やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。   作:だるがぬ

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修学旅行二日目です。
雲行きが怪しくなってきました!
不穏な空気を書いてるのが一番楽しいです!

あまりにも遅い注意書きなのですが、この作品の主人公はクソザコです。弱いです。
器用に立ち回って完璧に問題解決! とは程遠いです。ご了承ください。


8.水心のあるその池に魚は住んでいない。

 満足度の高い一日を終えて迎えた、修学旅行二日目の朝は──

 

「眠い……眠すぎる……」

 

 完全に寝不足だった。

 まさか部屋に帰ってすぐ枕投げが始まるとは……。なんだかんだ楽しくなってしまって、ノゴロー君ばりのジャイロボールで三浦さんを泣かせそうになったところをギリギリ踏みとどまった。

 

 体を動かしたらスッキリ眠れるかと思って参戦していたのだが、それは甘い考えだったと言わざるをえない。目を閉じたら寝息が聞こえ、耳を塞いだら甘い匂いが鼻孔をくすぐり、結局ろくに寝られたものではなかった。ただの疲れ損だ。

 

 朝食を食べて宿を出る。

 今日はグループ行動。といっても昨日もほぼグループで行動していたようなものなので、特に代わり映えしないだろう。

 

 宿の前に男女で集合し終えると、みんなで出発。

 ギュウギュウすし詰め満員御礼のバスに乗り込み、目指すは太秦エリアだ。

 

 本日のツアーはこう。まず、太秦エリアの太秦映画村で遊ぶ。次に洛西エリアにて仁和寺、龍安寺、金閣寺を順に巡って終わり。あれ、お昼はどこで食べるんだっけ? 忘れた。

 

 今日、僕が一番楽しみにしているのは龍安寺だ。石庭というのがまたなんというか『わかっている自分かっこいい』の気分にしてくれそう。実際には趣旨や歴史なんものはあまり理解できないんだろうけど。まあこういうのは気分でいいんだよ気分で。

 で、逆に一番行きたくないのが最初の目的地、太秦映画村である。

 

 うだうだ悩んでいるうちにその映画村に到着してしまった。

 まず見えるのは時代劇のオープンセット。青空の下の忍者教室。新撰組グッズらしきものを売っているショップ。ここまでならまだ『らしさ』もあるのだが……。

 フシュー。

 池からヌルヌル出てきた恐竜の模型が、気の抜けた音と共にスモークを散らしてズルズル池に沈みなおす。こいつだけ景観ぶち壊してない? 

 

 微妙な空気になった。

 

「じゃ、じゃあ、そろそろあれ行こっか」

 

 由比ヶ浜さんが指差した先にあるのはそう──史上最恐のお化け屋敷。

 ……だから嫌だったんだ、ここに来るの。

 正直辞退してしまいたい。行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない。でもみんな行く流れだし、原作でもこのシーンあったから曲げるわけにも……。

 

 またも悩んでいるうちに、目的地へ辿り着く。

 外観がもう既に怖い。オンボロ屋敷といった見た目で、入り口には両サイドに提灯がぶら下がっている。昼間の真っ白い提灯は、それはそれで不気味だ。

 帰りたい。

 だが結局、何も言いだせず列に並んでしまった。

 

「ねえはやと~、こわーい」

 

 三浦さんがわざとらしく葉山君に寄りかかり、腕を絡める。その変わり身の方がよっぽど怖いと思います。

 そのまま三浦さんは葉山君を肘でホールドしたまま、戸部君と海老名さんを引き連れて先へ行ってしまった。

 

「じゃあ、行こっか」

 

 由比ヶ浜さんに先導されて中へ。入ってすぐにアトラクションの説明が流れる。お化けは役者さんだから殴ったりしないでね! とのことだ。このへんの施設は世界観をぶち壊すの得意分野らしい。そのおかげか、うまい具合に体も弛緩し、心も少し軽くなる。

 

 が、一歩踏み出したところで全身がまたこわばった。

 

 おどろおどろしい空気。江戸時代のような和風の屋敷といった風景で、中は静まり返っている。これならヒュードロドロ、みたいな安っぽいBGMでも流れていた方がよっぽどマシだ。

 

「隼人クーン! これマジ怖いっしょ! 今からでも引き返さん?」

 

 戸部君のうるさ……ううん、さわがし……。いや、元気な声が響いてくる。少し緊張がほどけて体から力が抜ける。我ながら忙しい体だ。戸部君、なんかよくわんないけどありがとう。

 

 そのまま進んでいると。

 カラカラ……トンッ! 

 襖の閉まる音がする。

 

「ヒッ!」

 

 慌てて前の人の袖を掴んだ。

 

「お、おい」

 

 誰かが何か言ってる気もするけどそれどころじゃない。聞こえてない聞こえない聞こえてない。

 聴覚から意識をそらすと視覚に神経が集中する。目を閉じれば……真っ暗だ。これはこれで怖い。目を開けた。いやもうほんとに頼むから脅かさないでください……。もう、おうち帰りたい……。

 

 いやまて、僕には原作知識があるじゃないか! 

 つまり知っているんだ。知ってさえいれば心構えができる。僕はこの後お化けが出てくることを知っている! 叫び声を上げながら横から「ぶるぁ!」そうこんな感じで……え? 

 

 お化け(役の人)とバッチリ目と目があう。

 

「きゅぅ」

 

 ……意識はそこで途切れた。

 

 

 × × ×

 

 

 目が覚める。と、同時にフワッとした柑橘系の匂いが嗅覚を刺激する。少し遅れて風でなびかれた色素の薄い髪が頬をくすぐった。

 

「ちよちよ、起きた?」

 

 あとわずか数センチのところには由比ヶ浜さんの横顔。バッ! っと飛び起き、辺りを見回す。こちらに気付いた戸塚君がパァっと微笑みかけてくれた。かわいい。じゃなくて、今の状況は? 

 

「あ、みんなは飲み物買ってきたりお土産見たりしてるよ。ちょっと一回休憩してから次行こ~って話したから」

 

 みんなに気を使わせたことを恥じる。まさかお化け屋敷で気絶するなんて……。どうやって救出されたかは僕の名誉のために聞かないことにした。ちなみに絶賛名誉返上中なのでもう残機は少なそうだ。

 

「そろそろ行こうか」

 

 いつの間にか近くにいた葉山君が散り散りになったみんなを集める。あたかも時間が来たから、といったニュアンスの言葉に、気配り屋としての格を見せつけられた気分だった。

 

 タクシーに乗り込み、いざ洛西エリアへ。

 

 最初は仁和寺だが、特筆すべきことは何もなかった。仁和寺といえば天然法師のぶらり途中下山の旅で有名だ。山上の本殿に行かず麓で引き返したやつ。というかそれしか知らない。

 五重塔でも有名ではあるけれど、正直建築物としての素晴らしさがどうもピンとこない。決してネガティブな意味でなく、関東の民族からしてみれば京の建物はどれもこれも目新しく新鮮なため一つ一つの価値がわかりづらいのだ。高級スーパーのトマトが一ヶ500円するとして、それが高いのか安いのかよくわからないといった具合だ。

 

 そんなこんなでお次は龍安寺だ。僕的には今日の最大の目的地でもある。グループで入ると、少し早足で境内の中央へと向かう。

 では早速石庭を拝見。

 

「あら、奇遇ね」

 

 雪ノ下さん率いるお嬢様クラスがいた。

 同じグループと思わしき女子数名の視線が僕に向けられる。この注目される瞬間は何度あっても慣れるもんじゃない。ゾワゾワと背中を虫が這うような感覚。

 

「こんにちは」

 

 怖いので適当に流しつつ、長い通路を右へ左へ歩き回り石庭を眺める。

 この石庭は、見る場所によって姿を変えるそうだ。遥か昔の騙し絵のようなものだが、こうして目の前に現存しているというのだから驚きだ。

 

「……う~ん」

 

 わからん。やっぱ何もわからん。

 僕には美的センスの問われるモノは難しいということだけがわかった。

 他の人はどう見えるのか、と雪ノ下さんに話を聞こうと思ったが、由比ヶ浜さんや比企谷君と話し込んでいる。……邪魔できないな。

 

 仕方ない。他を見て回ろう。

 龍安寺には石庭以外にもさまざまな名所がある。

 なぜこんなに詳しいのかって? 実は中学生の頃、龍安寺だけ必死に調べたことがある。厨二病をこじらせていたので、龍安寺にはドラゴンのパワーが巡っていてそれを手にしたものは摩訶不思議なアドベンチャーに招待されるのだと本当に信じていた。……死にたい。

 

 境内をブラリと適当に散策する。

 ほへー、とかおー、とか特に意味もない感嘆符を口からこぼしつつグルっと一週ほど回った。

 そうして30分ほど経過した気もするし、してない気もする。ただ他のみんなの姿が見えなくなっていた。すれ違いになった? もう一周するか。

 

 何となく気に入った場所に再び訪れる。

 

 境内の穴場とも言われる、庭園の椿だ。

 何を隠そうこの椿は正式な名前を『侘助椿』という。もう一度言うが『侘助椿』だ。

 厨二病が完治していない僕は、椿をしっかりと目に捉え頭を下げる。

 

 一度見れば倍、二度見ればそのまた倍。

 やがて重みに耐えかねた僕は地に這いずり詫びるように頭を差し出す。

 故に──

 

「あら、まだいたのね。……それにしても八千代さんがこんなに信心深いとは知らなかったわ」

 

 …………恥ずかしい。頭を下げきる直前で雪ノ下さんとまた会った。今は一人のようだ。

 一瞬冷やかしかとも思ったが、どうやら本気で感心しているようで首をコクコクと縦に振っている。それがまた恥ずかしさを倍増させた。

 それにしても、本当に地べた這いつくばる前でよかった……。

 

「いや……信仰してはないんだけど、こう何となく、こうしろって言われた気がして」

 

 もちろん自分の魂に。言ってることも考えてることも全部恥ずかしいので、頭をかいて誤魔化す。

 

「信心がないのに真剣に祈れるのなら、むしろそれを誇るべきね。それ、椿でしょう?」

 

 雪ノ下さんも知っているのか、質問というより確認といった声のトーンだ。

 雪ノ下さんに知識量で勝っているはずもない。知ったかぶりで返事をするのがためらわれたので、コクリと首を控えめに下げる。

 

「椿はね、花の色によって花言葉が変わるのよ。この色は……きっとあなたにぴったりね」

 

 雪ノ下さんは、椿の木を見てそう呟く。

 椿の開花は12月から。今の時期はそれよりも少し早いため、まだ花は咲いていない。

 ならばせめてつぼみを見れないか……と思ったところで雪ノ下さんが再び口を開く。自然と顔もそちらに向いてしまった。

 

「ああそれと、あなたの班。もうここを出るそうよ」

 

「え、ほんと!? 置いてかれちゃう! 雪ノ下さん、それじゃ!」

 

 急いで雪ノ下さんに別れを告げ、龍安寺を後にする。どうやら門の前で待ってくれていたようで、速やかに合流できた。

 次なる目的地、金閣寺へ向かう。

 

 あの椿は何色だったのだろう。

 到着までずっと考えていたが、結局わからなかった。

 

 

 × × ×

 

 

 金閣寺。金きら金で、さりげなさなど微塵も感じさせないそのド派手な姿は、大半の修学旅行生なら好ましく感じることだろう。写真を撮ったら間違えなく映えるし、目立つ。人気度ナンバーワンといっても過言ではない、光り輝く建造物だ。

 

 しかし、光とは影をより濃く浮かび上がらせるものである。二者は対の存在であり、わかりあえる道理などない。

 この場において影とはつまり──

 

「「はぁ……」」

 

 僕と比企谷君であった。

 

「てかマジで人多すぎ。人混みってかゴミだなこれ。……隕石とか落ちてきて全員死なねーかな」

 

「それあたしらも死ぬし!? ヒッキーなんかいつもより……その……酷いね、あはは」

 

 酷いのは目の腐り方か、態度か。うんどっちもだな。由比ヶ浜さんもこう言ってはいるが、人の多さに疲弊しきっている。

 

「比企谷君に同意。むしろはやく自分が死にたいまであるよね」

 

「いや、それはない」

 

 おいすぐ背中から刺してくるぞこいつ。ジロッと視線で訴えるが比企谷君にはどこ吹く風。むしろドヤ顔で見てきてちょっとウザイ。……色々とからかってきた分を根に持ってるのかな。ごめんね。てへ。

 

「ヒッキー、ちよちよと仲いいね」

 

 由比ヶ浜さんがはにかむ。これ台詞だけ聞くとヤンデレぽさがあって非常に心臓に悪い。

 仲いいかぁ。仲良くなれてるかなぁ。

 

「そんなんじゃ、ねーよ」

 

 比企谷君がプイッとそっぽを向く。もしかして、照れてたりする? 表情を見たかったが、なかなか顔を向けてくれない。回り込んで見てやろうかと考え、また仕返しされるなと思い諦めた。

 

「ま、何はともあれ恩は返さなきゃね」

 

 独り言を小声で呟く。ただ仲良くなって終わりでは意味がない。それでは恩知らずになってしまう。彼から貰ったコーヒーの恩は、いずれ。

 二人には聞こえていないようだが、会話を続ける者がいなくなったせいで、妙な沈黙が生まれた。

 

「あのさ。戸部っち、頑張ってるよね」

 

 話を変えるように由比ヶ浜さんがそう呟く。

 戸部君は、金閣寺を背景に海老名さんと二人で写真を撮っている。三浦さんと葉山君は既に撮り終えているようだ。これが終われば、また四人で見物するのだろう。

 

「ま、あいつなりに頑張ってんじゃねえの?」

 

 成果が出るかは別にして、という含みを感じるのは僕の邪推だろうか。結末を知っていることからくる先入観のせいだろうか。 

 

「手伝いにいこっか」

 

「……おう」

 

 飲み物を買っていた戸塚君が戻ってきてから、四人で彼らのもとへ向かう。

 

「君は撮らなくていいのかい?」

 

「昨日俺にカメラ役やらせたクセにいけしゃあしゃあと……」

 

 合流して早々、葉山君が比企谷君に記念撮影を勧めてくる。これが、彼の波風を立てない妨害行為なのだろうかと二日目でやっと実感する。

 

 二人がそうしてじゃれていると、また海老名さんが鼻血を吹き出す。三浦の姉さん、いつも通り後始末お願いします。

 が、いつまで経っても三浦さんは鼻血を拭きに来ない。

 

 少し離れたところでこちらを見ている人影に気付いた。人差し指を立て、クイクイと手前に動かす。

 ……呼ばれているのだろうか。

 そのまま、雑踏に紛れる。

 

 よくわからないまま、人波かき分けついていった。

 少し開けたところに出る。僕を呼んだ張本人──三浦さんが池の前の柵に腰かけていた。顎を動かし、近くに寄れというジェスチャーをする。その場所に近づき、こちらも柵に座った。

 

「あんたってさ、結局何がしたいの?」

 

 呼び出された意味も、突然聞いてきた理由も、言葉の意味でさえも、そのすべてがわからなかった。

 

「えと、それは……どういう?」

 

 戸惑いながらも聞き返す。三浦さんが怒るだろうと思って身構えたが、一向に言葉は飛んでこない。

 ちらりと顔色を伺うと、むしろ困惑の色が強いように見える。

 

「あーし、最初あんたのこと、いつもみたいに隼人目当ての女だと思ってたんだけど」

 

 いつもってなんだ。葉山君目当てで近づいてくるやつがそんなにいるのか。やっぱりモテない男の敵じゃないか。

 

「でもなんか隼人に興味なさそうだし。結衣やヒキオと仲いいから海老名のことかと思ったら、そっちも全然関わってこないから。あんた何がしたいのかって」

 

 三浦さんは自分の考えを整理するかのように早口で喋る。そして、躊躇なく僕と視線をぶつけた。

 

 彼女は本当によく見ている。海老名さんのことだけでなく、僕のことも。

 彼女になら、と思ってしまった自分がいることに気付いて、そんな自分に幻滅した。

 そんなものは、醜くて汚い幻想だ。

 

「……こっちはこっちの依頼だから。海老名さんは関係ないよ」

 

 案外その言葉は、喉の奥からスルスルと出てきた。そうだ、僕はあくまで傍観者だ。

 三浦さんは納得してくれたのか、それとも信じていないのか、興味を無くしたように「ふーん」と呟いた。

 

「なんかあんたみてると、ちょっと前の結衣を思い出す」

 

 それがどのくらい前の話なのか、僕にはわからなかった。だから、意味を聞こうと思ったのに、うまく言葉が出てこない。

 一方で三浦さんは返事を求めてはいないらしく、ブランコから飛び降りるときのように勢いよく柵からジャンプすると、スタスタ歩きだした。

 

「そんだけ。じゃ、また」

 

 立ち止まることも、振り返ることもせずそう言って三浦さんは去っていく。

 

 緊張して喉が乾いた。池の柵からゆっくりと降りて、一番近い自販機で飲み物を買う。

 買ったはいいが、ペットボトルの蓋が開かない。

 数分ほど格闘し、やっとこさ蓋を開ける。

 

 何となく口をつける気になれず、僕は、少し離れた金閣寺を遠目に眺めた。二者は対の存在であり、わかりあえる道理などない。

 

 だから、せっかく開いたその蓋を、もう一度閉めた。




彼が素直になれる日は来るのでしょうか。

評価、感想お待ちしております。

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