やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。   作:だるがぬ

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5.幕間といえど気苦労が絶えることはない。

 何とか新しい自分の家にたどり着き、その家を見上げる。

 意外や意外。そこは僕が前の世界で住んでいた家のお隣だったのだ。

 ただ、記憶の限りだとあそこは空き地だったはず……。こちらの世界では、元僕の家の方が空き地になっていた。

 

 しかし本当にここに来るまで大変だった……。鞄に学生証入ってないから身分証で住所わからないし、携帯を見てもAmazonなんかは近くのコンビニ受け取りになってるし……。

 メールやメッセージアプリの中身を見るのはさすがに躊躇したので、その近所のコンビニの半径500m以内をグルグルとさまよい、やっとこさ『八千代』の表札を見つけたときは知りもしない家に郷愁を覚えた。

 

 キーケースにあった鍵を扉に差し込むと、ガチャリと音をたてて扉が開いた。別の八千代家だったらどうしよう……という心配は杞憂であったようだ。

 ちなみにキーケースには自転車の鍵もあったのだが、駐輪場のどれが自分の自転車かわからないため早々に諦めた。おかげ様で足はクタクタである。……どうやら体力もしっかり女性準拠のようだ。

 

「た、ただいまー」

 

 恐る恐る声を出す。が、どうやら誰もいないようで返事は帰ってこなかった。家の中も真っ暗だ。

 靴を脱ぎ、玄関を上がる。とりあえず見える範囲の電気をすべてつけた。家の中が明るく照らされる。リビング、ダイニング、キッチン。1階はどこもかしこも見覚えのない内装だ。

 

 見切りをつけ、2階へと登った。自分の部屋を探す。

 ……え、もしかしなくてもここ?

 『ちよ』と書いた板がドアにくっつけられている。

 どうみても小学生ぐらいの字だし……しかもクレヨンで書いてあるし……。

 

「……お邪魔します」

 

 一応は他人の部屋であるため、そう断りをいれて中にはいる。

 部屋のなかを一望した。

 

「うっわ……」

 

 ゴチャゴチャしすぎ……。整理整頓って言葉知ってる? とつい聞いてしまいたくなるような惨状だ。脱ぎ散らかしたジャージや靴下はもちろん、教科書やノートも机の上に出しっぱなしで、およそ片付けとは縁のない部屋だった。

 それなのになぜかいい匂いがする……。不思議ですよね、女子の部屋って、本当。

 キレイ好きの僕としてはちょっと困るので、後で片付けておこう。

 

 唯一キチンと整理されているのは本棚。

 ほとんど知ってる作品だ。大体はラノベ。

 でも、あの本はきっと……。

 

「そりゃあ、ないに決まってるよね」

 

 どこをみても俺ガイルの原作は見当たらなかった。当然である。この世界にアレがあったら預言書になってしまう。比企谷君の一人称で書かれてるから預言書ともちょっと違うか。未来の日記って感じだ。孤独日記とか観察日記あたりの名前だろうな。

 もう原作を読み返せない。その事実を突き付けられて、きつい。心にポッカリと穴が空いてしまったようだ。

 

 本棚を避けるように、他のところに視線をやる。

 机の上の開きっぱなしだったノートが目に入った。どうやら日記のようだ。自分の現状を知る手がかりになるだろうと、悪いとは思いつつ手を伸ばす。日記は4月から始まっていた。

 

『4月8日』

『今日は始業式! でも学校なんてツマンないなー。私、友達いないし! あの漫画……ナンガルにハマってから無くしたの間違いかも』

 

 また本棚を見る。あんま見たくないんだけどな。

 ナンガル……これか。正式名称をナンバーズ・ガールというらしい。エクシーズ召喚されるモンスターか、もしくは最近復活した昔のロックバンドみたいな名前だ。

 表紙も見ずにパラパラと中をめくる。

 どうやら少女マンガのようだ。……あんま興味ないなぁ。次いこう。

 

『4月9日』

『今年も同じクラスだった子が何人かいた! でも話したことあるのは由比ヶ浜さんぐらいかな~』

 

 由比ヶ浜さんとは1年で同じクラスだったようだ。書かれ方からして、それほど仲良くはないのだろうか。

 

『4月10日』

『新しい化粧ポーチ買った! これさえあればお化粧はもうバッチリだね! メイク落としも手抜き用のシートタイプで安心!』

 

 日記はここで途切れている。

 ……え、こんだけ? 三日坊主とはいうが本当に三日で終わるやつがあるか。

 ただ、いくつか得られた情報はあった。欲を言えばもうちょっと情報欲しかったんですけどね……。

 

 数分部屋を見ただけだが、八千代知夜の人間像が何となく見えてきた気がする。ガサツなところもあるが、年頃の女の子だなぁと思うところもあり。はっきり言うのであれば『普通』だった。

 ……俺ガイルでよく出てくる女子ってみんな極端だからね。トップカーストの人が大半だし。川崎さんはパッと見は不良で。例外と言える相模さんはうん、まああれは……うん。

 

 考え事のしすぎで頭が疲れた……。一度、目を閉じて深呼吸をする。思えば今日はずっと頭を使ってた気がする。状況が状況だから仕方ないだろうけど。

 こんな日はもう寝てしまいたい。ベッドがおいでおいでと手を降って誘惑してくる。でも制服のままではシワがついてしまう。つまりは……。

 

「着替えなきゃダメ……ですよね……」

 

 これはご褒美ですか? いいえ、精神攻撃です。

 

 

 × × ×

 

 

 ちゃぷん。

 やたら間の抜けた音が浴槽に響く。

 着替えの次はお風呂か~。……死にたい。体を直視すると魔眼により、鼻からの出血多量で本当に死にかねないのでバスタオルを巻いている。自宅のお風呂で、だ。奇特にもほどがある。

 体を洗うときは体が目に入らないよう、鏡に背を向けてずっと上を向いていた。

 修学旅行ほんと大丈夫かなこれ……。確か泊まる部屋にはシャワーがあったはずだけど……。実は大浴場だけ……なんてことであれば浴槽を血に染めかねない。

 

 お風呂から上がり、ドライヤーをかける。いままでは適当に乾かしてただけでも、きっとこれからは髪を痛めないようにする必要があるのだろう。少し億劫だが、元の体の持ち主のことを思うと蔑ろにはできなかった。

 

 ♪~♪♪~

 携帯から謎の音楽が流れる。画面を見るとそこには『由比ヶ浜結衣』と表示されていた。

 ……まさかこの僕に女子から電話がかかってくるとは……。

 深く息を吸って、着信ボタンを押した。

 

「も、もしもし?」

 

『ちよちよ? よかった~! 番号交換してからだいぶ時間空いたから違う人になってたらどうしよ~って思っちゃった』

 

 電話越しだと、声がまた違って聞こえるのが新鮮だった。電話なんてここ数年してなかったし……親とも……。目から塩気のある水が出てきたあたりで、考えるのをやめた。

 

「あ、うん……。それで、どしたの? 今日のことでなんかあった?」

 

『んーとね。ほら、ちよちよって2年になってから全然話してなかったじゃん? 久しぶりに話したかったけど、今日の部活はちょっと時間なくて……』

 

 確かに、昔話は戸部君たちの乱入により途中で打ち切りになっていた。

 彼女は彼女なりに、友達がいない現在の八千代知夜を気にかけてくれたのだろう。その気遣いが嬉しく、そして少しだけむず痒かった。

 

「そう、だね。話したのも久しぶり……だよね?」

 

『そーだよ。 なんかちよちよって1年の終わりごろから全然他の人とも喋らなくなっちゃって! 私心配してたんだからね!?』

 

 プリプリと怒る由比ヶ浜さんが目に浮かぶようだった。本当に怒らせたときに怖いのは雪ノ下さんより由比ヶ浜さんだったりする。……気を付けよう。

 しかしなるほど。その頃となれば日記の記述とも合致する。元の八千代知夜は、ナンガルとやらの漫画にハマった結果、人が変わったように他人と接しなくなったというわけだ。そして友達を無くした、と。

 

 まるでどこかの僕みたいですね……。本人を前にやりづらいこともあって今は鳴りを潜めているが、僕も比企谷君に影響を受けまくった口なので。

 

「ごめんね、心配かけて。でも大丈夫だから」

 

『うん、今日話してみてちょっと安心した。……ヒッキーのことも知ってたみたいだし』

 

 本命はそっちだったか……。面識あるってつい漏らしちゃったもんな。口は災いのもとというかなんというか。

 どう言い訳したものかと考えていると、返事をするより先に由比ヶ浜さんがこう言った。

 

『あのね! ヒッキーね! 文化祭の後から悪い噂あると思うけど、全然悪い人じゃないっていうか! やったことは嘘……とも言えないんだけど、それも色々あってというか』

 

「うん、大丈夫! ……その辺は知ってるから」

 

 たぶん、誰よりも。何があったのかも、何をしたかも、何を思っていたのかも。

 

『そっか~良かった! ちよちよがヒッキーのこと嫌いじゃないのは、わかってたんだけど。一応、ね?』

 

 むしろ好きだよ。……おいそこの腐女子鼻血拭いなよ。そういう意味じゃないから。恋慕じゃなくて友愛の部類だから! ……誰に言い訳してるんだこれ。あ、脳内の海老名さんにか。

 

「嫌いか嫌いじゃないかで言ったら嫌いとは逆の方かな。逆の逆の逆まである」

 

『え? えーっとつまり嫌いじゃない……ってそれなんかヒッキーぽい!?』

 

 ファンボーイの本領発揮だ。ぽいと言われるとちょっと照れ臭い。

 ……でも絶対本人の前でやらないようにしよう。ぜっっったいに嫌な顔されるから。

 

『……修学旅行、一緒に楽しもうね』

 

「うん! …ってあれ?」

 

 一緒に? そう疑問が浮かんだが──

 

『じゃ、また明日ね!!』

 

「あ、うん。また明日」

 

 勢いに負けて通話は切れてしまった。

 まあ、焦らずともそのうち聞けばいいか。なにせ修学旅行までは一週間もあるのだ。……一週間『も』と言えばいいのか一週間『しか』と言うべきかは頭が痛い問題だが。

 

 すっかり髪も乾いた。

 両親がまだ帰宅していないリビングで、冷蔵庫にあった作り置きを頂く。この時間まで帰らないことはどうやら習慣化しているらしく、今日のご飯、という簡素な書き置きが一緒にあった。一人分なところを見るに、兄弟はいないのだろう。

 

 孤独は、物思いに耽る際に大変都合がいい。自分以外に誰もいないリビングで、今日一日を振り返る。

 今日はとても、なんというか凝縮された日だった。

 平塚先生と、雪ノ下さんと、由比ヶ浜さんと、比企谷君と。ついでに葉山君と戸部君も。

 夢のような一日で、ついつい現実かどうか疑ってしまう。

 

 近くの鏡を見る。うん、かわいい女の子がいるね。

 ほっぺをむにーっとつねる。まあまあ痛い。女の子なので頬を引き伸ばした顔もかわいらしさがあった。

 そっと胸をつつく。質量のある実像だ。

………………うわ。

 確かな感触から遅れて、途方もない嫌悪感がやって来た。旧劇のシンジ君バリの自己嫌悪だ。こいつなにやってんの? キモッ……。

 自分で自分を蔑まなきゃ気がすまなかった。

 

 そして、やっと確信する。

 ああ、僕は女の子になってしまったのだと。

 もう男ではないのだと。

 

 いっそ開き直ろう。もう戻らないものに思いを馳せても仕方がない。覆水は盆に帰らないように、僕もきっと男には帰れないのだ。

 だから、開き直って、肯定してしまおう。

 

 今日はもう寝ようぜ。という脳内の黒猫に従って部屋に戻る。少し寝るには早いけれど、明日の朝を思えば当然と言えた。

メイクは時間がかかるのだから。未経験とくればより一層。

 

 それに……夜更かしは美容の敵だからね。

 




読んでいただきありがとうございます。
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いつも10時に予約投稿していたのですが、7時に投稿出来そうだったのでしてみました。
時間は固定の方が良い気もするので、次からは早くかけても10時にするかもしれません。
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