これは、いつかどこかで在ったかも知れない可能性の物語。

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 僕様がいなくなっても、君はきっと僕様を覚えていてくれる。――僕様もね。


Fate/GravePatron外伝 アメジストの温もり

 ある日、アロイジウスの家に呼ばれた。すごく唐突で、だからこそ何事かと思って支度もそこそこにバスに乗り込んでしまった。

「あ、盟友! いらっしゃい!」

 ドイツはネルトリンゲン、その外縁にひっそりと佇む宝飾店へと足を踏み入れると、満面の笑みを浮かべたアロイジウスがそわそわと待っていた。アロイジウスは私に気付くと、大きく手を広げて私に飛びついてくる。

「わわっ!」

 思わずバランスを崩してしまうが、何とか踏み止まってその華奢な体を抱き留めると、私はアロイジウスに用件を訊ねた。

「ん? 僕様が盟友に会いたかったからに決まってるじゃないか! お前、最近時計塔に引き籠りっぱなしで全然僕様に会いに来てくれなかっただろう?」

「ま、まぁ……確かに……。」

 命の聖杯が破壊され、その残骸が地球中に飛散してもう十年が経とうとしていた。私は最初こそ『出来損ない』として天体科のモクレール本家に見下されていたものの、聖杯戦争を生き残った功績だけはまるで一般人のように認めてもらえ、『アニマ=モクレール』として動物科に新たな家門を設けることを許されていた。

 アニマ=モクレールの初代当主として、私はこの十年間ひたすらに研究を続けていたのだ。かつて地球上を跋扈していたという幻想生物、その人為的な復活を目指して。

「ずっと研究室に籠っていると心が死んでしまう! だからわざわざずっと連絡を取らずにおいて、急に手紙を寄こしたんじゃないか。」

「策士ね……。」

 確かにずっと連絡もなく、少し心配になっていたところだった。それなのに自分から連絡しようと思わなかった辺り、私もちょっとずつ魔術師っぽくなってしまっているのかも。

 

 アーレルスマイアーの地下庭園は、ネルトリンゲンとほぼ同程度の面積を持っている。いや、もしかすると地下庭園の方が広いかもしれない。その庭園の中に存在する草原を超え、森を超え、湖を超え、その先にある巨大な城へと通される。

 城壁の門をくぐると、そこには赤ずきんを被ったサーヴァントがぽつんと立っていた。

「あ、ゾーエさん! お久しぶりです!」

「メイジー!? アローあなた……彼女は退去しなかったの?」

「したがらなかったんだよ。『死にたくない』って言ってさ。そのままスキルと宝具で耐え続けてたら聖杯の残骸の普遍化だろう? 結局、根性だけで生き抜いて今もこうして僕様のサーヴァントでいるんだよ。物好きな奴。」

 にこにこと笑って手を振るメイジーの横を過ぎ去り、私とアロイジウスは城内へと入っていく。エントランスホールを抜け、階段を昇って二階へ、三階へと進んで行く。五階に着いたところでアロイジウスは階段を昇るのをやめ、廊下を突き進んでいく。

「部屋、変わったの?」

 私が初めてアーレルスマイアーの城に訪れた時は、アロイジウスの部屋は最上階にあった。それは出来損ないであるアロイジウスを外界に出してアーレルスマイアーの恥晒しにさせないための事実上の幽閉だった。結局アロイジウスは月に一度の庭園内の散歩の途中、監視の目を振り切って森に逃げ込み、そこでメイジーを召喚してネルトリンゲンから逃げ出したわけだが。

「まぁね。御当主殿(おおあにうえ)が取り計らってくれたのさ。」

 そうして辿り着いたアロイジウスの自室は、最上階にあった狭い牢屋のような部屋とは違い、アロイジウスの趣味――即ちはロックンロールや各種弦楽器などだったが――に溢れたとても楽し気な内装になっていた。アロイジウスは大型のテレビの前に置かれていたソファに座るよう私に勧めると、部屋の奥に設けられていた小規模なキッチンで紅茶を淹れ始める。素直にソファに腰かけ、アロイジウスを待っていると、湯を沸かしながらアロイジウスが私に問いかけた。

「盟友はサーヴァントは召喚しないのか?」

「んー……。」

 正直、少し悩んでいた。確かに相棒や従者としてのサーヴァントは欲しくもあったが、やはり私にとってのサーヴァントはあの銃士だけだったのだ。それに。

「傍に居てくれる親友なら、もういるしね。」

「――……っ!」

 私の何気ない一言に、アロイジウスは紅茶をソファの前のテーブルに二人分置くと、私の首筋に抱き着いてきた。

「きゃっ!? ……アロー?」

「見るな。今僕様の顔を見ないでくれ。」

 私の肩に顔を埋めるアロイジウスの耳は真っ赤になっていた。しばらくして落ち着いたのか、まだ少し赤らむ顔を私の肩から離したアロイジウスは、ソファから立ち上がってテレビの下に据えられた戸棚を開き、何かのスイッチを入れた。するとテレビ画面に大々的にゲームのタイトル画面が表示される。それは、最近話題になっていたホラーゲームだった。

「えっ、これやるの?」

「ははは、一度盟友と一緒にやりたかったんだよ!」

「アラサーになってホラーゲームとか……。」

「ゲームをするのに年齢は関係ないだろう?」

「……確かに。」

 

 アロイジウスは一度プレイしたことがあるのか、『出そうだな』という雰囲気の場所に私が差し掛かると露骨にワクワクしだし、そしてホラー演出に飛び上がるほど吃驚する私の反応を見て楽しそうに大笑いしていた。

「あのさぁアロー、ちょっとあんまりじゃないの? 人が怖がってるの見て笑うとか趣味悪いよ?」

「あはは、はは……はぁー。そうかい?」

 ひとしきり笑い、涙目になった目尻を指で拭いながらアロイジウスは悪びれる様子もなく開き直る。

「平和ってことじゃないか。こんな稚拙で子供騙しなホラーで怖がれる日が来たんだからさ。」

「……。」

 それも、その通りだった。十年前、私は死ぬかもしれない場所に幾度となく立ち、それでもアロイジウスと共に生き残って見せた。失ってしまった絆は多かったけれど、こうして何事も無い日々を生きていられることは喜ぶべき事なのだと思う。

「……なぁ、ゾーエ。」

 不意に、アロイジウスが私の名前を呼ぶ。アロイジウスが私の事を『盟友』以外の呼称で呼ぶのはもう十年ぶりかもしれない。

「なぁに?」

「大好きだ、ゾーエ。ぼくは君の事が。初めて時計塔で会ったあの日から。……はは、十五年かけてようやく言えた。」

「……ふぁ!?」

 今、明確にアロイジウスは『十五年』と言った。何度も何度も私に対して『好き』と言ってきたアロイジウスが今初めて私に伝える『好き』。それはつまり――。

「えっ……えっ、それって。」

「なんだよゾーエ。まさか君までぼくがレズビアンであることを気味悪がるのか?」

「いやっ……そうじゃないけど! うぅ……。」

 私もアロイジウスの事は大好きだったが、まさか恋愛感情を持たれていたとは気付かなかった。私が鈍感なだけなのだろうか。急に言われるとどうすればいいのかわからなくなる。嬉しいし喜びたいけれど、同時に恐怖や不安といった感情もあった。――でも、そんな私を見て哀しそうな顔をするアロイジウスはそれ以上に見たくなかった。

「っ、わかった! わかったよ! うん、わかった。じゃあ……どうしたい?」

「うぇ?」

 アロイジウスは私が逆に問い返すとは思っていなかったらしく、間の抜けた表情を見せる。

「えっ、えー……? えっ、とぉ……その。」

 しどろもどろになるアロイジウスは彼女らしくもなくどんどんと顔を紅潮させていく。

「けっ、こん……を、前提に、お付き合い……したい……です。」

 その様子が微笑ましく、そして愛おしく思えて、私は堪らずアロイジウスを目一杯抱き締めてしまった。

「ひゃあ!? ぞ、ゾーエ……?」

「あはは! ごめんねアロー。アローってばかわいいんだもの。……それじゃ、よろしくね許嫁さん。」

「……うん。よろしく、ぼくの許嫁。」

 私たちはぎゅっと抱き合ったまま、互いの心音に耳を傾けていた。

 

「ん……。」

 これは、あり得ざる物語。

「あれ……?」

 あるひとりの魔術師が居眠りの夢に見た、いつかどこかであったかもしれない可能性の物語。

「『アロイジウス』って……誰だっけ(・・・・)……?」



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