少女二人の空間に耐えられるはずもない。

 

「いや、あの、比企谷君はいて、ほしい……」

 

 立ち上がった比企谷君を追うように立ち、逃がさないようにと、思わずギュッと袖をつかむ。やっぱそこそこ身長高いなぁ。そう思い、見上げる。

 そこには、ほんのり赤く染まった顔があった。あ、完全に照れてますねこれ。僕が女子に同じことされたら、比べ物にならないほど顔真っ赤になる自信があるので人のことは言えないんだけど。ちょっと男子~チョロすぎるよ~。 

 

「お、おう」

 

 比企谷君は素直に席に戻る。お互い恥ずかしい思いをした。比企谷君はそっぽ向いてるし、僕は下を向いてる。

 迂闊だった。女子になった弊害がこんな形で出るとは。男が男の裾を引っ張っただけなのに、この展開はおかしい……顔あっつい……。

 いやまて、僕は男だ僕は男だ僕は男だ僕は男…………。

 

「コホン。そろそろ話してもらっていいかしら」

 

 雪ノ下さんの声で正気を取り戻した。たぶん。正気。のはず。おそらくは。

 顔をあげると、雪ノ下さんは凍てつくような冷たい視線で比企谷君を見ている。由比ヶ浜さんもむくれた顔をしていて、思わず比企谷君の胃が心配になった。いやあの……ほんとごめんね? 

 

「うーんと、その、依頼っていうのはね……」

 

 一度言葉を区切る。今のやり取りの間も多少頭を回して考えていた。

 やはり、僕に原作のストーリーを曲げる勇気はない。そこから条件を考えるとこんな感じになる。

 1.僕が悩んでいて。

 2.比企谷君への恩返しもできそうで。

 3.修学旅行で起きる、告白イベントの本筋に関係しない。

 そんなご都合主義の依頼内容とはつまり──

 

「女子力を高めたい、かな」

 

「「はい?」」

 

 何言ってんの? のニュアンスで聞き返してきたのは雪ノ下さんと比企谷君。なんだその薄っぺらい概念は、という視線をビシバシと感じる。心中お察しします……。女子力って単語を自分から使う女子って女子力ないよね! 

 

「おお~! それ、いいかも!!」

 

 こっちは由比ヶ浜さん。対称的な反応だった。目はキラキラと輝いている。

 こちらは女子力という言葉の受けがよかったようだ。

 

「つーことはなにか、前やった嫁度チェックみたいなやつか」

 

「そもそも、女子力というものがよくわからないのだけれど……。おそらくはそれに近いでしょうね」

 

 比企谷君が頭の悪い女を見るような視線を向けてくる。……ちょっとムカッとするなこれ。一色さんも似たような視線を向けられてたんだろうなぁ……。

 ちょっと弁解する必要がありそうだ。

 

「うーんとね、その、もうすぐ修学旅行だよね? 普段あんまり女の子と話さないから、集団行動の時に共通の話題がないと不安で……。お化粧とかスキンケアもあんまり知識ないし……部屋でも困りそうで」

 

 そう、すべては修学旅行のため。

 よく考えれば女の子なりたてホヤホヤの僕にとって、1週間後の修学旅行がどれだけ恐ろしいイベントなのかわかるだろう。

 女子だけの班行動、女子だけの部屋、女子トイレ、女子用のお風呂、その他諸々。

 このことに気づいたときは血の気が引いた。女子と一緒に京都巡ったり、一緒にお風呂入ったり、隣り合わせの布団で寝たり……。

 絶対に心臓が持たない。断言できる。

 そもそもこのままだと朝にお化粧もできないし。なんなら今日から困るまである。

 

 急な女体化による悩みの種は尽きることがない。まずこれで1つ目の条件クリアである。

 

「なるほど……。であれば、比企谷君の存在価値には疑問が残るわね。集団行動とは一番縁がない人間でしょうに」

 

「ばっかお前、だからこそやり過ごし方に一家言あんだよ。俺は黙って三歩後ろをついていくプロだからな?」

 

「なんかキモい……」

 

「嫌な大和撫子ね……」

 

 雪ノ下さんがこめかみに指を当てうんざりといった表情をする。おお、このポーズが生で見れるとは……。というかこのやり取りも原作であったやつだ。うーん奉仕部最高。

 

 ちなみにだが、比企谷君へのお礼も忘れていない。女子力ということであれば料理も教えてもらえるだろうし、そこでクッキーとかケーキを作ってプレゼントするのだ。完璧なプランである。

 これで2つ目の条件もクリア──

 

「修学旅行のためーってことなら料理とかはいらないかもね」

 

「そうね。……正直料理の依頼にはあまりいい思い出がないから助かるわ」

 

 と思ったら由比ヶ浜さんに出鼻を挫かれた。僕のお礼が……。修学旅行と言い出したのは僕なので、完全に墓穴を掘った形だ。

 

「料理も、一応教えてほしぃ……けど。とりあえずは修学旅行……かな」

 

 どうしても語気が弱々しくなってしまう。僕の悪い癖だ。自分に自信が持てない。

 ただでさえ低い自己評価が、別人になってしまったことによって風前の灯と化していた。

 2つ目の条件が本筋のはず……なのに一番前途多難に思えるのは気のせいではなかった。

 お礼に関しては考え直す必要があるかなぁ。

 由比ヶ浜さんを真似て手作りお菓子作ろうなんて安直にもほどがあったのかな。

 

「まああと一週間だしな……。てか具体的になにすればいいんだ?」

 

 比企谷君がもっともな疑問を口にする。

 問題はそこだった。奉仕部の3人には修学旅行前に負担をかけてはいけない。もしこちらの依頼に付きっきりになりそうであれば、負担が軽くなるよう誘導せねばなるまい。……できるかな。

 

「そうね……。料理以外、ということであれば由比ヶ浜さんが適任でしょう。由比ヶ浜さん、何か意見はあるかしら」

 

「ゆきのんそれ何気酷いし! えーっと、お化粧とかならとりあえずは買い物かな? 話題作りにも使えると思うし……」

 

「なるほど。外泊の準備も兼ねた妙案ね」 

 

「それは……助かるかも」

 

 由比ヶ浜さんの意見に同意しておく。

 買い物はまあ、無難なところだろう。修学旅行前を依頼のメインに据えてしまえば、特に原作の動きを邪魔することはない。

 買い物なら1日あれば充分だろうし、戸部君や海老名さんの奉仕部襲来イベントと被らないよう日程調整もできる。

 これで3つ目の条件クリア。奉仕部と関わりつつも、原作は曲げない。

 

「じゃあ、頑張れよ」

 

「あら、もちろん比企谷君も行くに決まってるじゃない」

 

「いや、それはおかしい。そもそも俺は女子力なんてもんに全くもって関わりがないからな。つーか女子力ってなんだよ。スカウターで計測とかできんの? 女子力たったの5のゴミだぞ俺は」

 

「また始まったよ……ヒッキーのこれ……」

 

 比企谷君がお馴染みの駄々をこね、お馴染みのように由比ヶ浜さんが反応する。もちろん雪ノ下さんの呆れ顔もセットだ。

 比企谷君はここから小町ちゃんの名前とか出されつつ、渋々行くハメになるのだ。これは確定的に明らかである。

 

 ここで少しだけ魔が差した。正しく差し込まれた。

 目の前で3人のやり取りを見れるのはすごく嬉しい。ただ、この場に僕がいるのを勘定に入れなければ、の話だ。ちょっとは会話に混ぜてもらってもいいんじゃないかという魔が差したわけである。

 思い立ったが吉日といわんばかりに少し体を縮めながら比企谷君の方を見る。

 

「比企谷君も、来てほしいんだけど……その、ダメ、かな」

 

 見よ、秘技上目遣い。やったの初めてだけどね。戦いのなかで成長するタイプなのだ、僕は。ちなみに死ぬほど恥ずかしい。

 

「……。……長引くなら、すぐ帰るぞ」

 

 比企谷城、陥落。会話のショートカットに成功した。

 やっぱチョロすぎませんかね……男子……。いや僕も男子なんですけどね、中身。

 

 ちなみに双方がダメージを負ったことは言うまでもないことであり、女性2人の視線が恐ろしかったこともまた、言うまでもない事実だった。

 ……これもしかして、ただの自爆じゃない? 

 

 

 × × ×

 

 

 僕は今、とてつもない後悔の波に打たれていた。

 原因は今から15分ほど前に遡る──

 

 買い物は明日以降に、ということになり僕らは雑談タイムへと移行した。

 僕はなかなか帰るタイミングが掴めずグズっていたものの、帰宅する意思はあった。そのはずだったのに。

 

『それより意外だったなー。ちよちよ可愛いから、そーいうの詳しいのかなって思ってた!』

 

『由比ヶ浜さんにどう思われてるのか、ちょっと気になってきたよ……』

 

 この中で唯一、『僕になる前の八千代知夜』を知っている由比ヶ浜さんがそう切り出した。これは以前の僕を知るチャンスだと、そう思って会話を続けた。

 帰る意思を、捨ててまで。

 

 これが間違いなく悪手だったのだ。僕は依頼が成立したことで油断していて、そして欲を出した。

 戸部君や海老名さんとのブッキングを避けるような依頼をした。物語を歪めたくなかったから。2人の依頼はそれぞれ修学旅行の班分けの前と、前日。

 今日はもう大丈夫だろうとたかをくくったのだ。

 

 コンコン、と唐突にノックの音が響く。部活の時間の終わりも近いというのに。もう、日も沈みかけているというのに。

 

『どうぞ』

 

 と雪ノ下さんが言った。僕にかけられることのなかったその言葉が扉の奥に伝わって。

 

 戸部君と葉山君がそこから現れた。

 

『ちょっと相談事があって連れてきたんだけど……』

 

 知っている言葉を伴って。

 依頼の1つは修学旅行の一週間前、それが今日であることに、このときやっと気付いたのだった。

 

 

 × × ×

 

 

 ──時間を今に戻そう。

 

 戸部君と葉山君はそうしてこの奉仕部にやってきた。

 どうして? 原作では部活の前に来ていたはずなのに。そして大和くんと大岡がいないのはなぜ? 

 疑問は尽きることはないのに、ダメだ、頭が真っ白になっている。

 僕はどうすればいい? この状況で。

 

「……来てもらったところ申し訳ないのだけれど、先客がいるわ」

 

 雪ノ下さんがそういってチラリとこちらを見る。気まずい。この場の邪魔者は僕だった。

 きっと他の人は、そう思っていないのだろうけど。

 

「だから、時間を置いたんだけどね」

 

 そうして葉山君もチラリと僕を見る。何でこいつまだいるの? ってことですかね……。今は本当にやめてほしい。やめてほしいのだが、これで1つ分かったことがある。

 僕が奉仕部の前でオロオロとしている間、きっと彼らも奉仕部の近くまで来ていて、由比ヶ浜さんと僕のやり取りを聞いていたのだ。由比ヶ浜さんの声おっきかったもんな……。

 そして一度部活が終わり間際に出直してきて、今に至るという訳だ。

 

 まったく……何が原作には不介入でありたい、だ。

 ここに来た時点で既に運命は決まっていたのか。僕の葛藤とか決意とか、そんなもん神様の鼻息で吹き飛ばされるかのようだ。

 

「なおさら礼節を欠くというものね」

 

 雪ノ下さんが葉山君にバチバチに火花を飛ばしている。

 

「悪いね。別の日に出直すよ」

 

「えっちょっ隼人クーン!?」

 

 戸部君が引き止めようとしているものの、葉山君は構わずこの場を立ち去ろうとする。

 マズイ。このまま帰られたら、もう葉山君は理由をつけて戸部君を連れてこない可能性もある。

 葉山君はきっともう、海老名さんから相談を受けている。だからこそこんなにもアッサリと引き下がるのだろう。

 食い止めなきゃ。これ以上は物語を変えてはいけない! 

 

「ま、待って! 大丈夫! もうこっちの依頼、頼み終わったから!」

 

「八千代さん……あなた……」

 

 勢いよく立ち上がって、帰ろうとしている2人に慌てて声をかける。

 葉山君も戸部君も、ていうかみんなビックリしている。そ、そんなに見るのやめてください……注目されるのに慣れてないんです……。

 

「まあまあ。ちよちよもこう言ってくれてるし、とりあえず話聞くぐらいは、ね? ゆきのん?」

 

「本人がいいのであれば、別に……」

 

 由比ヶ浜さんが懇願すると、あっさりと雪ノ下さんは折れた。心なしか表情も柔らかくなっている。ふぅ、よかった。

 葉山君も観念したといった表情で部室に戻ってくる。ついでに戸部君も。

 ん? 戸部君が依頼人のはずなのになんかオマケみたいになってない? 

 

「じゃあ戸部、話すかい?」

 

 葉山君が諦めてそう促す。戸部君は僕を見てなぜか満足そうに頷いていたが、やがて比企谷君の方を見るとうぅんと唸り始めた。

 

「いやー八千代さんはともかく、ヒキタニ君に相談とかないわー」

 

 おいコイツ正気か? いま丸く収まってたよね? ほら比企谷君……いや比企谷さんの顔見てみろよ。穏やかな心のまま怒りに目覚めた戦士みたいになってるだろ。

 見れば、柔和になっていたはずの由比ヶ浜さんや雪ノ下さんも険しい顔をしていた。葉山君は大きくため息をついている。……まあこんだけ振り回されればそりゃな。

 

「その八千代さんは、彼を尊重していたのだけれど。悪いけど二度目はないわ。出ていってちょうだい」

 

 葉山君が諌めるよりも早く、雪ノ下さんの鋭い声が飛んだ。由比ヶ浜さんも、今度は止める気がないらしい。

 先ほど僕と似たようなやり取りをしたこともあってか、原作よりも当たりが強くなっていた。これは、僕のせいだ。

 次がない、というのは僕も同じであって、比企谷君への非難となれば先ほどのように間に入ることができない。

 

「戸部。さすがに俺たちが悪いよ。こうなったらもう俺たちだけで解決しよう」

 

 あちらはもう日を改めるつもりもなく、奉仕部への依頼そのものを撤回するつもりでいる。これではダメだ……。何とかしないと。でもどうやって? 

 葉山君が戸部君の肩をポンと叩いた。原作より悪くなってしまった空気の中で、戸部君は話を切り出せないだろう。そう思っていたのだが……。

 

「いやもう後には引けないでしょ、これ。……それにヒキタニ君には夏休みに話してるからいいっちゃいいし」

 

 意外にも、戸部君は話すつもりのようだ。

 ていうかその理論だと僕はアウトじゃないですかね……。完全に部外者だし。奉仕部の3人も空気に呑まれているのか、それを指摘しない。まあ、また依頼がなくなりかけても困る。都合が悪いことは黙っていよう。

 

「……そうか」

 

 葉山君が呟く。

 もしかして戸部君がここまで意思を固めたのは、葉山君には頼れないと思っているからではないだろうか。原作にもそう取れる描写があったはずだ。

 葉山君もそれに気づいているからこそ、強くは止めれないのかもしれない。

 

「あの……」

 

 1回目。

 

「あのー……」

 

 2回目。

 

「あの、実は俺、海老名さんのこと結構いいと思ってて? で、ちょっと修旅で決めたい的なことなんだけど」

 

 限界まで引き伸ばした後、そう切り出した。

 

 そこからは概ね知っている通りの展開だった。

 比企谷君が告白のリスクを説くも、戸部君が折れることはなく。比企谷君は懲りずに、その後の関係の悪化する話もしたが、葉山君の『そのへんはうまくやるよ』という言葉で抑えられた。

 結局、依頼は受ける方針に固まった。

 ……まずは一安心といったところか。

 僕のせいで依頼がなくなったりしなくて、本当によかった。

 

「では、今日はもう遅いしこのくらいにしておきましょうか。詳しい話はまた明後日聞いてもいいかしら。明日は八千代さんの依頼があるわ」

 

「じゃあヒキタニ君、よろしくっしょ!」

 

 戸部君たちは嵐のように来て、去っていった。

 総武高校の劣等生/来訪者篇もCMに入る。何とか窮地を乗り切ったな……。深くため息をつく。

 

「悪かったな。巻き込んじまって」

 

 そう比企谷君は謝った……君は悪くないのに。

 雪ノ下さんも頭を下げて「ごめんなさい」といった。申し訳ないのはこっちだ。僕がやったのは厄介事を増やして、場を引っ掻き回しただけ。加えてため息なんかついて気を使わせてしまった。

 

「こっちこそ、ごめんね。依頼、被っちゃった」

 

「いえ、八千代さんが謝ることなど何も……」

 

 謝罪の応酬が続く。こちらが悪かった、いやいやこちらがとお互い譲ることはなかった。

 その膠着を打ち破ってくれたのは由比ヶ浜さんだった。

 

「はいはい暗い話はこれで終わり! でも、私からも謝らせて。ごめんね、ちよちよ」

 

「いやそんな、由比ヶ浜さんに謝られることなんて……」

 

「だからそーいうのは終わり! 明日の時間決めよ?」

 

 由比ヶ浜さんは僕の言葉を一方的に打ち切ると、眩い笑顔を僕に向ける。

 ……ほんと、素敵な女の子だなぁ、憧れる。いやいや、何で女子に憧れ抱いてんの? 男の自覚をもて! 

 

 複雑な気持ちを抱きつつも、明日の時間と場所を決めていく。とりあえず放課後に奉仕部集合、ということで話はまとまった。もし千葉駅集合にして、万が一僕の世界と違う地形だったら困る。

 僕は生まれも育ちも千葉だから、たぶん大丈夫だろうけど、リスクは排除するに越したことはない。

 

「では、帰りましょうか。……比企谷君、平塚先生に話をしておくわ。あなたが逃げないように」

 

「いやそんなことしねーでもちゃんと行くから……」

 

「あら、あなたにしては殊勝な心がけね」

 

「……まあ仕事だから、一応行かなきゃな。……なんで八千代さんはそんな嬉しそうなんだよ」

 

 後半はボソボソと、僕にしか聞こえないように言う。また思わずニヤけてしまっていたようだ。

 頬の緩みを指でぐにゃぐにゃと戻しつつ、僕は答えた。だってこれは、だって、ねぇ? 

 

「これが捻デレってやつかな~ってね」

 

「え、なんでその言葉知ってんの? 巷で流行ってんの? 巷から排除されてるからちょっとわかんないんだけど」

 

「ふふっ、さあね~」

 

 今日は色々あったけど、結果的にはよかったのかも。そう思えたのは、間違いなく彼のおかげだった。

 ……ちゃんと恩返ししなきゃな。

 

 そう心に誓って、3人の後ろを歩きだした。

 廊下の窓から入る外の空気はもう冷たい。けれど、心はどこか暖かい。

 さあ、この気持ちまで冷えないうちに。

 さあ、今日はもう帰ろう。

 僕の家に。

 

 

 

 

 ……ん? まてよ? 

 

「……いや僕って自分の家知らなくね?」

 

 ……八千代知夜の家、どこ?

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