『旧世界派』が城を爆撃したのは、戦いの規模を落とすことを嫌ったからだ。
歩兵部隊を投入しての突入作戦となれば何が待っているかわからない。罠が満載のダンジョンに初見で挑戦するようなもの。何よりラスボスである女王と正面からぶつからなければならなくなる。
時間をかけたくない彼らとしては城や装置ごと何もかもを吹き飛ばしてしまう方が簡単で確実な方法だった。
結果として、女王は城に引きこもったまま姿を現さなかった。
島と外界との行き来が停止していることは調査済み。
もちろん、
しかし、それでも『逃げた』という事実は残る。
逃亡した時点で相手は敗北を認めているのだ。
ただし、残念ながら、城を破壊しても装置は健在だった。
装置が島にあることは生み出される輝きによって確認できている。もし、この輝きさえ欺瞞だというのならお手上げに近いが、一般市民からの信用を重んじる女王の性格からそれは無いと判断していた。
よって、行うべきことは変わらない。
城の瓦礫を吹き飛ばそうと更なる爆撃を敢行して──そこで、彼らは思わぬ事態に直面した。
大量の火薬を用いたような大爆発。
殆どの瓦礫が木端微塵に吹き飛び、残ったのは小さな破片と土の地面だけだった。
当然、女王や側近二名の姿もなし。図らずも安全が確認できたために歩兵を派遣して捜索したところ、僅かに燃え残った人骨を三種類発見した。
妙ではある。
『不老不死』が健在なら、あの女王がこう簡単に死ぬだろうか?
あの再生は『不老不死』ではなく『超再生』であったのなら納得がいく。三人死んでいる以上、本物であればトガヒミコも死んでいるはずで、つまり『不老不死』は既に消去済みだったのだろう。
これが偽装だったら?
関係ない。
装置の輝きは未だ失われていない。先行すべきは装置の発掘と破壊であり、女王の捜索はその後だ。何より、たとえ偽物だったとしても「女王の敗北」を印象づけるのに遺体は使える。
彼らは先の戦闘の映像、爆撃によって破壊された城の様子、そして『誰かの遺骨』を世界公開し、人々に自分達の勝利をアピールした。
刻一刻と決定的な変革が近づいている、そんな日のことだった。
◆ ◆ ◆
女王とテロリストの戦いを、普通に暮らす人々はどこか他人事として捉えていた。
多くの人にとってはもう「世界は変わっている」という認識であり、街も人も“個性”がないことを前提とした生活を始めている。
科学の発展と共に流行してきた“個性”が無くなることは当初こそ、生活様式そのものが昔のように戻ってしまうのではと心配されていたものの、もちろん、便利な家電や公共設備がごっそり無くなってしまう、なんていうことは起こらなかった。
むしろ、多様な異形型“個性”への対応などを考えなくて良くなる分、各種デザインは洗練され、コストは削減されたくらいだ。
日を追うごとに
銃やナイフによる犯罪は横行しているものの、
突然、曲がり角から敵が現れて一瞬で黒焦げ、即死などという可能性が存在した個性全盛時代に比べれば暮らしは格段に良くなった。
だから、女王が今なお戦っていると言われても半ばどうでも良かった。
『女王は負けない』と思われていたせいもある。
圧倒的な力で敵を薙ぎ払っていた彼女がテロリスト如きに負けるはずない。たとえ負けたとしても“個性”の消滅は止まらないと、彼らは無邪気に信じていた。
だから、
『女王は敗北した』
テロリストが大手動画サイトに投稿した衝撃的な動画は瞬く間に世界を駆け巡った。
多くの人が目を疑った。
必死の苦闘。
たった一人でボロボロになりながら、否、完膚なきまでに
二十歳にも満たない容姿の少女を殺すために投下される爆弾の数々。
跡形もなくなった城の姿と、焼けた骨の破片。
それらは、人々の認識を変えるのに十分だった。
──絶望。
人々が抱いたのは落胆と諦めが入り混じった現状認識
「ひどい」
「ここまでするとかありえないだろ」
テロリストに対する怒りや抗議の声が一気に巻き起こった。
「女王が死ぬわけない」
「そうだ。骨だけじゃ本人かどうかわからない」
女王の生存を望む声が多数上がった。
「壊されないでくれ」
「世界が変わるまで持ちこたえてくれ」
最後の瞬間まで装置がもつことを、多くの人が真剣に願った。
女王は決して正義ではない。
彼女とて人が乗った航空機を破壊し、爆散させ、船舶さえも行動不能や沈没に追いやっている。
それでも。
ギリギリまで、敵も含めた人的犠牲を抑え、度重なる攻撃にひたすら耐え、支援者たちさえも安全な場所に逃がして矢面に立ち続けた彼女は、人々が応援するに十分な「理由」を備えていた。
無数の願いが、想いが、力となって空に舞い上がった。
そして、そんなある日。
とある発表が更に世界を揺るがせた。
◆ ◆ ◆
アメリカにて、かつての名ヒーロー、ジェネラル・ユナイテッドが。
日本にて八百万家の次期当主・八百万百が。
フランスにて「しーちゃん」を名乗る女性が。
南米の小さな村にて、頭をブドウの形でお揃いにした一家が。
他にも、オール・フォー・ワンから女王に助けられたという者達が世界のあちこちで。
『“個性”を消す装置ならここにある』
ほぼ同時に、動画にて同じ発表を行った。
背後にきらきら輝く結晶のようなものを映して、だ。
もちろん、本物であるという証拠はない。
それでもこの発表は、テロリスト達の島への攻撃が不当なものであるという機運を一気に高めた。
これを受け、大国アメリカが「世界的なテロリスト掃討のため」と銘打ち、島への部隊派遣を決定。他国へと呼びかけを行った結果、幾つもの国がこれに賛同した。
「がんばれ、女王」
「テロリストなんかに負けるな」
もともと少数派であった『旧世界派』は本格的に世界から敵視され──装置を発見できていない状況での撤退さえも検討せざるを得なくなった。
勝ったのは、果たしてどちらだったのか。
◆ ◆ ◆
『国連は連日続いていた個性消失報告が先週の日曜に途絶えてから一週間が経ったことを受け、本日正午「完全な無個性社会が遂に到来したとみられる」と発表しました。繰り返します。国連は──』
テレビの中でニュースキャスターが淡々と『本日の目玉ニュース』を読み上げている。
私は画面にじーっと視線を向けたまま、ニュースの内容をあらためて噛みしめて深い溜め息をついた。
「……本当、良かったよ」
「永遠ちゃん。それ、いつまで言うつもり?」
艶やかな黒髪の大和撫子的な美人さんが私の斜め後ろに立ったまま、呆れた様子で言ってくる。
私が座ってるソファ、スペースは空いてるんだから座ればいいのに、様式美は大事だからってなかなか了承してくれない。
「いいじゃない。あと一週間くらいは言わせて欲しい」
「気持ちはわかりますけど、正直、聞き飽きましたよねぇ」
と、こちらは三つ編みに野暮ったい眼鏡の美少女。
眼鏡の奥にある瞳は切れ長だった昔の面影を残しつつ、よりクールな印象に。髪も曼珠沙華ヘアーをやめたうえ、色が地味なものに変わったので、ぱっと見で同一人物だとわかる人は少ない。
昔からよく知ってる人にとっては「この程度じゃ直感でわかる」って話になるんだけど。
「うーん。しょうがないなあ」
リモコンの電源ボタンを押すと、画面が消える。
黒くなった液晶に映ったのは十五歳くらいの女の子の顔。これから美人になりそうな雰囲気はあるものの、今の段階ではよくいる女子高生(女子中学生)っていう感じ。
前の顔や前の前の顔とは似ているような似ていないような、昔から以下略って感じ。
「まだ慣れないよね、自分の顔」
「ですねえ」
「ほんとほんと」
三人で頷きあっていると、万一にも音が漏れないように分厚くなっている部屋の扉が開いて、大人の女の魅力を漂わせた巨乳美女が入ってきた。
「楽しそうですけれど、何のお話ですの?」
「新しい顔の話だよ」
「パンでできているわけではないのですから、関係者以外に吹聴しないでくださいましね」
苦笑したお姉ちゃんに私は「うん」と頷いた。大丈夫、その辺はわきまえている。
「不自由はありませんこと?」
「大丈夫。……っていうか、そんなに毎回聞かなくても」
「いいではありませんか」
大人になったせいか、お姉ちゃんは前より世話焼きになった。
本人曰く「ややこしい世界で生きていると人恋しくなるんですのよ」とのこと。
「っていうか、ご当主様本人が世話係ってどうなの?」
「永遠ちゃんのお世話くらい私達でできるんですから」
「そういうわけにはいきませんわ。当主として『ここ』の管理は必須ですし、あなた達の存在を教えられる人間なんてそうはいません」
お姉ちゃんの顔には「半分くらい方便」だって書いてあったけど、私達だって本心ではお姉ちゃんが来てくれて嬉しいし、来てほしいと思ってる。
でも、体面とか色々考えたら止めた方がいいかな、っていうのも事実なわけで。
“個性”消去装置を守り切れるか守り切れないかの瀬戸際、私達が取ったのは「死んだふり作戦」だった。
OFAの残っていた私がある程度敵を食い止めたら「こりゃ敵わない」というフリをして撤退。自爆装置をセットしてから(文字通り物理的に)埋めてあったゲートの一つを掘り返して──というか、超パワーで無理やり穴を開けて使えるようにして、城を去った。
残してきた骨は以前『万物創造』で作っておいた精巧なダミーだ。
私達がギリギリまで防衛戦を諦めなかったという事実を世界に流して装置を加速させるためだ。
ついでに敵戦力も削ぐことができたし、一時の避難先として例のマンションへ移動したところ、管理人姉妹が「人情」という最強の手札で買収されていてお姉ちゃんに連絡が行った。お姉ちゃんはお姉ちゃんで偽結晶を世界各地で公開するという対抗措置を計画してくれていて、更に敵が私達の遺体(偽)を公開するとか「やらかし」てくれたので、結果的にはだいぶ余裕が出た。
アメリカとかち合うのが嫌だったのか、奴ら早々に発掘諦めて退散していったし。
で、私達は結局、八百万の屋敷に匿われることになった。
透ちゃんは『透明』が消去されて素顔になり、隠密行動ができなくなったものの、ぶっちゃけ彼女の素顔は誰も見たことがなかったので逆に変装がいらない。
私とトガちゃんに関してはいつもの手。『不老不死』が残っているうちに一回自殺し、「必要に応じて進化・再構築する」機能を利用した。お陰で声紋や指紋、網膜まで変わってる。今、偽造戸籍も用意してもらっているので、ほとぼりが冷めたらシャバに出られるかもしれない。
「本当に良かったですわ。あなた方が無事で」
「私達だって死にたくないもん。逃げられそうなら逃げるよ」
目的を達成しないで逃げるのが嫌だっただけだ。
それだって、虐殺やら何やらができるならもっと楽だったわけで、あんなにギリギリになったのは自業自得なんだけど。
助けてくれたしーちゃん達にも感謝しないといけない。
「外に出られたらどうするか、決まりまして?」
「定食屋さんでもやろうかなって」
「お蕎麦屋さんだよ!」
「カフェじゃありませんでした?」
「……つまり、まだ決まってないんですのね」
お姉ちゃんが溜め息をついた。
うん、出られたら三人で何かしよう、っていうところまでは決まってるんだけど、その先がまだ未定。
お店を開くっていうアイデアは自分達で稼ぐため。
八百万家から定期的な資金提供をしてくれる、っていう申し出もあったんだけど、ぶっちゃけそんなの怪しすぎるわけで。だったらカモフラージュのためにも何かしておいた方がいい。
トガちゃんが料理得意だし、私も味見は得意だからちょうどいい。
具体的に何にするかは見ての通り意見が割れてて決まらないんだけど。
「まあ、時間はあるしゆっくり決めるよ」
少なくとも数年は待たないといけないだろうし。
「……『不老不死』は残ったままですものね」
お姉ちゃんが呟いた通り、私の『不老不死』は
っていうか
AFOとOFAが最後の方まで残ってたのはたぶんキャパシティの問題。どっちも普通の“個性”の何倍も重いうえ、OFAはAFOと一緒じゃないと消えたがらない。なので最後の局面で振るうことができた。
でも今なお残ってるのは謎。『奇跡を起こす』個性の力に抵抗できるほどキャパシティがやばいのか、それとも『不老不死』が無駄に抵抗してるのか、それとも
もし最後のが理由だとしたら、私は何か大事があった際の調停装置として期待されているんだろう。
さすがにそうそう何かあるとかないと思うんだけど。
世界大戦が起こるとか、古の吸血鬼が復活するとか、宇宙人が攻めてくるとかないとも限らない。なにせ、突然異能者が生まれるような世界だ。
そうなったら、もう一度力を振るうこともあるかもしれない。
そうなった時、人々が私の力を要らないと判断するかどうか。今度こそ全部の“個性”が消えたとして、しつこく私を恨んでる人がいないかどうか。
それは蓋を開けてみなければわからない。
というか、本当に“個性”が消滅しきったかどうかもわからない。
中国で光る赤子が生まれてから世界人口の八割が“個性”を持つまでにたった五世代。ナノマシン的な何かが人為的にばら撒かれててもおかしくない。
悪意のある誰かが暗躍していて、ここぞとばかりに襲ってくるとか、嫌すぎるけど一応考えておかないと。
「いつまでもあるとも限らないけどね。あるうちは使わせてもらおうかな」
「育たないっていうのも不便なんですけどね」
「しょうがないよ。怪しまれるようになったら外国にでも行こう!」
私達のやり取りをみてお姉ちゃんがくすりと笑った。
「永遠達は楽しそうでいいですわね」
「そうだね。楽しいよ」
なにせ、生きてるんだ。
大勢の人から「死ね」って言われたあの時とは全然違う。
生まれてすぐ母親から殺された時とも違う。
守ってくれる人がいて、みんなが「頑張れ」って言ってくれた。
終わってみると、結局私は、自分が生きていていい理由を確保するためだけに戦っていたのかもしれない。
反省はしてる。
でも、後悔はしていない。
生きられる限りは生きていたい。
死なない私だからこそ精神的に殺されるのは──存在を望まれないのは、辛いんだ。
「そうそう。永遠達が帰ってきたところで焦凍さんと結婚式を挙げようと思うのですが──」
「まだ挙げてなかったんだ! おめでとう! でも、お祝いする資金がないなあ」
「ふふっ。大丈夫ですわ。永遠達の資産はちゃんと預かってありますから」
「トガちゃんと私で買ってくればいいね!」
「別に二人で行く必要はないでしょう。……いえ、バレないためであって他意はないんですが」
「なにおう!?」
私は、もう少しだけ生きていく。
少しだけ生きやすくなったはずの、この世界で。
ifルートはここまでといたします。
長くお読みいただきましてありがとうございました。
結局永遠を堕としきれず中途半端になってしまった感はありますが、それもこれも、永遠が本当に止むに止まれぬところまで行かないと殺傷をしてくれなかったせいです(ぇ
冷静に考えるとオリ主が原作の世界観を真っ向から否定、原作主人公を圧倒した上に社会的に抹殺し、オールマイトも死亡。当の本人は暴れた罪は有耶無耶のまま別の人間としてのうのうと生き延びているわけで、バッドエンドと言っていいのではないかと……。
もし思うところなどございましたら感想などでお知らせくださいますと幸いです。
本作品に反映するとはお約束できませんが、今後の参考とさせていただきます。