やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。 作:だるがぬ
読んでいただきありがとうございます。
2年F組は今日も今日とて騒々しい。そして、昨日よりも一層、騒がしさのボルテージが増しているのは気のせいではなかった。
今日の午後、LHRのこの一時間は修学旅行の班決めに当てられていた。はい、四人組作ってーといった具合である。
よーしお兄さん頑張っちゃうぞーという意気込みとは裏腹に、体は鉛のように重く立ち上がることはできなかった。……いやだって知り合いほぼいないから、ほら。
グループは男女別で作られるので、女子に話しかける必要がある。まあ当然のごとくムリ。あれだけ昨日奮起したというのにこの有り様。情けないを通り越して、尊敬の念すら抱くだろう。えっへん。胸を張って偉ぶってみたが、現状は何も変わらない。
他の人たちは大抵グループを決まっているようで、既に雑な談義に勤しんでいる。このままだと、コミュ障だらけの余り物班に入れられることになるだろう。
だが余り物だけというのは、それはそれで気楽なものである。みな身の程を弁えているためだ。下手に勇気を出して友達同士のグループに単身乗り込むと、強大な疎外感を味わうことになる。これを蛮勇という。
だから僕はこれでいい。これでいいのだ。いいったらいいのだ。
しかしこの未来予想図はすぐに破り捨てられることになった。
「ちよちよ、うちの班入ろ?」
由比ヶ浜さんがそう声をかけてきた。
え? なんで?
彼女らのグループは三浦さん、由比ヶ浜さん、海老名さんの三人は固定で、川崎さんが最後の一枠になっていたはず。
見ると川崎さんは、別の女の子グループに入っていた。文化祭とかで関わった子なのかな。原作にないことはサッパリわからなかった。
その川崎さんは、確か原作では海老名さんが連れてきたはず。海老名さんはどうしたんだ?
「それは願ってもない申し出だけど……他の人には言ってあるの?」
「うん、二人には朝伝えたよ」
なんで僕には朝言ってくれなかったんですかね……。
と思ったが、その今朝、始業時間ギリギリに教室に駆け込んだのは僕だった。
いやだってメイク難しすぎるんだもん……。ちなみに、ギリギリ見れるレベルに達するまで約二時間。あれを毎朝やってる女性たちへの尊敬の念がより強くなった。
「そっか。じゃあ入らせてもらうね」
なぜ僕が川崎さんの代わりになったのかはちっともわからなかったけど、好条件のお誘いを断ることはできなかった。
「うん! 優美子ー決まったよー!」
そういって由比ヶ浜さんはパタパタと駆けていく。かと思いきや、途中で引き返して僕の手を握った。
「ほら、行こ?」
え、これ行かなきゃダメなやつですか? あと、女の子が気軽に手を握るのは法律で禁止すべきだと思います。ドキドキするので。……手汗出てないといいんだけど。
三浦さんが鋭く睨んでくる。 怖いなー嫌だなー。
とはいえこれ以上怒らせるのもまた怖いので、大人しく二人の前に移動する。
「あーえっと、三浦さん。よろしく、ね?」
「……ふーん。まあ別にあーしはいいけど。あんたはいいの? 結衣から男子も一緒に回るって聞いてるけど」
値踏みするような目を無遠慮に押し付けられる。女王様こわいっす。でも後半の気遣いは優しい。ギャップのある女の子って素敵だと僕は思います。
「うん、それは全然大丈夫」
だって男子より女子のが緊張するし。
「ふーん」
なんでだろう。より警戒の色が強くなった気がする。誰か助けてくれません? と思って海老名さんを見ると。
「チヨチヨ! それ素質ありだよ! 私と一緒にめくりめくはやはちの世界へ飛び出そう! キマシタワーーー!!」
海老名さんもそのあだ名で呼ぶのかよ。しかも僕に素質とかないから。あとBLの森には一人で飛び出せ。ああ、頭痛くなってきた……。
「擬態しろし」
海老名さんから勢いよく出た鼻血を三浦さんが拭き取る。隣で由比ヶ浜さんが「あ、あはははは」とぎこちなく笑っていた。
……この班、やっぱダメかもわからんね。
ちなみにはち×とつなら余裕でいけるのだが、それは黙っておくのが賢明だろう。
× × ×
時は飛んで放課後。
待ちに待ったお買い物タイムである。とはいえ少々気が重いのだが。
なにせ僕は自主的に買い物に行くことが本当に少ない。せいぜい書店に赴く程度。親が買ってきた服着てそうって? ハハハそんなバカな。ところでゴールデンひとし君人形いる?
「さーて、どっから回ろっか?」
ららぽに到着して早々に、由比ヶ浜さんがそう聞いてくる。
書店! と即答しそうになったが、女子力の欠片も感じられないのはいかがなものか。少し行きたい理由もあるのだけど、別に今である必要もない、
考えろ、女子力パワーを感じるところを。これ力とパワー重複してんじゃん。やはり力こそパワー。
「服とか、まず見てみたいかな~」
これが僕の女子力に対する想像の限界だった。このカスめ。悲しくて涙が出てくる。
「そういうことなら洋服店から回りましょう。行くわよ、荷物持ち谷君」
やっぱ比企谷君は荷物係だったのか……。女で良かったなぁ。都合のいい性認識に感謝感激。
「いや待て、初っ端から服ってのは──」
「ヒッキーは水指さないの! ほらちよちよ、ゆきのんも! こっちこっち!」
比企谷君の言葉を遮ると、由比ヶ浜さんはズンズンと進み始めた。雪ノ下も後を続く。比企谷君も小さくため息をつくと、やれやれといった表情で歩きだした。
「おい、置いてかれるぞ」
「あ、うん!」
振り向いた比企谷君の言葉で我に帰った。僕もパタパタと二人を追って駆け足になる。
それにしても女性服ね。ちょっと興味はあった。男ならば一度はスカートを履いてみたいと思ったことがあるだろう。……あるよね? たぶんあるよね?
なんなら今も制服のスカート履いてるけど、それとこれとはまた違うというか。なんというか、自分で選んだ女の子の服を自分で着てみたい。
そう思っていたのだが──
「ねえちよちよ、次これどう!? あ、その次これ着てみて!」
「あ、うん。でもちょっと量が……」
「あー! これもいいかも! ね、ゆきのんもそう思うよね!」
「え、ええ……」
絶賛、着せ替え人形中である。試着室にはベルトコンベアでも着いてるんじゃないかってほど、次々と洋服が運ばれてくる。ちなみにこれで15着目だ。
服を選べると思っていた自分が甘かった。僕の脳内選択肢は学園ラブコメを邪魔することなく、宙ぶらりん状態だ。
あの雪ノ下さんも勢いに押されて何も言えずにいる。だ、誰か……。
「た、助けて……雪ノ下さん……」
「…………その、ごめんなさい」
謝られてしまった。こと由比ヶ浜さんのことになると雪ノ下さんは強く出られない。そうこうしている間も、由比ヶ浜さんの暴走は止まらない。
「これもいいかも!」
「ゆ、由比ヶ浜さん? そのワンピース半袖なんだけど。今ほら、季節、秋だよ」
「そっかー。じゃあこっちのカーディガンは!?」
じゃあってなんだじゃあって。そろそろ新しい服を探すのをやめなさい! ただの試着でも神経使うんだよこっちは! 脱ぐ度に自分の体が見えないよう目閉じてるんだよ!!
雪ノ下さんが止められないとなると、残すは……。
「ひ、比企谷君、タスケテ」
「…………人生、諦めが肝心らしいぞ」
こ、こいつ! 同性の僕を裏切るとは……。許せん……! ちなみに人はこれを逆恨みと呼ぶ。勝手に仲間呼ばわりして、離脱したら裏切り者扱いとはなんたる傲慢か。でもすばやさの種奪ってった7のお前、お前だけは許さんからな。
比企谷大先生とは僕の心の中での敬称だったが、今はこの限りではない。できるだけ苦しんでほしい。なお半分ぐらいはキーファへの恨みだ。これを八つ当たりという。
様々な服に目移りを続ける由比ヶ浜さんに話しかけた。
「ねー由比ヶ浜さん? 男子の意見も参考にしたいなーって思うんだけどどうかな? さっきまで着てたのから、比企谷君に一番良かったの選んでもらいたいなー」
「っ!」
比企谷君の顔が驚愕に見開かれる。まだだ、まだ笑うな。
「た、確かにそれは……気になるかも」
ゴクリと由比ヶ浜さんの喉が鳴る。興味津々らしい。比企谷君の好きな服の傾向が気になるのだろう。
恋する乙女の執念は時に恐ろしい刃物と化す。
「確かに、男性の意見も参考にすべきね。一理あるわ。そうでなくて? 比企谷君?」
雪ノ下さんの顔は愉悦に満ちている。僕がけしかけたこともお見通しって感じだ。ちょっとしたデレを期待していたのだけれど、嗜虐心の方が大きかったらしい。少し残念。
ただ、比企谷を追い詰めたことに変わりはない。さあどうする主人公君よ。
そう思って表情に注視していると、なぜか先程とはうって変わって落ち着いた……どころか呆れ顔ですらあった。
「あのなぁお前ら……。そもそもここ来る前に言おうと思ってたんだが、最初に服なんてかさばるもん買ったら、そのあとが大変だろ」
「「あ」」
そういえば確かに。なんかうまいこと煙に巻かれた気もするが、正論だ。雪ノ下さんは「そんなときのための荷物持ちでしょう……」と呟いていた。うまく切り返されたことが悔しいらしく、辛酸を嘗めている。この負けず嫌いさんめ!
「比企谷君に負担かけるのも悪いし、次のお店行こっか」
「そうしてくれ」
全くもって計画通りではないのに助け船を出してる辺り、なんだかんだ僕も比企谷君に甘かった。
× × ×
そのあとは、雑貨屋でヘアピンなどを買ったり、化粧品売り場でコスメ(この呼び方はさっき知った)を買ったりして買い物を続けた。
正直いって知識をいっぺんに詰め込みすぎて知恵熱が出そう。
こんな僕でもファンデーションとかマスカラとかグロス程度なら知っていた。でも、コンシーラーだのフェイスパウダーだのが出てきたあたりで頭がこんがらがった。ところで、アイブロウとアイライナーとアイシャドウって何が違うのん?
とりあえずメイクの基礎的な部分と、化粧水や乳液を使った簡単なスキンケアを知れただけで今日はもうお腹一杯だ。
「なんかあれだねーお腹へったねー」
あのーもう精神的には満腹なんですけど……。
「そうね。何か食べていきましょうか」
由比ヶ浜さんだけかと思っていたら、雪ノ下さんも同調した。
「じゃあチバの魂サイゼはどうだ」
「それ女子力ないし! ダメに決まってるじゃん!」
「……うす」
不承不承といった顔の比企谷君。正直僕もサイゼがいいんだけど……。間違い探ししながらグリルチキン食べたい。あの間違い探し、食べ終わるまでに探しきれないこともざらにあるんだよな。難易度高すぎ。
「特にこだわりがなければ、ここはどうかしら」
そういって雪ノ下さんはオシャレな洋食店を指差した。ふむふむ、オムライスとかある? 自慢ではないが舌は小学生並なのだ。好物もその辺の小学生と同じ。唐揚げハンバーグオムライスは、三種の神器である。
これが全部乗ってたりするんだから、お子様ランチってすごい食べ物だよね。
「オムライス、あるなら」
「あははは……。ちよちよって結構子どもっぽい?」
「由比ヶ浜さんに言われるのは心外かも」
「それどういう意味だし!?」
憤慨する由比ヶ浜さんを誰一人としてフォローすることなく、レストランまでやって来た。フォローしなかったというより、できなかったと言うのが正しい。雪ノ下さん、歩いてる間ずっと目を逸らすのもどうかと思いますよ。僕も人のこと言えないけど。
案内された席に座り、各々の注文を終えて一息つく。正直疲れた。
対面に座る比企谷君と目が合う。あちらもお疲れのご様子。心の中でサムズアップを交わした(つもり)。目を逸らされた。おい。
それにしても女子の買い物って、思ってた10倍大変……。
「あー、少し、話さなきゃならんことがある。八千代さん、いいか?」
比企谷君が疲れた顔を少し律して、真面目な顔になる。なんともまあ似合わない。
「うん、大丈夫。それで話って?」
僕はこの状況に浮かれていて、正直にいうと何も考えていなかった。何も。どんな話をするのか、予想することすら放棄した。
「戸部の依頼のことなんだが──」
昨日の出来事などほとんど頭になかった。すっぽり抜け落ちていた。今この瞬間までが、何よりも楽しかったから。
「八千代さんは手を引いた方がいい、と思う」
予想はできたはずだった。目を逸らしていたことに、今さら気づいた。
「ちょっとヒッキー!? どういうこと!?」
由比ヶ浜さんが問い詰めるに比企谷君を見る。
雪ノ下さんは少しの間考えるように俯いたあと、何かに納得したようで、コクリと頭を縦に降った。
「待って由比ヶ浜さん。比企谷君は一応、八千代さんのためを思ってのことらしいわ」
「一応ってな……。でもまぁ大体はそうだな」
大体は。きっと半々ぐらいだろう。そうだといいな、と思う。比企谷君は僕と、それから由比ヶ浜さんの立場を案じている。雪ノ下さんも、どこまでかはわからないが気付いたようだ。
「ヒッキー、よくわかんない」
由比ヶ浜さんは納得していないようで、なおも比企谷君とこの会話を続ける。
「つっても説明しにくいからな……」
「話をした以上は説明する義務があるわ。と言いたいところだけど、その様子だと八千代さんは得心が行っているようね」
「まあね。比企谷君の考えは何となくわかってる。奉仕部じゃないもんね」
僕は、と言外に滲ませた。
比企谷君は、僕という部外者が関わることで海老名さんが僕──ひいては由比ヶ浜さんに悪感情を抱くことを危惧しているのだ。
戸部君への協力に関して、由比ヶ浜さんだけであればまだ奉仕部の活動という言い訳がつく。
だがそこに部員でもない僕までけしかけたとなれば、海老名さんがあまり良く思わないだろう、というのは想像に容易い。その後の影響は言わずもがなだ。
そのことを僕は知っていた。
「……でも、事情も知ってるし。修学旅行、由比ヶ浜さんと一緒の四人班に入ったから、全く見て見ぬ振りってのはむしろ難しいかも」
「そうだったの?」
雪ノ下さんが聞いているのは班のことについてだろう。どうやら知らなかったらしい。由比ヶ浜さんの方を見て、視線で説明を求めている。
「あ、うん。ほら、ちよちよの依頼の目的って修学旅行じゃん? だから私と一緒のグループだといろいろやりやすいかなーって、昨日帰ってから思いついちゃって」
なるほど。それで誘われた訳か。不思議に思っていたが特に謎でもなんでもなかった。要は戸部君や葉山君と同じポジションと言うわけだ。
「それは……その通りね。実際戸部君たちもそれで比企谷君と組ませたのだし。あなたは知っていたのでしょう?」
「いや知ってはいたんだが……。明日戸部のやつ来るしな。方針は固めとく必要がある」
明日また、戸部君が部室に来る。
確かそういう約束だった。
僕の立場が揺れている状態では、依頼への取り組み方も変わってくる。
だからこそ、今日話さなければならなかったのだろう。
「じゃあ明日は奉仕部には行かないね。で、修学旅行中も、あんまり露骨に干渉しない。これでどうかな」
要は自然に振る舞うってことだ。応援もしなければ 邪魔もしない。漂う空気のようにそこにいるだけ。
中立、というのが一番しっくりくるだろうか。
もう原作は歪みに歪んでしまっているけれど、これなら結末は変わらない……かもしれない。
すなわち『しずかちゃんでもジャイ子でもセワシ君生まれてくる理論』だ。
……そううまくいくかわからないけど。
「悪いな」
比企谷君が申し訳なさそうしている。殊勝な態度というか。似合わね~。
そう思うのはあまり見ない姿だからか。彼にはもっとふてぶてしい顔をしていてほしい。
「その代わり──」
だから、重くなってしまった空気を払拭するように提案を持ちかけた。
「また明後日からは、部室行ってもいい?」
「「ええ(うん)。もちろん(!)」」
なぜか雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが答えてくれた。美少女二人の明るい微笑みが、何とも照れ臭かった。
× × ×
「じゃあ今日はもう帰ろっか。暗くなると、ママも心配しちゃうし」
夕飯を食べ、日も沈みかけたことで解散のムードが漂う。
「そうだな。よし帰ろう。とっとと帰ろうすぐ帰ろう」
「なぜか、あなたが言うとその気が失せるのよね……」
そう言いつつも、雪ノ下さんは帰るつもりのようで「八千代さんもとりあえずは駅でいいかしら?」と聞いてくる。
「あーえっと、ちょっと書店覗いてこっかなって。先帰ってくれて大丈夫だよ」
少しだけ、目的があった。
藁にもすがるような、ダメで元々な希望ではあったのだけど、それでも掴もうとする手を引くことができなかった。
「そう……。では、比企谷君。私は由比ヶ浜さんと帰るから。付き添いを命じるわ」
「は? いや俺、アレがアレでコレだから……」
雪ノ下さんが予想外の提案をする。何故だ。
もしかして僕、保護者の同伴が必要な幼児だと思われてたりする?
比企谷君も動揺している。とはいえ、その断り方って……。
「大丈夫。小町さんには言っておくわ」
ですよね。それで断れきれたところを、一回も見たことがない。
雪ノ下さんはいい笑顔でニッコリ笑う。ちょっとかわいいからやめろ、とよく比企谷君が言ってるやつだ。いや思ってるだけで言ってはないか。
「なんで俺が……」
「あら、その両手に持ってる荷物を返してしまっては、八千代さんも渉猟などできたものではないでしょう」
それに、と言いつつ雪ノ下さんはなぜかこちらを見て、優しげな笑顔をする。え? 僕いまから殺されちゃったりします……?
「女性をエスコートするのは男性の義務よ」
複雑ぅ。乙女心ならぬ男心にズシリと響いた。
こうね、一応まだ男としてのプライドがね、あったりなかったりするんですよ。あるよね?
既にスカートだのメイクだのにまみれた、使えない男としての矜持に、サクッと止めを刺された。
かわいこぶるだけなら全然いいんだけど、こう守られる側に立つというのは……。
そんな僕の気持ちは当然誰にも理解されることなく、続く比企谷君の言葉で完全に霧散した。
「……はぁ。わーったよ」
「じゃあ、ちよちよ。ヒッキーをよろしくね!」
逆じゃねえかよ……。
そうして僕は内心で、比企谷君は態度で文句を言いつつも手を振る二人(雪ノ下さんは控えめで由比ヶ浜さんは快活に。かわいい)と別れ、書店に歩く。
会話はほとんどなかった。
比企谷君はやはりというか、僕を警戒しているようだ。一定の距離を開け、二人で歩いていることがわかりづらいようにしている。これは僕のための気づかいでもあるだろう。
このまま気まずいのも嫌なので、なんとか話しかける。
「荷物、半分持つよ」
「……いや、いい。俺は荷物係だからな」
「ううん、ほんとはこっちが全部持つべきなんだから」
そういって強引に荷物を持とうと持ち手を掴む。比企谷君は僕の行動が予想外だったようで、少しよろけた。ついでに掴んでる僕も。
二人の手が重なった。
目の前に比企谷君の顔がある。
近い。静止。
「いや、あの」
どっちの言葉かもわからず、バッと離れた。顔が赤い。なんで? 動悸、息切れ、目眩の症状。ペロッこれは……心不全? 比企谷君も僕ほど酷くなさそうではあるが、顔が赤い。
なぜ男同士でラブコメをさせる。
雁首揃えて待ってろよ、ラブコメの神様め……。
今度こそ、書店につくまで一切の会話はなかった。
そんなこんなを経て目的地についたのだが、そのなかでも更に奥深くの目的地へ。
そう、ガガガ文庫の棚である。
「……意外だな。こういうの、読むのか」
「うん。どころか一番好きだよ。ラノベ」
棚を探す。作者順だから最後の方に……。
まあ……ないよね。俺ガイル。
自宅にないだけでなく、書店にも流通していない。
やっぱりこの世界にはない。
読み返すこともできない。
立ち尽くす僕を比企谷君は、不思議そうに見ている。彼には、僕がどう見えているのだろうか。もう知りようがなかった。でも、いいか。彼と話せるだけで。
見つめ返し、笑いかける。彼にもきっと僕のこの気持ちはわからないだろう。
彼が僕とは反対の、入り口の方に目を逸らす。
「あれ~比企谷君?」
「ゲッ……」
そこには、魔王がいた。お父さんお父さん、魔王がいるよ。坊や、それは間違いなく魔王じゃ。諦めろ。
なんでこんなとこに……。と思ったけれど、原作でもなぜかいく先々に偶然いることが多かった。
持っている人間、というやつだ。再会の才とか絶対持ってるだろうな。じゃあ十ツ星神器なのかよこの人。
「ひゃっはろ~。比企谷君いけませんなー雪乃ちゃんをほったらかして知らない子とデートとは」
雪ノ下さんのお姉さん、雪ノ下陽乃さんが、僕を見てニッコリと笑いかける。……先程の妹の笑みとは違い、目が笑っていない。背筋が凍る。
「さっきまであいつもいましたよ」
「そうなんだー。そっちの子は始めましてだよね。私、雪乃ちゃんの姉で、陽乃っていいます。よろしくね」
「よ、よろ、よろしくお願いします。や、八千代です」
怖いって! 怖い怖い怖い怖い。無意識に比企谷君の影に隠れてしまう。
「ふーん……。お姉さん嫌われちゃったかな」
そういうと雪ノ下さん……紛らわしいな。陽乃さんは比企谷君とまた話し始める。ほっ。助かった。
「どうですかね。俺は苦手ですけど」
「あっはっは。比企谷君おもしろーい。それにしてもこの子とねぇ」
面白いというが全然笑っていない。底が見えない恐ろしさとはこのことだろう。
陽乃さんは、また僕の方を見る。心まで見透かさんとするその瞳を避けるように、声を絞り出した。
「その、比企谷君には買い物に付き合ってもらってるだけで、奉仕部の、依頼で」
「ふーんそっか」
まだ見られている。怯える僕を庇うように、比企谷君が少し体を動かす。
「……あの、こいつに何か」
「んーん。何もないよー。その子には、何もない」
その言葉に嘘はない。こちらを探っていた瞳は、興味を失ったように虚空を見ていた。沈黙。比企谷君も空気に飲まれている。
「じゃあまた会おうね、比企谷君! あと、ええと」
「八千代ですよ」
わざとらしく言い淀む陽乃さんに、比企谷君もわかってますよとばかりに答える。
「じゃあね、八千代ちゃん」
それだけ言うと、陽乃さんはその場を去った。
ドッと気が抜ける。腰も抜けて地面にへたりこむところだったが、なんとか踏ん張った。
「……なんか、すまん」
比企谷君は視線を所在なさげに動かしながら謝る。彼のせいではないのに、こんな申し訳なさそうな顔にさせてしまうのは一体何度目だろうか。
「ちょっとビビっちゃっただけ……。むしろごめん、庇ってもらって」
「……おう」
どんよりとした空気は消えることがない。これではもう買い物などできもしない。とはいえ、このまま帰るのも嫌だった。あの人が夢に出てきそうだ。
「さっきさ、呼び捨てで呼んでくれたでしょ?」
「あ、いやあれは仕方なくだな……」
比企谷君はしどろもどろになりながら答える。
「比企谷君、今度、オススメの漫画貸したげる。だから呼び捨てで、呼んで?」
「え? いや、別にいらんから。交換条件になってないから……」
小さく首を振りながら断られた。でもいい。押しに弱いのは知ってるから。あえて無視して言葉を続けた。
「今度、部室に持ってくね」
「いやだからいらねぇって……。はぁ」
諦めたように比企谷君はため息をつく。ちょっと強引すぎたかな。でも、このまま帰るよりもずっといい。少しだけ、ご褒美があっても許されるだろう。
「帰るか。…………八千代」
一色さんよりよっぽどあざとい……。これを素でやってるんだから恐ろしい。
緩んだ頬を見られないように、顔を背けて歩きだす。
帰りの荷物は、二人で持った。