どうぞお楽しみください。
「……平和だねぇ」
コーヒーを飲みながら、霞はこぼす。
何一つ依頼が来ないこの時を、霞は好んでいる。自分に頼る者がいないことは、即ち困り事が起こっていないからである。
副業として獣を狩ることもあるが、何でも屋の方でよく稼げている上、物欲が薄い為にお金を使うこともかなり少ない霞。何もせずにのんびりできる時間は多いが、だからこそ大切にしたいと考えているのだ。
とはいえ、知り合いも多い彼なので、彼を頼ってやって来る者は少なくない。今もそうだ。
コンコン、と戸を叩く音。『御用の方は戸を叩いてくださいな』と書いた看板を立てかけているので、それに従ってくれたのだろうか。
「おやおや、お客さんだ」
残ったコーヒーを飲み干し、急いで戸を開けると、
「こ、こんにちは」
白い短髪の少女が立っていた。二振りの刀と、ふよふよ浮いている白い塊が目を引く。
ガッチガチに緊張しているらしく、視線があっちこっちに泳いでいる。それを見て、霞は愉快そうに笑う。
「ふふ、そう畏まらなくていいよ。気楽にしておくれ……さて──」
「──何でも屋、夢幻へようこそ。今日はどんなご用事かな?」
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「お茶で良かったかな?」
「い、いえ、お構いなく……」
とりあえず家にあげ、座ってもらった。ピッシリと正座しており、なんとも固い。
「……さて、
「あ、いえ、その、依頼、という事になると思います……」
「……えっと、依頼内容を聞く前に、僕が質問していいかな?」
「あ、はい、なんでしょう?」
「誰から僕の事を聞いたんだい?」
霞は、先程から自分を恐れているかの様にガチガチな妖夢に、既視感を覚えていた。
依頼に来る人が怯えながら来る時は大抵、
「あの、
「……おやおや、想像と大分違ったね。そうか、あの娘から……ちなみに、どんな風に聞かされてたかな?」
「えっと、底が見えない恐ろしさはあるけど、とっても優しい人だと……」
「……………………なるほど」
一時期世話になっていた人に、そんな風に思われていたと知り、ショックと嬉しさが綯い交ぜになった奇妙な感覚になった霞。だがすぐに普段の調子に戻し、改めて依頼内容を尋ねる。
「あ、はい。その、冥界にある白玉楼まで来ていただきたいのです」
「ふむ、冥界まで?」
幻想郷における冥界とは、ザックリ言うならば待合室である。死後に閻魔の裁きを受け、善良だったり罪が軽かったりした魂が、成仏か転生を待つ間に留まる場所なのだ。
「ふふっ、まさか暗に死んでくれ、なんて言われるとは思わなかったよ。そんな依頼、一度も来たことがなかったなぁ」
「い、いえ! そんな事はありません! ご存知かは分かりませんが、ある異変の後に結界が緩み、現世との行き来は容易になっていまして……」
必死にワタワタと弁明しようとする妖夢に対し、あっけらかんと霞は言う。
「ああ、うん。知ってるよ」
「……へ?」
「その辺の事は紫さんから色々聞かされているんだ。君の事や、君の主、
「……………………は」
「は?」
「早く言ってくださいよ、もう!」
軽く言われた事に対してか、妖夢はそこそこ怒ってしまった。プリプリプンプン、そんな擬音も聞こえてきそうである。
「あはは、でもほら、気は楽になったろう?」
「……はい、そうですね、ありがとうございます」
「いやいや、紫さんからからかいがいのある娘だと聞かされていたんだ。確かにそうだねぇ……」
「あ、あのヒトは……ハァ」
ニコニコと笑っている霞とは対称的に、疲れきった顔の妖夢。この会話で相当疲労が溜まってしまったらしい。主が自由な人らしいので、元より気苦労が多そうである。
「……さて、何故お呼びがかかったのか、とか、色々聞きたいけれど……後にしようか。案内しておくれ」
「いいですけれど……霞さんでしたっけ。飛べるんですか?」
「勿論だとも」
……しれっと話題に出てきたが、幻想郷には空を飛べる者がいる。幻想郷の管理を務める巫女や、以前遊びに来ていた魔理沙、紅い館のメイド長や山の神社の風祝など、人間の中にも意外といる。
とはいえ、実際には並大抵ではできないことではある。霞が空を飛べるのも、本来は驚かれる事なのだ。
という訳で、妖夢もかなり驚いている。
「さてさて、驚かないでおくれよ。あまり君の主を待たせる訳にも行かないからね」
「は、はい。それでは着いてきてください」
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「何でアナタまで着いてくるんですか!」
「あやややや、そんなに怒鳴らないでくださいよ〜。私はただ霞さんの取材がしたいだけですよ〜」
「……なんか、ごめんね?」
霞と妖夢が白玉楼へ向かっている最中に、いつの間にか一人増えていた。
鴉の様な黒く艶のある翼が背中から生えている彼女こそ、射命丸文。霞に何度も取材を申し込む、例の鴉天狗である。
「語るだけのものは無いけど、仕事の取材なら何時でもおいでって言ってしまったからね……」
「そういうことです! 邪魔は致しませんので、同行を許してください」
「……幽々子様が駄目と言ったら帰ってくださいね」
「ありがとうございます!」
射命丸文。取材への熱意が凄すぎて、割とウザがられている節がある少女である。彼女の書く新聞も、誇張された表現が多いために信憑性が低かったりする。
齢1000年を超えているので、天狗の中で、というか妖怪の中でも相当力が強いのだが、その辺の事情もあり威厳にかけている(当人は気にしていない)。
ちなみに、霞は彼女の新聞、『文々。新聞』を定期購読していたり。中身はともかく面白いのだとか。
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冥界に到着し、長い階段を登ると、白玉楼がある。今は秋なので分からないが、冥界は桜の花が大量にあり、春になると一斉に咲く。そのため、花見の名所としても知られているのだ。
そんな白玉楼の座敷へと通された霞と文は、木製の四角いテーブルを挟んで、白玉楼の主、西行寺幽々子と対面していた。
ピンクの髪に、ゴスロリ風味の青い浴衣。亡霊故か左前である。儚げな雰囲気が漂っているが、同時に霞と同じような掴みどころの無さを感じさせる。かの大妖怪、八雲紫と生前から友人なだけある底知れなさがある。
ふんわりと微笑み、幽々子は霞と挨拶を交わす。
「はじめまして。貴方の事は紫からよく聞いているわ、夕蘭木霞くん。よく来てくれたわね。遠かったでしょう?」
「いえいえ、こちらこそお招きいただき、ありがとうございます。僕も一度来てみたかったので……ところで、僕をここに呼んだのは、何か依頼があっての事ですか?」
「ええ、その事なんだけど……」
幽々子は言葉を区切る。少しの沈黙の後、困ったような微笑みを浮かべる。
「別に無いのよ」
「おや」
「紫から色々聞いていて、一度会ってみたかっただけなのよ〜。出来ればお話でもしようと思ってね? 忙しかったかしら?」
「なるほど、そういう事でしたか。いえいえ、今日は依頼も無くて暇してたんですよ。僕でよければ、話し相手にもなりますよ」
「ありがとう」
二人の会話は一見和やかなのだが、如何せん二人共底知れない人物なので、空恐ろしいものもある。
と、突然幽々子が思い付いたように言い出した。
「ねえ、貴方は何でも屋なのよね?」
「ええ、見合う報酬がいただけるなら何でもやりますよ」
「報酬は何でもいいの?」
「生活には困っていませんから。お金、食材、綺麗な石、物であるなら何でも構いません。流石に働きがいとかは断っていますが」
「そう、なら依頼を一ついいかしら」
「何でしょう」
「ウチの庭師と……妖夢と手合わせしていただけないかしら? 勝てたら報酬に色を付けるし、負けてもそれなりの物をお渡しするわ」
急なとんでもない提案に、文や、幽々子の傍に控えていた妖夢は驚く。
「ゆ、幽々子様!? 彼はただの人間なのですよ!?」
「幽々子さん、それは流石に無茶だと思います! 霞さんもそう思いますよね? ね?」
「……妖夢さんの言う通り、僕はただの人間です。別段喧嘩が強いという訳ではありませんよ? それこそ、文の言う通り、無茶なものでしかありません」
「え、いや、あの、私そういう意味で言ったんじゃ……」
「ええ、だから負けても報酬はあると言ったの。それに貴方、実際はすご〜く強いのでしょう? 一度見てみたいわ」
幽々子の言葉に反応する霞。ニコニコとした表情も、ホワホワとした雰囲気も崩さず、ただ聞く。
「それも紫さんから?」
「ええ。月の姫との鬼ごっこに圧勝したそうじゃない。その腕前を見てみたいのよ」
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「何で……何でこんな事に……」
「ごめんね、妖夢さん……ああまで言われると流石に断れないよ……」
結局、幽々子の提案……もとい、依頼を承った霞。熱烈な期待だったので、応えるしか無くなったのだ。屋敷の庭にて、霞と妖夢は相対する。
「霞さんが謝る必要は無いんです……むしろ、幽々子様がごめんなさい」
「僕は大丈夫。さあ、こうなった以上は、本気でかかっておいで。輝夜が絶賛してくれた程度には、避ける技術だけはあるつもりだからね」
「……あの人が、ですか……わかりました。この魂魄妖夢、全力で貴方と戦います!」
そう宣言した妖夢は、背中の刀の片方を抜いて構える。その気迫は、初々しくも熟達した、と矛盾するような物である。恐らく、妖夢がまだ半人前であると自覚しているのも原因だろう。
とはいえ、剣の使い手としては十分に洗練されていることが構えから伺える。
対し、ホワホワとした雰囲気を一切崩さず、自然体で立つ霞。本当に思考も行動も読めない。
「幽々子さん……その」
「何かしら?」
「アレはすぐ終わると思いますよ? 霞さんってああ見えてめちゃくちゃ強いですし」
「……貴女がそういう程なのね。ますます楽しみだわ」
「いやいやいやいや、楽しんでる場合じゃないですって。妖夢さんが心配です、私」
「さっき、流石に無茶だ、なんて言ってなかったかしら?」
「アレは妖夢さんの話です。だって──」
カラン、ドゴォォォォォ!!!!
文が何かを言おうとした瞬間、轟音。轟音のした方を見てみれば、白玉楼を囲む壁に思いっきり叩きつけられた妖夢が。一部崩落しており、轟音も合わせて考えると、その衝撃の程がわかるだろうと思う。
妖夢が先程までいた場所には、彼女が先程握っていた刀と、拳よりも少し小さい石が転がっていた。
「妖夢さん! 大丈夫かい!?」
フッと妖夢の側に現れた霞が容態を診る。返事は無いが、唸り声は聞こえるため、気絶で済んでいるようだ。
「……あらあら、見逃しちゃったわ」
「……相も変わらず、と言いますか……おっそろしいですね、アレ」
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気絶した妖夢を布団に寝かせ、報酬として小袋に小銭を詰めて貰った後。帰るため、そして見送るために、霞、幽々子は外に出ていた。
ちなみに文は、
「それでは、私は今日の出来事を記事にしますので、一足お先に失礼いたします!」
と言って、凄いスピードで飛び去っていった。幻想郷最速は伊達ではなかった。
「今日はありがとうございました。それと、妖夢さんはごめんなさい」
「大丈夫よ、あの娘あれで結構頑丈だから……ねえ、一つ聞いてもいい?」
「はい、僕が答えられるなら」
「どうやって妖夢を壁に衝突させたの?」
「企業秘密です」
幽々子の問にも口を割らない霞。しかし、
「そう……でも、ある程度推察できるわ」
「ほほう」
幽々子はある程度察しがついているらしい。
「妖夢のいた所に小石があった。妖夢が壁にぶつかる前にカランと音がしたから、その時に妖夢は刀を落としたのね。その後、妖夢は壁に衝突したけれど……自分からぶつかるお馬鹿な真似はしないでしょう。恐らく、小石を妖夢の手の辺りに飛ばして、刀を取り落とさせた後、何かの力で突き飛ばした。それに使ったのは、どちらも同じ、貴方の能力。合ってるかしら?」
霞は舌を巻いた。ヒントが少ない中で、ここまでの推測を披露し、しかも真にかなり近いのだから。やはり、西行寺幽々子という女性は侮れない者だ。そう感じたのだ。
「見事です。あの時にやった事、そして僕の能力の正体にそこまで近づくとは」
「あらあら、良かったわ。あれだけ語っておいて間違ってたら恥ずかしいもの。それじゃあ、教えてくれるのかしら?」
「いいえ、依然として企業秘密です。手の内はあまり明かしたくないので」
「そう、残念……ええ、また遊びに来て。何時でも歓迎するわ」
「幽々子さんも、暇な時にでも僕の店に遊びに来てください。何時でも歓迎します……それでは」
それだけ言って、霞はフッと消えた。瞬間移動の様なものだろうか、霞という青年は未だ謎だらけである。
「……本当、面白い子ね」
謎や隠し事も多いが、それでも着実に、幻想郷での縁を広げていくのだ。
本日の依頼、これにて終了。
幽々子様は作者が好きなキャラの一人だったり。天然具合が表せていればいいのですが……